第30話 能力と怪しき影

 皆が洞窟に潜ったあとクロトは森に身を隠し観察していた。

 すると後ろから茂みの音を鳴らし何かが近づいてくる。

「来たのか…」

 クロトは何が来たのか分かっているようにそれに声をかけて手を向ける。

 茂みから現れたのはムーでありそれに答えるように手から走り肩に乗る。

 そしてクロトと同じ様に様子を眺める。

 すると、数分もしないうちに右の森から二体のゴブリンが走り、中へ入っていく。

「やはり別に拠点あるいは入り口があったか…。侵入には気が付いているが俺には気が付いていないようだな」


 クロトは立上りゴブリン達が出てきたところに行き、その方向を向いて立つとムーがクロトから飛び降り匂いを嗅いで、ついて来いと言うようにこちらを一度向いて歩き出しクロトはゆっくりとそれについて行く。

 ムーが進む道は常に崖っ沿っていた。

 そして大体五分もしない所でその崖の様子が変わりムーが立ち止まってクロトに向かって走り再び肩に乗る。

 そこを見ると、崖の上から多くのツタが垂れるように壁を覆い様々な植物が生えているのが見える。周囲に合わせるようにしてはいるが取り替えていないのか枯れた植物が使われている。遠くからであればそう変には感じないだろうがこんなに間近であれば容易に気づくことができるだろう。


 安っぽいカモフラージュだな…


 ツタを暖簾をくぐる様に捲りその中に入っていく。

 ツタの先は地割れのように崖がひび割れ大きな自然の道ができていた。

 中はとても暗く、異臭が奥から流れるように漂ってくる。

 明かり無しでは足元が見えず普通であれば進むのを戸惑らせるような荒い道なのだが、クロトはそれを一切気にせず進んでいく。

 足音を、呼吸音を、息を殺し、ただ真っ直ぐに進んで行くと、何かの音が聞こえたようにムーの耳が動きクロトをくすぐらせる。

 どうやら、シルス達が戦っているようだな。全く音が響いて聞こえないというのに。それに反応する狐。犬より聴力が優れていると本を読んで知ってはいたが、凄まじいな…。

 さて、戦いが始まっているということはゴブリン達はあちらへと戦力を集中させているだろうが、先のように後ろを回るためにこちらを通るやつがいないということは、壁を掘りぬいた通路があると考えるべきか。それともすでにそれを必要としないところまで進んでいるのか。


 まあ、戦いはあちらに任せて俺はゆっくりと探索させてもらおう。



 先の見えぬ道をただひたすらに進みながら記憶を思い返す。

 イヴァリスを出向し五老とメビックが去った後に見た夢だ。

 真っ白な空間だった。

 それは今まで見た彼女がいる白い世界でないことは感覚ですぐにわかった。

 夢でありながら自由に動けるのを確認する。

 周囲を見渡してもあるのはただ真っ白な世界。

 どこへ見ても目印のようななどありはしない。

 だが迷いなく、何かを感じ取ったのかすぐにその方向を向いて歩みを進めた。

 何も見えない、何も感じさせない真っ白な道の先を進んで行くとぼんやりと先の方で何かが浮かび上がった。


 やはり何か、いたようだ。

 それを目指し近づいて行くと。それの姿が明瞭になる。

 それは人ではない人に似た何かの生物、肉のない皮が張り付いた骸の姿で直立していた。

 人間のものとは思えない細長い頭蓋骨。

 足なのかは分からない骨が背骨に近い細さにケーリュケイオンのようにねじれ一本の物となっている。

 両手を直線状に広げ両腕に糸を垂らしそれにつながった骨でできた皿がつるされていた。

 その姿はさながら悪魔の天秤だろうかと思っていると、それは言葉ではない音で喋る。


「――・・―・――― ―・―・―――・・」

(アクマノテンビンカ ヒドイコトヲイウデハナイカ)


 言葉は分からないが、その意味が脳へと直接流れ込む。

 こちらの言葉は必要としないようだな。


 で、何のようなんだ


「・―・―・・・――・  ―・――・・―――・―――・ ・・―――・ 」

(ナンノヨウカ? ワレカラハナンノヨウデモナイガ ケイヤクデアルカラナ)


 契約?


