第38話 危機
―――音が鳴り響き続けた。
無数に剣のぶつかり合い、岩を砕き、大男の声と発砲音が。
大男にこれまで五十を超える弾丸が膝や肘といった関節部分に撃ち込まれているのだが、大男は全く気になどせず平然とした顔でシルスに攻撃をし続けていた。
それはメアが相手している三人も同じであり、幾度とメアが男たちの剣を捌き魔力を込めた峰打ちや拳などによる打撃を入れているのだが、男たちはゾンビの如くすぐに立ち上がり直ぐに攻撃を仕掛に迫る。
一体何なのよ、コイツら。動きは短調かつ荒くて弱いのに、尋常じゃないタフさと、そしてこの実力に見合わない闘気の力強さ。どうなっているのよ。オーガには全く及ばないけど私とほぼ同等、いや少しあいつらの方が少し強い。剣で撃ち合い続けたら体力を消費させられてまずい。どうすればいいのよこれ…。
…この大男、本当に人間ですか。弾丸を受けて眉一つ動かさず痛そうにしない。それにあんなにも関節部分に撃ち込んでいるというのに全く気にすることなく、動きが鈍る様子もない。そして出血は軽く一滴垂れた後、直ぐに止まっている。鉄に近い硬度の性質を与えた糸で制止させようとしても肉が斬れるようなこともなく。寧ろ支えとなる地面や建物が耐え切れず割れて引っ張られてしまう。
こちらは動き回って体力が結構消費されているっていうのに、何なのよコイツら。時間が経つにつれて少しづつ強くなってきているし、息一つ変えてないじゃない。
私達の今の体力では撤退も不可能。完全に打つ手が無い。
攻防が続き疲弊しているシルスとメアは次第に反撃の手数が減っていき、攻撃を捌くことで手一杯となっていった。
何なのよコイツら、ホントにどんどん力が強くなってきている。
メアは三人という手数の多さと力強い攻撃を受け捌いているために、いつもより多くの負担が手足に集中し、そして最も負担の大きい手への影響は握力を弱らせてしまう。
そう男達も、メアの反撃がなくなったことに気が付き動きを変えた。
一人目が上段からの力いっぱい振り下ろしをメアは受けられないと判断し大きく避ける。そこにすぐさま二人目の男が鍔迫り合いを仕掛け、三人目の男が迫り近づきながら腰に隠していたトマホークを取り出し投擲する。
「くそっ」
メアは残り少ない力を使い男をはじき返してそれを避け、迫りくる三人目の男の対処に当たるのだが。
そのトマホークはそのまま進み行き奥にいるシルスに迫る。
シルスはそれに気が付き脚を止め、トマホークは彼女の一歩前の地面に着弾した。
「だんざぁ」
その時、シルスは大男の攻撃を避けながら距離を保ち弱点を探すように銃で攻撃をしていた。
だが、そのトマホークに注意がいき、受けないために一瞬立ち止まったことにより大男のその攻撃に遅れを取ってしまう。
しまっ――
その隙を逃がさんとする大きく広げられた手がシルスを真横から叩きつけ、からめとるように巻き込み投げ飛ばした。
それは勢いよく飛んでいき建物に叩きつけられた。
その衝撃に建物の壁が崩れ穴が開きシルスは崩れた瓦礫の上に横たわる。
投げ飛ばされる最中。シルスは意識の飛びそうな大きい衝撃を受けながらも、嚙みしめ意識を保ち糸を操作して背中に幾つもの糸を覆い、他方から引っ張るように威力を抑えようとしたが、糸の性質変化をさせるのは追いつかず糸はすぐ切れ、ほぼ無防備のままそれを受けてしまった。
「シル!」
とっさにシルスが弾き飛ばされるのが目に入り、メアが叫んだ。
「よその心配とは、余裕じゃねーか」
「余裕じゃなっ――」
男の剣を防御し、次に来る蹴りは避けれないと判断して腹の前に手を出し防御したのだが、
コイツ、また力が強くッあッ――
その蹴りは手を押し込みながら、メアの手の骨を鳴らし、腹へと衝撃を与えた。
メアは後ずさりして咳き込み、震える手から剣が落ちて膝をつき、その衝撃により臓器が傷ついたのか咳と一緒に口から少量の血が吐き出される。
全身の強打…。体に全く力が入らない…。
……手に力が入らない。そもそもさっきの感覚じゃあね…。
動けない二人に男たちはゆっくりと歩いていき近づいていく。
「では、二人の異端者達よ。我ら神に仕えし審問官に歯向かった罪により獄中まで連行させてもらう」
「おとなしくしろよ、異端者。いや魔女の眷属が」
「何を訳の分かんないことを」
そうにっと笑いながら言う、メアを見て三人の男は立ち止まる。
