会ノ宮高校怪異録
烏森細雪
第1話 とある夜間警備員の話
良い子も眠る丑三つ時。いや大人もこの時間に起きているのは稀なのではないか。起きているとすれば社畜か夜勤勤務くらいじゃないか?兎角言う俺も学校の夜勤警備の仕事真っ最中なのだが。
夜の学校といえば、なんといっても「怪奇現象」だろう。音楽室の肖像画、校庭の二宮金次郎像、年がら年中水の張られたプール…。数えだしたらキリのない怪奇現象が起こりそうな種。しかし実際のところそんなのはあり得ない。どんなに想像しても起こりうる訳ないのだ。よく子供の頃に妖精やら幽霊を見たとかそういうのも全部夢か注目されたくて付いた嘘のどっちかだ。
「チッ…もうこんな時間か。」
この仕事では2時間おきに学校内を見回りしなくてはいけない。そんなに広いわけでもないから30分もあれば終わるのだが、やっぱり面倒なのだ。あーあ、夜間警備なんて仕事やるんじゃなかったわ。時給が他に比べて桁違いに高いからわざわざここに越してきたのによくよく考えてみると問題が山ほどあった。辺鄙な立地、新参者を珍しい目でみる爺婆、細かいルール。これは早々に転職だな。
「なんでこう…俺は運がないのかねぇ。」
以前勤めていた会社をリストラされてからは定職に就かず転々としてきた。恋人もいなければ家族とも疎遠。もし人生をガチャとするなら俺は間違いなくハズレだろう。
「あー、つまんね。」
いっそのこと強盗かなんかやって一か八かの大勝負に出るのもありかもな。まぁどうせ運のない俺は捕まるけど。
今日は新月なのかいつもより外は暗い。それこそ懐中電灯の光がなければ一寸先も見えない。この仕事を始めて一か月近くになるが、どうも夜目は効かない。夜目って鍛えられないものなのか?
「ん?」
耳をすます。するとガタガタと音が聞こえる。机とか椅子かなんかが揺れてる感じの音。
「誰かが忍び込んだのか?」
思わず唾を飲み込む。右手に警棒、左手に懐中電灯を握り音の鳴った方へ向かう。思わず握る手に力が入る。泥棒、という考えが頭をよぎる。学校に忍び込む輩なんていないと思ってたのに。
2年A組、ここか。ドアに付いてる小窓から覗くが、何も見えない。いくら何でも暗すぎじゃねぇか?新月ってだけでこんな暗くなるのか?
音が鳴らないようにそっとドアを開ける。隙間から覗いても何も見えない。しかし全く音がしないので、誰もいないかもしれない。
恐る恐る懐中電灯で少し照らしてみると机や椅子が散乱している。それも1つや2つじゃない。泥棒がやったのか?いや待て。冷静に考えて、どんなドジ野郎でもこんなひっちゃかめっちゃかにするか?これじゃあ台風が去った後だ。
確かに机がガタガタするような音はした。だがもしこんな状態ならもっと大きな音がなるはず。ということは、
「悪戯か。」
きっと生徒の誰かが朝来た生徒やら教師やらをビビらせるためにやったのだろう。あーあ、全く。
一瞬、ほんの一瞬「怪異」を信じた俺がいた。そんなもんある訳ねぇのに。
ぴちゃ…ぴちゃ…ぴちゃんっ…
お次はなんだ?水道から水が漏れてるのか?全くボロ学校がよ。
一歩足を踏み出すと、ぴちゃんっと音を立てた。天井から雨漏りか?
天井を照らすが水らしきものは見えない。そして足元を照らすと、
「は?血かこれ。」
赤黒い液体が床一面に広がっている。おいおい、教室に入ったときはこんなもんなかったぞ。
ぴちゃん…ぴちゃん…ぴちゃん…
どこから垂れているか分からないが確実に何かが落ちている。これも悪戯か?最近の学生は手の込んだことをしやがる。
「靴がびしょびしょじゃねぇか。」
靴は赤黒い液体で濡れている。触ってみるとサラサラというよりかは少しネチャッとしてる。しかも臭い。めっちゃリアルな血糊だな。でもこれは流石にやりすぎじゃねぇか?下手したら退学だぞ。
「やめてお願い。許して下さい。」
耳元で声がする。思わず体全体に鳥肌が立ち、身体をのけぞらせた。
「わっ!?」
辺りを見回すが誰もいない。おいまさか本当に誰かいるのか?頭に思い浮かぶ幽霊やらお化けやらの幻想を吹き飛ばす。でもこれは…いや待てよ。ボイスレコーダーやカセットテープで声を流すような仕掛けなのかもしれない。
「全くふざけんな…」
すると懐中電灯の灯りが点滅を始め、そして完全に消えてしまった。辺りは真っ暗で何も見えない。流石の俺でもこれは怖い。
「何でもします…だから殺さないで。」
また声がする。殺さないで?サスペンステイストなのか?
「先生…やめて。」
先生?俺は先生じゃないぞ。もしかしてターゲットを間違えてるのか?
