第34話 ユーラクストの村にて―3

 急な光を感じて目を覚ます。

 目を見開くととても強い光が視界に差し込み、目が痛い。

 陽の光か…いつの間にか寝てしまったな…。

 久しぶりの熟睡でまだ、体が眠っている感じがする。

 体を起こすために立ち上がり体の隅々を伸ばし周囲を見渡す。


 日の明かりから見てまだ早朝の五時くらいか。ヴァンの腕の腫れは大分引いてはいるがまだ安静にさせるべきだな。イブは相変わらずの回復力で万全少し手前くらいか。ノアはと…。


 そう覗き込むとそれを見て頬が緩み微笑んでしまう。

 扉を音を経てずにゆっくりと開き外に出て、そばにある手押しポンプの井戸で水を汲み上げ顔を洗い空気を吸う。

 北の大陸に近く早朝と言いうのもあり、かなり水は冷たく冷たい冷気を取り込むことで完全に目を覚ます。


 いや結構寒いな…。


 そう思いながら顔を拭いていると横から誰かが歩いてくるのが聞こえた。


「やぁ、早いね君」

 そこには寝起きとは思えない涼しい顔で立つサロワがいた。

「…王子様もな」


「王子様なんて呼ばなくていいよ。気軽にサロワと呼んでくれ」

 流石さわやかイケメン王子だ。簡単に距離を詰めようとしてくるな。


「そうか…サロワも顔を洗いに来たのか?俺は洗い終わったから変わるが」


「いや、いいよ。僕はもう洗ったからね。たまたま見かけたから声をかけただけだよ」


「そうか…特に用はないんだな」


「お邪魔だったかい?」


「いや、別に」


 そう会話にもならない受け答えをしていると後ろから勢いよく扉が開く音が聞こえた。

 その方を見ると血相を変えたメアとシルスが武器を持って外に出て来ていた。


「じゃあ、僕はそろそろ戻るよ」

「そうか…またな」


 そう素っ気ない別れを済まして、二人の方を見る。

 シルスは元々あまり怪我などは見えなかったからあまり心配は必要ない。だけどメアはヴァンほどでもないが結構怪我をしていたのだが、それなりには回復しているな。

 そう二人を見ていると、二人はこちらに気付くなり大急ぎで駆けつけてくる。


「た、大変ですクロ!」

「そうよ、大変よ」


「一体どうしたんだよ、こんな早い朝からそんな顔して物騒に武器まで取り出して。それと声はもう少し押さえろよな。まだ寝ているであろう村の人たちに迷惑だろう」


「ですが」「そんなことより」 

「サナがどこにもいないのです」「サナがどこにもいないのよ」


 ああそういうことか…。確かサナは元々この二人と同じ小屋で過ごすはずだったんだからな。

「まあ、落ち着いて静かについて来いよ」

 取敢えず二人を落ち着かせクロトたちが過ごした小屋の中へと連れていきそれを見せる。

 そこで見えたのはノアとサナの二人が並び肩と頭をくっつけて、とても仲がよさそうに眠っている姿を。


 それを見て最初二人は戸惑っていたが、何も言うことはないようで微笑み皆の眠りの邪魔にならぬようにと外へ出るなり、何かを思い出したようにいそいそと彼女らの小屋に戻って行った。


 二人は身支度を終えいつでも大丈夫と準備したのだが、ユーラクストまではすぐというのもあり皆を休ませる為に今日の朝はもう少しのんびりと過ごすことにした。


 俺は特にすることが無いので景色を眺めながらゆっくりと村の外周を散歩することにした。

 二人は軽く体を動かすからと村のすぐ側で何かをしに、ヴァンとイブはまだ眠っていたので放置した。

 ノアとサナはというと、サナが本を読みながらノアと言葉の発音の練習をしていた。


 昨日まで全くノアは力のコントロールができていなかったというのにいつの間にか唾液の消化能力も指先の切り裂く能力も収まっていた。

 サナが何かしたのか、それともノアが変わったのか定かではないがとてもいい傾向だ。サナとノアの二人が一緒にいると、とても楽しそうにしているしノアのことはしばらくサナに任せよう。

 サナと同い年というとイブなのだが、ほぼ無言であまり周りに興味を持たず関わりにくい感じだからな。彼女も一緒に楽しくできる同い年くらいの子が現れて嬉しいのだろう。それにかなり懐いているしな。


