第44話 避難
国中で混乱しながらも逃げるべく人々は出口のある各城門へと向かう。だが、大量の人数による一斉の動きで足などを負傷し動けない者、またはこの国のことをあまり知らず迷い行き止まりに、または迎え撃とうとするものが次々と捕まり襲われていった。そして今なお、この国を埋め尽くし浸食するようにゾンビが中心から溢れる血肉の池から湧き続けていた。
シルスは遅延を行うために至る所にあまり魔力を使わずに実物の糸を張りゾンビ達の動きを阻みながら建物にいる者たちを非難誘導する。
「ひひいいいい」
「落ち着いてください、冒険者です」
そうやって怯えパニック状態となっていた人達に冒険者カードを見せると、皆少し落ち着きを取り戻す。
「ここは、危険です。西側に安全な場所があるので早く避難を」
「だけど、外にはゾンビどもが」
「大丈夫です私の仲間が(糸とメアだけですが)対処しています。お守りしますから早く」
それを聞いて皆は顔を見合わせて頷く。
「はぁ…くっそ!何なのよコイツら硬すぎだし、ゾンビのくせに足腰強すぎでしょ」
メアは避難誘導されている皆に近づいてくるゾンビ達を即席で作った棍棒で殴り飛ばしていた。中央でのあれを見ていて、恐らく剣などの武器は効力を見せない。そうなると弾き飛ばせる棍棒が一番いいと判断してのことだった。
「メア!あともう少しです踏ん張ってください」
「分かってるわよ!全く、キリもないし私達二人だけって人手もなさすぎよ!」
そう少し疲弊し汗をぬぐっていると
「やめてぇぇたすけてぇ」
近いところから少女の悲鳴が聞こえてきた。助けに行こうと思ったが思いとどまる。
ここを離れるとシルス達が…。
そうシルスを見ると問題ないとアイコンタクトが送られる。
じゃあ、任せたわ。
アイコンタクトを返し、すぐに声のした方へ向かう。
するとそこは行き止まりの場所だった。そしてそこには少し年下くらいの少女があの執行者の格好をした男に押し倒されていた。
少女の首を絞めるように片手で押さえつけ、今まさに襲い掛かろうと少女の下半身に手を伸ばす。
「あんた、こんな状況で何してんのッよ!」
メアはこれまでにない速度で跳びかかり振りかぶった棍棒を腹目掛けて振り上げた。
男は不意の攻撃により全く反応できず高々に吹っ飛ばされ壁に叩きつけられ地面に落ちる。
メアは静かに泣く少女を抱き寄せ棍棒を倒れる男に向けて警戒する。
こいつらはこの程度じゃ気絶しない。どうせ直ぐに起き上がる。
……?
そう思っていたのだが、男は完全に伸びて気絶していた。
何で、この程度で…いや、そんなことよりもこの子を連れて早く戻らないと。
少女の手をとり立ち去ろうとしてもう一度男の方を見る。
…いいえ、ほっとこう。こんな奴ゾンビたちに食べられたってしょうがないわ。こんな時に少女を襲おうとしたんだから。
メアは少女を抱え、シルスたちの元へ走っていく。
シルスが連れていた避難者たちは既に西の城門までたどり着いていたのだが、城門前には賊や貴族のような者たちが何故か外に出ようとせず騒ぎながら立ち止まっている。
様子がおかしく周りを回りながら歩いて見ていると、シルス達は少し離れた北側の城門に繋がる道のところに固まってそれを見ていた。
近づくと避難者たちは諦め塞ぎ込むように端に座り込んでいる。
シルスはメアに気が付きその人たちから離れた場所に呼び寄せた。
「一体どうしたのよ、これ」
「それが、城門の入口というよりこの国全体に結界が張られているようで誰一人外へ出れない状況になってます」
「は!?つまり何、私達には逃げ場がないって言うこと?」
「そうです。そして悪い報告がもう一つ、ここ周辺に糸を張りゾンビ達が来るのを防いでいますが、今なお湧き出ているゾンビの大群によって圧力がかかり、それらもあと少しで破れます」
「確か糸はここを覆うように貼っていたわよね」
「ええ、だから既に袋のネズミという状態ですね」
「一体どうすれば…というよりイブ、それかクロからは何も言われてないの」
