第37話 内城調査 シルス メア イブ視点

 薬屋でクロトと別れて三人は薬屋からかなり離れたところで街道の表を歩いていた。

 周囲から度々見られることはあったが、国に入ってきたときのようにずっと監視されているようなものではなくなっていた。

 時折、四人を探す男たちが横を過ぎるが認識阻害のローブにより気づかれることはなかった。


 認識阻害のローブは見る者は違った捕らえ方をする。

 例えば人であれば子供から老人までの男女のどちらか。魔物であれば同族の魔物、種族の違うエルフであればエルフに見えるというもの。だが、こんな荒くれの男しかいない中、子供が歩いていれば不自然であり、それも女であれば声をかけてくる可能性は普通にあり得るだろう。ならなぜ声を掛けられないのか。それはこのローブが相手の意識に不自然でないものとして認識させているからだ。つまりこの場にいる男たちの目には知らないが、たぶん仲間であろう男達がローブを纏っているとして映っている。

 その場に溶け込むのには都合の良いものだがちゃんと欠点がある。

 それこそローブを纏っていると認識されるという事。

 いくら纏っている者の認識を変えさせられるとしても、その場に合わないローブなんて纏っていれば怪しまれるのは必然なのだから。

 人が渋滞が横行する中では何ら問題ないが、大通りに十数人程度なら自然と視線は集まってしまう。

 それ故に使う場所は考えなくてはならない。

 そして声は変わらないこと。男として認識されているのに女の声がすればそれこそ怪しくなる。


 三人はクロトの指示通りただ、街のあちこちを見て回った。

 変わりない男たちが酒を煽り談笑をし、弱った男たちをこき使い働かせるその景色を見ながら、ずっと握る拳が強くなる。

 あたりに見える人が住んでいるであろう建物の窓は絶対開けないというように、全ての窓が閉められ分厚いカーテンが覆っている。

 そう見ていると、とても変わった光景が見えた。

 それは何といえばいいだろうか。消し飛んだと答えるべきだろうか。

 恐らく大きな建物が二、三ほど建つ横の範囲で、そこから城壁まで約百数メートルの地面が綺麗に整地されたように何もない殺風景な空間が映った。一つの瓦礫も見えないそれはとても綺麗なものだった。

 近くの住宅の壁に座り込み、力なくそれを眺める男がいた。

 周囲に人はいるがあそこならあまり見られることはないだろう。ここで何があったのか聞いてみよう。


 そうその男の傍まで近寄ったのだが、その男はこちらが近づく事にすぐ気が付いて一目散に建物の中へ入り扉の鍵がガチャガチャと焦っているのか、何度も鍵をかけ直しているのが聞こえてくる。

 このローブを纏ったまま事情を聞くことはできそうになく、だからといってローブを脱ぐことなどできはしない。

 その物音のせいで視線が集まっており、直ぐにその場を離れなければなくなる。

 大人しく、この事だけを知らせることにしよう。


 そこからは特に気になることのない変わりない、最初のような男たちが溜まっている景色ばかり。

 これ以上の情報はなさそうだなと感じ、急いで終わらそうと少し歩早になっていると、前方の方で何か騒がしく何かを囲うように人だかりがあるのが見えた。


「後ろからでは見えませんね少しだけ中に行きましょう」

「そうね」

 そう二人が話しているとイブが二人の服を掴む。

「行かない方が…いい」

 そう珍しくイブの方から意見を出したのだが

「人が多いい所に入り込むのは危険だというのは分かってます。ですが、クロからは周辺を見て回って調べろという事です。一応何が起こっているのかは見ておかないと」

「そうよイブ。何か情報が得られるかもしれないのだから」

 そう二人の言葉にイブは反論はなくゆっくりと頷き、了承する。


 三人はできるだけ固まりつつ隙間を縫うように進み、それが見える場所に立ち止まる。

 イブには身長的に見えないがそこで何が起こっているのかは来るまでに聞こえていたので何となく分かっている。

 二人の目に映ったのは、賊の男とは雰囲気の違う下エプロンを付けた男と二人が見始めたと同時に出て来たスーツに似た服装の大男が何か話しており、壁際にはこちらを背にして蹲る女性の姿があった。ここに来て初めての女性の姿だったのだが、かなり様子がおかしく背中のある一点が皺くちゃで汚れているのが見える。それに女性のあの蹲り方は何かを隠しているように見える。