「・ ―・・― ・・――・―・ ――・―・――――・・・――・―・―――・――」

(アア オマエガ メザメタトキ ワレハキサマノチカラトナルノダカラナ)


 お前が俺の力になる?


「――・―・――・― ―・―・――・―・ ――・・・――・―・―・・――・―・ ・・―」

(ワレハテンビンデアル タイカデアルキサマノ ジュウネンチカクノジョウホウハスデニウケトッタ ウマクツカウガイイ)


 ただそう言い放ちこちらの言葉など聞く気はないとばかりに、夢が覚めるように視界の端から黒く染まり行き何も見えなくなる。


 夢が目覚めた後、自分の持つ能力を船とウルクルズロットでの数日を使って把握する。

 やはりというべきか俺には魔力も闘気もなかった。

 現状辿り着いた自分の能力。それは以前から持つ能力に加え、新たに手に入れた三つの力。


 その一つは前に持っていた力と呼べるか分からない力がスキルと変化したといえよう。

 その能力は【卯】

 それは名による兎が由来したスキルだろうか。

『漢書』の律暦志による卯は「冒」律書では「茂」となり、それは「草木が地面を蔽うようになった状態を表している」とされている。

 つまりこの能力は俺自身を周囲の人や自然が蔽うように隠す。気配の遮断、隠密スキルということとなる。

 夢の彼女が俺の影が薄いと言っていたそれが、この世界でスキルに変わったと言えるだろう。

 そしてこのスキルのオンオフは使用者である俺自身の意識に左右される。


 二つ目のスキルは【秤】

 夢の奴が俺に与えたという能力だ。

 奴の言っていた対価、十年の情報というのは記憶などではない。俺の戦闘能力、身体能力などの感覚情報だろうな。

 だいぶ感覚を取り戻すのには手間取ったが、まあ大分戻ったかな。

 最初から身につけるのと経験後から身に着けるのでは全く違うからな、大分早い方だろう。

 そしてその能力というのがまだハッキリと判明はしていないが分かっているのは魔力と闘気を手に入れる能力であるということ。

 魔力と闘気を手に入れる、だが秤というスキルの名である通りそんな単純なものではない。

 能力の発現は敵という存在が必要である。それは自分を器に乗せ、天秤で比べるように敵をもう片方の器に乗せるということだ。

 何を比べているのかはまだ分からないが、魔力と闘気を手に入れるのだからそれらをいったん比べていると考える。

 となると自身は魔力も闘気も持っていないのだから相手の持つ魔力と闘気同等の力を得る。とそんな都合の良いことはなく。リヴェルトと初めて対峙した瞬間知った。はっきりとはしていない為、憶測となるのだが相手の魔力と闘気を合わせた約20%くらいの力を得ると現在は考えている。

 それであれば相手は魔力や闘気を感じ取れるのではないかとなるのだが、それは一つ目のスキル【卯】により隠すことができる。

 そうすれば一つ疑問がすぐに浮かぶ、それは敵が多ければ多いい分増えるかという疑問なのだが、そういうことは一切なく能力の対象となるのは一体のみであるということ。少し不便であるが、その敵を倒した場合、次なる敵を対象とすることで魔力と闘気を再セットできるが当然相手の疲弊が影響し魔力が減った、セットした時の状態が天秤にかけられる為下手に使えば魔力も闘気も全く得られないこともある。十年を対価にしたというのにとても使い勝手の悪いものだ。

