第2話 会ノ宮高校女生徒たちの話
「ねぇやっぱりやめない?」
「何怖がってんのよ。今更帰るなんて許さないから。」
「そういう美沙だって怖いんでしょ。」
「は?殺すよ?」
あーあ、OKするんじゃなかった。美沙に誘われてズルズル来ちゃったけど、やっぱり怖い。親に知られたらマジで殺される。
「変なことしたらヤバイって言われてるじゃん。」
「だから比較的大丈夫そうな図書館に行くんでしょ。」
「見てどうすんのよ。」
「撮影して動画サイトにアップする。」
「アンタほんとヤバイ。」
『会ノ宮高校図書館の霊』。病弱な生徒が本を読んでいるときに発作かなんかで死んだっていうありきたりなやつ。噂だとなんかただ本を読んでるだけらしい。
「てか鍵かかってないの?」
「大丈夫。図書委員買収して、鍵もらった。」
「いつか捕まるよマジで。」
ほんとどうかしてる。動画サイトにアップするとか…有名人になりたいわけ?
「ほら行くよ。」
「はーい。」
美沙とは中学校時代からの友達。明るくクラスのリーダー的な立ち位置、悪く言えば目立ちたがり屋だった。しかし高校に入ってから少し変わった。良い意味でも悪い意味でも「目立つ」ことに執着している。きっと怪異の撮影も目立つためなんだろうだろう。そんな彼女についていく私は腰巾着的立ち位置なのかあるいは彼女を1人にはしたらダメなのではという責任感なのか。危なっかしい美沙を支えるストッパー的存在なんだ。
「着いたよ。」
「やっぱりやめない?怒られたら面倒だよ。」
「今更帰れないよ。ここで幽霊撮影したら有名人になれるんだよ。」
「私はどうでもいいもん。」
「じゃあ何で付いてきたの?」
「それは…美沙が心配だから…。」
「じゃあ最後まで付き合ってよ。」
「……分かった。」
結局いつも美沙に押し切られてしまう。いつも、そうなのだ。
「さ、早く。」
既に鍵を開け終わった美沙はドアを開け手招きをしている。
「はいはい…。」
図書館は当然のことながら静まり返っている。暗く月明りだけが頼りになってくる。
懐中電灯を私に渡すと美沙はカメラを構えた。意気揚々と足を踏み出している。
「幽霊が出るのってどの辺だっけ、窓際?カウンター横?」
「落ち着いてよ。確か窓際の1人席。」
「亜沙子もちゃんと見ててよね。大事な目撃者なんだから。」
「目撃者って…。写真があれば別に必要ないでしょ。」
「写真だけじゃ捏造だって言われちゃうじゃん。だからこその目撃者でしょ。」
「あっそ。でも私の名前出したら許さないからね。」
「分かってますよ~。」
その言葉から信用は伺えない。今も、昔から自分のことにしか興味がないのだ。
「窓際…あそこ?」
窓際の1人席。カフェのカウンター席のように窓ガラスに沿っていくつか椅子が並べられている。月明りが机上で反射しているが、それ以外に特に変わったことはない。
「ほらね、幽霊なんていないんだよ。早く帰ろ。明日朝起きれないよ?……美沙?」
美沙は立ち止まりじっと机の方を見つめている。
「帰ろうよ。」
「お願い亜沙子。1時間だけ待ってくれない?」
「1時間?何で?」
「ほら、幽霊が出るのは真夜中過ぎてからでしょ?だからほら、今11時ちょっとだから12時まで。ね?いいでしょ?」
「…本当に12時までなんだよね?」
「勿論。流石に12時過ぎたらヤバイもん。」
「…分かった。12時までね。」
「ありがと~。」
そういって私たちは本棚の後ろに隠れて机を観察することにした。
約束の1時間が経った。当たり前といえば当たり前なのかもしれないが、特に何も変化はなかった。
「美沙、もう12時だよ。帰ろう。」
美沙は唇を噛みしめ悔しそうにしている。幽霊が現れず無駄足を踏んだらそりゃ悔しいと思うが。
「美沙、早く帰…」
「このまま帰れる訳ないじゃない。写真撮らないとみんな注目してくれないでしょ!」
般若のお面みたいな恐ろしい顔で私を睨みつけて吠えた。
「ちょっと落ち着いてよ。心霊写真じゃなくてもいいじゃん。別に…何だって方法はあるじゃん。」
「だって心霊写真の方がインパクトあるしそれにそれに写真撮ればここから出ていけるもんっ。」
「ここを出るってまさか…市外に出るつもりだったの?」
