第33話 ユーラクストの村にて―2

 

「この国の王子ね…なら話がはやい。村長の言う雰囲気の変わった二か月前辺りからこの国に何があったのか教えて欲しい」

「分かりました。だけど申し訳ないですが、そっちの部屋でいいですか?眠っている彼女の近くで話すのは少し…」

「ああ、分かった。だけど、サナはここに置いておくよ。治療しないと気が済まないだろうからな」

「それはいいのですが…多分意味無いと思うけど」


 そう小さな声で呟き前の部屋に戻る。

 村長たちがいる部屋に戻ると二人が不思議そうにノアを見ていた。

 人のモノではない言葉で何かを呟きながらこちらの方を向いてフラフラと体を揺らし立っている。

 様子がおかしく声をかけようとした瞬間、何かに気が付いたかのようにこちらに向かって迫りくる。

 深くかぶったフードのせいで様子が伺えないのだが、隙間から数滴の液体を垂らし、その液体がローブに着くなり煙が上がる。

 消化能力…どう考えても正常ではなさそうだ。


 すぐそばまで迫り来たところをイブが取り押さえシルスが顔が出ないようにフードを深くかぶらせ頭に銃口を押し付け、メアが断頭でもするかのように直剣を首に付ける。

 だが、ノアはそんな事お構いなしに抵抗するように暴れ、首に付いた刃がめり込み血がにじみ出る。

 先ほどまで大人しかったのに…血の匂いに反応してしまったのか。


 その一連の行いを見ていた村長達は困惑し怯える。


「クロ、やはりあの時どうにかするべきでした」

「そうよ。流石に今は人の家だし目もあってできないけど、今すぐにでも外に連れていって処分すべきだわ」


 二人は本気のようでクロトに意見を述べる。

 クロトはポケットから何かを取り出しながら近付きノアの鼻の辺りにその手を近づけると、暴れていたノアが急に大人しくなった。


「済まないがあと一度だけチャンスをくれないか…。それでだめなら俺も諦める。そしてその罰に俺にできる範囲でお前たちの言うことを何でも聞いてやるから」


「何でも」と二人が呟き

「…分かりました」

「わかったわ。でも、本当に次は無いからね」

 何とか納得してくれた様で、二人は武器をすんなりと納めてくれた。


 するとその大きな物音で駆け付けたのか、家の扉が勢い良く開かれ先程の見張りの二人が入ってくる。

「どうしたんですか、大きな物音が聞こえてきたんですが」


 男二人の目に映るのは怯える村長の二人、冒険者達が平然と立っており一人がローブ姿の一人を取り押さえいて、サロワが驚いた顔でそれを見ている。

「動くな!…一体何があったんですか、説明をお願いします」


 見ただけでは状況が理解できないが怯える二人を見て取敢えずクロト達に槍の矛先を向けて警戒する。

 どう説明すればいいだろうか。いきなり仲間が俺に襲い掛かってきました、と言ったところで意味が分からないし、納得できるものではないだろうからな…。

 そう言い訳を考えると、


「ああ、済まない。私が間違えてお酒を飲ませてしまい、酒に弱かったのか少し暴れそうになったところを抑えて貰ったところだよ」

 そうサロワの言葉を聞いて見張りの二人は村長の方を向くと、村長達はサロワとを見て話を合わせるようにゆっくりと頷く。


「そうでしたか…。もう夜遅いのですからあまり問題は起こさないで下さいよ…」

「ごめんごめん」

 そうへらへらとサロワが謝るのを見て、二人はため息を吐き取敢えずは納得してくれたようで矛先を下してくれた。


「そんなことより宿のことを伝えに来たのですが、確認したところ二つだけ空き小屋はあったのですが寝具といったものはないのですけど大丈夫ですか」


 そういえば、宿を探してくれていたんだったな。でも、話も続けたいところだしな…。

「ええ、大丈夫ですよ。じゃあ、イブとヴァンはノアを連れて先に休んでてくれ」


「ああ、先に休ませてもらうよ」

 ヴァンは特に言うこととかはなさそうにそう言って外へ出て、イブも大人しくなったノアを抱えてそれについて行く。

 イブには取敢えず今回で収集した薬草を調合した鎮静作用のあるものを渡したし、ノアのことは大丈夫だろう。