 この能力はリヴェルトとの戦いで使ったが、あいつ相手に使い慣れてない魔力を使うのは自殺行為に近いからな、それ程にあの時の俺の状態ではあいつは油断ならない奴だった。


 三つ目はスキルではなく感覚だ。

 生物にある五感の次にある魔力を持つものが持つ感覚、魔力感知。

 当然魔力を持っていなければ使えないため、俺は敵対をしない限りこれを使うことはできない。

 結局一つ目のスキル以外は自身の意思で使うことができない。

 本当に不便な能力たちだ。


 不便であるが【秤】のスキルは確かに俺が望んでいたスキルであることには間違いはないがな。


 そうこう考えていると、何やら気配を感じると同時に話し声のような声が聞えた。

 先を見ると通路の終わりか少しばかり明るく広い空間であるのが見える。

 耳を澄ましながら気づかれぬように、今まで通り音を殺しその先へ進んでいく。


「オイ、ヨソウイジョウニアバレラレテイナイカ? ホントウニルーキーナノカ コンカイノエモノタチハ」

「アア、マチガイナイ。キョウボウケンシャ トウロクシテイタノヲ オレガコノメデミタンダカラナ」


 人の話し声?ゴブリンの巣穴にか…二人もいるのか。それにしても、凄く喉が枯れているような声だな。

 地面から明かりが溢れる広い空間への入り口からそれを覗く。

 そこにいたのはボロボロの頭巾と軽装の鎧などを身にまとったクロトより少し大きい二つの人影らしきものがった。当たりを見渡すと骸などの山やボロボロの布切れ、そして一体の人らしき何かが壁際に鎖枷で四肢を繋がれ倒れている。


「オレタチモイッタホウガイイノデハナイカ? ヘタニゴブリンドモヲヘラサレテモコマル」

「ソウダナ、オレタチがイカナケレバオーガノヤロウモウルサクナリソウダ――」


 その刹那、強大な魔力の反応がここまで響いてくる。


「ナンダコノマリョクハ!? ヨソウイジョウノオオモノデハナイカ、ゴブリンドモガゼンメツスルゾ。ヘタヲスレバカクヲエタオーガマデモガ!」

「マジカヨ!ヨソウガイダ!イソガネェト」


 その二つの影は振り返り急いで別の穴の先へと向かおうとするのだが、それを見て一歩も動かず制止する。

 そこに見知らぬフードで顔を隠す人影があったからだ。

 二体は顔を合わせ一体が小突く。


「オレハシラナイゾ コイツ…コンカイノボウケンシャハゴニンノハズダ…」

「ナンダ、オマエハ。ボウケンシャドモノナカマカ?ソレトモベツノナニカデコイツヲツケテキタノカ?」


 二体は身構えこちらに問いをかけるのだが、クロトは一切喋らない。


「ナニモシャベラナイ…キカレテイタノダロウカ…ドウシヨウアニジャ」

「ソンナコトドウデモイイダロウガバカ」


 そう言って兄貴らしき者が頭をはたくと懐からぼろ布でぐるぐる巻きにされた球体を取り出した。


「キカレタッテカンケェネェ コロスナリナンナリスレバイインダカラナ」


 そう言って球体をクロトの足元に投げると簡単にそれは衝撃からか爆発し中から黄色い粉塵が舞う。


 これは…


 するとクロトは力なく前に受け身の動作を一切見せず倒れ込む。


「ホントベンリダゼ、コノシビレゴナハ。ドンナニツヨカロウガ、コレヲスコシデモスエバ マヒシテタオレル ソノオカゲデラクニトラエ ゴブリンドモヲノドウグニモ ムキズデニンゲンドモニモ ウルコトガデキル」


「サスガハアニジャ カッコイイゼ」


「ウルセ サッサトナワトカデ ニゲラレナイヨウニシテ ホカノボウケンシャドモヲ トラエルゾ」


「ワ ワカッタヨ ダカラ オコラナイデクレヨ」


 そうとぼとぼと縄を持ってクロトのそばまで歩き結ぶためにしゃがもうとした瞬間

 クロトが即座に起き上がり掌底のようにそいつの顎を擦らせる。


 まずは一体。


「ギェッ!?」


 弟がそれを受けた後、体を揺らしクロトと同じ様に力なく倒れ込む。

 穴の方へと向かっていた兄はその声と倒れる音が聞こすぐに後ろを向くと弟が倒れ、痺れて動けないはずのクロトが立っていた。


「オイ オトウトドウシタ」


 問いをかけるが弟からの応答はない。

 シュッケツハ ミエナイ マリョクノウゴキハカンジル… シンデハイナイナ。

「オマエ ナニヲシタ シビレゴナデウゴケナイハズダ」


 敵が出した粉末なんて見た、瞬間吸わないように呼吸止めるだろ。色からして毒かその類だし、定石ばかりに投げるところから見てこの手は何度も使ってきただろう。なら、倒れてやれば思った通り油断して近づいてきて簡単に脳震盪で倒せる。馬鹿相手は本当に楽だ。