「そうだよっ、本当は△市の高校に通うはずだったのに、推薦取られたんだよっ。」
初耳であった。美沙が市外の高校に通おうとしてたなんて。確かに美沙はこの町を早く出たいと言っていたが、冗談だと思っていた。まさか本気だったの?」
「宮元さんに?」
宮元さんとは中学時代の同級生。中学生徒会長を務め、市外の高校の推薦枠を獲得した。
「もし生徒会長になればこんなところさっさとおさらばだったのにさ!」
美沙は生徒会長選で宮元さんと戦い敗れた。今思えば美沙が目立つことに躍起になり始めたのはこの頃だったかもしれない。
「そんな…一言も私に言ってくれなかったじゃない。」
「なんで亜沙子に言わなきゃいけないの。」
「だって私達友達じゃないの?」
「違うし。あんたはただの引き立て役だよ。大人しくて地味でいいのよ、ちょうど。」
頭をガツンと殴られたようだった。
「は、じゃあ何?今日こんな夜中に私を呼んだのは、ビビってる私を撮るため?」
「当たり前じゃん。あんたなんかねっ、腰巾着以下だよ。ただの道具よ。私が目立つための。」
「………もう帰る。」
上手く思考が纏まらない。ただ今は彼女の近くにいてはいけないと思った。下手したら殺してしまいそうだ。
足早にドアへと向かい手をかける。しかしドアは鍵がかかっているようで開かない。
「…ドア開かないんだけど。開けてよ。」
「は?閉めてないけど。」
押しても引いてもドアは開かない。
「ちょっと冗談やめてよ。開けてよっ早くっ。」
「今この状況で嘘つくと思ってんの?そんなに馬鹿にみえんの?」
アンタは目立つことしか頭にないアホだよ。
「じゃあ開けてみなよ。開かないんだから。」
美沙がやっても結果は同じ。ビクともしないドア。
「…朝まで待つわけ?」
「待つしかないでしょ。」
「…私さっきの本棚のとこ行くから亜沙子はどっかべつのとこ行ってよ。」
「言われなくてもわかってる。」
この状況においても美沙は私に命令してくる。明日先生にチクってやる。
少し頭が冷えてきて美沙への怒りが哀れみに変わっていった。目立つことしか頭にない可哀そうな美沙。もう美沙とはおさらばして早く新しい友達作ろ。共依存なんて思ってた私が馬鹿すぎた。
時計を見ると既に1時を回っていた。お母さん心配してるかな。でも美沙の家に泊まりに行くって言ったし気づいてないかも。
「あさっ、亜沙子っ」
すると美沙が何やら慌てた様子で走ってきた。
「なに?」
「窓際っ、幽霊っ。」
「え?」
「出たのよっ本当に幽霊が!本読んでたのよ!」
嘘を言っているようには見えなかった。私の腕を痛いくらいに引っ張ってくるので仕方なくついていく。
さっきの本棚の後ろから机を見るとそこには幽霊がいた。本を読んでいるのか座っている。後ろ姿なので顔はわからないけど髪が短いので男子?ブレザーっぽいを着てる。ブレザー…?
「今の制服って学ランだよね?」
「幽霊だ…本当にいたんだ。」
「ちょっと美沙っ!」
美沙は幽霊を目にしたことで興奮状態なのか、私の制止の声など聞こえちゃいない。
ゆっくりとビデオカメラを構え、彼の背中を映す。
「美沙っ、隠れないとっ!襲われたらどうするの!」
「それよりビデオ撮らないと。」
「美沙っ!」
幽霊に近づこうとする美沙の服を引っ張る。
「あっ、ちょっと何すんのよっ」
美沙はバランスを崩し尻もちをついた。そして、その拍子にビデオカメラが音を立てて床に落ちた。
ガシャンッ
「そこにいるのはだぁれ?」
こちらへと振り向き立ち上がる幽霊。その顔が月明かりに照らされ露わになる。
顔が、ない。目も鼻も口も、何もない。まるでブラックホールのように真っ暗だ。
「ひっ…。」
マジもんの幽霊じゃん。てか化け物。終わった。死ぬんだ、ここで。
「何あれ、マジもんじゃん。やっぱいたんだ、幽霊。」
美沙はカメラを拾い立ち上がり、焦点を幽霊に合わせる。なんて、なんて、命知らずなんだ。もう私には止められない。
そんな美沙に幽霊も気づいたのかこちらに歩み寄って来る。私の目がおかしいのか蜃気楼のようにユラユラと揺らめいて見える。それにこころなしか髪の毛が白っぽくみえる。
「君たちはだぁれ?」
明らかに美沙の目を見て話している。私には気づいてないの?
