第31話 飢餓鬼

 俺がデグンを見ているとボロボロの頭巾の兄が立ち上がり即座に弟を引きずって担ぎ上げ、クロトが入って来た穴から逃げるように走っていった。


 ナンデコンナトキニメザメヤガル オーガハ ザンネンダガ ソイツガメザメタイジョウ オレタチハソコニハイラレナイ マキコマレテクワレタクナイカラナ


 逃げたか…まぁいい、あの二体よりこっちが重要だ。俺はあいつらの為にもこいつらは放っておけないしな…。


 と反対側を見るともう1つの骸の山が動き、もう一体同じ奴が起き上がり二体が集まり、音が鳴り聞こえる方へとのそのそ歩いて行く。恐らくあいつらが戦っている方の壁を開け進むように、鋭利な爪で削りながら岩を食べ始めた。


 普通は存在しないはずなんだけどな…誰かが作ったのか、それとも呼んだのか…謎だな。


 飢餓鬼 デグン

 やつは名前の通り常に飢餓状態であり飢え続けている。それは奴らから垂れる唾液が強力な消化液でありなんでも溶かしてしまうためだ。今も腹が空いているために岩を溶かし食べている。食べているがそれは奴の胃に到達する前に消化仕切ってしまうために腹に堪らない。それほどに強力な消化液なのだ。

 その消化能力と、終わる事の無い食欲があるが故に放っておけば世界を滅ぼせることが出来る鬼とされる。

 そして見てわかる通り奴らの指先の爪はとても強靭で、岩を容易く削り切っている。

 奴らの体は結構筋肉質なのだが人間とは余り変わらない力しか持たない。

 奴らには目も鼻も耳も無い。それゆえそれらの感覚が無いように思えるが、視覚という感覚はないが足に嗅覚と聴覚の役目を果たす能力があり直径約100mが奴らの感覚範囲である。


 嗅覚は今目の前で岩が解けている匂いのせいでこちらの匂いに気がついていない。

 だから俺が少しでも動けば奴らは即座に反応し襲いかかってくるだろう。

 さっきのやつらを無視したのは目覚めたばかりで気が付かなかったのか、それよりも大きなあちらの音を優先したのか。

 さて、このまま放っておく訳にも行かないしな。さっさと倒すとしよう。

 周囲を一度確認し、準備が整ったようにクロトは上着を脱ぎ捨てデグン達とは反対にある、骸の山の方向へ走り出す。


 その足音に反応したのか一斉にデグン達は奇声を上げクロトの方向へと走っていく。

 先程まで垂らしていた唾液は一切垂らさず。

 そして骸の山に着くなり頭蓋骨を二つのデグン目掛けて投げ、まだ腐った肉がこびり付いている腕の部分らしき骨をさらに奥の方へ投げる。


 デグン達は飛んでくる頭蓋骨を一切避けようとはせず当たる。奴らには痛覚が存在しないため、なんのお構い無しにクロトの方へ猪突猛進するのだが、クロトが投げた腐った肉の着いた腕が地面に着くと少し遅れているデグンがそっちの方へ向いて走り出す。


 これで一体ずつ片付けられる。

 そのまま走り二体の距離を離すために穴を通り隣の空間へと行く。

 音や振動が大きくなってくる。あいつらに近づいてしまうが、まぁ仕方ないだろう。

 デグンは捕まえるように両手を広げ、齧り付くように口をうねうねと開き迫り来る。

 掴まれれば肉と骨を抉り切り、噛まれればその鋭利な牙により容易く肉を裂き、牙にこびりついた唾液が肉体に触れ消化されるだろう。

 だから、どれを受けても死んでしまうだろうな。


 視界が無いため掴み付きを避け、カウンターというように腹に手を当て『共振』を入れる。

 まあ、たかが飢えた考え無しの獣の動きなんて容易に避けることが出来、攻撃もしやすい。


 だが、やつは一切怯みなどせず右腕を上げクロト目掛けて振り下ろす。


 やはり効き目はあまり無いな…痛覚が無いやつは本当にめんどくさい…。


 デグンは再び迫り行き、急に口を閉じた。

 それに感づきクロトは魔力障壁を展開しながら大きく避けるように動く。

 するとデグンは霧吹きのような大小様々な大きさの液体をクロトへ吹き飛ばす。

 事前に大きく動いていた為、避けようとはしているものの、それでも完全に避けられそうにはない広範囲の攻撃だったが、魔力障壁をしたおかげで防げ切ったとはならず、その液体は魔力障壁を貫通するように消化しながらそのまま飛んでいく。


