第49話 ノアの記憶と決意
儀式が行われる少し前。
王の屋敷に向かう道中、ノアはクロトと話をしていた。
「記憶喪失じゃない?」
そう戸惑った様子でノアが問う。
「あくまでもその線も考えられるという話だ。【紫百合の園】の言葉に反応し夢ではいつも三人を見るがその内一人が日によって替わりはするものの見たのは四人のみ。ゴブリンの依頼を受けた時、ギルドの職員に【紫百合の園】について少し聞いたがそのチームのメンバーの数はお同じ四人。恐らくお前はその四人を使ってンジャミン・ルイスが生み出したもの。そしてお前は記憶の混濁、半記憶喪失に近い形となって目覚めた。それで俺は最初、その四人の誰かの生まれ変わりだと考えていた」
「違うの?」
「言ったろ?これはあくまでもその線も考えられるという話だ。俺にもはっきりとは分からない。ここから先はお前が見つける事だ」
「…うん」
不安げに頷くノアにクロトが頭を撫でる。
「思い込みの力というのは脅威だからな。俺の言葉で迷う必要は無い。お前が出す答えに俺は否定などしない。そして俺はそのお前を受け止めてやるよ。たとえそれが―――」
うずくまり倒れるノアのいる聖堂に二つの影が我が物顔で入り込む。
「うひゃ~すごーい。フレイボルト兄さんマジパないよ。ブラスト兄さん」
「そうだな。流石俺たちの兄さんだ。まあ、早くこの子供を処理してあちらに向かうぞ」
「うん、そうだね」
そんな楽しそうに話をしながら二人がノアに迫りよる。
「それじゃあ、お嬢ちゃん僕たち急いでるんだ」
「抵抗しないでくれると苦しまずに殺してやれるぞ」
二人は迫りながら袖から武器をだす。
ノアに動く気配などなく、あきらめたのだと二人は優しい笑みを浮かべる。
「あははははは」
突如うずくまっているノアが笑い始めた。
それに驚き二人は足を止め警戒した。
ノアはゆっくりと二人を背にしたまま立上る。
「ねえ、二人は【紫百合の園】って知ってるんだよね」
その問いに二人は顔を見合わせる。
「確か結構前にゴブリンの依頼を受けて俺たちの罠にかかって死んでいったチームだったか」
「そう、それで私はその四人を元に作られたナニかなの」
「そういえば、アイツもそんなこと言ってた気がする」
「私は目覚めた時から色々な記憶が混ざってて自身が何なのかも分からなかった。そんな時クロトに助けられ、その症状と記憶喪失、そして私のこの姿を知っているのか【紫百合の園】という言葉に反応した私をその四人のうちの生まれ変わりではないかと考えていた。だけどさっき生まれ変わりではないかも知れないとも言った。結局今この時まで意味が分からなかった」
「今この時…つまり今、記憶が戻ったということか。それはおめでとう」
そう言ってブラストは軽く拍手をした。
「それで、【紫百合の園】を殺した俺たちに敵討ちをするということか」
「敵討ちってそれは無理だよお嬢ちゃん。だってさっきまで僕たちに何もできなかったんだよ。できると思ってるの?」
ケラケラとエリシュカが腹を抑えて笑い始める。
「うん、できるよ」
ノアは振り返り、その顔を見せる。
―――!?
