第46話 メイザス

 シルス達三人は中央広場が真っ直ぐ見える、国の入り口である南の城門前にいるヴァンとサナ達と合流した。

 そのころには中央の歪な肉塊の動きは収まり、賊や貴族といったゾンビ達の標的は全て飲み込まれ、やることがなくなったゾンビ達は呆然と立ち尽くして遠くを眺めるように中央広場の方を見ていた。


「こちらの住民の避難は?」

「さっきイブが連れていったので全部だ。サナに隅から隅まで感知びよる捜索したし間違いない」

「そうですか、三人とも取敢えずお疲れ様です」

「おう」「…うん」「はい」


「それでイブ。ヴァン達と合流した後のことをクロはなんて言っていたんですか」

「ゾンビ達…消えた後…何かから…リーディアを…誰かが担いで…逃げながら。…イブ達…それ対処する…」

「まだ、何かあるっていうの…。ゾンビ達が消えた後ってどう消えるのか分からないけど、勝手に消えてくれるなら助かるわ。あのゾンビたちは何だか傷つけたくないもの」

「そうですね…」

「それでイブの言い方からすると、何かが現れてリーディアさんを狙うっていう事?」

「たぶん…」

「つまり、一切西側に行かずに中央より東側で対処しろってことね。なら、村においてきていたら間にある森でどうにかできたんじゃ」

「メア、それだと近隣の村を巻き込む可能性がありますし、するにしても森が火で燃え広がり後の事が大変ですよ」

「だけどわざわざ国の中でもしなくとも」

「きっと、この結界が関係あるんじゃねぇか?どうやっても出れるようなものじゃないしな」

「そうなのかしら」

「まぁ、一先ず誰がリーディアさんを担いで逃げるかですが」

 そう提案を出すと皆がヴァンを見た。

「は?俺!?」


「私も人一人抱えるとなると、両手が使えなくなり効率半減です」

「クロから…イブ以外の誰かって…言われた」

「そ、その私は抱えれそうに…ないですし」

「守るのはあんたの専売特許でしょ」


「はぁ~分かったよ。俺が担げばいいんだろ」

 そうヴァンは不満ながらもリーディアを抱き上げる。

 その様子を見て三人が反応した。


 え、お姫様だっこ?

 お姫様抱っこですか…

 お姫様だっこだぁ~


 一々反応するなよ、背中に背負うとかしたら後方からのものから守れないだろうが…。


「……きた」


 イブのその声の瞬間、肉塊のある中央の方から国全体に生命の始まりの様な鼓動の音を響き渡らせた。

 すると天から何かがここにいる全ての生物を押しつぶすような重圧が降り注ぐ。

 それだけでは収まらず。最初の肉塊が球体のように形を変えた時とは比べ物にはならない、謎の気持ち悪さ、嗚咽感に全身の鳥肌が目を覚まし、勝手に体が分からないソレに恐怖を感じ震える。


「ひっ」

「何なのよ、この全く知らない気配、感覚は」


 国全体に散っているゾンビ達は泥のように崩れ中央のそれへと吸い込まれていき、先程までは見えなかった肉塊が内側から何かが暴れながら徐々に大きく姿を現し、形を変えていく。


「……まさか、こんなのと相手をしろって言うのですかクロ…」

「あれから、逃げんのかよ……」


 皆が見る、その肉塊は容易に周囲の建物を超える化物になっていき、イブたちの方をゆっくり向いて体が膨らんでいた。

 すると次第になり聞えてくる鼓動の間隔が早くなっていく。

「退避!」

 それを見ていた皆が謎の感覚に背中をなぞられ、シルスの咄嗟に声に反応し左右へと散った。


 その瞬間、化物は口を開き咆哮を放つ。

 化物の叫び声と轟音が鳴り響き、咆哮を放った方向の全てが崩壊していった。

 それは口から竜巻が放たれたようで、化物の目の前から南の城門の先の結界までにある地面、建物といった全てが渦を巻きながら壊れ、そのすべてが瓦礫とは思えない赤黒い何かへと変化し結界に阻まれて、そこに固まって落ちていった。


「噓でしょ…」

「クロはこれを私達に対処って…」

「やばすぎんだろ」

「む、無理だよ…」

 その光景と、この世のモノとは思えない奇妙な笑い声や泣き声を上げる、その化物を見て皆は茫然と立っていた。




 王の屋敷のベランダで二人はその怪物の咆哮を見ていた。

 その怪物は全長約五十から六十ある女体に似た異形の怪物だった。目を隠すように包帯の様な物が覆い、口が裂けているのを縫い合わせているのか頬に向かって幾つもの腕がバツ印を作っている。その全てが肉塊によって形作られている。

 あばらの骨が浮き出ており、くびれの抉れは臓器がないのではと思わせるような細さであり、腹には口が縦にあり鋭利な牙が見え、その口内から黒い霧が溢れでており奥には不気味に薄く光る何かがある。右肩から先がないのか肉塊の包帯が巻かれて覆われている。