 クソ、やっぱり無理か


 目に見える大小の液体には触れなかったが、霧状のものが右足にかかり肉が焼けるような音を鳴らしながら皮膚と少しの肉を溶かした。


 液体であれば拳一個分は溶けているであろうものだ、これだけで済んで良かった。


 クロトは足を止めずに再び落ちている骨の中であまり朽ちていなそうな骨を二つ選び拾う。


 そして振り向きながら立ち止まりデグンの突進を迎え撃つようにしデグンの切り裂くような攻撃を骨で受けるようにして避ける。

 骨はデグンの鉤爪で裂かれ鋭利な形となる。


 そしてクロトは背後に周り胃に向かってその鋭利な骨を二本を左右に取手が外に向くように刺す。


 すると骨に触れていた空気の成分が胃にある消化液に作用し、消化能力が覚醒され骨を溶かして空いた穴からその消化液が垂れ始めデグンの足を溶かす。


 痛覚が無いためにデグンはまだこちらへ向かってこようとする。だが、足が溶けているため足にある嗅覚などの感覚が消失し、デグンは不思議そうな鳴き声で鳴きながら挙動不審に様々な方向を追いかけようと暴れ回る。


 クロトは垂れる消化液に触れぬようデグンに近づき暴れ回るその頭を消化液が垂れる方へぽんっと押すと抵抗なくデグンの頭はその消化液に触れ、溶けていき頭を失ってなお動いていたが少しずつ動きが弱くなっていき、等々動かない肉塊となった。


 まずは一体…この要領でやればいいんだな…。はぁ炎とかの魔法が使えたらもっと楽だったんだろうがな…。


 そう考えていると腕を食べ終えたのか、もう一体のデグンがこちらの戦いの音につられて奇声を上げながら走ってくるのが聞こえてくる。

 先と同じように落ちている骨を二本拾い穴の方向を向いて待ち構える。


 さて、あちらが終わる前にさっさとこちらも処理しとかないとな。あいつらにこいつのような存在はまだ早い。角待ちしようにもあいつの足の嗅覚がある以上意味ないしな。さっきと同じように処理するとしよう。



 二体目のデグンの処理を終え、消化液の効力が終わったのを確認した後、デグンの肉塊を引きずり骸の山の中に紛れ込ませる。その後一つ前の空間に戻った瞬間大きな振動が起こり、先への空間までの穴道が崩れ塞がった。

 あいつらはまだやっているのか…。まぁ、イブがいるし大丈夫か。

 そう確信し、クロトはもう一つ気配のあった壁際までいく。


 そこには壁に埋められた鎖で四肢に枷を繋ぎ捕らえられているような何も身にまとってなどいない人型の子供らしきものがいた。

 体の形、顔の容姿は人の子供そのもの。

 だが肌の色はデグンとゴブリンが合わさったような鬱血したような緑がかった薄青の肌の色。

 気配も人とデグン、ゴブリンが混ざったような気配。

 奴らの仲間だと思ったが、捕らえられており更には暴行でも受けたのか全身に打撲などのような傷や跡が多く残っている。

 近くにある折れた枝を持ち、手で顎を動かし口を開かせて枝をだえきに触れさせる。デグンの消化能力はない。手や足も鉤爪のような能力は見えない。


 するとピクりと体が反応し目をゆっくり開くと、最初は視界がぼやけていたのかぼんやりとしていたが、何度か瞬きした後こちらのことに気が付き威嚇するように壁に背中を付け、人のものではない怒り言葉を吠え睨みつけてくる。そして口を開き牙から唾液が垂れ地面に落ちると焼けるような音を鳴らし煙を上げ、地面が溶け焦げたように黒くなる。

 どうやら、消化能力は起きているとき効果が出るようだ。

 さて、こいつは人ではないようで、能力からすればデグンの類だ、ここで処分するべきか。

 そう考えていたのだが、俺はこいつの目を知っている。

 これは人間が良くもつ目だ。


 俺はそれにいくつかある言葉を投げかけ続ける。

 それは、何を言っているんだという顔で威嚇し続けていたが最後のその言葉を聞いて反応し涙を流した。

 反応したか…。


「質問もする、言葉が分かるなら頷け」

 言葉は分かっているようで黙って頷いた。

「お前は人間か?」

 頷いた。

「冒険者だったんだな?」

 頷く。

「最後の依頼はゴブリン退治」

 頷く。

「依頼は達成したのか?」

 少し考えた後、首を横に振る。

「何者かに邪魔されたのか?」

 その言葉を聞くと目を見開き怒ったように歯がきしむ音が聞こえゆっくり頷く。


 そうか…なら助けてやった方が良さそうだな。噓をついているようには思えない。

「大人しくしてろ、今助けてやるから」

 静かに頷いた。

 それの右手を手に取り手枷を確認する。それは、少し緩いが手の太さでは抜けられないくらいのキツさだ。鍵穴があるが鍵を俺は持ってなどいない、逃げたあいつらが持っていると考えた方がいいだろう。