「それで一体何があったのかね」

 スーツを着た男がエプロンを付けた男に尋ねる。

「ええ獄長さん。そりゃこいつの所のガキがウチの金を横領したんだよ」

「ほう、それはいけないな」

「だろ?だからこうやって!金を!返さそうとしたら!この女が!割り込んで!来たんだ、よ!」

 と男は怒鳴りながら女性の背中を何度も踏むように蹴り続けた。


「申し訳ございません。お金ならお支払いしますからこの子だけは、この子だけは」

 そう女性が必死に許しを請うのだが、男は蹴るのを止めず踏みにじるように押し付ける。


「ああ?許されねぇだろ。お金を取ったんだぞ?こちとら一日一日がギリギリの生活をしてんだ。つまりそのガキのせいで俺は殺されたかけたんだぞ!さっさとガキを差し出して金を返せ」


「ですが、この子はお金などもってなんか」

「うるせぇ!ごちゃごちゃ言ってんじゃねーよ!」

 激怒した男はより一層強く何度も女性の背中を蹴り始めた。

 女性は声を殺し必死に子供を守ろうと抱きしめて耐え、女性の奥からは子供の必死な「やめて」や「助けて」という叫び声が聞こえてくる。

 だがもちろんその声で止めることなどなく、助ける者もいない。周りにはそれを面白そうに笑って眺めるものしかいないのだから。

 彼女らを除いて。


 シルスとメアは今にも飛び出しそうになっているがイブによってギリギリ留められていた。

 助けたいですが、これは、この国での今の日常。この包囲網から助け出すことなんて無理です。

 だけど本当に耐えられるの。これ以上続いたら本当に子供は耐えられるの?

 そう二人はずっと考え続けていた。


「まぁまぁ、その辺で」

 と急にスーツの男がエプロンの男に制止するように声をかける。

 そんなもので止まるのかと思うのだが、


「ああ、はい。分かりました」

 エプロンの男が急に蹴るのを止めて、態度を変え媚びるように男に近づいていく。

「つまりそうだな。お主は悪行をしようとした、魔女の使徒または眷属を問い詰めていたのだな」


 ――魔女?


「ち、違います!私達は魔女の使徒でも眷属でもありません!」

 蹲まっていた女性が男たちの方を向いて必死な形相で声を上げた。

「そういうやつは皆、違うと答えるのだよ」

 男がそう言って指を鳴らすと似た格好の二人の男が出て来て、その女性を立たせ両腕を開かせる。


「では、体からしっかりと教えてもらうとしよう」

 男は懐から城門前で見た先の尖ったあの道具を取り出した。

 そしてそれを結構な力でその女性の右手首に差し掛かる。


 そんなことしたら手首を貫通してしまう、そう思ったのだが。

 見ていると女性のその手首からは血など流れていなかった。

 それを見た女性は青ざめ口元をガチガチと歯を鳴らすように震わせてぼそぼそと呟きだす。

「やはりそうか」

 男は女性の手を取り引っ張り、高々と皆に見えるように掲げ上げる。


「見ろやはりこの女は魔女の眷属だ!」

 女性の腕には円に覆われた何かの動物のような文様が浮かび上がっていた。

 それを見た周りの男たちはそれを見て騒ぎ盛り上がる。

「やっぱりそうなのか」「俺は最初からそうだと思っていたんだよな」「今すぐ処分した方がいいんじゃねぇか」…etc


 大男はその周りの反応を見て女性を二人の男に放り投げる。

「お前ら連れて行け。そのガキもだ。魔女の眷属として目覚めた女のガキだ、その内目覚めるかもしれんからな」

「「はい」」

 男は力なく横になった女性の髪の根本を鷲掴みして起き上がらせ、もう一人の男は女性近づこうとした子供を壁に叩きつけられるように蹴り飛ばし動かなくなったところで腕を掴んで引きずって連れて行こうとする。


