第32話 ユーラクストの村にて―1

 ゴブリン退治を終え、移動をしていた。

 険悪な雰囲気の中でクロトとイブを除く皆がサナに徹底的に治療を受けながら、ノアと周囲の警戒を行っていた。

 だが、皆疲れと馬車の揺れが心地よかったのか、いつの間にか眠ってしまっていた。

 途中ヴァンも眠たそうにしていた為レプニアの手綱を受け取り交代した。

 両腕がパンパンにはれ上がっているのだから最初っから無理せず休めばよかったのにな…。

 ノアは一番最初に眠っていたのだが、彼女のこれまでに何かあったか、皆の警戒する視線を向けられているストレスからか、ずっと悪夢を見ているようで寝苦しそうにしている。それも無意識か眠っているはずなのにずっと声を漏らさぬよう口を抑えて。

 それからしばらくして日が半分沈んだ頃、森を抜け目的の依頼主がいる村が見えてきた。


 村のそばにたどり着くと見張りらしき男二人が入口の前で槍を持って立っており、矛先をこちらに向けていた。

「な、何者だお前たち!こ、ここに何の用だ!」


 …何か怯えている?敵意というより戸惑いか、よくは分からないがちゃんと話は聞いてくれそうではありそうだ。

「夜分遅くに訪れて済みません。ゴブリン退治を終えたから、その依頼をしたここの農夫に用があるんだが」

 馬車から降り見張りの二人に見せるように依頼書を前に出す。

 二人は見合わせて先輩らしき男が首振り、嫌そうな顔をしながら見張りの一人が槍を短く持って、矛先を向けたまま近づいてそれを受け取りそそくさと離れる。

 ただ受け取るだけでそんなにビビらなくても。


「たしかにギルドの刻印があるから、偽物ではないようですよ」

「ああ、だが農夫…?ゴブリン退治の依頼ということは…ああ、村長に用があるのですね」


 村長なのか…そんなことあの男は一切口に出していなかったが。


 すると二人は怯えがなくなり警戒を解くようにして矛を下す。

「では、こちらに。村長の所まで案内します」

 そう言って村の中へと入れてくれた。



 馬車を村の入り口の傍にある馬車が並ぶ所に置かせてもらい、皆を起こして二人に付いて行き村長の元へと案内される。

 ノアは手を拘束してるのもあり見た目があれな為、認識阻害のローブを羽織わせている。

 村の大きさはさほど大きくなく軽く見て平屋の建物が三十近くある程度。

 夜を迎える為に灯があちこちに付けられている。

 見張りの二人以外、外に出ている者はおらず、家のあちこちからこちらを見ているような視線を感じ、村で飼われているのか犬や猫達が番犬のようにこちらに向かって唸っている。

 村を囲う木の塀はとても小さく簡単なもので、子供でも軽く超えられそうなものだ。見張りも見たところただの村人が二人だけで、どう考えても先の依頼のゴブリンたちであれば容易く廃村させられそうなものだ。


「す、すみません。いつもは大人しいのですがね」

「お構いなく。夜遅くに来た私達を警戒するのは当たり前ですよ、立派な動物たちじゃないですか」

「そ、そうですね」


 まあ、普通だろうな。皆先程まではゴブリンの巣窟にいたんだ。匂いがついているのだろう。まあ、そのおかげでノアが匂いに隠れられているといったところか。

 そう考えているとほかの建物より二倍ほど大きい村長の家に着いたようで男の一人がその扉を叩く。


「村長、お客人が来ましたよ」


 すると中から何やら慌てているのかドタバタと物を落としたような音を立て、ドアの元まで走りくる音が聞え勢い良く扉が開かれる。


「これはこれはいらっしゃいませ、してどういったご用件でしょうか」


 と何やら汗びっしょりで媚びるようにしたあの農夫が出てきた。

「あ、あんたらは…」

 するとこちらを見た瞬間、何故かとても驚き戸惑っているような顔をする。


「昼ぶりですね村長さん、こんな遅くにすみません。依頼を終えたので依頼の確認と皆をちゃんと休ませてやりたいので宿か空き家などあれば嬉しいのですが」


「そ、そうですか。ええ勿論、依頼の確認は大丈夫ですが宿は…」


 村長が困り顔で見張りの二人を見ると、二人が見合わせる。


「多少汚い物置小屋ならあるんですけど…もう一度確認してきます」


「そうか、なら二人とも頼む。では皆さん中へどうぞ」


 中へ招かれ、調理場のそばにある食卓らしき大きな机の四つある椅子にクロトとシルス、そして村長とその妻の四人が座り他の皆はそれぞれに、壁に持たれたり地べたに座ったりとして、農夫の妻らしき女性が皆に水の入ったコップを差し出していった。


