第17話 調査と旅立ち
俺はバイロンと一緒に物置部屋のような部屋に来ていた。
用を思い出したというのは訓練場の上の方でバイロンが用があるとこちらを見ていたからだ。
見ていたのならお前の部下なのだから止めろよと言ったのだが、「あいつは俺の言葉を聞くような奴ではない」と笑って言う。王の部下がそんなのでいいのかと思うがそれがバイロンのやり方なら別にいいか。あいつのあれは恐らく興味本位か、俺たちを試しただけで被害という被害はないしな。
「それでこれが用なのか?」
「ああ」
目の前には大きな机の上に乗せられた何かに、そこそこ汚い灰色の布を覆いかぶせてそれを隠されている。
と言っても部屋に満ちた異臭とかぶせている布の凸凹のシルエットでそれの正体はすぐにわかるのだが。
「お前さんに言われた通り、メルクリアの調査をしに行ったところ直ぐに見つかったよ」
調査というのは船で話しているときにお願いしたものだ。メアには一人の従者がいた。彼は先代の王であるガイルに惹かれ忠誠を誓った青年だ。彼はとても働き者でありバイロンを含む四人の王を建国当初支えてきており。ガイル亡き後もメアに勉学を教えながら国に貢献し続けたこともあり、王たちだけではなく四つの国の民からも厚い信頼があった。そんな彼がメアの行いを放っておくはずがない。だから、バイロンに頼み調査を依頼した。
「開けてもいいのか?」
「別に構わないが、お前さんそういうの平気なのか?」
「ああ、これはもう慣れている」
了承を得たので覆いかぶせられた布をゆっくりめくりそれを露にさせる。それはやはり遺体だった。皮膚は真っ黒で既にミイラのように骨が少し浮き出るほどに瘦せこけている。目立た傷などはない病死か何かか…。用意されている手袋をつけて何かを探しているか、死体が崩れないように丁寧に動かして見ていく。
「で、こいつの最終目撃情報は?」
「俺たちがイヴァリスを出た翌日だそうだ」
「腐敗からしてもそのくらいか…。こいつが亡くなった時騒動にならなかったのか?」
「亡くなる前に残していた手紙をほかの従者達が見つけ早急に対応したお陰で、多少騒ぎになったものの直ぐに収まったらしい」
「その手紙というのは」
「残念ながらもうない」
「ない?それはおかしな話だな。そんな大相なものをなくすとは思えないとなると、誰かが持ち去ったか、処分したかということか」
「かもしれないな」
「他に何かなかったのか?」
「その他は特にないが、少し気になるのは民の様子がおかしかっただけだそうだ」
「様子がおかしい?」
「彼を失ったショックかは分からないが、記憶の混同や少々というより情緒が不安定に見えたと数人の部下からは報告を受けている」
「記憶の混同に情緒の不安定ね…国民全員がメア達のように催眠の魔法でもかけられているんじゃないのか?」
「国民全員の催眠魔法など、それこそあり得るわけがなかろう」
そうバイロンが苦笑いしながら否定するもクロトは何かを見つけたらしく遺体の頸椎のあたりをゴソゴソと調べ始めていた。
「はあ~お前の常識で考えない方がいいんじゃないか?そんな考えでいると次はお前の国がそうなるかもしれないぞ」
「と、言われてもだな…」
と、初めてバイロンが弱気な姿をみせた。まあ、それもそうか、どこから来るかも分からない催眠魔法。その脅威から国の王が守り切れるかどうかと言えばまず、不可能だ。そもそも普通この規模の魔法を行使する存在の方が普通いないのだから当たり前だ。催眠魔法にかからないようにしようと呼びかけたところで対処の仕方がなければ意味などないし、催眠にかかっているかどうかなんて、そんな簡単に見分けがつくわけない。正直俺がバイロンの立場であればお手上げだ。だからといって諦める俺ではないけどな。
遺体を調べ終え元の姿勢に戻し布をかぶせ直し、手の消毒等の後処理をする。
「天候を操る魔法を使える奴はいるのか?」
「そんな者いるわけがなかろう…いや、一人心当たりはあるができるかどうかは」
「メウリカ全土でそこらへんにある水を操れる魔術師の数は?」
「であれば千から二千はいるが」
