第3話 国語教師の話(修正版)

理科室なんてな、マジでろくなこと起こらない。夜になれば人体模型は怖いしホルマリン漬けも怖い。よく言うだろ、夜になると動き出す骨格標本の噂。しかし会ノ宮高校理科室の噂は一味違う。「人魚」である。親父が学生だった頃からある噂だから…多分50年前くらいだな。理科室、正確には理科準備室のどこかに人魚がいるらしい。しかもどうやら生きた人魚らしい。だが問題なのは誰も見たことがないということだ。俺の周りはおろか親父の周りでも見た奴はいないらしい。

「…案外ばれないもんだな。」

そして俺は意を決して、その人魚を探そうとしているわけだ。

ちょっと前に警備員がいなくなって以来代わりは来ていない。地元の警察か有志の自警団が交代で警備やるとか何とかって話してたけど、膠着状態らしい。

とりあえずは最後に残った教師が戸締りだけを確認することになっている。チャンスだと思った。これなら誰にも邪魔されず人魚を探すことが出来る。

同僚に今日は俺が戸締りをします、といえば何の疑いもせずに感謝の言葉を述べ帰っていった。教師の仕事は山積みで、みんな早く家に帰って酒でも飲んで自分を労りたいのだ。

「理科室と準備室の鍵だな。」

理科準備室は長らく生徒立ち入り禁止だ。危ない薬品なんかがあるとかいっているが、本当はきっと人魚がいるからだろう。


理科室は何となく空気が重い。ホルマリン漬けの魚、人体模型、様々なものから目線を感じる。昔から理科室は嫌いだったが、ある事件が起こってからはもっと嫌いになった。

高校2年生の時、授業でカエルの解剖をやった。解剖してるときは特に何もなかったが、次の日校庭に大量のカエルが湧いてきた。女子は勿論さすがの男子もあれは叫んだ。そういう…なんか気味悪いことが起こる学校なのだ。

「よっしゃ探すぞ。」

本当は市外の高校に勤めようと思ったのだが、年老いた両親はもう車を運転できなくなった。バスもろくに通っていないので何かあると困る。親に戻ってきてくれと泣きつかれ仕方なく戻ってきたのだ。両親がいなければ二度と戻ってくることはなかっただろう。

慎重に理科準備室のドアを開ける。建付けが悪いのかギィギィと音が鳴る。お化け屋敷気分だ。

部屋の電気のスイッチを押すと付かない。よく見ると豆電球のようだ。さらにお化け屋敷気分が増した。

仕方なしに懐中電灯で辺りを照らすと棚一面にホルマリン漬けが広がっていた。やはり魚が多かったが中にはカエルやネズミなどもあった。劣化が激しいのか既に形を保っていないものも多く、思わず目を背ける。

だがしかし狭い。三畳ほどしかない部屋、どうみても人魚が入ってそうな水槽はなかった。

「…なんだ、何もないじゃないか。」

ホルマリン漬けばかり人魚のにの字も見当たらない。結局噂は噂でしかなかったのかもしれない。

帰ろう。完全に無駄足だった。

部屋を出ようとすると、

ガタッガタッ

急に棚が揺れている。地震か?すぐに揺れは収まりまた静寂が訪れる。

揺れていた棚を照らすと床に何かあることに気づいた。

「ん?」

地下収納らしき扉だ。いかにも怪しい。もしかすると地下か何かに続く梯子があるかもしれない。

ここまで来たんだ。棚を動かすのは一苦労だがどかして扉を開けよう。


汗だくになりながらもやっとのことで棚を動かすことが出来た。間違ってもホルマリン漬けを割る訳にはいかないので1つ1つどかしたので肉体的にも精神的にも疲れた。しかもどかす度にホルマリン漬けの魚と目が合うような気がして最悪の気分だった。

「やっとだ…。」

扉はそこまで大きくないが人1人通れそうな大きさだ。

扉に手をかける。力いっぱい上に持ち上げるが錆びついているのかなかなか開かない。ただでさえ棚を動かして疲れてるのに。

「くそっ…!」

頭の血管が切れそうだ。くそっ!ここまで来たのにっ!

バコンッ

およそ扉から聞こえてはいけない音がなったが何とか開いた。

懐中電灯で中を照らす。すると何と水がなみなみ入っていた。しかも匂いからして海水だ。どうやら扉が開かなかったのは錆のせいらしい。

しかしそんなことはどうだっていい。そもそもなぜ海水がある?誰かが入れたのか?

水面は微動だにしない。懐中電灯を少し近づけて水の奥を見ようとした。しかし何も見えない、底なし沼のように真っ暗だ。

ちゃぽん

水が静かに波打った。と思うと、「手」が伸びてきた。

一瞬のことだった。

気づいた時にはもう水の中。何者かが俺の腕を掴み水の奥へ奥へと引きずりこんでいる。あり得ないくらいに深い。収納の域を超えている。もう深海だ。

しかも掴んでいるのは人間の手ではなく、蛸のような触「手」だった。

息なんて続かない。触手のなすがままである。

思わず口を開けるとしょっぱい水が大量に流れ込む。苦しい苦しい苦しい苦し…


彼はそのまま、水の底へ底へと沈んでいった。



ここで質問。一体『誰が』話しているのでしょうか?




怪異番号6番 「人魚」

正体は理科準備室に住む巨大蛸。しかも異界の蛸らしく理科準備室の収納スペースが異界への入り口になっているらしい。生徒への被害が頻発したため立ち入りを制限。理科教師のみが蛸の存在を知っている。

ちなみに誰も見たことがないというのは蛸に連れ去られているから。当たり前である。異界に行けば二度とは帰ってこられない。


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