第27話 殲滅作戦
小鬼達はただのんびりとしていた。
侵入者が来ている事には気が付いているがそれでもこうやってしているのはそれだけ彼らにとって問題のないことなのだろう。
それはこれまでも冒険者達が来て、やられはしたが自分達だけが負けたわけではない。一人以外を倒してきたのだ。むしろ勝っているのだからと思っているかのように。
だが、先行隊が出てからしばらく経つがまだそいつらは帰ってこない。
てこずっているのだろうか…もしかして、味見とばかりに先に冒険者どもで遊んでいるのではないのだろうか。
彼は義下卑た笑みを浮かべ体をポリポリと搔きながら立上り槍を持つ。
そして洞窟の道がある方へと歩みを進める。
他のゴブリンたちにどこへ行くんだと尋ねるように仕草と声をかけられる。
穴の方を指差し帰りが遅いから様子を見てくるという意図を伝えると、ほかのゴブリンたちは「それはご苦労なこった」の様に楽しそうに喋りだす中、その中の一体がそのゴブリンが立ち上がる時、笑みを浮かべていたのを見ていたので疑問に思う。
少し考えてその笑みの意図を理解し自分も行くと立てかけていた武器を手に取りゴブリンの元へ駆け寄る。
そして笑いながら軽く小突いて二匹は穴へと向かっていくのだが、
「≪火の聖霊さん、集いて―」
「≪大地よ、水の精を含みて―」
声が聞えた。
それも自分の仲間たちの声ではない、人の声が。
二人は咄嗟に武器を構えようとして仲間に知らせようと口を開いた。
その瞬間闇の中から一つの影が音もなく迫りそれは大きく振りかぶり二体の横を通り過ぎる。
「グギッ――」
小さな声が途切れる二体の首が宙に舞う。
遠くから寝転がりながらその二体を眺めていたゴブリンがその後、闇の中から現れる人影達に気が付き叫ぼうとするも小さな爆発音がその空間に鳴り響いた時にはそのゴブリン眉間に風穴が開いていた。
突然の爆音が聞え、何事だと下のゴブリン飛び起きる。
そして、二体のゴブリンを見送った三体のゴブリンが穴の方を見ると、その時には両手剣を持った女が身体強化をかけているのかすぐそばまで走ってきていた。
直ぐに臨戦態勢に入るもその時にはすでに遅く、薙ぎ払われるように一体ずつ切り飛ばされ三体目が切り返そうとするも武器を砕かれ、そのまま切り伏せられる。
シルスは対面上から走ってくる六体が直ぐに近づいて来ないように二丁の拳銃で対応する。
動く対象を撃っているためにその制度は落ちるが、重なっていて的が大きくなった所を打つことにより失弾を少なくする。そして狙いはできるだけ足を狙う。
円状の中を一度確認する。
それはゴブリンが人を攫うという事前情報を得てい為、生存者などいないかを確認する必要があった。
目に映ったのは多くのゴブリンと何かの骸の山、そして壁に放置された四肢を切り落とされボロボロとなりながらもまだ人の形を保っている肉塊。それの腹は切り抜かれておりちぎれた臓物が垂れている。虫に食われているのか皮が所々ない。人攫いの報告は出ていただが、それは既に三日も前のことだ。
当然もう生きているわけなどない。
小さく「ごめんなさい」と呟き、確認を終えヴァンたちの方へ指示を送る。
それを見てヴァンがサナを背負い詠唱を続け円状の壁のすぐそばまで走る。
「《―その地を変化させ、敵の動きを妨げよ》《土壁》」
その詠唱を終え片足で強くその壁を蹴るように踏む。
すると二つのスロープの出入口に土の壁ができこちらへと向かってくるゴブリン達の動きを妨げる。
「《―悪鬼から守るために、火をともして》《火炎》」
その魔法は初級魔法である《火球》の前に身につける魔法である。