それを見てエリシュカは直ぐに笑いを止め、ブラストは驚きのあまり後退りした。
「な、なんだそれは…」
二人が目にしたそのノアの顔は真っ黒だった。不気味に目と口が深淵の様に深い闇の靄で形作られていた。先程の人間の顔の面影などなく、少しずつその黒いものが溢れ顔全体を塗りつくそうとしていた。
「それでね。思い出して分かったんだ」
「分かった…?」
「うん、私はその四人の誰でもない。私はその四人が混ざってできた新しい何か、なのだと」
「新しい何か?」
「言ってしまえば。その四人の子供という事にもなるかな」
「よ、四人の子供?何を馬鹿なこと言ってんだ」
エリシュカが先ほどとは違う口調で口を開く。
「お前のそれは人間のそれじゃない。人間の子供じゃねぇんだよ。お前は誰がどう見ても化物のそれだ」
それを聞いてノアは黙り込み、しばしして考えるように顎に手を添え顔を少し俯かせる。
「ふふふ、化物ね」
そういって不気味に笑いながら口を開く。
「クロトにも言われたわ。化物だって」
「はっ、仲間にも化物なんて言われたのか。可哀想な奴だ。お前を見たら皆がお前も退治しようとするだろうな」
「うん、そうかもしれないね。だけどいいの、クロトは私を知っている。そんな私を受けて入れてくれると言ったの。だから私はクロトの為に、私の母体である四人の敵を討つ為に決めたの」
すると先程までゆっくりと溢れていた黒い何かが激しく溢れてそれは全身を隠した。
それを見て、溢れ出るプレッシャーに二人は後退りしようとするのだが、足が震え動かず、視線を動かそうとするもそれから目を離すことができないでいた。
「その”化物”にも”ナニカ”にでもなるって」
その言葉と共にノアを覆ったその黒い何かが破裂するように弾け真っ黒な雨が降りそそぎ姿を晒す。二人はそれにびっくりして身構えた後ゆっくりとそれを見て青ざめ怯えた声を漏らす。
二人はその似た姿を知っている。ほんの数日前まで見ていたものなのだから。
頭はエイリアン型のようにの少し伸びており、ヤツメウナギのようなびっしりと鋭利な牙が沢山ある大きな口。その口先から恐らく首元であろう所まで三つの裂け目がある。体は先程の少女とは思えない筋肉のしっかりした体つきにもかかわらず腰のクビレは異常に細く、手の指先はまるで鎌のように細長い。肌の色は鬱血したような青紫色。先程の少女の面影など一切無かった。
多少姿に違うところはあれど、あれは手に付けられなかった飢餓鬼の姿そのものだ。
それから滲み放たれるプレッシャーと姿を見て二人は距離を、いや一目散に逃げようとすると
『ダメだよ。二人とも逃げようとしちゃ』
頭にベンジャミン・ルイスの声が響きその足が制止させられる。
「な、ベンジャミン・ルイス…一体どういうつもりだ」
『贈り物を与えた時に言っただろう。力をあげる代わりに逃げることは許さないって。二人は了承し、逃げるわけないとまで言った筈だよ』
「そ、それはそうだが。だがしかし」
『だがもしかしも無いよ。次逃げようとしたら君たちの足を動けないようにするから』
「なっ…」
『何を言っているか理解出来たかな?』
「…つまり、俺たちは目の前にいる化け物を倒す以外に道は無いと言うことだな…」
『そういう事〜』
「ふ、ふざけるな。こんな事聞いてないぞ。お前、こうなる事を知っていたんじゃないのか!」
『そんなわけないじゃないか〜』
「落ち着けエリシュカ。揉めてても仕方ない。何を言おうと奴には逆らえないとわかっているだろ」
「そ、そうだけどよぉ…」
「大丈夫だ。確かに少し様子は変わったがあいつはさっきまで俺たちに何も出来なかったんだ。なら問題は無いはずだ」
「そ、そうだね…」
『そうそう、倒しちゃえば何も問題ないんだよ』
「分かったが一つ約束しろベンジャミン・ルイス」
『なんだい?』
「こいつを倒したらお前の支配から解放して今後一切、俺達には関わらないでくれ」
『う〜ん、少し寂しいけどまぁしょうがないかな〜…。いいよ』
「それならいい…」
ブラストは決意を決め武器を目の前にいる化け物に向けて構える。
それを見てまだ迷いながらもエリシュカも構える。
「お話は終わったかな?」
ノアが無邪気な子供のように聞くのだが、当然のように二人はそれに答えることは無い。
「それじゃあ、掛かっておいでよ」
「言われなくとも」
そう言って今までにない速度でブラストが突っ込みノアを通り過ぎながらその腕を切り掛る。
それに少し遅れながらもエリシュカも同じように反対側の胸を抉るように切った。
するとそれは容易に斬る事ができ、腕と胸の肉が鈍い音をたてながら床に落ちる。
それらを見てノアはただ立ち尽くしていた。
「な、なんだ。何もしてこない」
「それに、さっきはあんなに硬かったのにこんなにも簡単に切れるなんて…」
ーーーイける。
二人はそれを見て自信を持ったのか少し前と同じようにブラストが先に切り後から反対側をエリシュカが斬るという連携を繰り返した。それによりボトボトとノアの肉塊が切り落とされていく。
それに対してノアは微動だにせず
「あは、あははははは。きゃはははは」
そう不気味に笑い始めた。
だが二人は不気味に思いながらもそんな事を気にせず、ただ無我夢中にその声が止む、この化物が倒れ死ぬその時を求め斬り続けた。
ただ、ただ、ただ…そう続けて気がついてしまう。
なんでこんなにも切り落とし続けれているんだ?