「…アンタの映像を撮りにきたの。」
「映像…え、映像?」
顔こそないが声色からかなり困っていることがわかる。もし眉毛があったらきっと八の字になってるだろう。
「有名なんだよ、『図書室の幽霊』。」
美沙は馬鹿正直に理由を話しながら幽霊へと近づく。
「映像なんか撮らないで下さい…みんな私を馬鹿にするんだ。」
まるで涙を隠すかのように顔を覆っている。涙なんか流れるはずないのに。
「ははっ、最高。これならみんなきっと振り向いてくれるっ。」
嫌がる幽霊なんてお構い無しにカメラを回し続けている。どこまでも、自己中なんだね。
「あああ…やめてください。もう撮らないで…助けてぇ。」
顔を覆いながらへなへなとしゃがみ込む幽霊。何だか可哀そうになってきた。
「美沙、やめよ。もう十分でしょ。」
「まだよ。あと少し…あと少し…。」
「助けてぇ…東くん。」
東くん…?誰のことだ?
刹那、美沙が消えた。
カメラだけが派手に音を立てて落ちる。
「はっ…?」
一瞬の内に消えた。人体消失マジックのように。
あまりに一瞬のことで叫び声すら出ない。
「…ぐすっ、貴女はだぁれ?」
涙?を拭い幽霊が私の顔を覗き込んだ。近くで見ても彼の顔は真っ暗だった。そして髪の毛は真っ白だった。
「あの子のお友達?」
声が震えて出ない。
「でも多分違うよね。だってお友達だったらあんなこと言わないもんね。」
あんなこと?…もしかして最初から私たちのこと見てたの?
「私今とっても悲しいんです。だから早く帰ってくれませんか?じゃないと貴女まで消してしまう。」
消す、やっぱりコイツが美沙を消したんだ。
「ド、ドア、あ、ああ開かない。」
「ドア?…あぁすいません。きっと「同居人」の仕業ですね。安心して下さい。今開けてもらいます。だから安心して下さい。」
「あっ安心なんて出来る訳ないでしょっ!め、目の前で美沙が消えたんだよ!?幽霊目の前にして安心なんてっ」
「しー。図書館ではどうぞお静かに。」
私の唇に人差し指を当て言った。幽霊なのに温かいような気がした。
「早くお帰りを。」
私を蛇のようにジッと睨みつける。目はないのに何故かそこに目があるような気がした。真っ暗な暗闇に浮かぶ…目。
「あ、あ、は、はい。」
これ以上はダメだと直感的に感じた。
ふらつく足を何とか動かしドアに手をかける。ドアはすんなりと開いた。
後ろを振り返ると彼が手を振っていた。
ゆっくりと階段を下りる。足がふらつき上手く下りられない。
ぴちゃんっ
上から水滴が落ちてきた。上を向く。
「アイツのこといじめんなよ。食うぞ。」
そこには大きな口があった。
そこからはあまり記憶がない。とりあえず家まで走って布団に潜り込んだことまでは何となく覚えている。お母さんが何か言ってるような気もしたが正直それどころじゃなかった。
顔無し幽霊。でっかい口のなんか。消えた美沙。全部全部夢だと信じたかった。全部違う現実じゃない。嫌な夢なんだ。
いつの間にか寝てしまい、朝お母さんの怒鳴り声で目が覚めた。午前6時だった。
「美沙ちゃんが、学校の屋上から飛び降りたって。」
美沙が死んだ。学校の屋上から飛び降りたと美沙のお母さんから連絡があったらしい。その結果お互い学校に忍び込んだことを白状せざるを得なかった。めちゃめちゃ怒られた。しかし美沙のお母さんとお父さんだけは怒らなかった。美沙が巻き込んじゃったんだね、ごめんね、と逆に謝られた。
葬式は次の日行われた。棺の小窓は開けられなかった。顔が、潰れてしまい面影もなかったらしい。まるで、元から目も鼻も、何もなかったように。
涙は出た。やっぱり悲しかった。
ここで貴方に質問です。『怪異』とは何だと思いますか?
怪異番号4番 「図書館の霊」
図書館で本を読んでいる幽霊。顔面は何故かない(理由不明)。ブレザーを着ていることから少なくとも15年前に死んでいると思われる。普段は大人しいのだが茶々を入れに来る人物をテレポートさせ屋上から落としているらしい。名前不明。しかしどうやら「東くん」という友達がいるらしい。(「東」という生徒は生徒名簿には載っていない。)
怪異番号5番 「『同居人』」
詳細不明。大きな口があることだけはわかっている。今のところ目撃証言は図書館のみ。もしかすると「東くん」の可能性がある。
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