「では、これ。盗まれたものではないですが、魔女の眷属を発見の協力金です」

「へへへ、どうも どうも」

 大男は中に金銭の詰まった小さな袋を差し渡していた。



「ダメだよ 二人とも」

 イブは力強く二人の腕を離さないとばかりに掴んでいた。


「分かっているわ。わかっているけど」

 するとイブの目の前に何かが一つ落ちた。地面に赤い何かが飛び散っていた。

 見ると二人の体は震え、メアの口元に赤い線の跡ができていた。


「イブ 聞きたいことがあります」

「何?」


「あなたならあの二人を抱えて逃げられますか」

「ダメだよ シル」


「聞いているのです」

「だからダ 」


「これは命令です。答えなさい」

 止めようとするイブの言葉を遮り強い言葉で聞いた。


「…できる」

 イブは少し考えて小さくうなずき答えた。


「そうですか。今ここで指揮の権利を得ているのは私です。つまり何をするかわかってますね」

「……はぁ 分かった」

 イブは二人のその目を見て諦めその腕を離し、同時に二人は前にいる男たちを押しのけて前へ歩き進む。


「メアもいいですね」

「もちろんよ。そっちこそちゃんと合わせなさいよね」

「誰に言っているの」


 二人はアイコンタクトを一度合わせ、力強く押しのけて走り出し男達壁を超える。

 騒ぎの場所では大男とエプロンの男がまだ話しており、二人の男たちは少し離れた場所まで行っていた。

 皆の視線は飛び出す二人に集まり二人は一目散に、その連れていかれている女性達の元へ向かい、二人はどこからか出した鞘の着いた片手剣を振りかぶって、その男二人の顔面にぶち当て吹っ飛ばした。