 一先ず落ち着き、村長たちに謝罪を済ませた後、二人は今日は休むと少し離れた寝室に向かった。

 そうして話をするべく四人は席につく。

 するとサロワがなにやら冷蔵庫のようなところからボトルを取り出して透明な液体をコップに注ぎ皆の前に並べる。

 水のようだが薄い濁りのようなのが見える。匂いからして果物かなにかか…。

 二人もその濁りが気になっているのか警戒し手をつけない。まぁさっきのを見たし警戒するのは当たり前だろう。

 気にしてかサロワがそれを飲み、美味しいという感じなのを見せる。

 毒物とか警戒する必要は無いか…そう、出されたもの口に含む。


「甘いな…果水か」

 それは甘すぎない桃のような味で、とても優しい口当たりの飲み物だった。


「かすい?…よくは分かないけどこれはこの村で栽培しているチーツという果物の中に溜まった果汁を冷やしたものだよ」

 そう言ってその果物を見せる。見た目は桃のような色なのだが、ドリアンのようなとけどげの形をしていた。


 それを聞いて二人も飲み「美味しい」と呟きながら気に入ったのか直ぐに飲み干していた。


「それにこれは美肌や保湿効果もあるんですよ、このように果物の中にクリームのような果実がありまして」

 その果物は思ったより柔らかく包丁で割り、中を見せる。中身はヤシの実のようで中にその液体がありそれを覆うようにクリームの果実が見え、それを指ですくって見せた。

 それを興味ありげに二人は見たが咄嗟にこちらを見て静かに座る。


 場を和ますかのように話すのだが、今はそんな時ではないんだよな。


「それで、一体何があったんだ」


 そうクロトの発言を聞いてちゃんと話そうと咳払いをした。


「まず初めに言わなければならないのですが、私も本当は何も分からないんですよね。今の国のことについては」


「なんでわからないんだ。あんた一応この国の王子だろう」


「そうなのですが私もその二ヶ月ほど前に用があってこの村にいたところに、何やら盗賊のような身なりの男たちがこの村に訪れ、村長が対応するなりどうやら私を探していたようで、村長が気を利かせてくださりここにはいないと伝えて帰って行ったのですが村の人が様子を見に行くと、その盗賊のような仲間たちがこの村と国の間の所に拠点を置いて潜んでおり帰ることができず、もしもの為にとしばらくの間ここに滞在することになったのです。

 そうして、日が経ち帰ってこない私を心配して父上が騎士を送り出してくれるのを待っていたのですが来ることはなく、疑問に思った村長が納品のついでに様子を見てくると行ってきてくれたのです。そして国へ行く際やはり盗賊のような者たちに遭遇すると一度納品物などが隅々と調べられはしたものの、何事もなく通してもらったそうです。

 そうして国に向かうといつもとは全く違う雰囲気の兵士たちに対応され、不自然に思い僕のことは知らせずに賊のことを言ったそうなのですが何も対処は行われず、すぐに追い返されたと」


 そうなると確かにそれだと国のことを知っているわけないか…だけど、王は確かにいるというのに帰ってこない息子が心配ではないのだろうか。その賊たちの目的は一体何なのだろうか。王子を狙っているのか、それとも王子が国に帰ることを妨げているのか…国の兵士たちも動きがないとすると、王が何もする気がないのか、その兵士達が知らせていないかか。


「まあ、それはいいとして眠っている傷だらけの少女はどういうことなんだ。ちゃんとした説明しないとそこの彼女が何しでかすか分からないぞ」


 そうお軽く脅すように言いながらメアを指さすと。

「ちょっとクロ、そんな危ない人みたいに言わないでください。確かに今すぐにも殴りそうではありますが」

 殴りそうではあるのか。

 その言葉を聞いてサロワは危ない人を見る目でメアを見ている。


「彼女はネルモネア家の娘の一人、リーディア・ネルモネアです。ネルモネア家とはユーラクストにいるひとつの名家であり、ネルモネア家は大きな領土を持っているのです。この村を含むほとんどの村がネルモネア領に含まれています。そうして察していただけた通り彼女も私と同じように賊たちに探されている一人です」