 下半身は脚が無いのだが、その代わりに横腹に裂き口があり、そこから巨大で長い腸が飛び出し化物の下半身を隠すように巻き付いていた。

 そしてその巻き付いた肉塊をよく見ると無限に思える手や足が生えては潰しながら這いずるように少しずつ南の方へと進んでいた。


「いや~はっはっはっは。爽快!爽快だね!君もそう思わないかい」

「……そうだな」


 ナ、ナンデコイツラ アンナヤバイヤツヲ ミテ メノマエニシテ ヘイゼントシテンダヨ…… オレハイマニモ イミノワカラネェ ブキミナナニカニ クチニツッコマレテカラダニアルスベテヲ ヒキズリダサレソウダトイウノニ。

 ベンジャミン・ルイスと変わって中に潜むフレイボルトは冷や汗と呼ぶには弱いとも思える汗を大量に流して干からびそうな感覚に落ちていた。


「それにしてもやはり、君が勝手に顕現させたせいで、かなり不完全なものとなってしまったか」

「俺がどうかしなくても完全に顕現するわけないだろう。この顕現方法を生み出した当の本人でさえまだ完全体を顕現させることができていないのだからな。まあ、確かに最初の初撃があれか……かなり”弱い”ものだったな」

「ほんとにねぇ~」


 ハ!?アレガヨワイダト!コイツラナニヲイッテイルンダヨ。


「究極にして完全なる生命の存在 メイザス・アブラ・フォルスィー・アヴォフヴォード。いやこれには不完全とつけるべきか。お前たちの世界にいるメイザスの夫であるメイガス・アブラフォルスィーが、亡き妻であるメイザスを呼び起こす為に術式を使い顕現させようとしたのが始まりだった。メイザスはあらゆるすべてのものを触媒に呼び出せる存在であるために顕現時の姿に決まりが無い。だが、これまでに完全なメイザスが宿ることのできるその肉体ができない。それ故にお前たち周囲の者達は不完全を呼ぶ術式としてメイザスの名を卑下するように呼んだ。だったか?」


「あはは、やはり君詳しすぎないかい?メイザスの顕現前のゾンビ達の召喚だってこの国に漂う魂を溢れた血肉に憑依させて、ほとんどのデメリットを無しに魂の意志通り動かせる、更に逃がさないために巨大な結界まで張るなんてね。両方ともがかなり高度な術式…本当に何者何だい」


「術式を組み立てたのは俺だが起動したのはサディアだ。魔術はイメージ、そして術式はプログラミングの様な物だ。そう考えてしまえば簡単だろ。それにお前は俺を知っているはずだぞ。何たって俺は四歳から六歳までお前の研究施設の一つの場所で、お前の目の前で六歳の時に人体実験をされたんだからな」

