第40話 行動から生じる望まぬ行い
二人を連れて三人がその部屋を去った後。とても静寂な時間が流れた。
目に映るのは、月の輝きとそれに照らされる建物の屋根たち。全てを飲み込むような真っ黒な闇の影々、生物がいないのではないかと思う程の明かりもない静かな夜である。
外へ出ると思った通り夜の警備という真面目な者はおらず街灯もない為、堂々と歩き回ることが出来る。
昼間に歩き回って少し気になったことがある。
それは人が屯している所とそう出ないところがはっきりしている事だ。人がいるところは必ず二、三十、いない所は全く人一人、来るような気配がないとかなり偏っている。そして集まる場所はとても明るいところに集まるものもいれば、とても暗いところに集まっていたりするとそこに決まりは全くない。まぁそういう質の集まりという考えもあるが。
そしてシルスとメアが騒ぎを起こしていたとき、執行者達を恐れてか屯していた男たちは表に姿を見せないと建物の中に隠れるも、その場から決して遠く離れることはなく、すぐ側に身を隠して待機していただけだった。
なぜ離れないのか…。
考えられるのは、そこから離れては行けないというやつらのボスのような存在からの指示か何か。
そう考え、月明かりを頼りに男達が屯していた周辺を探していると、木箱の下に押して擦れた跡が残っているのが見えた。木箱は大きい割にあまり中身が入っていないようで簡単に押しのけられ、そこを見ると下へ行く扉のようなものを発見する。
扉を開けると下へ続く階段がありその先は光が全くない、かなり深い闇だった。
中からはあの路地とはかけ離れた異常な腐食の激臭と不気味な気配が漂ってくる。
耳を澄ますと微かに水の落ちる音、流れる音が聞こえてくる。
クロトは中へ入りながら扉を閉める。
中へ差し込む光など無い為、夜目に慣れたとしても見えはしないだろう。
懐から準備の支度をしている時にシルスから受け取った、少し太い棒を取り出して軽く折る。パキッと音を鳴らすと、その棒が少しずつ明るくなり、足元を照らせる程度の明かりを灯す。
短い階段を降りるとすぐに少し開けた通路となる。足元を照らしながら水の音が聞こえる方へ歩くと、赤く茶色に濁りきった水が流れる水路が現れる。
となるとここは地下水路なのだが、何故わざわざ地下水路の入口を隠すように塞ぎ、人を近づけまいと屯させているのか。まぁそれは歩いていけば分かるだろう。
響かぬよう静かに歩いていると、地下水路の故、様々な虫やネズミといったものが住み着いており、クロト横や頭上、そして目の前を横切り、恐らく獲物を追いかけいたのか何かが水路に飛び込み泳いでいるような音が鳴り響いて聞こえてきた。
水路はとても入り組んでいるおり、目印のようなものもなく、ただ歩き回るだけでも迷いそうになりそうな迷路だ、それも明かりは足元を照らせる程度、常人であれば進みたくもないだろう暗闇だ。
だがクロトは一切の迷いなく進んで行く。
まるで何かに導かれるように歩いていき、そして立ち止まり光で壁を照らす。
「この気配の正体はこれか……」
だいたい一周し終え、感覚を頼りに見えない帰路を辿る。
そして階段を見つけ扉を開くと、入ってきた場所に戻れていた。
だいたい五、六時間程度、地下水路を歩き回り時間は早朝であり朝日が出てき始めて明るくなっていた。
もうそろそろ男たちも起きて見回りが始まる可能性がある。その前に服屋の場所の特定だけして、その後は外の様子を伺いつつ行動するとしよう。
道中、男達も目を覚ましたのか、六人の男のグループが幾つか作られ何かを探しているのが見えた。恐らくシルスとメア、そしてあの親子を探すように執行者達が賊に命令をしてたのだろう。
この国の全ての人間が捜索してるかのような数だった為、狭い路地も全く気が抜け無くなってしまった。
そして多少時間がかかったが、教えて貰ったその服屋と思わしき建物に着き裏口から鍵を開けて中に入る。
