番外編 バス運転手の話

え、あ、これもう話しても大丈夫ですか?では、いきますね…。

えっと…会ノ宮高校のある〇市は交通網があまり発達していないんです。電車は通っておらず、あるのはバスだけ。そのバスでさえも最寄り駅に向かうもの1つだけ、2時間に1本、所要時間1時間という感じです。でもまぁ人口の多い街ではないし車を持つ家庭がほとんどなので、利用客は少ないんですけどね。でも土日となれば街へと遊びに出かける中高生たちがバス停に列を作っていますよ。

あ、私はこのバス系統を任されているしがないバス運転手です。この道25年になります。あ、でもこの辺りを任されてまだ2か月ちょっとの新米です。だからなのか…いまだにこの街の雰囲気には慣れません。

知り合いから聞いた話では、街唯一の高校は『幽霊高校』と呼ばれているらしいです。昔から生徒や教師が忽然と消えるそうですから。

でも私からすると、何だかこの街自体が「不思議」な雰囲気を醸し出している感じです。幽霊や妖怪がいるかは分かりませんが何だか…人間ではない目線を感じる時は多々あります。

でもまぁ私自身はその街には住んでいませんので真偽のほどは分かりません。

それで今回私が話したいのはその街関連の不思議な体験のことです。


多分あれはこの辺りの担当になってから1週間経ったくらいかなぁ、「〇市公民館行き」最終便を運行してました。最終便ということもあって、乗客はいませんでした。

あと20分くらいで到着するとき、道の端にヒッチハイクのように手を挙げていた女性…正確には女子学生がいたんです。

思わず停車して声をかけました。

「どうしたんだい?」

「すみません、会ノ宮公民館まで乗せてくれませんか?」

とても綺麗な声でした。なんていうんですか?今でいう声優さんにいるような、そんなような。

こんな夜遅くにどうしたのかと思いましたが、とりあえず乗せることにしました。

「いいよいいよ。乗りなさい。」

「でもお金はないんです。」

「お金なんていらない。こんな夜に歩かせるなんてできないし。遠慮しないで。」

「ごめんなさい、失礼します。」

彼女はバスに乗り込むと運転席に一番近い席に腰掛けました。

「こんな時間に公民館になんの用だい?」

「母と待ち合わせなんです。」

「なるほど。」

「本当にありがとうございます。誰も乗せてくれなくて…。貴方がいなかったらどうなっていたか。」

「はは、そんないいよいいよ。あんなところでポツンといたら誰だって助けたさ。」

「この御恩は必ずお返しします。」

「御恩って、そんな本当に大丈夫だから。」

とてもかしこまったいい子に見えました。制服もきっちり着こなし長い髪を後ろに1つで縛っていました。しかし学生鞄の類は手にしておらず、よく見ると靴も片方履いていません。

もしかすると何か事件に巻き込まれたんじゃないかと思いました。

「お嬢ちゃん…靴と鞄はどうしたんだい?」

「あと何分で着きますか?」

私の質問に被せるように聞いてきました。こちらをじっと見つめ異論は認めないといった感じで。

「あ、あと10分くらいだよ。」

「そうですか。」

無神経な質問をしてしまったと思いました。もし万が一本当に事件に巻き込まれたとしても初めて会ったバス運転手の私に話すわけがない。

しかし鞄と靴を履いてないだけで服装は至って綺麗だし怪我もしているようにはみえない。それに怯えているようにみえない。凛と澄まし外を眺めていました。手は膝の上で重ねられていて、子供らしくない感じでした。

何となく話しかけづらくなってしまい、それからは無言で運転していました。

そしてそれから10分ほどで「〇市公民館」に着きました。バス停の横に古ぼけた街灯が立っているだけで、とても簡素なバス停です。そして公民館はバス停からすぐのところにあります。