女の手は完全に観念しているように手のひらが震え、空に向けられている一体何で笑っているんだ。
「全く遅いわよ」
そうメアの発言と共にメアと三人の間に空から一つの黒い影が落ちる。
「……ごめん…遅くなった」
男たちはすぐさまそれを見て攻撃をしようとしたのだが、既に遅く一人が蹴り飛ばされ、斬りかかる二人の剣をそのまま体をひねり回転させ蹴り折る。
二人はそれを見て武器を捨て、腰に隠していた武器を取り出そうとしたのだが、イブの追撃に全く反応できず、顎をかすめたことにより脳震盪を起こして倒れた。
初撃で蹴り飛ばされた男は起き上がらず、どうやら既に気絶しているようだ。
全く……一緒にいて私より年下だっていうのになんて強さしてるのよ。
一体何だ…あの小娘は。見ただけ分かる、あいつはヤバい。
それを見ていた大男はシルスの方へと急ぎ走って迫る。
あいつは恐らく二人の仲間。ならこの女を人質にしてしまえば手出しできまい。
急に走り出したのが聞えメアがイブを見る。
三人を倒したのだから、そのままイブが大男を攻撃しに行くのかと思った。
だが、イブは行く気配はなく、メアのそばに寄ってしゃがみ込み、震える手を眺めていた。
「イブ!?…何しているの……あっちにシルスが…」
「大丈夫…何も心配…ない」
一体何を言って…。
そう動く気配のないイブ。
メアは心配になりシルスの方を見るのだが、大男は止まる気配もなく、シルスも逃げようとしているが立ち難じている。
「シル! 逃げて!」
見えないところからメアの声が聞こえシルスは必死に起き上がろうとなんとか上半身を少し起こす。
「分かっていますよ…っく…足が…はぁ…はぁ…。ですが、この状態であの大男から逃げるなんて…」
そう大男を見ていると、横の壁からゆっくりと小さな人影が歩いてきて二人の間に立つ。
何…?
何だ?
大男の目の前に立のはとても小さな人間と思しきなにか。
それは黒がかったブラウンのコートを羽織り、深々とフードを被り顔を隠す。
何だこの小さい奴は、あいつの仲間か?あのちびはあの小娘を守るためかこちらに向かってくる気配は無い。好都合だ。あいつはヤバイが、それに対してコイツからは何も感じない。なら関係ない!こいつも動けなくして、二人を人質にしてしまえばいい!
大男は走り迫りながら拳を振りかぶり、それに殴りかかる。
あぶない――。
シルスは指だけでも動かして糸を操ろうとしたが動かず、無理だと思い唇を嚙み締め目を閉じた。
―――大きな音が鳴り響く。
その音は岩を砕き、それの影響により瓦礫がなだれ落ちるような音だ。
シルスは閉じていた目をゆっくりと開く。
目に映ったのは想像もしていない光景が広がっていた。
目の前に立っていた、小さな影は右の片足を真横に曲げてあげており、ゆっくりと降ろす。
そして景色の変った右の方を見渡す。
まるでトンネルを掘るかのように穴が開いていき、その先に大男が右拳を前に伸ばして倒れている。
いったい何が起こって…。
「全く、騒ぎを起こすなって言ったのにな」
聞き覚えのある声が目の前に立つその陰から聞こえ、それを見る。
この声…。クロ…?でも、クロは戦えないはずでは…。
「早くシルスをつれて行けイブ」
「…うん」
いつの間にかイブがすぐそばに来ており、動けないシルスの体を背負いメアの方へ走って行った。
頭の整理が落ち着かない中、連れて行かれながらも目はクロトを追っていた。
フードを覆って顔を隠しているが、あの身長に両手をずっとポケットに入れている立ち姿、そして雰囲気…間違いないクロだ。
メアの隣に降ろされ呆然と座り込む彼女を一度見てすぐにクロトがいる方を見る。
「一体どういう事なの、あれはクロよね…」
「ええ、間違いありません。メアあれは一体何が起こったのですか」
「分からないわ、あの大男がクロに殴り掛かった直後、急に起動を変えて、ああなったようにしか…見えなかったわ…」
イブは心配ないと言っていたのはクロがシルスを助けるとわかってたから。なら何故、クロはこの時まで戦える事を隠していたの…。
一体何が起こった……。
大男は起き上がり、気を確かにするように頭を振るわせ抱えるように支えてクロトを見る。