「せんせっ…ああああああああっ!」
消え入りそうな声は絶叫へと変わる。何かが削れるような音と引きちぎれる音、びちゃっ、べちゃっと水っぽいものが落ちる音が聞こえる。なんだスプラッターなのか。
次の瞬間顔に何かが温かい液体が飛び散った。とんでもない程の生臭さで思わず胃液がせりあがってくる。手で拭うが上手くいかない。そもそも暗くて何も見えない。
「なんだよこれぇ。気持ち悪い。」
思わず本音が出る。流石の俺もこの状況で煽るようなことは出来ない。
するとまたあの生臭い液体が飛んでくる、少し遅れて丸太のようなものが頭めがけて飛んできた。避けられるはずもなく、頭に直撃して倒れこむ。
「ぎゃっ…」
触ってみるが生暖かい。手をその丸太に這わせると何か硬いものに当たった。触ってみると爪、だった。爪、丸太、爪…足か。
その足っぽいのを投げ捨て四つん這いになって移動する。この際全身生臭い液体だらけでも気にしない。電気だ、部屋の電気、電気電気電気っ!
もう悪戯とか幽霊とかそんなのはどうでもよかった。とりあえず何が起こっているのか知りたかった。
しかし部屋の電気は付かない。
「おいっ、何でつかねぇんだよぉ!」
何度ボタンを押しても部屋の明かりは付かない。
「おいっ質が悪いぞ!校長に訴えてもいいんだぞっ!」
何も聞こえない。
「おいっ返事くらいしやがれ!」
そう叫びながら電気のボタンを何度も押すが、一向に付く気配はない。壊れてんのか!?
すると手に一筋の光が差す。
ふと窓の方に目をやると雲の間からうっすらと月がみえる。
しかしその月は青かった。
「は?」
思わず声が出た。瞬きしても目を擦っても月は青い。
「青い…月。」
青、月、2年A組。キーワードが一つの線で結ばれ、ある記憶を呼び起こす。
『旧2年A組には午前2時から午前5時まで何があっても立ち入らないこと』
『また月が青く見えたら至急警備室に戻ること』
「おめでとうございます。貴方は『怪異』に選ばれました。」
「おわぁ!?」
後ろを振り返るとそこにいたのは男。いや少年。制服を着たやや背の高い少年。だが、足がない。切り落とされたのではなく、千切れたように断面が歪だ。
「足、無い…」
「ではさようなら。」
なんだお前、と言おうとしたが声は出なかった。そらそうだ。なぜなら俺の頭と胴がさよならしたのだから。
最後に見たのは少年の足から流れる真っ赤な血。聞こえたのは、
「安心して下さい。きっと『彼』は優しい。」
と囁く彼の声であった。その声はあの助けを求める声と似ていた。
あーあ、ほんとついてないわ。
間抜けに転んで首から血を吹き出す自分の体を眺めながら自分の運の無さを呪った。
「警備員のおじさんが消えたってマジ?」
「マジらしいよ。しかも床に血っぽいのがあったって。」
「マジもんじゃん。何?誘拐?」
「違うよ、だってあの『旧2年A組』だったらしいもん。」
「あー、それオワタなやつじゃん。」
「あのオッサン知らなかったんじゃね?あそこに入っちゃいけないって。」
「生徒でも知ってんのに知らなかったの?アホじゃん。」
「まぁどうせ『怪奇現象』馬鹿にしてたんでしょ。」
「よくもまぁこの学校に来たこと。」
〇市立会ノ宮高校。まさに『文武両道』を絵に描いたような学校、というのが表向きで実際は怪奇現象が後を絶たない恐ろしい学校である。しかしそれでも毎年入学生は来るので廃校になる気配はしない。何故こぞってこんな恐ろしい学校に来るのか。理由は立地にある。会ノ宮高等学校のある〇市は○県の中ではかなり辺鄙な場所に位置しており、公共交通機関も発達していない。都市部に行くには約2時間バスや電車を乗り継ぐ必要がある。極めつけに市内に高校は会ノ宮高校1つのみだ。そのため会ノ宮高校に通うか市外の高校に通う以外に選択肢はないのだ。子の親としても変なことが頻発する学校になんぞ行かせたくないと思っているだろう。しかし外の学校に行かせるにはお金がかかるし子供に負担がかかる。結局市内に住むほとんどの中学生がこの学校に進学しているのだ。
「別に変なことしなきゃ大丈夫だし。」
「そそ、ちゃんと知ってればね。」
「まさに『無知は罪』ってか?」
この学校で生き残るためには、『怪異を知る、変な行動を取らない』ことが必要なのだ。
ここで貴方に質問。貴方は怪異を信じますか?
怪異番号1 「旧2年A組」
教室が丸ごと怪異になったもの。元々はごく普通の教室だったのだが、3年前に男子生徒が殺害されたことにより異変が起こり始める。(朝教室に入ると机や椅子が散乱していたり窓や黒板が割れたり等)そのため学校は立ち入りを禁止した。なお生徒を殺害した犯人はいまだに見つかっていない。
怪異番号2 「旧2年A組の男子学生」
旧2年A組で消息を絶った人たちはこの怪異によって誘拐あるいは殺害された可能性が高い。3年前の10月29日未明に何者かによって殺害されたらしい。どうやら両足を切断されたらしい。(両足は見つかっていない)生徒の名前は(塗りつぶされていて読めない)。2年A組の生徒。
怪異番号3 「青い月」
割と頻繁に起こる怪異。出現条件は不明だが、どうやら別の怪異が現れることを知らせているらしい。直接的な害はない。
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