私は無敵の女子高生!

生乾きわかめ

私は無敵の女子高生!

目が覚めると同時に少しのカビ臭さが鼻を貫く。

丸めていた身体を無理やり伸ばし、周囲を見渡すと薄暗い部屋の床には無数の本が散らばっていた。


そうだ、お父さんの書斎で寝てたんだっけ。

最近やたらとお父さんの夢を見るのも納得がいく。

長い出張でなかなか帰ってこれないし、かわいい娘が恋しいのかな?それとも書斎に入って勝手に本を読み漁っていることに怒ってるかもしれない。

んー………まぁいいっか。

別に怒られたって気にしない

だって私は無敵の女子高生なのだから。


分厚い遮光カーテンを開け、雲ひとつない空を見上げながら大きく伸びをする。

声は出さない。あざと過ぎる女子高生は今どき流行らないのだ。


にしても気持ちのいい朝だ。

最近騒がしい日が続いてたけれども、ようやく落ち着いた。


スッキリとした頭でカレンダーをみると、今日の日付は歪な円で囲われていた。


……そうだ、今日だ。


口角を上げる。

そうだ、今日だ!

16年とちょっとの人生初めての一人旅!

その偉大な一歩を踏み出す日だ!


こうしちゃいられない!

まずは腹ごしらえだ!!