 そう考えているうちに一周を終え入口に着くと二人が汗びっしょりにして歩いてきており、こちらに気がつくと二人揃って「あっ」と言った後に、足早に村の中へ走っていった。

 軽く体を動かすって言っていたのに軽くじゃないじゃないか…。

 まぁいいか出発は二〜三時間後だしな。充分休むことは出来るだろ。


 小屋に戻るとヴァンとイブが目覚めており、ヴァンは盾などの整備をイブはサナ達と一緒に座って本を読んでいた。

 するとノアがこちらに気が付き走ってきてなにかモジモジとしている。何だろうか。

「そ そ の クロ たすええくええ あいがとお」


 まだ発音が少し難しそうにしているが、そこまで時間が経ってないにしてはかなり早い成長だな。

「そうか、どういたしまして」

 そう答えて頭を撫でると少し恥ずかしがりながらを頭を預ける。

 何だろうかこの心地良さは、頭を撫でると何か来るな…。


 そう考えながら撫でていると、入ってきた扉が開く。

「クロ、こちらの準備は整いましたが」

「出るなら早く行きましょうよ」


 そう言ってシルスとメアが入ってくる。

 それを見てゆっくりと手をおろし少し考える。

 …なにか言いたげにすごい視線を感じるが何も言わないし放っておこう。

「そうか…ならとりあえず今日の予定を話しておくか」


「とりあえず二日三日程度ここに滞在することにした」


「ここにですか?」


「ああ、国の様子を調べるためにな、そこで二つに分かれることにする。調べに行く組みとここに残る組みだ。村長とはさっき話しをしておいた」


「早いわね、それで誰が残って誰が行くの」


「行くのは俺とイブ、シルス、メア。そして残るのはヴァンとサナ、ノアだ」


「分かったが、その理由は」


「何かを隠してる様子だからな変に大人数で行くより少人数で行くのがいいだろう。ヴァンはまだ腕が上手く動かないだろうし、早く万全まで回復する為休んでおけ。それと後で話があるから来てくれ」


「ああ」


「そしてその治療の為にサナ。ノアとヴァンのこと頼むよ」


「うん、分かった」

 それを聞いて納得する静かに納得するヴァンと二人。


「もちろんだが争うつもりは無いからな、何かあれば直ぐにこちらに戻る」


「ですが、残ってるこちらに危険が訪れる可能性があるのでは、私たち三人のうち一人残った方がいいのでは」


 そうシルスが意見を上げながらメアを見る。

「なんで私を見ているのよ。それならあんたが残りなさいよ」

「前衛二人が行くより後衛をこなせる私が行くべきです。そしてもしもの時のためにイブは外せません。だからメアが残るのが先決です」

 と二人が小さな声で言い合いを始めてしまう。


「ああ、問題ない。その可能性もあるが、その賊達は村長以外の村人を無視して捜索をするそうだからな。村人の格好をしていれば変に詮索されることは無いだろう。それに多分ここのほうが安全だ」


「そうなんですか?」

「そうなの?」


「ああ、ただの直感だが」


 ……。


 あまりにも頼りないその言葉なのだが、そう言って何か考えているのだと、そう思い誰一人何も言えないでしまった。




 身支度を終え納品しに行く村長の馬車に乗せてもらいユーラクストへと向かう。

 深い二つの森の間に開かれた道を進むと森が開けて広い平原がありユーラクストが見えてくる。


 そしてその森と国との間にある小さな丘に差し迫ると一人の男が道を阻み止まれと言っているのか両手を広げて立っていた。


 村長はそれに従うようにスピードを緩め男のそばで止まると丘の陰に隠れていたのか、その男の仲間らしき連中が次々と姿を現し馬車を囲う。荒くれ者、山賊といった統一感のない服装、村長の言っていた賊か。…15…16、17人か、結構な多いいな。

 するとそのリーダーらしき眼帯を付けた男が村長のそばまで歩いてくる。


「村長久しぶりだな、いつもの納品だな。だが、今回もしっかり調べるからとりあえず降りてくれ」


「あ、ああ」


 そう村長が受け答え、降りて村長に続くようにクロトたちも荷馬車からおりる。それを見て賊の男たちがびっくりして武器に手をかけて身構えた。


「なんだ、お前ら」


「俺たちは冒険者だ。この先のユーラクストに居る薬師の依頼でこの薬草を納品するところだ。立ち寄った村長さんの村で一泊させて貰ったついでという事で乗せてもらっている」


 そう言って依頼書と薬草、冒険者カードを見せる。

 ゆっくりと近づきその依頼書を手に取る。

「確かにこれは本物だな」

 そう男が確認した周りの仲間たちに向かって頷くと皆武器から手を離す。


「それで俺たちはいいのか?」


「ああ、問題ないから武器を構えようとしないでくれ。こちらも失礼した、争うつもりは無い俺達は探し人がいてな」


「探し人?」


「ああ、サロワとリーディアという少々高貴そうな男女二人だ。心当たりはないか?」


「済まないが知らないな。どうしてその二人を探しているんだ?」


「そりゃ、あまり言えないがお得意様からの命令でな」


 お得意様ね…。それがユーラクストの王という可能性もあり得はするのか、どうなのか。


「頭、問題なかったです」

 そう男の仲間が荷馬車の確認を終えたことを知らせにきて何か耳打ちをしていた。

 なにを話しているのか聞こえなかったがそれを聞くなり。

「バカが、我慢しやがれ」

 そういってその男の頭に拳骨を入れた。

 それを見ていた俺たちのことを思い出したようで、

「ああ、すまない。調べごとの協力ありがとうな。もう行ってくれて構わない」

 そう言って賊のリーダーの顔とは思えない営業スマイルに似た顔でクロトたちの乗る荷馬車を見送った。


「一体何だったの。どう見ても賊のような人たちなのに変に礼儀正しかったし。その分怪しいのよね。特に私たちを見る目はあれだったけど」

「失礼ですよ、人を見かけで判断してはいけないと前にもそして今日も理解したはずですよ。見る目はあれでしたけど」


 まあ、二人の言うように彼女らをジロジロと見たり荷馬車の確認をしながらチラ見してたのはすごく目立ったな。それに比べて俺への目は殺意に似たようなものも混ざっててひどいものだったが。