 彼女も地位は違えど、この王子と同じような高貴な人間という事か。


「彼女は私がこの村に滞在し始めて二日ほどしたころ、この村の猟師がいつも通り森で探索してるところを傷だらけの姿で倒れているのを見つけ、急いでこの村に連れて帰ってました」


 森で傷だらけということはその探している賊のような奴らから逃げていたのだろうか。だけど気になるのはそこじゃない。

「それで見たところ治療はしているようだが、俺たちが気になっているのはあの真新しい傷口だ。あれはどう見ても今さっきできたようにしか見えなかった」


「ええ、その事なのですが…」


 するとその眠っている少女のいる部屋の扉が開き、何か落ち込んでいるというより困惑し怯えているような様子のサナが入ってくる。

 それを見てサロワが肩を落とす。


「やはり彼女にも、どうしようもないようですね」


「どうしたんだサナ」


「えっと、その一応、応急処置とか色々としたんだけど傷は治らなくて、その魔法が効いてる感じもなくて、それに治療中に、何故か触ってないところから真新しい傷口が開いて、どうしたらいいのか…全くわからなくて…」


 治療魔法が効かずに触ってないところに傷口が開く…。一体どういうことだ、治療をしようとすれば傷口が開くというのか…。


「彼女は呪われているんだ」


「呪い?」


「ああ。彼女はその森で倒れている時から今日まで眠り続け、あれだけの傷を負いながら飲まず食わず傷以外の体の変化は一切なく生きているんだ」


 約二ヶ月間、飲まず食わずで痩せこけることなく、姿を一切変えることなく生きているって…イヴァリスで試しに言ってみた不老不死がそこに存在しているみたいじゃないか…。


「そして傷なんだが、時折あった傷が元から無かったように消えたり、彼女の言うように突然傷が現れたりしてるんだ。そんな理解の出来ない事、私たちからは呪いとしか説明が出来ないんだ」


「確かにそれは呪いとしか言いようがないな…。だが、サナが医療魔法をかけているのを見て意味ないと思うけどって言っていたが、医療魔法をかけていた所を見た事あるのか?」


「ええ、医療術師の方たちがあちこちの村や国に訪れて治療を行ったりする竹や兎、月のような文様が目印の木箱を背負った謎の医療組織がありまして、時折この国にも来てくれるんですよ。その組織の腕や知識はこの世界でトップクラスだと言われています。そんな方たちの治療でも彼女のそれは治せず、恐らく呪いに近い何かだろうと診断されました」


「なるほどな…そんな訪問医療組織みたいなものもいるんだな…。それで村長たちの言う見逃してくれというのは、俺たちがその賊の仲間、または雇われとかと思われたってことか?」


