第43話 異変

 

 男五人に一斉に攻撃されたゾンビの頭は棍棒で大きく潰されていた。

 ゾンビは死んだのか動く気配がないのか、じっと静止して立っている。

 それを見て追い打ちをかけるようにゾンビを殴り倒し、何度も武器を叩き付け続けた。

 そして十分にやり終えたと男達は武器を引き抜き距離を取るように数歩後ずさりする。


「や、やったか?」

「ああ、さすがにこれだけやれば終わりだろう」

「だけど、あの球体はどうすんだよ」

「知らねぇよ」

「取敢えず、何とかならないか」

 男達はその球体に近づき持っている武器で切ったり殴ったりするが、まるでゴムのような弾力で刃を通さず、棍棒を弾き返す。


「なんだこれ、どうしようもねぇぞ」


「俺に任せろ」

「お、何か考えが……」

 男達が後方を見るとそれを見て急いで道を開けるように離れていった。

 それは獄長を先頭に来る執行者、約三十にもなる集団だった。

 その全員が賊達が持つような武器とは違い、とてもいい武器を持っており、先頭に立つ獄長に関してはサメやシャチの頭を斬るためのような巨大な中華包丁の形をした武器を持っていた。

「お前ら離れてろ。こんなもの俺の手にかかれば容易く両断してくれるわ」

 獄長は強く両足を踏み込み固定させ、振りかぶり力を溜めていく。

 溜められたその二の腕は徐々に膨れ上がり、そしてそれを振り下ろす。

「断罪!」


 振り下ろされた事により、巨大な音が鳴り響きその衝撃が辺りに吹き荒れる。


 やったか……?そう皆が顔を上げそれを見る。

 ―――!?