体は私達より多少筋肉が多いいようには見えるけど、どう考えてももう骨がというより全身の肉を切り落とすくらいのモノを切った筈。それなのに未だ切れている。
どういうこと?
二人はその違和感に迷いながらも斬り続けていると
「ぱく ぱく」
ノアがふざけたようにそう言いながら右腕を振り上げた。
「くぎゃぁぁぁぁぁ」
二人は激痛を感じエリシュカは背中から倒れのたうち回り、ブラストは痛みを感じた左肩を抑えながら距離をとる。
二人の身に起きたそれは武器を持たぬ左肩から先を片方はノアのその鋭利な右腕で切り上げられ。もう片方は二人の見えぬ速度の動きで口で食いちぎり、口から腕がだらりとぶら下がっている。
「ぼ、僕のう、ぎやぁぁぁ」
そして二人が距離をとる直後に切っていた二つの肉塊がすんなりと落ちた。
二人が離れたからかノアはゆっくりと笑いを止める。
そして痛みに悶えながらその姿を見て驚愕する。
ノアのその体は今さっき落とした肉の部分しか欠けておらずそれ以外は何事も無かったように無傷でいたからだ。
「ぞ、ぞんな…どういうごど…」
「ど、どういうことだ!あんなにも切り落としたというのにたったそれだけだと!?」
そう混乱していると下に落ちた肉塊が動いているのが見えた。
な、なんだ…!?
その肉塊を観察しているとまるで泥のように変化していき、その怪物に吸い込まれるように消えて、切り取られた体がぶくぶくと泡立ちながら肉が湧き出て、何事も無かったように傷が治ってしまった。
ちょ、超速再生……!?
「あ、あは、あはは」
その様子を見たエリシュカは目を見開き、まるで壊れたように枯れた笑い声をあげ始めた。
「ば、化け物…」
そうブラストが声を漏らした。
ノアはそれが聞こえていたようで顔は見えないはずなのに笑顔をしているのが感じ取れた。
それに背筋がゾッとして震えていると、
「あは、あははははははは」
完全に壊れたようにエリシュカは笑いながら立ち上がりノアに切り掛る。
「エリシュカ!!」
ブラストが声を掛けたがもう聞こえてないようで、刃物を振り回した。それは子供が刃物を振り回すように無様なもので既にノアの体に小さな切り傷をつける程度の攻撃でしか無かった。
「きゃはははは」
それを見ていたノアは釣られるように再び笑い始めた。
ブラストはその不気味過ぎるその場にいて精神がおかしくなりそうになる。
今にも全てを投げ捨てて逃げ出したい。そうずっと考えているが中に潜むベンジャミン・ルイスがそれを絶対に許さない。
逃げる、どうする、逃げる、どうする、逃げる、どうする…
そう無限の思考を一瞬して、答えが出る。
「あは、あはははは」
ブラストも壊れたように笑いだしエリシュカと同じように武器を振り回しながらノアに突っ込む。
二人共が何も考えずに自暴自棄になって武器を振り回しているために、気が付かないまま自身と兄弟をただ狂いながら切り傷つけ合っていた。
その様子は狂奇乱舞と呼ぶにふさわしいもので、二人の壊れた人形が踊る。
「あははははは」
「あは、あは、あはは」
「きゃはははは」
聖堂には武器と武器が当たり、時折、鳴くような痛みの声と三人の不気味な笑い声が響き続けた。
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