「そういえば村長さん、このチーツの果実はどこで買えるのですか」


「ああ、なんだい欲しいのかい?それならそこから数個持って行ってくれて構わないよ。いつも納品には多めに持ってきているからな。依頼をやり遂げてくれたお礼だ」


「ありがとうございます」


 そう言ってシルスとメアが納品箱に盛られたチーツを目利きをするように選び始めた。


「村長、このチーツっていつごろから作り始めたんだ?」


「ああ、それはね結構最近なんだよ。半年より少し前かな?王から結構成長してた植木が送られてね、それが気候がいいのが土が適していたのか、思いのほか早く成長してね一週間くらいして小さな実がなるようになって。最初は少なかったが今ではこんなにも実るようになったな」


 結構とれるもんだな…。それにしても半年より前から実がなって今も実を作っているという事は一年中実を作り続けているのか?なんかそれはそれで結構不気味なものだな。



 そうこうしているうちにユーラクストの城門前にできた列に並んでいた。

 なんだろうか、ここにきてからよく城門前で並ぶな俺…。

 そう既視感を感じながら列を見ると、どの荷馬車も納品物を乗せているようなものしか見えず。審査を終えた荷馬車は城壁内に入ることはなく荷物を下した後、帰るように横を通っていき、外からの来国者や行商人のようなものは見当たらなかった。

 村長にも確認したところこれまで横を通った荷馬車は全て他の村の村長たちだそうだ。

 辺りを見ていると村長の言っていた壁の工事跡が見えた。確かに治ってはいるが、あれすぐ壊れないだろうかと思うほどガタガタにレンガが敷き詰められているのが見える。

 これほどの城壁を持っているのだから、そういう職人がいてもっとしっかりと作るはずだと思うんだけどな。


 そうしてとうとう自分たちの乗る荷馬車の入国審査が行われる。

「あんたも納品だな」

「ああ、そうなのだが。あの者たちは違ってな」


 その気になる発言を聞いて男が荷馬車から降りるクロトたちに気づきこちらに歩いてくる。

 荷下ろしをしていた男たちの手が止まっておりその視線はシルスとメアに集中していた。

「おい、お前らは作業していろ」

 そう男の注意に皆だらしない軽い返事をして作業を再開するものの視線はすごく感じられる。


「それであんたらは入国希望なのか?」


「ああ、ギルドの依頼でな。この国にいる薬師に薬草の納品のついでに色々と調達しようと思ってな」

 そう言ってギルドカードと依頼書を男に渡して見せる。


「ふむ確かにこの国の薬師の依頼だな」


「じゃあ、入っていいのか?」


「ああ、と言いたいところだが入国するのであればその前に検査を受けてもらいたい」


「検査?構わないが何をするんだ」


「それはこれだ」

 すると男は先の尖った千枚通しのような道具を取り出した。

「これは聖銀で作られたものでな、悪しき者でないかを調べるものだ」


「…それで一体何をするんだ?」


「これをこうやって右手首に軽く刺すんだ」

 そういって男は何の躊躇もなく右手首を軽く刺し血が出てくる。

「これで血が出れば何も問題ない。さあ」

 そういって手首を出せというように手を向ける。


「そうか、なら貸してくれないか?流石に初対面の相手に刺されるのは怖いものがあるだろう」

「…分かった、ほら」


 少し不服そうにしていたがそう言って男はその道具をクロトに渡し、それの切っ先を指で触れたりして軽く観察する。

 確かにこれは銀でできているな…。色の変化もないから毒の心配もないか。せめて消毒とかしたいがそんなこと目の前で出来ることじゃないしな…。

 クロトはシルスから布を受け取り、切っ先を拭き取って手首に刺し血が垂れる。

 それに続くように皆に手首を出させて軽く刺していく。

 シルスとイブは何の抵抗もなく受けたが、メアは痛いのは嫌だと注射を嫌う子供のような反応を一瞬しようとしたのが、シルスの視線を感じてか潔く手首を差し出し、刺さるところを見ないように顔を背け、我慢してそれを受けた。

 高慢な彼女もやっぱりかわいいところあるな。


 皆しっかりと血が出ていることを男が確認し。

「皆問題ないようだな。じゃあ入ってよし」

 その男の声に門の前にいる男たちに城門の横にある小さな扉に案内され、村長に別れとお礼のあいさつの後、男たちの不気味な笑みに見送られユーラクストの中へと入っていく。

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