中に入ると裏口というのもあり、すぐに多少散らかった作業場のような所が見えた。
中央に三つのマネキンと大きく分厚い机があり、その上にはいくつも切れた布の山や、物差しや型紙、針、ミシンといった作業道具が広がっていた。
隅には足洗い場のような場所があり、その横には沢山の色々と汚れ、ボロボロとなった布の山がありさらに奥には乾燥機だろうか。
見たところ着れなくなったものを綺麗にして、再利用しようとしている感じだろうか。
少し時間はあるし、商品として並ぶ服でも見させて貰おうかな。
内側からかかった押し鍵を開けて入る。
そこには、さすが服屋と言うように沢山の服が並べられていた。
軽い服などはハンガーラックにかけられ並べられているが、注目して欲しい衣服はマネキンや壁にと目立つように掛けられていた
その中に並ぶ無地の暗い色の様々のコートを触れながら眺めていた。
どの上着も結構いいな…。騒動が終わったら幾つか買わせてもらうか。
そう眺めていると端の方に古着と書かれた蓋が貼ってある場所が見えた。
その服を一つ一つ軽く触れて見る。
捨てられた、または売られた服を洗い売り出しているものかと思ったが、ここに並ぶ全てが縫い直しなどがしっかりと施されているのが分かる。
「……いいものだなこういう物を見られるのは」
さて、次の目的は夜になるまで何もできそうにないしな。夜まで見つからぬよう様子を伺いながら街を歩くとしようか。
そう考えていたのだが、そんな単純なことはなかった。
ただひたすらに休みなどなく男達はずっと走り回り捜索をしていた。
地下水路の入り口は思った通り、見張りのごとく男達が屯して酒を煽って談話していた。
時間が経つにつれて男たちは焦りなのか、無関係に隠れ潜む元国の民の家に押し入り、十三人を表に連れ出した。
すると見世物とストレスの解消か暴力による尋問を行い始めた。男も女、年齢なども関係なしに常人には見るに堪えない道具などを使った拷問の様な事を時間の限り行い続けた。男たちの笑い声がかき消されるように、苦痛と絶望の叫び声が周囲一帯建物の中まで響き渡る。
それを建物の中に隠れ眺めながら歩いている開いた扉の隙間から住人達が隠れ両手で耳を塞ぎ、怯え低く体を縮み込ませているのが見えた。
一時間も経たないうち無残な姿となったその十三人は動かなくなり、その場は血などの液体が飛び散り塗れていた。
「聞けお前ら!俺たちの探す女どもを匿っていても無意味だぞ!!差し出すならさっさと差し出せ!こうなりたくなかったらな!」
周囲の建物にいる住民に聞こえるように誰が聞いても分かるような小ばかに笑うように、そう男が言う。
それを聞いて皆は分かっている。男達はここに探しているものなどいないことを知っている。ただの暇つぶしにそうしただけ。
皆、その男達に恐怖しながらも恨み憎悪が溢れる。だが、それは男達だけに向けられているのではない。今回男達がそうするようになった原因である、お尋ね者の見知らぬ彼女たちに対してのものもあるだろう。
当然これが行われたのはその場だけではない。
歩いていると至る所に同じ様な光景があった。全体の住民に知らしめるために至る場所で行なわれていたようだ。
時間がさらに経ち虫や動物たちがそれに群がる頃に、建物にいる住人たちが男たちが去っていないことを確認し出てきて、その遺体達を弔う。
そして回収しに来たのか、昨日広場で作業を行っていた男達が二台を持って表れ、丁寧にその遺体を荷台に乗せて持っていく。
弔っていた住民たちは過ぎ去る荷台を見ながら天に祈るように座り込み、数十分したのちに建物の中へ帰っていった。
「ほんと、正しき選択を取るのは難しいものだな……」
それからも男たちの捜索は続いたが夕暮れになるにつれそれは徐々に収まり、また静かな夜となる。
北東にある灰色のレンガで出来た建物。