「ええ、多分。招き入れたのも、変に断れば中を怪しまれ探されると思ったのだと思います」


 村のみなが危険を負ってまでもこの二人を匿っているのだから、彼らをこれ以上怪しむことはないだろう。

「分かった。…って言うことで納得はしてくれるか?メア」


 尋ねると、やはりまだ納得はできてなさそうにぶすーとしている。

「まぁ、とりあえずは分かったわ。それでクロはこれからどうするつもりなの」


「どうするも何も、とりあえずユーラクストに何か異変が起こっているのは分かったが、何か起こってますよって子供みたいな事をバイロンに報告する訳にもいかないしな」


 そう会話をしているとサロワが驚いた表情でこちらを見ていた。

「バイロン…!?バイロンってウルクルズロットのバイロン・フォーダイムさんですか?」


「ああ、そうだが」


「貴方たちはバイロンさんと、どういった繋がりで一体どういったことでここに?」


「そうだな、簡潔に言えば俺たちはただの雇われだ。最近来た貴方の父親からの手紙が少し違和感があるから様子を見てきて知らせてほしいとな」


 メアとバイロンの関係等は話さなくてもいいだろう。今は関係ないしな。


「そうなのですか…父が手紙を送って」

 帰ってこない息子を放っておいて友人に手紙を送っていたなんて、息子としては何か複雑な気持ちだろうな…。

 残念そうな顔をするサロワを横目にメアが口を開く。

「それでどうするの」


「薬草の納品の依頼もあるしとりあえずは行かないといけないだろう。それで中に入れたら入れたで、様子を見て話を聞けそうな人に話を聞いて情報をまとめて報告し、入れなかったら入れなかったで後のことはバイロンに何とかさせよう。俺たちはあくまで様子見って言われているだけだからな」


「そうよね…」

 少し残念そうになりメアが下を見る。


 彼女の人助け精神は相変わらずだな…まぁそれが彼女のいいところだからな。

 それに今までお世話になっていた叔父とも言えるバイロンの友人であり、冒険者時代の仲だったということは亡き両親ともそれなりに関わりがあったに違いない。そんな人の国の様子がおかしいのだから、何とかしてあげたいのだろうな。この親子のことも含めて。


「まぁ、できるだけ中に入れるようにして、どうなっているのかしっかり調べられるようにしないと。一応仕事だからちゃんとやり遂げないと信頼問題にもなるからな」


「そうよね、仕事ですもの。ちゃんとしないと」

 そう嬉しそうにするメアとそれを見て笑いを堪えようとするシルスが顔に出ていないものの感づいていたようで軽く睨み合う。


「そうですか…私からもお願いします。何が起こっているのか知りたいので」

 サロワは立ち上がり深々とこちらに頭を下げる。

 王族であろうとちゃんとそういうのはできるんだな。育ちがいいようだ。


「まぁ、できるだけやるよ」

 そう言ってサロワと軽い会話し終え別れて、明日に備える為に教えてもらった空き小屋へと向かう。



 隣接する二つの小屋をクロト、ヴァン、ノア、イブとシルス、メア、サナと割り当て軽い夕食の後、その夜を過ごすこととなった。

 その空き小屋の中は藁置き場なのか地面に敷き詰められ、そしていくつかの山やロール状にされているのが並んでいた。

 ちょうどよさそうな寝る場所を探しているとヴァンとイブが眠っているのが見えるのだが、ノアは起きており足を抱えてすみの方に座っていた。

 襲ってくるような先の雰囲気はなく、感じられるのは移動時の怯えているに近い感じだろうか、すすり泣いているようなのが聞えてくる。

 今はそっとしておくのがいいだろうと、疲れたように適当な藁の塊にもたれ申し訳程度の布を羽織って休む。



 しばらく時間が経ち、村にいる皆が眠ったような静寂を感じていると、音を経てぬようにゆっくりと小屋の扉が開かれる。

 片目を少し開き扉の方を見ると小さな人影が忍び足に入ってくる。

 月の明かりが隙間から入っているためにその影が何とか見える。

 それはサナだった。

 一体何のようなのだろうか。そう取敢えず寝たふりをしながら観察していると。

 サナは皆を起こさぬようにと皆の間を進んでいきノアの前でゆっくりとしゃがむ。


 ノアは起きているために、それに気が付いており顔を上げず怯えるようにビクビクと体を揺らしていた。

 それを見てゆっくりと手を伸ばし頭をなで始めた。

「大丈夫…大丈夫だよ」

 そう彼女が優しく声は何か暖かく響いてくるのが感じられた。ノアはゆっくりと顔を上げサナを見るとサナは優しく微笑み。

「大丈夫、安心して、ね」

 ノアの体を抱き寄せ背中をさすっていると何か手が橙色に優しく明かりを灯す。

 治療系とは違う何かの魔法だろうか。

 するとノアは安心できたのか涙を流し小さく泣き始めた。


 体を預けられたサナは、子守唄のような鼻歌を始める。

 それを聞いていると徐々にノアは泣き止みゆっくりと眠りに付いた。

 なんだこの感じは…これを聞いていると眠く…。

 そうノアに続くように意識が薄くなりクロトも眠ってしまう。

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