 異常な光景に皆は体を震えさせて再び後ずさりする。

 獄長が降り下げた巨大な得物はその球体を両断することはなかった。

 いや触れる事すらなく、球体から延びる大量の手がその巨大な得物を受け止めていた。

「そ、そんな。……噓だろ」


「くっ、この」

 それを見た獄長が得物を引きはがそうとするのだが、球体から延びるその手達の掴む力が強く引きはがせない。

「お前たちこれを切れ!」

「は、はい」

 動揺していた執行者達は獄長の声で我を取り戻し、持っている武器でその手を切ろうするのだが、全く切れない。

「あ、あれ。全く切れねぇ」

「どうなってんだ、これ」

 斬ろうとするも、いつの間にか武器に球体の肉が引っ付き、引き込まれる。

 それに動揺していると、異変が起こる。

「うわああ!」

 大声を出す声の方を見ると球体のそこから泥水のような物が溢れ、一人の執行者の足を捕らえていた。

 その泥は靴はおろか右足の膝までこびりついていた。

 男はそこから離れようともがくのだが、その右足は引っ張られているのか全く動く気配がない。


「な、なあ、助けてくれ」

「あ、ああ」

 そう助けを求め近くにいた二人が近づいてくるのだが、すぐそばで立ち止まった。

「へ?どうしたんだよ、なんで止まるんだ……」

 そう二人の顔を見ると、二人の顔は怯えた顔で男の後ろを見ており、二人はその男を見捨てるように怯えた声を漏らしながら一目散に走っていった。

 それは、その二人だけではない。周囲にいた観客全てが悲鳴を上げて、我先に押し退けるようにして広場から離れる為に外壁へと向かって走り出したのだ。

 い、一体なにが……

 そう怯えながら身動きできない男がゆっくりと後ろを見る。

「ひ、ひぃぃぃぃい」


 球体や溢れた泥から次々とゾンビが湧き溢れ、動けない足に付いていた泥は顔のついた無数の人の上半身となり、逃がさぬよう脚を掴みながら男の顔へ手を伸ばしていた。

「い、いやだ、やめ、やめ、だずげでくれぇぇぇ」

 男は叫びながらその腕に掴まれ、逃げようと抵抗するが強い力で引っ張られて血肉のような泥にのみ込まれていった。



「何なのよこれ…夢じゃないわよね?」

「何が起こっているかは分かりませんが夢でないのは確かです……」

 二人はそれを上からずっと見ていた。


 中央にある球体の至る所からまるで溶岩が流れるように人のあらゆる部位が飛び出ている血肉の泥が広がっていっている。

 そしてそこから這い出て来るように一体、また一体と新しいゾンビたちが現れ、瞬く間にその数は広場を埋め尽くすほどとなった。

 先程倒されたゾンビ達もその泥に巻き込まれると、何もなかったかのように傷を直し這い出て現れる。

 そして現れたゾンビ達は一目散に逃げていった人間を追うようにゆっくりと歩いて行く。


「ね、ねえ、これがクロが言っていた儀式後だというの!?」

「わ、分かりませんよ!そんなこと!でも、分かっているはずです。私たちのすることはただ一つ、救うべき者を救う事です」

「……はぁ、分かったわ。今はそんな事を考えている暇なんてなかったわね」

「幸い、彼らの動きはかなり遅いです。へまさえしなければ捕えられる事はありません」

「それで、どうするの?」

「まず私達は建物の中に隠れているであろう、この国の人たちを助けます」

「そうね、彼らは動けないでいる人がほとんどだから」

「では――」


「待って」

 するとイブがどこからか飛んできて二人を制止させた。

「何ですかイブ」

「クロから……伝言……西側へ…非難…させろって」

「西側?ヴァン達のいる東ではなく」

「うん……じゃあ…イブ…ヴァン達のところ…行く…」

「ちょっと待ってイブ!」

 ヴァン達の方へ歩いていき跳ぼうとするイブをメアが咄嗟に呼び止めた。

「何?…メア」

「クロはこんな時に何処で何してるのよ」

「クロは……用事……どこかは……言えない…だけど…国の中……いる」

「……この状況はクロの想定内なの?」

 その質問にイブは少し考える。


「分からない」

「は?」

「イブは……クロじゃない」

「それは、そうですが、なら何故わかり切ったように西へ避難させろって」

「知らない…そんなことより…今は行動…して…終わってから…直接聞けば…いい…」


「はあ、分かったわよ。取敢えず今はそれを信じるしかないわね」

「ですが、西側とだけでどこへ避難させれば」

「それは、その時考えればいいわ。今は取敢えず急ぐわよ」

「そうですね。ではイブ三人をよろしくお願いします」

「うん…任せて…」


 二人は屋根の上を走っていき先回りする。

 それを見送ったイブは三人の元へ走り跳んでいった。



 ゾンビが溢れそれを見て観客たちが慌てふためき四方八方へと走り出している、その様子を王の屋敷のベランダからクロトとオルドが対面して見ていた。

「さっきまで人を痛めつけあざ笑ってた奴らがあんなにも慌てふためいて無様だな。そう思わないか?サロワ」

「私はサロワではないオルドだ」

「まだ、そんな芝居をするか。ならこういえばいいか?」

「?」


「サロワの皮を被った何者かがオルド枢機卿となり、その役目をその何者かの中にいる奴が行っている」

「……いったい何を言っているんだ」

「そうだろう”ベンジャミン・ルイス”」

 その名前を出した瞬間、オルドは黙り一度下を向く。


「あれ~なんでばれたんだい。というよりなぜ僕の名前を知っているんだい」

 突然オルドの声は若々しい青年の様な声に変り雰囲気が変わった。

 顔を隠す被り物を脱ぐとそこから現れる顔はサロワのものだった。すると、

「お、おい。なんで芝居を辞めた」

 再びサロワの中から別の声を出した。先程クロトが言ったように、まるで一つの体に別の何かがいるようだ。

「ええ~いいじゃないか。もうバレている以上、芝居しても無駄に長くなるだけだから意味ないよ」

 そうへらへらと喋り始める。

「それに、僕の名前を知っている奴がいるとは思わなかったからね」

 急に変わる冷たい空気に中にいるもう一人は押し黙る。


「それでいつどこで分かったんだい」

「最初にあの村で会った時だよ」

「あの時か…ふ~む何故だろうか。完璧にこなしていたと思っていたんだがな」

「ああ、俺もあの時はベンジャミン・ルイスというのはわからなかったよ。分かったのは匂いなどの変化のみだ」

「匂いなどの変化?」

「あの時、サナが部屋に入った瞬間お前は本気でサナを殺そうとしていた。だが、それをイブに取り押さえられたその時、急に殺意が消え、雰囲気…つまり匂いが全く別のものに変わった。その時感じられたのは、果実の匂いに隠されているが消えることのない微弱な死臭や、皮膚の腐食臭か。そして殺人鬼の何かと全く別の何者かというもの。それらからサロワは既に死んでおりそれの皮を被った何かがそこにいるのが分かった」

「ふむふむ、それでいつ私がベンジャミン・ルイスだと?」


「まず一つはネルモネア家での人体実験場だ」

「ほう」

「あれは、地下水路から繋がっていてだいたい十数年以上前から使用されていた。建物とのつながりはどう見ても後付けのようなものだったな。お前は人体実験大好きだからな」

「確か、あれは私が使用していたもので、有効活用する為にあの家とつなげさせてもらった」

「二つ、ギルドとのことだな。ギルドのことは大分引っかかっていたんだ。職員全員がAランク冒険者と同じ実力をもつなんてこと。それを、執行者と名乗る荒くれの全くなっていない賊どもが職員を倒したことがな。

 そこで考えられたのがそもそもギルド職員にはそんな力がないということ。ならどうやってそれほどの力を持っているのか。答えは簡単、補助を目的とした”領域魔術”。それは術式陣を書き記しその領域内にいる特定の者に対し効果を与えるというもの。