その建物の狭い隙間から光と男たちの笑い声が溢れていた。
中では執行者達が机を囲ってカードゲームをしていた。
「はい、ドーン」
一人の男が一枚のカードを叩きつける。
それに合わせ周りの男たちが伏せていたカードを表にしていく中、一人カード裏にしたまま持っていた。
「おら、さっさと表にしろよ」
「な、なあ、三回勝負にしようぜ。ほら、その方が時間も潰せていいだろ?」
「往生際がわり~ぞっと」
不意をついて隣の男がそのカードを奪い取り表にして出す。
「はい、お前の負け。見回り行って来いよ」
「はぁ~行ってくるよ……」
負けた男は気だるげにランタンを手に取り扉から出ていこうとする。
「気を付けろよ、今日も獄長はお盛んだ」
扉の傍に立つ先程見回りをしていた男が忠告をした。
「はあ~まじかよ……」
分厚い鉄の扉を開いて少しした所から聞こえてくる。
鎖が擦れる音。女の拒絶と苦痛の声。そして獄長と呼ばれる執行長である大男の激しい鼻息と罵詈雑言と様々な言葉の声が。
見回りの仕事は単純だ。
獄長の邪魔をせずに牢屋の中にいる者達の様子や異常がないかを見て回るだけの仕事。
とても簡単なのだが、少しでも獄長の気に触れば嬲り殺される。それを過去に皆が見てしまっているのだからやりたくないのは当たり前だ。
そうして獄長のすぐそばを通る。
液体に塗れながら肉を叩く音。聞くに堪えない鼻息と声、意識がなさそうな女の声が獄長の動きに合わせて聞こえてくる。
獄長の入っている牢屋の中は確か、七歳と十五歳。二十歳くらいの女が入っていた気がする。
そう横目で見ると、小さな二人の体が股から大量の血などの液体を垂らして無残に横たわっていた。まだ生きているようで体がビクつかせて、とても弱く呼吸しており微かに何かを言うように口が動いていた。
…た………ぇ…
その少女たちの顔から流れるそれを見てしまい、男は急ぎ足にその場を離れる。
だいぶ離れた所で男は立ち止まり股を抑える。
「はぁ〜最悪だ、ズボン替えねぇとな。それにしても、せっかく俺が置いといた奴を取られちまうなんてなぁ。ほんと最悪だ…もうここには俺好みの小さいヤツなんて居ないってのによぉ〜。また、取りに探さないとなぁ…。…さっさと一回りして時間までサボろ」
男は牢屋の中の確認を放棄して早歩きで見回りを再開する。
それにしても昨日今日と最悪だ。昨日はせっかくいいモノ見つけたというのに邪魔されたあげく取り逃しちまうし、その後その邪魔者共を取り押さえれそうになった途端、また邪魔者が入って俺らはともかくまさか獄長も倒しちまうなんてなぁ…。
それにしても邪魔してきたヤツら揃いも揃って上物だったんだよなぁ。一人くらい欲しかったぜ…。特に俺達を気絶させたあの少女…ほんとに欲しかったなぁ。
そう男が見回りを終えてだらしなくニヤケながら椅子に座っていると、後方から何かを叩く音が聞こえて驚きそちらを見ながら立ち上がる。
「な、何だ?確かこっちの扉は玄関口だったか…」
仲間はみな帰ってきている…馬鹿な酔っぱらいの男が来たかとか?いや、そんなことは関係ない!こんなに何度も音を立てられてもしも獄長に聞かれでもしたら、そいつもだが見回りの俺も殺される!早く止めさせねぇと。
男が強くその叩かれている扉を勢い良く開くと、扉の前にいたであろうそれは扉に叩き押され尻もちを着いてこちらを見ていた。
ボロボロに薄汚れた服装に、そこから伸びる白い細い四肢。ボサボサだがそこそこ綺麗で長い黒髪で顔が少し隠れた子供がそこにいた。
「なんだお前は、何しに来た」
……ぁ…ぉ…ぁぁ…。
その子供に問うのだが、子供は答えず舟をこぐように俯きながらぼそぼそと呟き何かを探っているように両手を前にしている。
そして男に気がついたのか、その子供は少しまた少しと男に滲みよりズボンを掴み髪で覆われた顔で見上げる。
「ま…じょ…魔女様…魔女様はどこぉ…」
そう子供が声を上げた。