「何も言われていません。西側に来て一通り見渡してみたのですが特にこれといった様なものは何も」
「それで今大体どのくらい迫ってきてるの」
「少なくとも三千から五千はいますね」
「はぁ…まじか」
メアはため息を吐きながら重い頭を支えるように片手を付く。
「どうします。彼らを見捨てるのであれば私達なら空中を伝って逃げることは出来ますが」
「冗談、あなたもそんなこと一つも考えていないでしょ」
「もちろん」
「ほんとこういう所だけはお互いに似ているわね」
「そうですね。諦めが悪いというより嫌いですかね」
二人は互いに見合わせながら微笑む。
「イブ達は大丈夫でしょうか」
「問題ないでしょ。イブが居る分私たちより安全よ。クロに関しては言わずもがなよ」
「同意見ですね。互いにあれを見てからクロへの心配はなくなってしまいましたね」
「そうね。だからこそクロの言葉を信じて私たちはここに残っている」
するとなにかの音と同時にシルスの指が一瞬大きく跳ねた。どうやら何処かの張っていた糸の壁が切れたようだ。
「とりあえず城門から脱出は諦めるしかありませんね…」
「となるとやる事は決まったわね」
二人は避難させたものたちの所へ行く。
「皆さん城門近くにある、あの倉庫に避難をお願いします」
「入口は何とか私達が死守するから。安心して避難して」
それを聞いて皆は既に諦めたと不満げしていたが、徐々に大人たちが子供たちを連れていく。だが、数人の男たちがその場に残り二人の前に立ち止まる。
怒っているのだろうか、西側に行けば安全だと言ったから非難してきたのに出ることができないのだから。だけど、今は揉めている暇などない。
「皆さんもほら、避難を…」
シルスが男達に声をかけると一人の男が前に出てきて首を振る。
「いえ、いいんです。私たちは」
「え?」
「御二方にはここまで精一杯守っていただきました」
「だけど、逃げられない以上、私達も守られるだけではなく。護るべきものを護りたいのです」
「だから、俺達も協力させてください」
二十人弱の大人の男たちが「お願いします」と頭を下げた。
それは男としての女に守られるくらいなら戦うと言ったプライドと言ったものでは全くなく。
これは愛する家族の為、未来ある子供たちの為に体を張り務めを果たそうとしているのを感じ、伝わってくる。
二人に彼らの覚悟あるそれを否定する事は出来ない。
「分かりました。では、協力お願い致します」
「足引っ張るんじゃないわよ」
そう二人が明るく皆に声をかけると、士気が上がったように男達は声を上げて目が変わった。
相変わらず城門前では揉めており、われ先に出せと殴り合いなどが起こる始末。
そんな中、シルスとメア、男達は準備を整えていた。
避難者が入った倉庫の入口の前にはメアたちが用意した棍棒を持った男たち二十人その前に両手に大剣を持つメアとシルスの二人が待機していた。
やる気があると言え、男達はただの住民であり戦う経験などこれが初めてであろう人達だ。そんな人達を前線に立たせるわけにはいかず、二人が討ち漏らし抜けていったモノの対処をお願いした。
そして、それは来た。
最初に破れた糸壁はシルス達から北側の方向であり、まるでなだれ込むように大量のゾンビ達がこちらへ迫り来ていた。
それを見た城門前で揉めている者たちは一目散に反対側である南の方へと走っていく。既に逃げ場など無いというのに。
「まじ…?」
メアがゾンビ達の群れから見つけたそれは、ゾンビ化した犬や猫、猿といった動物たちが紛れ込んでいた。そしてまだこちらへ向かって走ってはいないが。生前同様の素早い動きでゾンビの群れの中をグルグルと走り回っており、それは助走だったのか五匹の犬と猫が勢いをつけてこちらへ走ってきた。
「ただの人間でも厄介だって言うのに、そんなすばしっこいのは勘弁なんだけど」
そう犬たちを迎え撃とうとメアが立っていると犬たちは急に何かにぶつかったようになって後ろ足を巻き上げグルングルンとその場で回った。
ナイスシルス!