 依頼の確認は様々だ。薬草などの採取系なら、採ったものを数えたり、品質、採取物の間違いがないかと簡単なのだが、討伐依頼は少し面倒だ。

 一昔前は魔物の特定の箇所部位を回収することで、討伐個体数の確認を行われていたらしい。

 だが、討伐等は現場にいる当人たちにしか分かりえない為、偽造等が容易く行うことができる。

 それは元から死んでいた魔物の部位、または先行の冒険者達が倒した魔物からの特定箇所でない部位の回収等のこと。

 本来であれば特定箇所でないため数えられないのだが、魔法等の魔物を討伐する方法が色々とあるために色々と揉めたり、トラブルが起こってしまう。

 火などでの討伐を行った場合、特定箇所が燃え朽ちる。魔法でそもそもその魔物が跡形を無くなった等で。


 そして現在の確認方法なのだが、ギルドから依頼者と冒険者の両方にそれぞれ渡されるものがある。依頼者には魔力を含んだ赤い液体。冒険者には術式が施された小さな筒だ。


 筒の中にその赤い液体を少量入れ依頼書の上に置く事で、依頼書と筒に施された特殊な検査魔術が行使される。

 それは依頼書に冒険者達が通った地図や地形といった簡易的な物。どの魔物が、どの数討伐されたのかという様々な情報が書き記される。


 筒に施された術式というのが一番重要なもので、これは倒した魔物の魔力を回収し、それを情報化させるというものだ。

 魔物というのは体の大部分が魔素によって構築されている。そのため生物が亡くなった時、魂が抜けるに近い形で魔物の肉体から魔素が抜け世界に霧散する。

 そしてこの筒がその肉体から抜けた魔素を即座に回収し、その魔素の性質を読み取り個体識別を行い記録し、終えるとその魔素を世界に還すという仕組みだ。

 これにより個体ずつの計測も行うことも出きる。

 それはさながらDNA検査のようだ。


 なら、その筒を壊れた場合どうなるかとなると、そこで使われるのが冒険者カードである。

 冒険者カードにも筒と同じような術式が施されているため計測可能でだ。

 ならなぜ筒を使うかと言うと冒険者カードが汚れる為。また、一つだけではなく二つ三つと保証としてのものだ。


 準備が整い液体を入れた筒が依頼書の上に置かれ術式が展開する。するといくつかの魔術文字が浮かび上がった後に簡易的な地図と通った道、討伐した魔物の名前とその数が記される。


「え〜と指定した場所は間違いなしで、ゴブリン六十三体…オリジンオーガ?が一体の様ですね。ほかに問題はないようなので確認印を押しておきますね」


 オリジンオーガ…。オーガとは違うものなのか?聞いたことはないが…一体…。


 そういって村長は親指に液体を垂らして拇印を押す。

 すると書かれている全ての文字が端から光った後、静かにその光が消え最後にギルドの印が現れる。

 これは伝送により、記された情報がギルドの方に連絡として送られたことを示す。


「冒険者の皆様、今回は依頼を達成していただき本当にありがとうございます。これで、村の皆も安心して暮らすことができます」


「いえいえ、こちらも薬草の場所などを教えて頂いて助かりましたし、それに仕事だから 」


「そうよ、私達は当たり前のことをしただけなのだから」

「ええ」


 寝て元気になったのかそう自信満々に二人が口をはさむ。


「まあ、依頼とかの話はここまでで聞きたいことがあるんだけど」


「ええ、ええ。あなたたちは依頼であれど恩人でありますから私に答えられる事であれば何なりと答えさせていただきます」


「では、俺たちは明日この村が属する国であるユーラクストに向かうんだが。その国について知っていることを教えてほしいんだけど」

 その問いをかけると村長は虚を突かれたような反応をした。


「ユーラクストにですか……?一体何をしに」


「採取した薬草などの納品をしにだけど」


「そ、そういえば、そうでしたね。国のことですか…」


 すると考え込むように黙り込んでしまう。


「どうしたんですか」


「え、ええ、すみません。お恥ずかしいことなのですが、ここ最近の国のことは何も分かりません」


「村長なのに?ここ最近ということは何かあったんですか」


「何と言いますか、二ヶ月ほど前から少しほど国内の雰囲気が変わったような感じでして」


 二か月前…メアとランドルフが契約書を互いに結ぶ少し前くらいか。


「二ヶ月ほど前にいつも通り作物などの納品や定例会等の事をする為に国の方に行ったのですが、城門口の前で納品を終えた後すぐに帰るように言われまして。最近では国の中に入れさせてもらえなかったりもします」