なんだこのガキは…キチガイか?いや、それよりもコイツから漂うこの匂い……。間違いない、あの薬だ…。だが、あれは俺らと決まったヤツにしか回っていないはず…。いや今日捜索させる為に何人かに濃度の濃い薬をやったとアイツが言っていたな。それならこの体なら使った後のこびりついた数滴でもこうなるか…。それにしても…声的に男か女かは分からないがなかなかの…それに昨日の灰色の髪のガキと少々重なる所がある…へへ。
そう男がそれを舐め回すように見ながら口元を拭う。
だが、どうする今連れて行っても獄長に見つかればこいつを取られる可能性があるし、外に隠すにしてもまた扉を叩かれて俺が殺される可能性がある…。
そう男が考えているとその子供をみて思い出す。
そうだ魔女だ!あの場所なら皆もそうだが獄長でさえ近づくことは無い。それなら見つかる前にさっさと連れて行こう。
「おら、魔女様に合わせてやるから静かに着いて来い」
そう言って男がその子供の腕を引っ張り上げ中へと強引に連れていく。子供に返事はなくただずっと魔女様と呟き続けていた。
道中、子供の両腕に手枷を付けて引っ張り牢屋の隙間をただ真っ直ぐに進んでいく。
獄長はまだお楽しみをしておりこちらに気がつく気配など微塵もない。
ただひたすらに牢獄を進みゆくと少しずつ閉じ込められていない空いた牢が増えていく。
そしてこの牢獄の奥にある厳重に閉ざされた鉄の扉を開き、小さな廊下を通りまた一つある鍵のかかった鉄の扉を開くと先程までとは違う雰囲気の場所となる。
中にあるのは幾つもある血にまみれた処刑道具や拷問道具が並び、その先にはほかの牢屋より少々大きな牢屋があった。
その中にいる一人の影。両手首を鉄の手錠があり、そこから壁まで鎖で繋がれている。
「ほんとはここに来るのは嫌だが、せっかく手に入れたのをまた横取りされるのは嫌だしな。背に腹はかえられない」
男はその牢屋の扉を開け、子供を放り込む。
「本当なら味見しときたいところだが、今の獄長はあの匂いに敏感だから。バレるかもしれねぇ。残念だが明日たっぷり楽しませてもらうぜ。魔女!そいつは俺の獲物だからよ。食うんじゃねぇぞ!」
放り込まれた子供はむくりと起き、魔女様と言いながら這い寄るようにしてその影に近寄り、抱き着いてまさぐる様にその体を触れ回る。
「良かったな魔女様よ。寂しいお前の為にあんたを求め助けをこう眷属を連れて来てやったんだ。感謝しろよ」
男は哀れな目でそれに言い牢屋に鍵をかけて戻って行った。
「ちっ…ここはヤリ捨て場じゃねぇんだぞ、クソが。てか、人それも子供なんて食うわけねぇだろ。食ったことないし……それに寂しくもねぇし、いらねぇよ。たく…」
この牢屋にいたその魔女と呼ばれる少女が喋る。
「てか、お前もいつまでも私の体を触りまくってんじゃねぇよ。エロガキが…」
いつまでも体を触られることがむず痒くなったのか子供に向かって怒るのだが、その子供は触るのを止めない。
「って、通じるわけないか……」
そう魔女は振りほどくような元気もなさそうに諦めて、ため息を吐くと
「……なるほど、これが魔女って言われてるやつか。思った通りだな」
先程まで、とち狂ったようにヨダレを垂らしながら体を触りまくる子供が冷静に喋りだした。
「は?」
「それにしても、初めて芝居をしてみたがなかなか行けたな。まぁただ薬中みたいに狂っとけばいいだけだから、誰でも出来るか…」
すると子供は立ち上がり魔女と呼ばれる少女の前に立つ。
「俺の名前はクロトだ。魔女…いや、サディア・ネルモネアあんたと取引しに来た」
「は、取引?」
「ああ、俺の願いは二つ。この国の人間の為に死んで俺の仲間になれ」
……は!?
久しぶりに使う頭故、全く整理ができずサディアは困惑していた。
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