第4話 音楽教師の話
こんばんは、音楽教師の沢田あかねです。母校である会ノ宮高校に勤めて2年目の新人教師です。知ってるとは思いますがこの高校は少し「おかしい」んです。怪奇現象が絶えなくて…良いことではありませんが生徒教師共に失踪したり亡くなったりすることもあります。でも悪い学校ではないんですよ!施設は綺麗だし教師たちもいい人が多いですから!それに…悪い幽霊ばかりではないんですから。
高校3年生の冬、最後の合唱祭を控えた私は音楽室でピアノを練習していました。元々ピアノを習っていたので技量はそこそこにあったと思います。でもひどいあがり症で人前に立つのが苦手でした。そんなこともあって本当はピアノ伴奏をやりたくなかったのですが、どうしてもと頼まれて断れませんでした。
課題曲はさほど難しいものではなかったはずです。しかし最後の通しリハーサルではミスを繰り返してしまいました。とんだ恥晒しです。その場では励ましてくれたクラスメイトも心の中では呆れ果てていたと思います。なので本番ではそんな失敗をしないように放課後居残って練習していたという訳です。
「~♪…うん、出来た。」
人がいなければミスなく出来るのに。でも人の目線を感じると手が震えてしまう。息は上がるし体じゅうの血が顔に集まる感じがする。あぁ、何で引き受けちゃったんだろう。
ふと時計を見るともう午後5時になっていました。家までは徒歩20分なのでそろそろ帰らないと親に怒られます。ピアノの蓋を閉めて帰ろうとしました。
「綺麗な演奏でしたねぇ。」
声がした方を振り返るとそこには男の子がいました。一番後ろの席に座りパチパチと拍手をしてくれています。
聞かれていたのかと思うと一気に汗が吹き出しました。
「あっ、あ、い、いつからそこに?」
「最初からいましたよ?それにしても素晴らしかったです。聞き惚れてしまいました。」
「あ、ありがとう、ございます。」
まさか最初から聞かれていたとは…。手汗が滲み、その汗を吸わせるようにスカートを強く握りしめました。
「もう一度、聞かせてくれませんか?」
「えっ、でも、私、そ、あ、…。」
顔は暑いはずなのに身体の芯は冷たくなっていき顔も汗ばんできました。早くこの場から逃げ出したい…。
「あ、お、落ち着いて下さい!」
彼は椅子から立ち上がり私の方に近づいてきます。近づくにつれ私の心臓は激しく鼓動してきました。思わず後ずさりする私に迷いなく近寄ると、私の手に優しく触れました。彼の手は酷く冷たかったのを覚えています。
「貴女は『選ばれなかった』んです。これから何だって出来ますよ?」
「えっ、選ばれなかったって?」
「貴方は『選ばれなかった』。ただそれだけです。」
全く意味が分からなかったけど何となく貶されている感がしました。だって選ばれてないって何か自分が特別じゃないって言われてるみたいじゃないですか。
「あっあっ怒らないで下さい。でも貴女はこれから色んなことが出来るんですよ!大学に行って、働いて、もしかすると結婚して子供も生まれるかもしれない。平凡な言葉ですが、人生明るいものですよ、きっと。」
優しく微笑みながら私の手をそっと握りました。あんなに強くスカートを握っていたはずなのにすんなりと解けました。。
「でっ、わ、私なんかそんなっ。」
「自分を愛しましょう。褒めてみましょう。失敗したって大丈夫ですよ!それも人生です!」
その口調はまるで進路指導の教師みたいでした。
「で、でも私は、本当に。」
「自分の殻を破ってみてはいかがですか?…試しにその前髪を上げてみることから。」
私の、目にかかるほどに長い前髪、人と目を合わせないための私の盾。
「見ることは怖い。でも見ることで開ける世界は必ずあるのです。…私には何も、隠すことが出来ませんでしたから。」
寂し気に呟き私の手を放しました。
「あっ、長く引き留めてしまい申し訳ありませんでした!もうすぐ学校が閉まってしまいますよぉ。」
「えっ、あっ…。」
時計を見るともう6時になりそうでした。怒られるっ!
「あ、な、名前なんていうの?」
「僕ですかぁ?………浅木です。浅木、智。」
少し考えてからそう答えました。
「浅木、くん。」
少なくとも私のクラスにはいない。そもそも3クラスしかないから何となく名前は知ってるけど、こんな子いたかな?