 そしてギルドで使われていた術式の効果は恐らく『ギルドの建物内にいる職員全員に身体などの補助強化に加え一定の魔力と闘気を与える』。まあこれだけでAランク冒険者と同じになるなんておかしい。そこでもう一つ考えをいれるとすれば”破壊の魔女”のもつ闘気と魔力を術式内にいる職員に分け与えるというものだろうな。そうすれば何となく納得はいく。

 そしてその術式を塗替え効力を失い、さらに地下水路に新たにギルドにあった領域魔術陣を応用したものを設置してタトゥーを身につけた賊や執行者を強化したと。最初の供給源は国民の生命力だったろうが、あいつらのタフさとかを見るに途中からサディアに変えたいったところか。魔女と恐れなく話せる存在。魔女という存在に詳しく魔術の知識も豊富となるとお前くらいしか思いつかない」


「確かに魔女と話したのはダメだったかな。だが、あの時暴れられては困るから仕方ないとしよう。だけど、それだけなら。僕じゃなくても魔女にも魔術にも詳しい奴ならこなせるだろう」


「まあそうだが。決定的な残り三つ」

「三つもあるのかい?まあ聞こうかな」

「最初はゴブリンの巣窟にいた飢餓鬼のデグン達だ。あれらを呼ぶならまだしも、管理しようなんて不可能だ」

「まさかあれを倒したのは君か。オーガ達でなくあの二体も倒されたのは予想外であの時は驚いたよ」

「次に”HSASTE”の実験だ。まあ結局毎回失敗して、今回は魔女ではなく魔女の為りそこないを産んだといったところか」

「…おやおや、魔女の為りそこないを知っているだけでもすごいことなのに、HSASTEまで知っているなんてな~」

「そして最後に一つ」

 そうクロトは傍に置いてあるコップを手に取りその中身をかけようとした。

「うわっ危な」

 咄嗟のことだったがベンジャミン・ルイスはそれを避ける。

「そしてお前がベンジャミン・ルイスだという決定的要因。村で話しているとき机に水の入ったヤカンが置いてあったのにわざわざ、果水を取り出した。そして朝会った時に顔を洗ったなんて噓までついた。それもそうだ飲むわけにも浴びるわけにもいかない。ベンジャミン・ルイス、お前の弱点は浄水だもんな」

「わお、僕の弱点まで知っているなんて。それに気が付いたのは君で 」

「二人目」

 ―――!?

 クロトのその答えに驚いて浮かべていた笑みなどが止まった。それは全くの無表情の真顔ですこし怒っているのではないかと勘違いしそうなものだ。

「そうだろ?」

「もしかして、あの赤い髪の彼女と知り合いかい?だけど彼女は―」


 すると勢いよく部屋の扉が開かれサン王が早足に入ってくる。

「オルド枢機卿、一体何が起こってっ――」

「どうやら役者は揃ったみたいだな」


「オルド枢機卿、こやつはいったい」

「お前も芝居しなくていいぞ、王の皮を被った二人。いや、ゴブリンの巣窟であった二人というべきか」

 ―!?

「い、一体何をこの子供は…」

「いいぞ、君たちももう芝居などせんでも、この子は全てわかっているようだからね」

「そうか……」

 王は俯き体を震えさせる。

「ナラ、コロシテモ イイナ!!」

「イイヨナ!」

 突然声を変えた王の皮が破け顔のただれた二体がクロトへと飛び込む。


「はぁ、ノア。お前の得物だぞ」

「うん」

 陰に潜んでいたノアが宙に浮く二体の片足を掴み部屋の中へと投げ返し窓を割り机を巻き込み扉を突き破り床を転げていった。

「グガァ」「グギァ」


「へぇ、デグンを手懐けたのかいすごいね」

「手懐けてないよ。コイツは自分の意志でついてきたんだ」

「そうか」


「ソウカ ジャネェヨ!ヨクモフタリヲ!カラダヲカエセ」

「まあ待ちなよ。もう少し彼と話したいんだ」

「ハァ!?フザケルナ!オマエウラギルノカ」

「裏切らないよ。ちゃんと二人には僕からの特別な贈り物を送ってあるから心配いらないさ」


「ソウダゼ アニキ」

「キニシナイデ イイヨ」

 投げ飛ばされた二人がそう言いながら扉の傍に起き上がって立つ。

「ナゼダカワカラナイガ スゴクチカラガ アフレテクルンダ」

「イマノオレタチナラ ナニニモマケルキガシナインダ」

「二人は僕の贈り物を気に入ってくれているようだが。それでも君は納得いかないかい」


「ッチ ワカッタヨ フタリヲ シンジル」

「じゃあ、二人とも席を外してくれるかい?」


「アア」「ワカッタ」

 すると二人はノアを見てどこかへと歩いて行った。それを見てノアはクロトとアイコンタクトを取った後二人を追って歩いて行った。


「さて、話の続きをしようか。それで君は僕が隠していた術式を展開してどうするつもりなんだい?」

「お前の邪魔とこの国にはびこっていた汚物の一掃といったところか」

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