俺は何故転げた…。俺は確かにあの小さいヤツを殴りに行ったはずだ。なのに奴を殴りに行った瞬間、まるで左から大きな力で引っ張られるように軌道が曲がった。魔法か?魔法であれば必ず発動時に魔力の気配、動きが現れる。だがそんなものは無かった。それに、こいつからは魔力のようなものは一切感じられない。なら一体何が起こったというのだ。
「どうでもいい事考えてねぇで、早くかかってこいよ。雑魚が」
「あぁ?」
「凄んでねぇでさっさとかかってこいよ。あそこのちっこいのにビビって、動けなくなった奴を人質にしようとした雑魚が、お前ごときに時間かけている暇なんてないんだよ」
「くそ、言いたいことだけいいやがって。何も力を持たない様なやつが何言ってやがる。お前などすぐに葬ってくれる」
大男は拳に力を溜めながらクロトに迫る。
何だこいつ、動く気配が無いのか?先は謎の力で逸らされたが次は確実に決めてやる。
大男はクロトのすぐ側で踏み込み、溜められ膨れ上がったその鬼の如く強靭な拳が、上から地面へ殴り掛かるようにクロトの頭を捉えた。
――再び大きな音が鳴り響く。
それは大男が大地を叩いた音であった。
大男の拳には確かにクロトを殴った感触があった。仕留めたいう実感があり、男の視界には割れた大地と拳の間に動けず倒れるクロトの姿があった。
「イキがった割に何ともなかったな…。お前を人質にあのちび共を捕らえてやる」
大男は高笑いする。それはふわふわとした気持ちの良い高揚感があり、何故か無性に溢れる無敵のような万能感があるからだ。
「なんなんだこれは、どんどん力が溢れてくる。今なら誰が敵であろうと倒せるのでは無いか」
大男が先程まで倒せないと思っていたイブを見る。イブはそれを一部始終を大男を見て怯えいた。
先程まであんなにも弱々しいのにビビっていたのか?バカバカしい人質など取らずとも、この力で捕らえてやる。そしてお前たちを連れて行き、俺が満足するまで楽しませてもらうぞ。
笑みを浮かべながら大男は倒れるクロトの腕を掴み引きずりながら、怯えて動けないでいるイブ達の方へ迫って行く。
「……遊びにもならなかったな」
暗闇でそう呟く声が聞こえる。
その傍には腕を地面に埋めて額を地面に擦り付けている男の姿があった。ピクピクと白目を向いて膝をついて座り込んでいる。
「今日は少々気が障ってるから、本当ならここでお前を殺してやるのだが……獲物を横取りするのは良くないだろうからな…見逃してやるよ。と言っても聞こえてないか」
そう言うと去ろうとすると、すぐに何かを思い出して立ち止まる。
「っと、忘れていた。せっかくだから、持ち物をもらうとするか」
クロトは大男の服を隅から隅まで調べ、幾つかの道具を盗み出して上着のポケットに突っ込んで、皆がいる方に向かう。
メアはそれを見て呆然と立ち尽くしていた。
一瞬のことで、正確には分からなかったが確かに彼女はあることが見えていた。
なんなのよ、あのデタラメな動きは……。あの大男の拳は確かにクロの頭を捉えて触れていた。だけど触れた瞬間クロは、その力に逆らわないように、頭が下へ向かえば足が上へ行くように全身を回転させて、多分ダメージを完全に流した。その後のことは全く見えなかった。だけど、大男のあの様子はイブが倒した男たちと同じように気絶している。となると見えなかったあの瞬間に大男を気絶させる何かをしたということ。もしかして、クロって強いの?だけど、そんな雰囲気これまで一度も出してなかったし、そもそも出会った時からこの時まで一度たりとも魔力の気配なんて微塵も感じなかったのに…。
「さて、イブどこなんだ?この二人が戦っていたという事は、どうせ誰かを匿っているんだろ」
イブは静かに頷きながら建物の壁を指さす。
「……ああ、うん…。まあ、ちゃんと止めなかった罰だ。二人とも抱えて行けよ」
「…分かった」
と、言うも、イブはしばしどう抱えるか考え悩む結果、両脇に二人を抱えることにした。
何というか”雑”では……。いやまあ、二人を抱えるのだからこれがしかないだろうけど。
「いえ、私は動けるからシルスを抱えてあげて。ここまでずっと糸を張り続けて魔力消費もかなりのものだろうから」
「そうか、ならさっさと行くぞ。コイツらの仲間が来たら、一々対処するのが面倒だからな」
そう言って案内するように先行くイブに皆が付いて行き、その場を去っていった。
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