「結構いるな…なら、清水を操って清水の雨でも降らしたらどうだ?四つの国全体に」
「そういうことであればできるにはできると思うが意味はあるのか」
「さあな」
「さあなって…」
「清水っていうのは邪から清めるためにあるんだろう?なら人間にとって邪であるその催眠も解けるだろう」
「そうかも知れないが」
「何もせずに迷っているよりかはいいだろ。お前は俺を信じるか、あるかないかの災難に対して迷い続け、何事もなかったらそれでよしだがそうでなかった時…ということだけだ」
「…分かった。一先ずお前さんの提案に乗るとしよう」
物置部屋をでて暫くバイロンはこれからすることの用意などで考え事をしており、考え事がまとまったのか忙しそう何人もの部下を呼んでいた。俺にはまだ他に用があり忙しそうだがバイロンに要件を尋ねた。バイロンが一人の部下を呼び寄せ案内人として付けられる。その部下と軽い会話をしながら目的の場所まで案内される。それはまた別の部屋の扉の前。
部屋をノックすると数度の咳の後に「ああ」とだけ返事があった。
扉を開き中を見ると一人の男が寝具に座っていた。
歳はバイロンよりかなり上だろうか。聞いてた話とは全く違いかなり細い肉体をしている。
「あんたがこの国の騎士団長アイアス・ヴァンフォールンで、間違いないのか」
「ぁぁ…そうは見えないだろうが、間違いないよ。王のお客人」
とても優しくも悲しいその顔でそう答える。
アイアス・ヴァンフォールン。前の国であるトゥラスの時でも騎士団長を務めており、その時代から彼を知る案内してくれた人はこう言っていた。歴戦無敗の騎士、盾の王に次ぐ守護の神に見守られている者、鬼教官と…最後は余計か。だが彼のことを聞くと彼への賞賛は止むことはなかった、口を濁しながらその時が来るまでは、と言うところまでは。
壁には昔の写真が並んでいた。そしてそこに写るこの男と思わしきバイロン同等の体躯の姿。
「病か…」
「どうだろうな…で、お客人何の様なんだ?まさかただ老体を見に来たというわけではないだろう」
「そんな嫌味のようなことするわけないだろう。と言いたいところだが、実際はそうなんだよ。この国に来てからあんたの息子を仲間に入れさせられたはいいが、その親である本人には会っていないのだからな」
「そうだな、私の息子を貴方にお願いするのだから普通であれば挨拶するべきだったな…すまなかった」
「謝ることはないよ。むしろ感謝したいぐらいだ。しっかりと魔法と闘気についてしっかりと学んでいてくれたから、ほかの皆の成長も早く、訓練も手伝ってくれているんだからな」
「そうか…それは良かった。あの子が誰かの為になっているというのは。こんなにもうれしいことはない」
それは我が子を本当に褒められてうれしいようで笑みを浮かべ微笑む。
「だからお礼をしたいのだが、その前に一つ聞きたいことがある」
「お礼なんていらないのだが、受け取らないのも失礼だろうな。して、聞きたいこととは」
「前の天災、ヌメラトゥラスの時のことだ」
「そんなことをわざわざ私に聞くのか…ほかの皆もその時立ち会っているのだから、わざわざ私に聞くことではないのではないか?」
先程まで微笑むを浮かべていたのに、その話題を出すと笑みが解けた。
「確かに当日あの場にいたものは多いいだろうが、あることにおいてはあんた以外知りえない事があるんじゃないか」
「…」
「それは騎士団長であり王の護衛者であるあんたにしか知りえない事、王たちの行方とその王が何をしたかだ」
「…お前さんは何がいいたいのだ」
「そうだな、これはただの私の憶測だ。失礼なことを言うかもしれないがいいかな?」
そう伺い。彼は何も言わず素振も無し。クロトは傍にある椅子を逆に座り背もたれを腹に椅子の前足を浮かせて子供の様にふらふらと揺らし天井を見ながら話始める。