シルス咄嗟に仕掛けていた糸に引っかかったようだ。
だが、当然それで制止する事はなくじたばたと首を吊ってなお宙に浮いたまま激しく暴れている。
そして、それを見兼ねて先程まで走ることなんてなかったゾンビ達が走り迫ってくる。
「うそでしょ!?走れたの!?」
ゾンビ達は一体でも抜けようとするように横に広がり始めた。
「全くもう!」
メアは力を溜めながら迎え撃つように向かい、一体、二体、三体と両断し吹っ飛ばして奥からくるゾンビ達を巻き込むようにして、横を通るゾンビを少しでも遅れさせようと建物の壁に叩きつけるが、全く効いておらず起き上がり、奥からさらに迫るがゾンビを対処しているのだがやはり手が足らない。
「前に出過ぎですよメア!」
シルスは即席でさらに立ち構える男達の前に糸の壁を作り二人一組でその糸で止まったゾンビを撃退する。
「全くもうキリがないわ!」
そうメアが走り大剣を振り回して次々とゾンビを斬り伏せいると、あるモノを切ろうとした瞬間、大剣が急に止まった。
異変を感じながらメアはそれを見る。
そこにいたのは巨大な何かだった。
それは幾つかのゾンビが合体でもしたようないたるところから腕や足、頭を生やした異形の姿をした巨大なゾンビ。
そしてその巨体に大剣が突き刺さりその分厚い肉厚によって勢いが止められたのだ。
メアはそのまま切り切ることは不可能だと、咄嗟に引き抜こうとするが、それまでに切り伏せていたゾンビの血によって手元が滑り抜けた。それによりメアはバランスを崩し後ろに倒れそうになるも後退りしバランスを取りながら武器を出そうとする。
だが、その時には二体のゾンビが迫っていた。
メア!?
まずい…今武器を出そうにも、その前に奴らのあの手がくる。
シルスが咄嗟に持った銃でメアの目の前にいるゾンビに向けて射出したが、その間を通ったゾンビによって遮られてしまう。
くッ
中央広場で見た男の頭が吹っ飛ばされたのがよぎった。
ああ、これが走馬灯ってやつね…とても遅く感じるわ。
そう徐々に迫りくるゾンビの手がすぐそばまで迫りメアは諦め目をつむった。
ごめんみんな……。
真っ暗な視界の中。
ああ、死んじゃった。死ぬってこんな感じなんだな。なんだかよく分からない多くの音が聞こえてくる。
死の世界って騒がしいところなのね……。
いや、騒がしすぎるわ!
そう尻餅をついて倒れているメアが顔を上げて目を見開くとゾンビの軍勢がメアを避けて横を過ぎて歩いて行く。
え?私…
「生きてる?」
声も確かに出る、体は少し疲労感はあるけど何処にも異常はない。
そうだ!みんなは!
後方からは沢山の悲鳴が聞こえてくる。
そうシルス達の方を見ると、ゾンビたちは既にシルスの張っていた糸の壁を越えて進行し人々を襲っていた。
シルスと棍棒を持った男達を無視して、奥の城門前にいた者達に襲い掛かっていた。
一体何が……私達がゾンビになったわけではない。それはシルスや男達を見て分かる。ならなぜ私達を無視して、奥の人たちを襲ってい居るの?
そう考えていると先程までは必至なのもあった為、聞こえていなかった。
それは行き過ぎるゾンビ達が何か言っているのが聞こえてきた。
「許さない……守る……私達の、国……家族を…あいつらから……守る……あいつらは……皆殺し……私達にしてきた痛みを…地獄を…味わえ……」
そう全てのゾンビ達が同じようなことを繰り返して言った。
「メア!大丈夫ですか」
シルスがゾンビの群れの隙間を通りメアに駆けつけ、メアの体を調べるように触る。
「何なのこのゾンビたち。私達には目もくれず、あっちの人たちに襲い掛かるなんて。それに彼らが言っている言葉は……」
「よくは分かりませんが、もしかするとゾンビ達にはちゃんとした意識や意志があるように思います」
「よね……クロトの言っていた救うべき者を救えって本来のこの国の人たちってことだったの……」
「そしてこうなることを分かっていた。いえ、こうなるようにしたという事でしょうか……」
一体どうやって……。
二人はその異様な光景を見ながら、分からないクロトが見ている何かを考える。
「シルス……メア……」
まだ来るゾンビの方から呼ぶ声が聞こえ、その方向を見ると怯えながらもゾンビに襲われない人たちを連れてイブが来ていた。
「イブこれは一体どうなっているの、なんでこのゾンビたちは私達を襲わないの?」
「知らない…でも…クロが…何かした…それ以外…ない」
「そう…サナとヴァンは?」
「東側…待機……クロの…命令…。二人も…この人たちを…どこかに避難させて…東に…集合」
「取敢えずはその通りにしましょう」
「そうね」
三人は襲われない人たちを倉庫に避難させ、内と外に糸の壁を貼り東側にいるヴァン達の元へ走る。
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