第22話 屋台

 クロトたちが訪れたその屋台の暖簾には蕎麦と漢字で書かれていた。

 ヴァンから聞くに、この漢字が使われている国はメウリカを南東に行き、海を渡ったところにある島国のものだという。


 クロトの考えている世界一周の旅のプランはバイロンの依頼を受けたあとそのまま北に行きながら西へ行き円を書くように国々を渡る予定なので、きっとその漢字の使われている島国は旅の最後の地となりそうだ。


 屋台の近くに馬車を止めて休憩する。

 暖簾を捲ると「いらっしゃい」と一人の男性が出迎えてくれた。


 一瞬クロトがそれを聞いてか何故か止まったが不思議に思った二人が声をかけると何でもないと答える。


 その男性の格好は灰色の青がかった着物姿で動きやすいように裾を紐を通して捲っており、見た目は50~60くらいだろうか、いやもう少し若くも見える。そんな男性はまるで老舗料亭の料理人のような雰囲気がある。

 目に見える調理道具は結構綺麗だが、かなり年期があるように見える。大事に使われているのだろう。


 屋台の席につこうとしたがそこには椅子が四つしかなくおじさんがすまないねぇと謝るのだが、サナとヴァンが進んで馬車の方で食べると言った。


 とりあえず真ん中の席に着くとシルスとメアが挟むように座り空いた席にイブが座る。


「で、注文どうする」


 そう言うので机の上にあるメニューの書かれた立て札を見ると屋台にしては結構な数のメニューがあった。

 調理場を見ると揚げ鍋もあるから天ぷらも作れるんだろうな。


 メニューを眺めているとシルスとメアが割り込むように顔をのぞかせてメニューを見るが、よく分からないような表情をしている。


「あの、ざるそばというのはなんでしょうか」


「お嬢ちゃんら蕎麦は初めてか?ざるそばっていうのは冷やしたそばっていう麺をこのザルの上にのせて一口ほど取って、この小さな器にあるつゆに付けて食べるもんだよ。あとは薬味っていうこのわさびやゴマ、ネギを加つゆに加えて自分好みに味を楽しむことができる」


 と色々と見せながら分かりやすく説明してくれている。


「では、私はそれで」


「あいよ」


 シルスはざるそばか、まぁ似合うちゃ似合うな。


「じゃあ、このかけそばっていうのは何?」


「それは多分君たちが知っているようなもので、器にそばを入れて温かいつゆをかけたものだよ。一応冷たいつゆにもできるが」


「なら、私は温かいかけそばを」


 と二人の注文が決まると


「なら俺たちもざるとかけで一つずつお願いします」


 ヴァンがサナのものと一緒に注文する。


「はいよ、であとの二人はどうするんだい?」


「イブ何にするよ」


「う〜ん…クロに任せる」


「そうか、ならどうしようか」


 クロトが悩んでいるのを挟んでいる2人がじっと見ている。どちらを選んだとして優劣なんてないのにとサナ達が思うも彼女らにとってはそんな小さなことも重要なのだろう。


「じゃあ、天盛りとかけそばの大盛りを一つと…」


 これはイブの注文だろう。この中で二番目くらいに小さく細い体の割に大食いで、一般人の2、3倍を軽く食べてしまう。かなり疲れている時だとさらにその倍を食べることもある。そのため食料問題はクロトが持つ悩みの一つである。


「ネギねばとろそば一つ」


 とクロトの注文らしきものが聞こえ注目してた二人が何それという目になりながら座り直す。


 料理人のおじさんが注文を聞き返しクロトの確認をして調理を始める。と言っても事前に作って寝かしていた麺を取り出し茹でクロトたちが入った時に油を熱して準備ができており、冷蔵庫のようなところから天ぷらの食材などを取り出し揚げ始める。


 その待ち時間シルスは目を閉じて姿勢正しく座り、メアはイブの方を向いて頬に手をついている。

 ふつうにみれば何ともない空気と思えるがサナとヴァンは何となく理解しているので、その場がかなり重い空気であるということが分かっており、そんな中、挟まれて平然としているクロトにすごいなと思いながらも、何とも思わないのだろうかという疑問が湧いてくる。


 そう見ていると


「いつまでお前らはそんな感じでいるつもりだ?」


 クロトがそう呟いた。


「喧嘩していることは責めない。むしろいいことだろう。そうやって自分の意思をぶつけられる相手がいるということなんだからな。だが、いつまでもそうやって責任の押し付け合いをして避けていると解決することもできないだろう。そうやって時間をかけていると周りにも迷惑だ」


「す、すみません」


「う、うん」


「あと、俺も含めて皆、昨日の失敗を悪く思ってはいない。良かったじゃないか気づけて。自分たちの今の状態が分かったのだから。一人一人得意不得意があるのだから。失敗は誰にだってある。なら、次は失敗しないように、失敗しても前よりはマシになるようにと。分からなければ周りに聞けばいい。俺にでもほかの三人にでも」


「「…はい」」


「じゃあ二人とも、馬車の二人と変わってこい。お前たちの問題だし、俺たちに聞かれたくないこともあるだろうからな」


「わかりました」


「分かった」


 少し切なそうに二人は返事をして馬車の方へと一緒にトボトボ歩いていく。


「済まないな、営業中にこんな迷惑な客がきて」


「ん?気にしとらんよ。あんたら以外客はいないんだからな」


 そう笑いながら答えてくれるのに安堵する。


「そうか」


「お客さんらは旅人かい?」


「まあ、そんなところだよ」


「そうか、ならさっきのはとてもいいことだな」


「おじさんも、わかる人だな」


「お前さんが言った通り本音をぶつけられるような相手がいるというのはいいことだ。そしてこれからしばらく一緒にいる仲なのだろう?若い者同士しっかりと青春しないと勿体ないだろう」


「そういうおじさんはいたのか?そういう相手が」


「ああ、いたよ…」


「そうか…」


 そんな話をしているとサナとヴァンが隣に座る。


「なあ、クロト。本当に変ってよかったのか?」


「問題ないよ、あの二人がもめているのはそんな大したことじゃないんだから。むしろなんでそんなにもめているのかよく分からないんだけどな」


 二人がもめているのはクロトのことだと思うんだが。

 そう二人は心の中で思うのだった。




 馬車の方では二人が座りしばらく無言の時が立っていた。

 それは互に何をどう話せばいいか分からないからだ。そうやってずっとその時が流れていると。


「ほい、かけそば、ざるそばおまちどうさん」


 おじさんが料理をもってきて二人はそれを受け取る。


「あ、ありがとうございます」


「ありがと」


「うちのそばはな、結構伸びやすいんだ。だから早めに食べるのをお勧めするぞ」


「は、はぁ…」


「ええ…」


 そう言っておじさんは元の場所まで歩いていく。

 二人は言われた通り手を合わせて「いただきます」と言って食べようとするのだが、箸を手に取るも使い方が分からず、食べているクロト達の方を見る。

 ほかの三人も持ち方が分かっていないようで戸惑いながらクロトに持ち方を見せてもらっていた。

 イブはというと箸を握って器用に食べていた。


 二人は見よう見まねでクロトの持ち方を真似て、手間取りながらも一口食べる。

 すると二人は口に手をやり「美味しいと」呟いていた。

 昨日自分達が作ったものとは全く違う美味しさ。口に含むと同時に溢れ出る何か自然の香り。その香りがとても心地よく硬い表情をやんわりとほどき解く。


 二人はその一口を後に箸を止め考え込み


「「あの」」


 そう二人が同時に口を開き顔を一瞬合わせるもやはり、合わせずらいのか顔をそらし、また少し無言になるが


「その、すみませんでした。私が何もわかっていないのに、わかったふりして料理を進めて」


「いや、私も悪かったわよ。辛いのは苦手だからって砂糖をあんなにも入れて」


「互に褒められたいからって、張り切って失敗してしまいましたね…」


「そうね、それで互にダメだと思われたくなくて責任を押し付け合って、その挙句皆に迷惑かけちゃって」


「ほんと駄目ですね。私たち」


「ほんとにね」


「だから、これからはちゃんと何かするときはちゃんと話し合いましょう」


「そうね、そのほうが得策だわ」


「そして、このまま競い合いましょう」


「は?」


「だって貴方もまだ思っているのでしょう、あの人に対して思う気持ちは」


「それは、そうだけど。でもそれは今話すことじゃないでしょ」


「そうでしょうか、クロだって言っていたでしょう本音をぶつけられることはいいことだって。だから私は貴方に言います。私は貴方が思っているよりあの人を思っています、と」