「…何やってんだお前ら!?」

 異変に気が付いた大男がそれを見て声を上げる。


 するとシルスたちはそのローブを投げるように脱ぎ姿を現す。そのローブはヒラヒラと宙を舞い、まるで光の粒子が散るように消えて行った。


「なるほど、魔女の眷属か。見たところお仲間を助けに 」

 そう大男が話し出していると二人は何も言わず、大男と反対方向を向いて男の包囲網をいつの間にか取り替えられた大剣でメアが降り開き走っていった。

 それを見て大男は呆然としていたが


「お前ら追え!魔女の眷属が出たぞ」

「「「「「は、はい」」」」」

 そう周りにいた似た格好の男たちに命令し男たちは、二人が行った方へ追いかけるように走っていった。


「一体何がしたかったんだ、あの二人は。わざわざ姿を現し、女どもを助けに来たかと思えば放置して逃げるなど…」

 そう先ほどの女と子供が横たわっていたところを見るとそこに二人の姿がなかった。


「な、どこ行った。どこだ、どこだ!」

 と男たちを押しのけて周囲を探すが見当たらない。

「おい!お前らさっきの子供と女はどこに行った」

 周囲で見ていた男の胸ぐらを掴み睨み付ける。

「し、知らねぇよ」

「お前は!」

「み、見てねぇよ」

 周囲の男たちを見渡すがどの男も「知らない」というように仕草をする。


「く…」

 大男は男の胸ぐらをつかんだまま体をびくびくと震わせて、頭を俯かせて何かを言おうとしている。

 胸ぐらをつかまれている男は怯えながらその手を離させようと両手で抵抗するのだが、外れず周りに助けを求めるのだが、周囲の男は少し、少しと距離をとっていく。


 大男はゆっくりと顔を上げると。胸ぐらをつかまれている男の視界は瞬時に横へ流れ激痛が襲い掛かる。

「くそがぁ!私たちの邪魔をする異端者どもが!魔女の眷属を逃がそうとするだと!?ふざけるな!ふざけるな!ぶっ殺してやる!ぶっ殺してやる!」

 大男はまるで鞭のようにその男を振り回し、周りの男たちを巻き込んでいった。

「…絶対に逃がさんぞ。俺、自らがひっ捕らえてやる」

 大男は血眼にして持っていた男を男の群衆に向けて投げ飛ばして、のそのそと逃げた二人の方へ歩き出し、徐々にスピードを速めて石の地面を砕きながら走って行った。


「お、おい大丈夫か…」

 投げ飛ばされた男を受け止めた男たちが心配していた。

 だが、男は完全に伸びて口から泡を吹いて気絶しており返事がない。


「なあ、さっきの女どもって」

「ああ、あの時逃した奴らだ」

「どうする、捕まえに行くか?」

「あ?やめとけやめとけ。確かにあれを逃すのは惜しいが、あいつらに巻き込まれるなんてたまったもんじゃねぇよ。死んじまうか、あの女どもと一緒に連れて行かれるぞ」

「そ、そうだよな…大人しく今日は帰って寝るとしよう」

「明日の朝が来るまでは、ひさしぶりに危険な時間となるからな」


 男たちは気を失っている男を連れ帰っていき、周りにいた男達もいそいそと散り散りに、その場を去っていく。



「はぁ、はぁ…シルス、数と距離は」

「敵は五人、距離五十です」

「そ」

 シルスとメアはただひたすらに逃げていた。

 その二人の姿を見て前の方にいた男たちが嬉しに武器を持ち立つのだが、それを見て仰天したような顔をして直ぐに元居た方に戻っていく。


「どうやら後ろの奴らのおかげで、変に敵が増えることはなさそうね。それでここからどうするの?」

「取敢えず人気のない場所へ向かい、あの人たちを撒いてどこかに身を隠しましょう。他の人を巻き込むのは私の望むことではありませんからね」


「それは私もよ!」

 すると急に距離を詰めて来ていた男の剣をメアが受け止め反撃する。

「メア!ッ」

 メアの心配をするのも束の間、もう一人の男がシルスの背後に迫る。シルスが両手に持った拳銃をクロスにさせて男の剣を受け止めて、それを見て警戒し離れた所を直ぐに狙いを定め、二発の発砲音がなる。


 !?

 男二人の二人はその謎の爆音に動揺し後ずさりするのだが、シルスの狙いは膝であり、二人は膝を撃ち抜かれたことによってバランスが取れず倒れてそうになり、そのままメアの峰打ちの追撃により気絶するように倒れる。


 二人はすぐに走り出す。

 背後を見ると残りの三人は謎の音に足を止めているが、直ぐに追うのを始めた。


「どういう事、急に二人は距離を詰めてきたのに残りの三人は来なかったわ」

「分かりませんが、二人だけ移動系の魔法を使ったという事だったのでしょう」


「そうね…だけど残りの三人も追ってくるのが早くなってない?」

「ええ。少しずつ先ほどより早く距離が詰められています」


「それよりさっきから気になってたんだけど、遠くから何か大きな音が迫って来てない?」

「来ていますね」


 二人はゆっくり後ろを見ると

 その瞬間追ってきている三人の後ろにある建物が、爆発したように弾け飛び砂煙を上げた。

 そしてその砂塵を切るように振り晴らしその巨体が姿を現す。

 それはさっきの大男なのだが、様子が違う。

 先ほどまでは体が大きい為に大きい服を着ており少しばかり余裕があったはずなのだが、今はズボンの裾が余裕なく肉に擦り付いており、太ももは今にも破けそうにパンパンに膨れ上がっている。ボタンが飛んだのかYシャツがひらひらとして隠れていた腹筋が露になっており、二の腕の部分も太ももと同様に膨れ上がって服が破れている。

 簡潔に言えば全身の筋肉が一回り肥大化していた。


「なんなのよ、あの化物は」

「分かりません」


 すると大男は通りすがりにあった長椅子を持ち、走り続けながらやり投げに近い要領で二人目掛けて投擲する。


 二人はそこで曲がり避けたのだが、その直線状に溜まっていた男達は避けられず直撃し、そこから血が飛び散り悲鳴の声が聞こえてくる。

「噓でしょ…見境なしなの…」

「そんなことより、あれから逃げて撒くのは無理そうです。流石に早すぎます」

「ええ、分かっているわ。これ以上走っても体力を浪費するだけ…迎え撃つしかないわね」

 二人はそのまま路地の奥へ進み行き城壁まですぐそばの建物と建物の間にある、そこそこ広い道の真ん中で立ち止まる。

 すると城壁側の横道からゆっくりと追ってきていた三人の男が表れ、後ろからは地面を砕きながら大男が歩いてくる。


「冗談でしょ…」

「残念ながら現実ですよ」


 大男の姿を改めて見て驚愕する。

 先ほど見たその大男はバイロン達とあまり変わらない約二メートルそこそこの体躯だった。

 だが今目の前にいるのは別人としか思えないような変わりようだ。

 身長は約三メートル弱まで大きくなっており、全身の筋肉が二倍三倍ほど膨れ上がり、熱を帯びているのか全身に湯気と陽炎が漂っている。


「それで、どうするのシル」

「…三人を任せても構いませんか。近距離で多人数相手にするのは苦手なので」

「分かったけど、大丈夫なの」

「正直厳しいですが、やるだけやるしかないでしょう」

「そうね」


 二人は背中を合わせ自身が対処する敵に向かって武器を構える。


「くくく、異端者と言えど、これを見て諦めないのは初めてだ。最近のおもちゃは直ぐに壊れてしまいつまらなくなっておったのだ。だから俺を楽しませるよう、早く壊れぬことを期待ずるぞ」