効果は、大きな火を灯す。ただそれだけである。主な使い方は野営の火種といった物。攻撃としても使えるが効果はかなり短く火傷を負う程度。
だが、それはただ普通に使った場合である。
サナは魔法も戦闘経験がなかった。その為、闘気などなく魔力も四人より少し少なかった。だが彼女は魔力に恵まれているのか訓練を始めると同時に日に日に魔力が高まっていき、今ではイブの闘気と魔力を合わせた量の倍近くとなった。
そして、魔法というのは魔力を多くすれば高まり、彼女の魔力であれば上位魔法と同等となるだろう。
だが、当然魔力を多く使おうとすれば制御が困難になる。だけど彼女はシルスと共に訓練のほとんどをその魔力制御に徹した。シルスには及ばないが、サナは精霊になつかれているのもあり、精霊たちが彼女を手伝い制御の負担を少なくしている。
《火炎》は本来であれば三十センチ程の火柱を立てる程度なのだが、彼女が自身の多くの魔力を使うことで、それはさらに大きく変わり、円状の穴を隙間なく埋めるような火の海ができて下へ下へと落ちていき逃げ場のないゴブリン達は焼かれ、悲痛の叫ぶ鳴き声を上げる。
その穴から出ようと壁を昇る者がいるがシルスがそれを見逃す訳もなく、その上る手を撃ち抜き落とす。
魔法は二つのやり方がある。
それは魔法の発現と同時に魔力供給を止めるものと止めないものの違いだ。
例えば《火球》。魔力の供給を止める場合、事前に動きを決めることでそれをたどるように放つことができ、すぐに次の魔法に取り掛かる事ができる。そして、魔力の供給を続けた場合、火球を放ちそれを思うがままに動かすことができる。だが、その間、ほかの魔法を行う事は出来るがその制御の難度は測り知れない。絶対当てたい魔法であれば後者を使うだろうがこれはかなり難しく、魔力を使い続けるだけでなく魔力消費も激しくなり更なる魔力操作の精度が必要となる。これを使う場合殆どの術者は、それに集中しないといけないため身動きなどできない。その為かなり効率が悪くほとんどの者が前者を使う。
そして今回サナが使っているのは後者の方である。
彼女が魔力を供給し続ける限りそれは燃え続ける。
上にいるゴブリン達は魔力の大きな動きを感じており、早急にその小娘を殺さなければと向かおうとするのだが、シルスに打ち抜かれた足のせいで動きが悪くも、迫り行き、持っている武器を投擲して攻撃しようとするも、その腕をシルスがすかさず撃ち抜き思うように動かさせてもらえない。
そして両手剣のメアと銃を片手にナイフを持ったシルスに距離を詰められなす術なく上にいたゴブリン達は全滅した。
これで、もうサナの魔法を止めるものは居なくなった。
《火炎》は広範囲に火を上げてはいるがその威力が低い為に数分焼かれ続けるゴブリン達はまだ死ぬことはない。
甚振り楽には殺さないというような拷問であり誰もが彼女を鬼畜と言えよう。
だが彼女は本来、人も魔物も傷つけたくない小心者なのだ。
それは訓練を共にした皆が知っていることである。
盾を持つヴァンへの魔法を放つことを絶対せず、訓練だからと泣く泣くするが、魔法の制御が全くできなくなり魔法の発現ができなくなるほどだ。それほどに攻撃魔法を使いたくない彼女がゴブリンたちの悲痛の声を前に魔法を使い続けているのは、渡された耳栓をし、見えないようにと目を強く閉じ、傷つけたくないが自分が何もしないせいで皆が傷つくのが絶対嫌だから割り切ることで魔法の維持を続けられている。
目を閉じているから狙いを定める《火球》などは当たらない為に意味をなさない。
それならとシルスから《火炎》を使うようにと言われる。これであれば狙いを定める必要がなく広範囲を攻撃し続けることができるからと。