はやる気持ちを押さえながら階段を静かに降りる。

私は無敵の女子高生、おしとやかさも備えているのだ。


リビングの扉に手をかけ、一旦深呼吸をしてから中に入る。


まず目に入るのはワインレッドのソファで寝ているお母さん。


足音を立てないように忍び足でキッチンへ向かう。


戸棚からコーンフレークを手に取る。

今日は記念すべき旅立ちの日、ぜーんぶ食べちゃおう。

残り少ないコーンフレークを全部器に移して食卓へ。

どうせ誰も見ていないのだしこのままキッチンで……とも思ったけど、今日くらいはちゃんとテーブルで食べよう。


席につき、静かに手を合わせて黙々と食べる。

賞味期限が切れて湿気っちゃってる。

牛乳さえあればちょっとは誤魔化せるのに。


コーンフレークや牛乳を買い足してくれていたお母さんは先週からうってかわってずっとあんな調子。

あんなに優しかったのに、すっかり冷たくなってしまった。


色々あったし、そっとしておいてあげよう。


さぁ腹ごしらえも済んだし、旅の準備だ。


着ていたパジャマを脱ぎ捨て、Tシャツにトレッキングパンツ、登山用のパーカーを羽織る。


………ダサい。


なんで女子向けの登山用品はこんなに目がチカチカなるような色をしているんだろう。

これをかわいい!って言ってくれていたお母さんのセンスが信用ならない。


次は持ち物チェックだ。


んーーー……………。

下着とTシャツを何枚か。履きなれた靴下を多めに持っていこう。


夏でもなければ下着さえ変えれば2日くらい平気。

ってお父さん言ってたし……。

おっさんと女子高生を同列に語るのはどうかと思うけど、これくらいでいいだろう。

あまり多いとかさばっちゃうしね。


タオルも多めに持っていこう。

どこに泊まるかまだ決めてないし、アメニティがある所ばかりとは限らない。


あとおやつ。

300円なんてケチ臭いことは小学校と同時に卒業した。

この日のためにとっておいたスナック菓子を取り出す。

キッチンにあった缶詰も持っていこう。

こんな形でサバ缶ブームに助けられるとは思わなかった。


次に水。

結構使ってしまったけど2日分くらいの飲み水はあるはず。

ていうかそれ以上は女子高生には重すぎて持てる気がしない。


救急箱。

箱は嵩張るから、包帯や消毒液を取り出してジップロックに入れる。

どれだけ役に立つかはわからないけどあって損はないと思う。


それらを一つ一つ確認しながら押し入れから引っ張り出した大きな登山用リュックに放り込んでいく。

そこそこ重くなってきた。

これ、相当大変な旅になるぞ………。



考えても仕方がない。

次、包丁。


一番大きいのは先週お母さんに使ってしまった。

その次に大きい包丁を取り出し、布で包む。


友達とテーマパークに行ったときを思い出すなぁ。

お父さん、めっちゃ心配してたな。


『都会は危険だぞ!? いつ何者が襲ってくるかわからん!銃でもあれば安心だが………せめてナイフを持っていけ! いいか? 後ろから襲ってきたら……』


……女子高生に何を教えてんだか。

でのそのおかげでこうして生き残っている。


後ろから襲ってきたお母さんを難なく刺してしまった。


……いや、お母さんじゃない。

あれはもうお母さんじゃない、お母さんの形をした『奴ら』だった。

でも顔も体もお母さんで、ちゃんと動いてて。


ただ抱きしめてくれようとしてただけかもしれない。

口を開いていたのは私への愛を語るためだったのかもしれない。

その証拠にお母さんはちゃんとこっちを見てくれていた。

でもその目にいつもの輝きは無くて……。




…………失敗したほうが楽だったのにな。


…………………………………………………はっ!?



はやく準備を終わらせなきゃ!

女子高生でいられる時間はたった3年!

1分1秒は貴重なんだから!


ま、結局1年ちょっとしか行けなかったんだけどね!

くよくよしても仕方ない!

学校がなくても私は女子高生!!


さぁ準備再開だ!


らんたん!

明るい心は明るい空間から!


ラジオ!

好きだった深夜ラジオもいつか復活するかも!

聞き逃さないようにしなきゃ!


スマホ……は置いていっちゃえ!

こんな状況だ、そう大して役に立たないでしょ!

そもそも画面が割れててダサい!


こうして用意したものをリュックに次々と放り込んでいく。

これで全部かな?

あと忘れ物は………あ……。


化粧品が入ったポーチが目に入る。

このポーチ、お母さんに買ってもらったんだっけ……。


少し考えてから、ポーチを手に取る。

2階に上がって自分の部屋へ。

入るのは一週間ぶりだ。


先週脱ぎ捨てた赤く染まった制服を跨ぎ、所々同じ色に染まったベッドの上からファッション誌を手に取る。


もう一度1階へ。


洗面所の鏡の前に立ち、持ってきたファッション誌を開く。

トレンドのメイク特集のページとにらめっこしながら自分の顔を彩っていく。


うん、かわいい。


ちょっと前に見た映画のヒロインにも負けてない。

さっきまで野暮ったく見えていた登山用の服がアクション映画の戦闘服に見えてきた!


ふふん、私はゲーム版も一通りクリアしたんだ!

イメージトレーニングはバッチリ!

さっきの包丁を使って『奴ら』をバッタバッタと……


『何かあったら迷わず逃げろ! 奴らは足が遅いから落ち着けば逃げられるはずだ!! まずは生きることを考えろ!!』



出張に行く前のお父さんの言葉を思い出して頭が急激に冷えていくのを感じる。


我に返ってリビングに戻る途中、さっきとは別の押し入れからお父さんの登山用リュックを取り出す。

大きな登山用パーカーもあったからついでにそれも。


さっき詰め込んだものをすべて一回り大きなお父さんのリュックに詰め直す。

容量に余裕ができたので化粧品の入ったポーチを入れる。


これで私はまだ女の子。

誰がなんと言おうとも。


これで準備完了。


上着を脱ぎ捨て、お父さんの登山用パーカーを羽織る。

ちょっと臭い。加齢臭かな?

予定よりも重くなってしまったリュックを背負って玄関へ。


お気に入りのブーツを履いて靴紐をキツく縛り、お腹に力を入れて立ち上がる。


いつものように振り返る。


「行ってきます」



いつもの行ってらっしゃいは、聞こえない。

この家って、こんなに暗くてジメジメしてたっけ……。


返事を諦め、玄関の扉を開く。


雨が降ってるみたい

大きなフードを深く被り、私は一歩、外に出た。


ただいまって言える日は絶対にまた来る。


そう信じて、前に進む。進み続ける。


もう振り返らない。

だって私は、無敵の女子高生なんだから。

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