 納品はさせるが、直ぐに帰らさせられ中に入れて貰えない…。城壁外の者に知られたくない何かがあるのか。それともただ単にその時は帰らせただけなのか…。

「知らされてないうちに王か大臣のような者が別の誰かに変わったとかか?」


「いえ、それは無いかと。最後に国に入った時ですが王は健在でしたし、他の村長が少し前に国の中に入った時も王は確かにいたと言っていたので」


 となると何か制度が変わったとかか。

「そうか、他には何かないのか?」


「他ですか…そう言えば、その二ヶ月前の納品に行ったときに何故か城壁の一部に大きな穴が空いてあって、工事をしていましたね。兵士の方に聞いたところ経年劣化で崩れたとか言ってましたけど…」


「そうか…他には何も?」


「え、ええと、他には何もないかと…」


 って言ってはいるが、まだ何かありそうな感じなんだがなあ…。

 そう考えていると何か、かりかりと引っ搔くような音が聞こえくる。

 なんだろうかとその音の方を見るとムーが扉を開けようとしているのか前足の爪を立てて引っ搔いている。


「なんだこの動物は、一体どこから。そんなことよりそっちはだめだ」


 それを聞いてサナが急いで駆け寄りムーを抱っこすると、ムーは器用に後ろ足を動かしてドアノブに一瞬引掛けその扉が開かれる。

「ああ、そっちは…」

 そう村長が制止しようとするのも遅く、開かれた扉の隙間から何か薬品のような匂いが漂ってきて、サナはそれを見て何かに気が付いたように中へ駆けていこうとすると、横の壁の影から何かがサナに目掛けて落ちてくるのだが、近くにいたイブによってそれは止められそのままイブが物音を立てて壁の陰に消えて行った。


「は、離せ…」

 見知らぬ男の声がイブの消えた方から聞こえた。どうやらそれは人だったようで取り押さえられているようだ。

 だが、サナはそれらを一切気にすることなく一心不乱にそれに向かって行った。

 それを見て呆然と立つ村長とその妻が身を寄せる。


 何か隠し事か。まあ、匂いから何となく察しはつくが。

 サナについていくように部屋の中に入ると、中からは多くの薬品のような匂いがする。


 声のした方を見ると、メアと同年齢くらいの金髪の男がうつ伏せで両手を背にしてイブに押さえつけられている。そのすぐそばには棍棒らしきものが転がっていた。どうやらそれで入ってくる奴を撃退でもしようとしたのだろうか。

 村長の息子か?だが、髪の色や容姿からしてあまり似てないな。


 部屋の中は幾つもの机が並び、その上には薬研や乳鉢、栽培しているのか多くの薬草の生える植木鉢があり、それを囲んでいる。

 それは一つの寝具で眠っていた。

 金色の長い髪にお人形のように少し幼そうにも整った顔。それはまるで眠り姫のように眠る少女だ。


「きれい」そうメアやシルスが声をこぼすのだが、これはそういうものでは無い。

 それに気が付いているようにサナが掛け布団の裾を掴んでおり、何か覚悟を決めるようにして布団を上げると、それが露わになる。

 それは少女の体に巻かれた無数の赤く滲みきった包帯の数々、そして無惨にも切り刻まれたように開いたばかりと思える傷跡とそこから垂れる血液。

 それを見るなりサナは自身の小さなカバンから治療道具を広げ、魔法を使い治療を始めた。

 皆はそれを見て痛々しいように口を抑える。

 死体というより人形のように見えるが、確かに小さく呼吸をしており生きてはいる。


「お、お願いだ!見逃してくれ頼む…。見なかったことにしてくれ」

 村長達は泣き崩れるかのように頭を床につけて土下座し許しをこう。


「見逃してくれってあんた」

 そう怒りのままに怒鳴り殴りかかろうするメアの腕を引っ張り制止させる。


「見逃してどうこうは一先ず置いといて、とりあえずちゃんと、説明はしてくれるか?」

「…」

 するとまだ何か難しそうに困った顔をする二人。

 話したくないのか、それとも話せないのか…。よくは分からないが説明くらいないと、この狂犬を抑え続けるのは難しいのだが。

 そう困っていると。


「わ、私が全て話すから離してくれ」

 そう、イブに抑えられている男が声を上げた。

 イブがどうしたらいいという感じでこっちを見るので少し考えた後、頷き離させる。


「あんたは?」


「私はサロワ・ヴォルド・ユーラクスト。ユーラクストの王、サン・ヴォルド・ユーラクストの息子です」

 そう男は礼儀正しく貴族のような振る舞いで自己紹介をした。


 ユーラクストの王の息子?何を言ってるんだと思ったが村長達の反応を見るに嘘では無いみたいだ。

 王子ともあろう人がこんな時間に村で農民の格好をしていて、身だしなみからして結構ここに滞在していたのだろうか。

 やはり色々と訳ありのようだ。

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