「着いたよ。」

「ありがとうございました。」

女の子は頭を深々と下げ、バスから降りていきました。私は少しの間公民館へと向かう彼女の後ろ姿を眺めました。

当然のことながら公民館は既に閉まっていて誰もいません。しかし彼女は迷いなくまっすぐと公民館に向かっていきました。

すると彼女は突然振り返りもう一度深々とこちらに向かっておじぎをしました。なんて良い子なんだと思いました。

その日はそんな女の子の誠意のおかげで心穏やかに仕事を終えました。

しかし問題は次の日でした。


次の日の始発便、8時58分着「〇市公民館行き」を運行していました。この時間だと学生がちらほらといます。

時刻通りに〇市公民館に到着するとザワザワと話し声が聞こえてきました。公民館の前に人だかりができており、警官やらパトカーやらもいるようでした。

バスの発車時刻まで少し時間があったのでバスから降りて野次馬の仲間入りをしようと思いました。

野次馬はみなヒソヒソと話しながら公民館の入り口を見ていました。私も人だかりの隙間から見てみました。

びっくりしましたよ!だって骨があったんですから!しかも乱雑に置かれてるんじゃなくて、まるで棺に今の今まで入ってたように胸の前で手を組んでいたんですよ。

「やぁねぇ、誰かの悪戯かしら?」

「違うわよぉ見て?あそこにいるの、園田さんの奥さんよ。半狂乱になりながら警察に連絡したそうよ。娘が帰ってきたって。」

「えぇ?だって道子ちゃん20年前に亡くなったんでしょ?」

「違う違う、行方不明になって遺体は見つからなかったのよぉ。でも可哀そうにねぇ。あんな骨になっちゃって。」

骨の横には白髪交じりの女性が泣き崩れている。きっと園田さん?のお母さんだったのでしょう。

もう一度見るとその骨は制服を着ており、靴は片方履いていません。昨日の女の子と似たような感じでした。

「すいませーん、どいてくださぁい。」

若い警官が道を開けるように呼び掛けていました。骨を運ぶみたいでした。園田さんはその場から立ち上がれないらしく警官が手を差し伸べてもただ肩を揺らすだけ。

「でもなんで今更。園田さんも諦めてたんでしょ?」

「だから電話があったのよ、道子ちゃんから。」

「またそういうの?もう勘弁して頂戴よ…。」

所謂死者からの電話というものでしょうか。野次馬にいたおば様たちの話を聞くと、どうやら20年前に死んだ園田道子さんが母親に電話をかけた、でも本人は死んでる…。でもね、あれ本当に園田さんの骨なのか疑いましたよ。おば様たちは悪戯じゃないって言ってましたが、本物だなんて…。

「すいませーん!バスまだ発車しないんですかぁ!」

「あっすいません!今発車致します!」

お恥ずかしながら考え事をしたせいでバスの発車時刻を過ぎていました。25年間一回もなかったのに。


その日の夜「〇市公民館行き」最終便を運転していました。昨日と同じく乗客はいませんでした。昨日と同じ場所に差し掛かったところでパトカーが道を塞いでいました。2、3台はいたと思います。

「あ、すいませーん、今どかしますんでー。」

朝骨を運び出していた警官が私に声をかけてきました。

「ご苦労様です。あの…すいません、何かあったんですか。」

「あー、なんか事故があってそれの実況見聞ですぅ。」

「はぁ。」

「あ、じゃあ今パトカーどけるんで。」

「あ、はい。すいません。」

そう言うとパトカーへと走って行ってしまいました。

バスの中で待機していると、タイヤの傍に何かが見えました。いつもなら気にしないのですがこの日はバスを降りて確認することにしました。

右の前輪の少し横を見てみると、外ポケット部分に桜の花と「会」の文字の刺繍あしらわれた学生鞄がありました。一目みて会ノ宮高校のものだと思い、さっき声をかけてきた警官に知らせました。

「あれぇ?忘れ物ですか?」

「いや、タイヤの近くに落ちていて…。」

誰かの落とし物でしょうか。でも学生鞄を落とせば流石に誰でも気づきます。

「えぇっと持ち主は園田道子さん…ん?」

鞄に入っていた生徒手帳を確認した警官は首をかしげました。

「どうしたんですか?」

「いやぁ…実は今朝公民館で骨が見つかったでしょ?DNA鑑定したら園田道子さんだと確認が取れたんですよぉ。」

ほら、と生徒手帳をこちらに見せてきました。私は驚愕しました。その生徒手帳に載っていた写真の顔は昨日私がバスに乗せた女の子だったんですから。

「はっ…あぁっ!」

「ちょ、大丈夫っすか?」

思わず口元を抑え後ずさりしてしました。もう立ってるのがやっとです。昨日バスに乗せ公民館へ向かった彼女は幽霊だったんです!20年も前に亡くなった幽霊!

「ちょっと…ほんとどうしたんすかぁ?」

すると急に地面が揺れ始めました。思わず私は頭を抱えてしゃがみ込みました。今だから言えますが幽霊の呪いだと本気で思いました。

「おいっ、お前らこっち来い!!!!!」

一斉に他の警官が叫び出しました。

「えっ、あぁ!!!!!危ない!」

若い彼は上を見上げると私の腕を掴み、物凄い力で自分の方へ引き寄せました。あまりの強さに思わず私は顔から地面に突っ込んでしまいました。

その直後大小いろいろな石が道路へと転がって来ました。何個かの石はバスをアルミ缶のように押し潰していきました。

「あっ、すいませんっ、大丈夫ですか?」

「あっ、は、はい。」

バスはもうペシャンコになっていました。

「あ、立てますか?」

「はぁ、はい。」

警官の手を取り立ち上がりました。

「これで御恩は返しました。ありがとうございました。」

耳元で昨日の彼女の優しく透き通った声がしました。



これで私の話は終わりです。…はい。実はあの後気を失ってしまって、はい。だってねぇ、幽霊に話しかけられたんですから。怖がりなんです私。でも…彼女がいたことを否定することは出来ません。だって「御恩は返しました」って言われたらそりゃ誰だって彼女が約束を守ってくれたんだって思いますよ。でもやっぱり幽霊は怖いです。

…え?あ、いえいえとんでもない。私の話がお役に立ったのなら嬉しいです。こちらこそありがとうございました。


ここで録音データは終わっている。




怪異番号7番 「道端にいる少女」(済)

バス運転手の彼が園田さんをバスに乗せたあの日、彼女の母親に謎の電話が入った。「お母さん、やっと公民館着いたよ。お母さん大好き。」と言ったらしい。母親曰く園田さん本人の声だったらしい。

彼女がなぜあの道にいたのかは分からない。きっとこれからも分からないだろう。

実は夜になると道端に少女の幽霊がいるという噂は前々からあったようだ。しかし幽霊をよく思っていない〇市の住民は仮に彼女がいてもみんな無視していた。きっと彼が乗せてあげなければ彼女は永遠にあの場所にいたのだろう。

これにて調査終了。


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