 なら何か代用できるような物を探すが、まぁあるわけないしな。少し手荒だが、仕方ない。


「手枷から解放はしてやるが、少し痛いから我慢しろよ」

 それは頷き痛みに耐えるためか手とは反対の方を向く。


 クロトはそいつの右手を両手で持ち親指を立てて勢いをつけ押し付ける。すると右手からいくつか骨が外れるような音が鳴り響き、それに激痛が襲うがしっかり我慢し痛みに耐える為に震えてはいるが声は上げなかった。

 指先に細心の注意をはらいながら、そのまま右手を潰すように握り、手枷を通す。

 その後、右手を組み立てるように骨をはめていく。


「よく我慢したな、じゃあ、その手で手枷を斬るように思いながらやってみろ」

 そう言いながら、人差し指親指の指を合わせる手仕草を見せる。

 何を言っているだろうという顔をしながらも言われた通りに人差し指と親指で手枷を縦に挟み斬るようなイメージをすると手枷が切れた。


 やっぱり鉤爪の能力もあるか…。やはりデグンと人間の混ざりものと考えるべきだな。理性はしっかりと人間のようだし、一応人間であれば助けるべきだろう、まあ、暫くは警戒して見ておかないといけなそうだが。

 それは要領がつかめたように四肢の枷を全て切って外す。そして自由になったそれはちょこんと前で立ってこちらを見る。


「立つと、サナと同じくらいか。で、お前名前は?」

 言葉が分かるなら記憶は残っているはずだから自身の名前もわかるだろう。そう思っていたのだがすごく悩んでいる。

「分からないのか?」

 そう問うと、分からない言葉で答えながら頷く。そう言えばこいつの言語も分からないんだった…。


 まあいいか。発音が出来るなら人の言語に治すこともできるだろう。

「じゃあ、お前は暫くはノアだ」

 ノアは頷き多分ノアと呟いたと思う。

 まあ、女の子っぽいしそういう名前の方がいいだろう。

「じゃあ、出るか」

 というとノアは頷き付いてくる。


 洞窟を出る前に両手いっぱいに木の枝を持つ。

 それは帰りながらノアの能力を確かめるためだ。

 当然のように枝を溶かし切り裂いた。なら、次は溶かさず切り裂くないようにしろといった。だが、枝は溶け切り裂かれる。

 力のコントロールはやはりできないか。

 連れて行くにしてもこいつが持っている能力は余りにも危険すぎる。どうにかしてでも使いこなしてもらわなくてはな。


 結局、イブたちが入った入り口まで力のコントロールは出来ず、かなり集中してやっていたからか疲れたようで寝てしまった。

 まあ、そのうちできるようになるだろう、寝ている時はその能力が起こっていなかったのだから。


 そして、しばらく待っているとイブたちが戻ってきてノアを見て警戒しながらもレプニアの元まで、かなり違うが経緯を話した。


 それは、暇だでムーが来たから周囲の探索をしていた。すると他にも洞窟があって。中に入るとノアが囚われていた。怪我からゴブリンの仲間ではなさそう。人の言葉は通じるが人の言葉は話せない。最初は警戒してきていたがこちらの言葉が通じると警戒しなくなった。取敢えず警戒心が解けたから手枷から解放した。襲っては来ないが、力のコントロールができていないから起きているときは唾液と指先には触れないようにと。

 そして彼女は人と魔族の混ざりものである可能性があると。


 洞窟で見かけた二体の影とデグンのこと以外を話した。


「助ける経緯は分かりましたが、それでも安心はできないということですね」


「まあな、だから警戒するのはいいが武器を向けるのは辞めろ二人とも…」


 荷馬車の最奥にノアが怯えながらクロトの背に隠れ、シルスとメアが武器をノアめがけて構えていた。


「無理に決まっているでしょ、そんなにも魔物の気配の漂よわせて、いつ襲ってくるかもわからないのよ」


「そうです、そんなにも危険な能力を持っているならなおさらです」


「なあ、イブも何とか言ってくれないか」


 困り取敢えず理解をしてくれているイブに助けを求める。


「取敢えず…手を…縛る」


 イブが首を傾げながら提案する。


「ええ、その方がいいかと」


「それなら、私もいいわ」


 まあ、俺が危険な奴を連れていくって無理を言っているわけだしな。それにこいつらは先までこの気配を放つ奴らと殺し合いをしていたのだから当たり前か。


「手をまた縛るがいいか?」


 そうノアに尋ねると少し寂しそうにしつつも返事をして頷く。

 シルスに縄を取り出してもらい両手を縛る。


 この二人なら人間の気配から、助けましょうってなると思ったが、そうはならなかったか。一応今回の経験でいい成長ではあるが、少々こいつが可哀想になるな。


 少し険悪な空気ではありつつも、討伐組の報告を聞きながら話をしていると依頼をした農夫のいる村へ向かう。

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