「シャベラヌカ ナライイ オレミズカラ ソノシシヲ キリオトシテヤロウ」


 兄は後ろ腰に携えていた古代ギリシャのハルパーのような湾曲した短剣を構えクロトに向かって突進する。

 こいつには悪いが俺の魔法の練習相手になってもらおう。

 ナイフによる横降りを後ろに軽く飛ぶことで回避する。だが、そんなすぐに攻撃は終わらない短剣故に反動が軽い為連続攻撃がしやすく巧みにナイフの持ち替え何度も斬りかかる。

 だが、その攻撃はクロトの服にかすりもしない。

 それは攻撃を大きく避けているからだ。その動きを見て兄はクロトが戦いの素人であると感じ笑みを浮かべながら攻撃し続ける。

 横の大振り、軽い振りによる早い連続の攻撃、そして突きを行いナイフを持ち直し無理やり軌道を描きクロトに横腹を斬りかかる。


 コレハ ヨケラレマイ


 とうとう兄のナイフの軌道が完全に服をとらえ腹を斬る寸前、不意に目に入った。それはクロトが右手で掴んで引っ張りナイフの刃に上着を当てに行っていたのだ。


 フクデフセグツモリカ? ムダダ コノナイフハヨロイヲモキリサクシロモノダ ソンナヌノタヤスクキリサキ キサマノハラヲカッサバク モッタイナイガ ゴブリンドモノエサ二ハナルダロウ。


 そしてナイフから服へ当たる感触を得た瞬間 


 ナゼ? コイツハコンナニモ オレノチカクニイルンダ… チガウ オレガマエニススンダノカ コイツ二 フクデナイフヲ マキコミヒッパッタノカ。


 クロトと兄が交差するように近づきクロトの手のひらが腹部に触れる。


 無形流術 黒式 四『共振』


 そして二人が交差し行き過ぎると。兄が膝を付き声にならない叫び声を上げ腹を押え悶え転げながら血と胃にあるものを吐き出す。


 ナンダイマノハ! コウゲキナノカ!? タダフレラレタ ダケダトイウノニ!


『共振』

 俺が持つ流術の技の一つ。

 それは書いて字のごとく共鳴するように振動を起こす技。

 この技は触れた場所から流れるように臓器や骨へ衝撃を与え振動、臓器から臓器へ骨から骨へと同じような衝撃の振動を与えるというもの。

 鍛えている個所であればこんな攻撃痛くも痒くもないが、臓器は違う、体内を鍛えられる生物なんてそうはいないのだからな。

 前にリヴェルトに使った時はやつがタフだったのかそれともアドレナリンで痛みを感じてなかったのかは、よくわからんが普通ならこいつみたいに悶えるんだがな。


 そして今回は魔力を試運転ということで魔法を一つ使った。それは魔力障壁というものだ。

 第五元素とかそういうのを調べる魔力なんてないからな、ほとんどの魔術使いが使える防御魔法を使うのがいいだろう。それにこれが一番自分の戦い方に合っている。

 魔力障壁というのは魔力を使い、魔力の盾を作るという単純なもの。

 魔力障壁は大きく展開または、持続維持できるものだが、維持して使う場合、一般的な攻撃魔法より魔力の消費が激しいため、効率がとても悪い。その為、基本的に当たる直前に使うのが当たり前だ。

 そして魔法に対しては強いが物理にはめっぽう弱い。

 今回はやつのナイフの刃に合わせた魔力障壁を三層作り勢いを弱めつつ最後の一枚を維持して服で引っ掛けるように使った。

 そのため服は無傷だ。


 さて、こいつらはどうするか。捕らえるにしても俺一人で二人を運ぶのは難しいし、縛るものもあの縄一つ。

 そう考えていると洞窟内が大きく揺れる。


 あちらは結構大きな戦いをしているようだな。

 すると周囲から何やら音が聞こえた。先の揺れで骸の山が崩れたのかと思ったのだが


 何か違う生物の気配がする。


 そう感じとりその方向を見ると、人型のような影が骸から顔を出す。


 それを見てクロトが嫌そうな顔をする。

 まじかよ…なんでこんなところにいるんだよ。


 それは人型であるが決して人ではない。頭がヤツメウナギのような大きな口をもち、先端から顎まで、まるで口裂け女のような避ける線があり、口から垂れる唾液から湯気のようなものが漂っている。

 肌の色は鬱血したような紫色で浮き出た血管の赤と青の色の物が透けてよく見える。


 飢餓鬼…デグン。

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