「人体実験う~む」

「まあ、忘れてるよな」

「ごめんね~心当たりが多すぎて何が何やら」

「いいよ別に、一ミリたりとも期待なんてしてなかったよ。最初っからな。何たってお前は自分勝手に世界を巻き込む迷惑な化物マッドサイエンティストなんだからな」

「あはは、そうともいうな~」

「だけど――の―― ―――の名を聞いたらどうだ?」

 その名前を聞いてベンジャミン・ルイスは笑いを一度止めた。

「ああ、そうか、思い出した。君は彼女の…。彼らの…。ふふふ、それはそれで面白いな」

 独りでに思い出し理解し静かに笑いながらぶつぶつと呟き始めた。

「それで君の目的は、何なんだい?」

「取敢えずは先も言ったようにこの国にはびこる汚物の清掃、そして本来の国民を救うとだけ言っとくか」

「なるほどなるほど。それはそれはいい心意気じゃないか」

「まあ、そんなことは置いといて、お前にはこれ以上この世界で面倒な問題を起こしてほしくないんだよ」

「ふむ、それなら僕にもメリットが欲しいかな」

「あ?」

「君は僕に大人しくしろと、私利私欲を抑えろというんだ。ならそれ以上の僕を満足させる何かが欲しいのだが」

「わがままだな」

「そうだよなわがままさ。だけど、こうやって生きているとね。それくらい面白そうなものに飢えているんだよ」

「そうか、なら」

 そう言ってクロトはベンジャミン・ルイスを押してベランダにある椅子に座らせて見下すようにして指を指す。

「なら、お前が予想だにしない、とびきり面白いというものを俺が見せてやるよ。だから大人しく観客席にでも座っとけ」

 それを聞いてぽかーんと呆けていたが、「いひっ」と声を漏らし不気味な笑みを浮かべた。

「分かった。楽しみにしておくよ」

 それを聞いてクロトは少し距離を取るように離れる。

「さて、どうせ、やるんだろ」

「もちろんさ。ただ口だけではないと言う事を証明してもらわないといけないからね。それじゃあ、出番だよ。フレイボルトくん」

「ア?…ッテ ウゴケネェゾ」

 体の所有権を変わったフレイボルトだが、動こうと肩を動かしてじたばたとする。

「まあ、待ちなよ。僕はねこうやって笑ってはいるが少し不機嫌でもあるんだ」

 その一言に、ベンジャミン・ルイスからは中央広場に現れたメイガスに似た不気味なオーラを溢れさせた。

「こうやって僕の研究を勝手に使われて、更には大人しくしてろっていうんだからね」

 すると地面の下の方からシュルシュルと音が聞こえた。それは一つまた一つと増えていき、次第に濁流のような音へと大きく変化していく。

「だからね。君にはちゃんと力の証明と僕の最後のお遊びに付き合ってもらいたいんだ。もちろん君にもだよフレイボルトくん」

「ナ、ナニヲ…ヒッ」

 フレイボルトが音の鳴る方を見ると真っ黒な濁流が流れ迫って来ていた。それはもちろん水などといったものではない。真っ黒な黒い糸状の大量の虫である。

「まあ、力の証明と言っても僕は戦わない。僕は魔力を持たない一般人、いや、子供より弱いからね。だから代わりに頼むよ」

 迫りくるその大量の虫たちは椅子やフレイボルトの足から這い登り下半身の穴や口、目の隙間、鼻、耳といった穴に無理やり入って行く。

「あばがばばばばば」

「恐れなくていいよ。だってこれは僕からのこれまで協力してきてくれた君へのプレゼントでもあるのだから」


 ベンジャミン・ルイス。

 その正体はハリガネムシといった寄生虫の存在。

 あらゆる生物に寄生することができ、何の違和感もない為に寄生されていることに気付く事が難しく、体内に入った直後、数日から数ヶ月と気分で寄生した体を完全に我が物にできる。そして脳に入り込むことでその生物の全ての知識を取り込む事もできる。

 奴の弱点は浄水であり、寄生した生物が浄水を取り込む、又はかけられるだけで即座に死に至る。

 だが、奴はそれで終わることは無い。

 なぜなら本体は一体ではないからだ。この世界に無限にいると思わせる寄生虫達、その全て一体一体がベンジャミン・ルイス本体である。そして奴には寿命という概念がない。それ故にベンジャミン・ルイスという存在を絶滅させることなどできない最恐と呼べる存在。

 迷惑かつ厄介故に、奴を知るすべてのモノに嫌われている。

 厄介で弱い事に変わりはないが、さらに面倒なことは奴の持つ知識の一部、その矮小の魔力や闘気を数を重ねることで大きなものとして生物に与えることができるという事だ。


 フレイボルト流れ来る全ての黒い虫を取り込み、自由になったのかぬるりと立ち上がる。

 奴の見た目には一切変化はないが、内側から溢れ漂うどす黒いオーラと空気は異常だ。


「フハハハハハ。イイ、イイ。トテモ…とても気分がいいぞ!今の俺ならあそこにいる怪物にすら負ける気がしない!!」

 先ほどまで不自然だった喋り方が違和感のないものへと変わり始めた。

「それは、それは気に入ってくれて良かったよ。まあ、力に浸るのはその辺で、やることは分かっているよね」

「ああ、もちろんだ。目の前にいる こいつを殺せばいいんだろう」

「そう、その通りだよ。勿論途中で逃げることなんてないようにね」

「逃げるだと?それこそありえんことだ。だが、こいつが逃げるかもな。まあ、俺は絶対に逃がすつもりなどないがな」


「もういいか?これ以上お前らの一人二役にも、しょうもない全能感の感想も聞く気はないぞ」

 呆れつまらなそうな顔でクロトは睨みつける。


「そうだね。無駄話はもういらないね。じゃあ、僕は静かに見させ貰うとするから。頑張って楽しませてね~」

 その言葉を後にベンジャミン・ルイスの気配が薄くなっていく。。

 どうやら本当に大人しく見ているようだ。あいつにしては意外だが…。まあいいか。


「今の俺を前にして怖気ないその度胸は評価してやろう」

「そりゃどうも」

「だが 」

「あ~もいいから、さっさとかかって来いよ。ほんと雑魚ほど口が多いいから困るん 」

 そう言いかけた瞬間


『螺旋赤爆弾』

 フレイボルトの後方から赤い閃光がクロトに向かって放たれた。

 クロトは首を傾けそれを避けた。放たれたそれは後方の建物を通しその後壁の奥で爆発するように破裂した。


「ほう、これを避けるか。これはなかなか楽しめそうだな」


 詠唱の省略ではなく詠唱破棄か…。そしてさっきのは魔力で作り押し固められた弾丸の様な物を回転させながら火の魔法を纏わせて放ったという感じか…。

 この世界には銃の知識はほぼ無い。となるとベンジャミン・ルイスから与えられた一部の知識といったところか…。


「それじゃあ、これはどうだ」

 笑みを浮かべながら両手軽く前に出すと、その後方から大量の小さく黒い球体が浮かび上がり回転を始め火を纏う。


「無駄な知識つけやがって…少し面倒だな…」


『螺旋赤連装弾』

「一斉掃射!」

 その命令後、フレイボルトの後方に浮かぶ全ての赤き火の玉は、螺旋を開始し纏う火が細長く鋭利なものへと変化しクロトへ目掛けて閃光が流れ放たれ、その場は風を切る轟音と破壊の爆音によって建物は破壊され黒き煙と火の業火が立ち昇った。

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