 まるで覇王のような口ぶりで大男は語りかける。


「やる前から勝った気ですか…」

「あのオーガみたいなこと言ってむかつくわね」


 その場にいる全員が動かず機を伺っていた。

 そして先に動いたのはシルスとメアで、二人共が敵へ飛び込むように距離を詰める。

 二人共が敵に距離を詰められ身動きを取りにくくされるのを防ぐための行動だ。


 メアは大剣より少し小さい、刃の中にもう一つの柄がある両手剣を振りかぶり三人目掛けて振るう。思いの外それが強かったのかそれを受ける一人は後ろに飛び距離を取り、その間に二人が横から挟むようにメアに斬りかかる。

 両手剣を短く持ち一人を刃で迎え打ち、柄の先でもう片方の攻撃を受け流し、その瞬間身体強化を強め体を捻り、刃を振り抜いて初撃で後退し追撃に向かう男に向かって刃で受けた男を飛ばし、柄で受けた男を勢いのまま前傾に倒させ回し蹴りを食らわせた。


 シルスは右手に拳銃をもう片方にナイフを持ち、距離を詰めながら何度も大男の脚や肩、腕へ目掛けて発砲する。

 大男は何だ?とばかりに考えそれを受けるのだが、痛みがないのか無反応に撃ち込まれ血の流れる箇所を見て笑みを浮かべて、シルスを迎え撃つように拳を振り上げる。

 それを見てナイフを持つ左手首を小さく二度、捻る。

 大男は狙いを済ましその拳を振り下ろす。

「だんんんん」

 だが、その腕は振り下ろされず、拳と大男の笑みが止まった。


 シルスは迎え撃つことを決めていたため、大男達が表れる前に彼女を中心に半径約百メートル一帯に大量の糸を張り巡らせ準備をしていた。

 そして今、大男の振り上げられた腕、肩から上半身、そして両足に約九十の糸が左右の建物から延びて絡みつき、男の動きを静止させるように封じる。

 シルスはそのまま迫りナイフでその巨大な右脚の腱に斬りかかるのだが、その肉体はまるで鋼に斬りかかったかのように硬い音がなって弾かれる。

 なに、この異常な硬さは…魔力を込めていたというのに、擦った跡がついただけなんて。


「ざぁぁああ」


 大男は無理矢理力を込め続け振り下ろそう徐々に拳が下に落ちていく。

 すると左右の建物が僅かに振動し始めヒビが入り始めた。

 それに吊られるようにシルスの左手の糸が引っ張られ、力が加わっていく。


 まずい…


「いいいいいい!」

 シルスは右手首を右左に回すと、大男に絡まる全ての糸が緩み、抵抗を失った大男の力の溜められた拳が地面へ振り下ろされる。叩きつけられた地面の瓦礫が割れ飛び、その衝撃で大地が地震のように揺れ周囲の建物の窓硝子が割れ散る。


 巨大な振動により二人は上手く立つことができないのだが、大男はそのまま振り向きながら背後に走り身動きできないでいるシルスに回し蹴りを、男三人はサーカスのようにでたらめな動きをし、空中で二人が一人の足を掴みメアに向けて投げる。


 動けばすぐにこけてしまいそうで、容易に移動することなどできない現状。シルスは既に武器をしまっており、両手から延びる糸の操作に集中する。張り巡らされ弛んでいる無数の糸の中の四本を強く引っ張らせ、それに引っかかっているメアと自身を強制的に横に避けるようにした。

 そして、その攻撃を二人が避けたのを確認し、次の操作により十の弾性のある糸の足場をメアの方に作った。メアはそれを利用し高速移動し先ほど攻撃してきた一人を魔力を込めた拳で殴り飛ばし、その男は壁に叩きつけられる。


 揺れは直ぐに収まり。動きに合わせるように糸を解除させ、二人は着地と同時に直ぐに次への行動を行う。


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