ゴブリン達は苦しみながらも魔力が大きい気配を感じているのか、術者の位置を把握し燃える武器を投げつけるのだが、ヴァンの盾の前には何の意味をなさず、苦しみ続けるしかなくなった。
シルスとメアがその様子を伺おうと覗く。
強い熱風があり髪が上へとなびく。
中を見るとまだ少し動いている影が見えるがほとんどの者は既に動きを止め倒れている。
「凄いわね…たった二つの魔法で31体のゴブリン達が為す術なく倒されるなんて」
「サナが必死に努力してきた成果でしょう」
もう十分だろうか、後は私たちで何とか処理するとしよう。と、もうやめるようにシルスがヴァンへと合図を送ろうとしたその時。
何か大きな音と共に岩が崩れる音が聞こえ大地が揺れる。
火による影響で岩が崩れたかと思ったが、何か違う。
その刹那、急に変った空気を察知しシルスとメアが構えて中を見直す。
すると大きな影が動いているのが見えた。
それはゴソゴソと壁のすぐそばで動き、こちらを向いたような気がした。
最初に反応したのはイブだった。
鼻と耳をピクピクと穴の中で動く正体、何をしようとしているのか理解する。
「離れて!」
そのイブの大きな声に皆が、意図は分からずとも信頼における仲間の指示であることでそれに従いその場から離れようとする。
だがイブの声掛けとほぼ同時にその影が大きく動いていた。
それはヴァンの方目掛けてその影とほぼ同じ大きさの何かが迫りゆく。
ヴァンは避けようとしたが火炎の中から姿を現したその巨大な岩を見て避けるのは無理だと瞬時に判断しサナを持ち直し岩を盾で防ぐ。
ミシミシと体の中で肉と骨が軋むような悲鳴をあげているのが聞こえる。
そして岩は砕けるが飛んできた力の衝撃で盾ごとヴァン達は吹き飛ばされ、一直線に天井へと叩きつけられ地面に落ちる。
「くっ…」
「きゃあ」
ヴァンはサナが壁に叩きつけられないよう庇った為にサナはダメージを受けなかったが、その代償となるように受け身をとれなかったヴァンは膝を付き声を殺すように悶える。
身体強化はかけていた、だがそれでも防ぎ切れず吹き飛ばされる威力は凄まじく、ヴァンの片腕は幸い折れていないが恐怖か、衝撃のダメージの麻痺か、その両方か分からないが痙攣するように震えていた。
その時にはサナの魔力操作は乱れて《火炎》の維持はできなくなっており、少しづつ《火炎》が消えゆくように弱まっていた。
サナは突然のことで状況が分からなかったのだが目の前で苦しんでいるヴァンを見るなり直ぐに焦りながらも回復ポーションを開けて飲ませて回復魔法をかける。
ヴァン達の様子を見て暫く動けそうにない事をシルスとメアは理解する。
二人は穴の中を見る。
徐々に《火炎》は消えゆき焼かれた酷い肉の匂いと黒い煙が漂う中、巨石を投げた影の存在の姿が少しづつ露になっていく。
ゴブリンとは違う緑ではない黒によった青い肌。バイロンたちよりもはるかに大きな巨体。額にある二本の角
人を軽く一飲みできそうな巨大な口と鋭利な牙。身には幾つもの人工物のような何かが叩き伸ばされたようにある鎧、手元にはヴァンが持つ盾よりも遥かに大きな巨剣。
皆はゴブリン関連の魔物の資料は見て聞いていた。ホブゴブリン、ゴブリンシャーマン、ゴブリンロードと様々なものを。
そしてその中でもとても強く厄介な存在の一体が、目の前にいるそれと当てはまりメアが口にする。
「こいつが…オーガ」
その声に反応したかのように、その巨体はメアの方を向き不気味に光る金色の目がぎょろりと動いた。
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