「じゃあ、問題ないということで独り言をつぶやくとしよう。簡潔に言うとあの天災、ヌメラトゥラスは人によって生み出された。それを産んだのは当時のトゥラスの王達。だが、彼らに自身の国を滅ぼすなんてメリットなんて一つもない。ならそれに見合う、それ以上の何かがあった。思いつくとすればそれは帝都からの勧誘。そして帝都の人間は彼らにヌメラトゥラスを呼び出す何かを与えた。だが呼び出すには相応のエネルギーが必要だったのだろう。当時のことを聞くとヌメラトゥラスは、あの大樹から現れたという。あれほどの大樹が育つんだそれはとてつもないエネルギーがあるのだろうな。だがあの大樹は危険な魔獣の森に囲われている。そんな中に貴族の人間たちが行けるわけがない。となると騎士の誰かに任せる必要がある。それも魔獣に負けず任務を事なく遂行できるほどの騎士がな…」
「なるほど…ああ、お前さんの考えている通り 」
――くちゅん
観念したようにアイアスが言葉を言おうとするのを遮るようにクロトがくしゃみをした。
「ああ、ごめん。それで聞きたいことなんだが、その病か呪いかわからないものはどういう経緯で受けたんだ?」
「は?…ああ、これは呪いでなー」
そういってアイアスからヌメラトゥラスが顕現した当時の話を聞いた。顕現して何が起こったか、民はどうだったか、それに対しアイアス達騎士団とバイロン達冒険者どう対応したか、どの編成・人数で天災に挑んだのか、どんな戦況だったのか、そしてどういう経緯で呪いを受けたのかを細かく聞くことができた。
話の最中、最初は後悔とかからか暗い表情だったが徐々に元気を取り戻しつつ少し楽しげに語っていた。
「無理させて悪いな」
「いや、こんなにも楽しく話せたのは久しぶりだよ…」
「あんたはその呪いを受けて後悔はないのか」
「後悔?そんなものないわけがなかろう」
「そうか…それが聞けて良かったよ。俺は、もうそろそろ自室に戻るよ。ここを出る前までにやることはまだまだあるしな。今回のお礼は出る前までには何とかするよ」
「ああ、楽しみに待つとするよ」
対面した時とは比べ物にならないほどに満足そうに幸せな顔で彼は出送ってくれた。
ウルクルズロットでの残りの四日を終え出発当日、まだ暗く日が出始める早朝。
城門の前でバイロンと数人の兵がお見送りに来てくれた。門の外には荷馬車とそれを引く一体の獣。ランドルフが後から送り届けてくれた獣で、よくサラになついているそうだ。その獣の姿はよく荷車を引く馬ではなく、豚のような何かだった。筋肉の肥大は見えるが薬物の何かではない、純粋なこの獣の性質なのだろう。メアとサラがその獣と戯れている。
シルスはバイロンの部下と出発の為にと用意してもらった、暫くの間の生活用品、食料等の荷物を確認している。ヴァンはというと他の兵士達と話していた。
暇つぶしに何だか嬉しそうに上機嫌な顔しているバイロンに話しかける。
「うれしそうだな。そんなにも居候が旅出てくれて嬉しいか?」
「そんなわけないだろう。俺がうれしいのはお前さん分かっているだろう?あと、わが子供と言える程に見てきたメアとヴァンが旅立つのだからな」
「普通は悲しくなるものじゃないか?」
「心配はしても悲しくはならないさ、子供を信じて見送るのが親の役目だろう」
「そうか」
シルスが確認を終えたのかこちらへ近づき知らせる。
互い全員を集めメアとヴァンがバイロンと話し始める。
「いろいろ心配ではあるが体には気を付けるんだぞメア」
「ええ、バイロン叔父様こそ病とかに負けないでよね」
「ああ、もちろんだ。ヴァンお前も体に気をつけて、この旅で色んな事を学びたまえ」
「はい、王の命令とあれば」
そう堅苦しく敬礼するヴァンの肩に手をやり首を横に振る。
「そう堅苦しくする必要はない。もっと楽に行きなさい」
「はっ」
それでもなお堅苦しい彼にバイロンとクロトが微笑んだ。
「まあ、二人共しっかり世界を見て回り学びなさい。そうすれば本来見えなかったものが少しづつ見えるようになってくるのだから」
「「はい」」
「じゃあ、元気でな。クロト、二人を頼むよ」
「ああ」
暫く一緒に生活をしてきた仲で別れをもう一度交わし荷馬車に乗り旅立つ。見えなくなるまで見送る彼らの姿を後に。
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