「そう、なら私だってそれは譲れないわ。私は貴方のその倍を思っているのですから」


 そう互いに私が私の方がと言い合いをしているのを離れたところで眺めていた。

 そして笑いあうようになり、互いに仲直りができたように話をしながら食べ、自身のものを分け合っていたりもしていた。


 シルスは奴隷、いや家族のために。メアは国と苦しんでいるであろう奴隷の為に。

 彼女らを見て、周りに聞いた限りでは、二人は今まで自分より他者を優先して生きてきたのがわかる。だからこそ二人共が自身を優先しているのはいいことだ。それこそ喧嘩し合えるほどの、競い合えるライバルのような者がいるというのだから。


 それを微笑ましく眺めているとようやく


「はい、ネギねばとろおまちどうさん」


「ああ、いただきます」


 クロトの料理が出てきて一体それはなんだろうとヴァンとサナが見つめる。


 そこに出たそれはそばが見えない白い何かと六角形くらいの緑色の何かと茶色い豆、そして色濃い緑色の海藻のようなものだった。


 クロトが箸を持って白い中にあるそばを掬うと上に乗っているものがドロドロと糸を引いている。

 その様子を見て隣にいる二人はげっ、と変な表情になる。


「クロトその気味の悪い糸を引いたものはなんだ?」


「なんだって納豆とオクラ、トロロ、めかぶだけど」


「それって美味しいのですか?」


「なんだ、食ってみるか?」


「ああ、少し貰えるか」


「ほい」


 そうクロトが器を持って落ちないようにそれを掬ってヴァンの口元に近づける。

 その箸をみてヴァンは昨日の事を思い出してしまい急いでザルを差し出す。


「いや、この器に乗せてくれ…」


「ん?そうか」


 何意識してんだ俺…。

 そう受け取りヴァンは俯く様子をどうしたんだこいつと見て


「サナもいるか?」


「一口だけ」


 とクロトが箸で掬ってサナとヴァンはそれを恐る恐る食べる。

 すると最初は少し警戒していたが、その顔が驚きの表情に変わる。


「おいしいです、クロ」


「ああ、これは美味しいな」


「そうか、それは良かった」


 そんなやり取りをしていると後ろから走ってくる音が聞こえ、サナがあっ、と呟いた。

 まぁ後ろにいるのは二人だからこちらに来ているんだろうなと、そばをすする。


「サナ、ヴァンずるいです。私にも一口下さい」


「そうよ、私にもちょうだいよ」


 とシルスとサナが食べ終えた器などを机に置いて言う。


「クロ、私も」


 便乗するようにイブが近くに来ていた。


「はいはい…いや、お前は自分の食べただろう」


 とクロトが指さす。イブが座っているところにはからになった3つの器がある。イブは皆が頼んだものを一つずつ大盛りで頼んでいたのだ。


「ちょっと、足りない」


「はぁ、わかったよ」


 イブの食費問題は大変になりそうだ…。そう、未来の不安を考えながら三人に一口ずつ与えると、三人ともとても満足そうに食べる。

 ちゃんと仲直り出来たようで安心する。



 食事を終えて軽い休憩をし出発する前。


「じゃあ、おじさん勘定お願いするよ」


「ああ、六人だから600Wだよ」


 聞き間違いだろうか、六人だから600Wだということは一食100Wということだろう。それはかなり破格な額だし何より計算合わないだろう。


「え?それ間違ってないか」


「いや、合ってるよ」


「一人の100Wだとしてもイブは1人で三人前以上食べてるんだぞ?」


「問題ないよ。この屋台は俺の趣味でやってるもんだからな」


「いや、それだとしても悪いよ」


「気にするでないよ、わしからしたらあんなに美味そうに食べてくれたのがとても嬉しいのだから」


「う〜んだけどちゃんと払わしてもらうよ。迷惑もかけたしな」


 そう言って1000Wを差し出す。


「そうか?気にしていないが、お客さんが出してくれると言うのなら受け取るよ」


 お代を払い終え出発の準備に向かおうとすると。


「お客さんらは、そのうち東の大陸に行くのかい?」


「まぁ、そのうち行くかもしれないな」


「なら、一応これを持っとくといい」


 おじさんは何やら鈴のようなものを差し出す。


「これは?」


「まぁ、ただの鈴なのだが、あそこの大陸には少しばかり厄介なのがいてな。それに捕まるかは分からないが捕まった時これを出せばいい。そうしたら素直に解放してくれるだろう」


「そんなめんどいのがいるのか…。なら有難く貰うよ」


「おう、気をつけてな」


「色々ありがとうな」


 クロトたちはおじさんと別れを交わし出発の準備を終えて街へと向かう。

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