「あっ、わ、私の演奏聞いてくれる?本番では、もっと上手く弾くから!」
「うふふっ、上手く弾かなくていいんですよ。今日みたいな綺麗な音色であれば。」
「あ、うん。じゃ、じゃあね!」
彼の笑った顔はとても素敵でした。そんな顔にドキッとしてしまったのか何なのかは分かりませんが、後ろは振り返ず一目散に階段を駆け下り下駄箱に向かいました。
次の日、慣れない髪型にそわそわしながら教室に入りました。
「あっ、髪の毛切ったの?」
「どうしたの、イメチェン?」
前髪を切っただけで質問攻めでした。
「あ、うん。あの、もうすぐ、合唱祭だから。」
目は合わせ出来るだけ、出来るだけハキハキと話しました。
「あ~わかる!沢田さんピアノだしね。」
「似合ってるよ!」
心臓が口から飛び出そうでしたが何とか耐え抜きました。
「わ、私本番は頑張るから。」
「うん!みんなでがんばろ!」
「絶対優勝だかんな!」
私の肩を組み声高々と勝利を宣言しました。
彼女たちの目に悪意は感じられませんでした。
教室はお祭り状態でした。あのあと私たちのクラスは合唱祭で優勝して飲めや踊れやの打ち上げ会が開かれていました。
「やったーっ!!!沢田さんのおかげだよ!」
「そ、そんな。私じゃなくて、みんなの歌がすごかったからだよ。」
「そんな謙遜しなくて良きよぉ。でもぶっちゃけね、リハーサルの時の沢田さん見て大丈夫かなぁって思ったのよ。すごいあがりようだったもん。」
「わ、私人前に出るのが苦手で。」
「あははっ見ればわかるって!でもね本番の沢田さんすごかったよ?プロのピアニストみたいで。」
「実は私、いつかピアノの先生になりたくて。」
「なれるなれる!でもまずはあがり症治さないとね。」
「う、うん。」
この時話しかけてくれたのは町岡さんです。今まで話したことなんてありませんでしたが、話してみるととても気さくな人でした。
「てかリハの後髪切ったよね?やっぱ彼氏?」
「ち、違うよ?自分に自信を付けようと思って…。」
「へ~。」
「でも自分からじゃなくて浅木くんって子に言われたからだけどね。」
「今なんて言った?」
「えっ、あっ、じ、自分からじゃなくて…浅木くんに言われて。」
「あっ、浅木って浅木智!?」
「そ、そうだよ?知り合い?」
あまりの剣幕に驚きを通り越して恐怖を感じました。もしかして言っちゃいけなかったのかな。
「…17年前に男の子がこの学校で自殺したの。でその子の名前が浅木智っていうの。」
「え…。で、でも偶然ってこともあるんじゃ…。」
「じゃあその子の顔覚えてる?」
「顔?えっとね、ブレザー着てて上履きは黄色、で背は高めで髪は白っぽかった………あれ、顔?」
会ったのはついこの前です。ぼんやりしてることが多い私でも流石に覚えているはずです。ですが、ですが、全く思い出せませんでした。まるでそこだけ「真っ黒な穴」が開いているように。
「私もね図書室で会ったことあるの。あっちから話しかけてきて、で同級生かなって思ったんだけど話題が古いのよ。で今何年って聞いたらさ…19×△年だって。もうヤバイじゃん。で、今は19〇×だって言ったら…」
そこまで言い終わるとガタガタと震え出しました。
「だ、大丈夫!?ごめんねっ私が変なこと言ったせいで。」
「ちがう…沢田さんのせいじゃないよ。でも1つ言わせて。この学校に優しい幽霊なんていない。みんな、やばい。」
私を見るその目は真剣そのものでした。
そのあと彼には1度も会っていません。町岡さんはああ言っていましたが、私はどうしても彼が悪い幽霊だなんて思えないんです。
少なくとも私は少し自信がついて、子供たちを導きたいと教師を志し母校に帰ってきました。自分の殻を破れたのは間違いなく彼のおかげです。彼は、私の人生を変えてくれた「恩人」ですね。
でも不思議なんです。最後会った時に彼が笑ったことだけは分かるんです。おかしいですよね。顔を覚えてないのに。
怪奇番号4番「図書館の霊」(追記)
音楽教師の話より幽霊の名前は判明。浅木智(あさぎさとし)。17年前に学校の図書室から飛び降りて死亡。自殺とされているが他殺の可能性が残っていたらしい。音楽室に現れた理由は不明。
名前が判明したので交友関係を調べたところ東優希(ひがしゆうき)という人物があがった。浅木智の友人であり隣町の高校に通っていたようだが、同じく17年前に交通事故により死亡。名前が一致しているため彼が「同居人」である可能性が高い。
会ノ宮高校怪異録 烏森細雪 @sayuki-karasumori
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。会ノ宮高校怪異録の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます