第16話 ウルクルズロット

 イヴァリスを出てから五日程で四国の一国バイロンが統治するウルクルズロットに着いた。

 結構な距離だから数週間はかかると思ていたのだがこの世界の特殊な海流と魔法具を取り付けた船ということでかなり早く着くことができた。この科学力があるなら飛行機とかあってもおかしくないと思うのだが残念ながらないらしい。

 というのも上空、雲の上は空気や魔力の流れがとても不安定であり飛行することが難しいらしい。


 四国メウリカ

 イヴァリスからひたすら北東にある大陸のような島国。

 その大陸の中心には世界樹とも呼べるような巨大な大樹があり、この島はその木の根っこであることが分かっている。元々ここは一つのトゥラスという国だったのだが、前回の戦争から15年後にこの地に天災が起こる。約150m級の怪物が現れ半日足らずでその国を滅ぼした。そしてそれを討伐すべくこの地にいた冒険者、メアの父であるガイル・フラスルトを筆頭に封印したという。

 そして民や一緒に戦った冒険者達が彼らを王とし『メルクリア』『ウルクルズロット』『リエンブート』『カリエンテ』の四つの国を興した。

 因みにその怪物はヌメラトゥラスと前の国の名をもじった名前が付けられている。理由としては国の王と貴族たちが怪物が表れたと同時にすぐに逃亡していたことから民たちが嫌味を込めてそう呼んだらしい。


 散歩日和とも言える雲一つない青空、心地よく涼しい穏やかな風がふく。

 そんな中、平和そうな時には似合わない鋼の音が鳴り響いていた。

 あの闘技場で戦っていた少女、イブが盾を持った完全武装したバイロンの部下であるヴァン・ウォーハラルドと手合わせのようなことをしていた。

 国に着くなりバイロンが連れてきて、これからの案内役、同行者、いわゆる仲間として連れていくこととなった。まあ、メアの護衛や俺との関係を取り持つ役目だろう。

 そして少し離れた所でタオルを巻いた木人椿のような物に木刀を何度も打ち付けながら素振りをするメアがおり、俺はというと施設の端、ルービックキューブのような箱とにらめっこする残りの二人を横に日影でのんびりと資料を読んでいた。それはこれから必要になるだろうとバイロンとランドルフが集めていた情報をまとめたものだ。

 この世界、各大陸、国、組織の簡易的情報、魔物の情報、そして彼女ら保護対象の記録だ。

 記録というのは魔力の素質やイヴァリスで何をしていたかというものだ。


【魔力】この世の生命や物質から生成され宿る一つのエネルギー。

【魔素】自然界に満ちる存在する星の魔力。

【魔法】魔力と魔素を利用し魔術の術式をなぞることで展開することができるこの現象の技術。

【闘気】魔力人の成長に合わせ性質を変化させることがる。魔術師はその多大な魔力を持つがゆえに魔法の耐性を開花させる。そして例として前衛ともいえる戦士職は常に魔力が肉体をめぐらせ時がたつに連れその魔力は闘気へと変化していく。それは魔術師ほどではないが魔術耐性に加え物理耐性、身体能力の向上というものがあるらしい。


 メア・フラスルト

 剣の王、ガイル・フラスルトとレア・フラスルトの娘。彼ら先の天災から1年後にこの世を去り、その後メアが王を継ぎガイルを支え補佐を務めた男に政治などを学び『メルクリア』の民やバイロン、他の国の王の支えがあり何とか務めを果たしてきた。魔法や戦闘経験は彼女の16年間一切無し。


 ヴァン・ウォーハラルド

 ウルクルズロットの騎士、騎士団長の息子。体躯はバイロンたち程でもないが背丈はこの中では一番高い。歳はメアより2つ年上の18歳。顔立ちは優男風で正直戦えるのだろうかと思っていたが、しっかりと鍛えているのか、がっしりとした筋肉身に着けており背丈とあまり差のない大楯を軽々と扱う程の力を持っている。騎士というのもあり闘気と魔術経験あり自身の身体強化を主に使っており数回と少ないが魔獣討伐の実戦経験もあるそうだ。現状イブと同じく即戦力といえるだろう。


 イブ

 闘技場であの怪物を倒した少女。俺と似たぼさぼさの長い髪にボロボロの服をまとった俺より少し小さい少女。周りの者が着替えさせようとするが一切拒否するもほぼ瓜二つの服を用意すればあまり文句なく着替えてくれる少し変わった無口で何を考えているか全く読めない少女。

 並外れた身体能力と闘気をまとっており、奴隷の象徴でも有る隷属の鎖、それは闘気と魔力を抑え込み魔法を許可なしでは発動できないという枷を付けて十年間、あの場所で幾多の魔獣と戦い続け無敗の記録を持っている。それにあの重傷から二日でほぼ全開というほどに傷跡がなくなる回復力は正直、人間じゃない。魔法は使えないがバイロンとランドルフお墨付きの闘気、そして戦闘経験は約十年。


 サナ

 メアが倒したあの怪物に駆け付けた少女。背丈はイブより小さく幼いのに対しあそこがかなりでかい…。ピンク色の髪の毛でかなり幼げな顔立ち。性格は無口でかなり小心的。魔獣になつかれる体質なのか『イヴァリス』にいた時暴れ回り、手に付けられなかった魔獣を大人しくさせ、いつの間にか現れたムゥと鳴く子猫くらいの小さな狐の魔獣を連れている。彼女は珍しい医療魔法が使えるようで記録ではメアと戦い、死ぬ寸前の魔獣を全開まで回復させたという…。彼女にはそれを禁じ医療魔法を初心から学ばせている。医療魔法以外の魔法、戦闘経験は一切無し。


 シルス

 仮面を付けてランドルフのギャンブルのディーラーを勤め続けた少女であり、最初のバーでカクテルを頼んだ女性だ。見た目はこの中で二番目に身長が高い、170~180くらいはあるだろうか。スーツ姿で真っ白な髪を綺麗にまとめ上げている。顔立ちも少々大人びておりかなり落ち着きがある。魔法経験はないが彼女のカードの並びを正確にするシャッフル技術は彼女の指先の器用さと無意識による魔力が集中し変化した闘気に近い何かだろうか。戦闘経験はランドルフの部下…部下ではないが雇われの組織である人達に護身術だけでもと学ばされていたらしくそこそこの技術はある。だが実戦経験は無し。


 あれからというもの帝国からの動きは一切ないらしい。様子見か、それとも直ぐにメアたちを手に入れなければならないという事がないのか、まあ好都合だ。

 一応バイロンとランドルフはあの子供に協力者であり、手伝うように言われているが人間同士の戦争に巻き込まれる気はないのだが…。とりあえず言われているのは保護という護衛だけだし、だから取敢えず俺の目的の事を知っている他の協力者を探すことのついでに、世界を見て回るために世界一周でもするか、というのをバイロンに言うと少し渋そうな顔をしていたが文句は言わずに了承した。

 とりあえずサナ以外には戦闘技術と魔術技術を身に付けさせることにした。この世界には魔獣や魔物がいるそうだし、もしもの時の為に身につけておいて損はないだろうというものだ。その為に一週間程度の準備期間を設け戦闘技術を身に着けてもらうことにした。

 俺の隣でシルスとサナがやっているものは魔力操作の訓練だ。

 記憶の片隅にあった魔道具を作る魔道具を作って製作したものだ。

 魔道具を作る魔道具っておかしいと思うが実際にそうなのだ。それはペンスプレーのような見た目をしており、それにつながっている缶は大気中魔素を自然的に集め、ペンのような半田鏝で溶着や変形などの加工をしながら魔術を書き込む道具だ。

 俺の記憶ではあの世界には魔法なんてものはなかった。というよりいつの間にか消えたものだそうだ。そしてこの道具は魔法があった時代にいた魔力を持たない魔道具職人が一番最初に独学で作ったものである。

 それを使って作ったというものが魔力を通すことにより中が可視化され、通した魔力が球状になり自動的に進み迷路のような細い道をたどるようなもので、壁に当たったりすると強制的に終了し最初からさせるというものだ。簡単に言えば魔力の調整とコントロールでやるイライラ棒のようなものだ。魔力操作の練習にはうってつけだろう。


「あの、クロ」


「なに?」


「これどうやっても、できないと思うのですが」


 そう困ったようにシルスがその箱を差し出す。


「貸してみ」


 シルスから受け取りポケットから道具を取出し起動する。起動して数十秒後箱は光る。これはクリアしたことを知らせるものだ。


「うそ」


「まあ、製作者だからなギミックは覚えているし。まだ三日だから仕方ないがお前の指先の器用さならすぐ魔力操作に慣れてクリアできるだろう」


 シルスがやっているものは沢山のギミックが入っている。それは通り道が上下左右にずれたり壁が波打ったり、球の速度が変わったりとかなり難しくしてある。個々のレベルに合わせて作ってあるからちょうどよいと思うし彼女用の物はまだまだ沢山ある。そしてまだ三日といったがたった三日というのが正しく彼女の操作技術は高く成長している。彼女が今やっているのはLv247のものだ。いや、やりすぎ、早すぎて困る…。この際、本当に製作者クリア不可能な物でも作ろうかとも思ってしまう。


「分かりました」


 シルスに道具を返すとメアの方でタイマーのベルが鳴る。


「あ、行って来ますね」


「いってらっしゃ~い」


「ムゥ」


 それに答えるようにサラとムゥが言ってシルスはスーツの上着を脱ぎメアの方へと向かう。


「準備はいいですか、メア?」


「はぁ…はぁ…問題ないわ」


 持っていた木剣を捨て汗びしょびしょに疲れたメアが構える。メアの手には木刀を振ってできたであろう豆や潰れた傷を覆うようにしてある既にボロボロで血で汚れた包帯が緩く巻き付いている。それに答えシルスも答え構える。それが確認できメアはシルスに殴りかかりシルスは腕で上手く受け流し反撃する。

 彼女らには実戦に最も近い形で模擬戦をしてもらっている。体内の魔力を練らし体に纏い手加減ほぼ無しの殴り合い。痛々しいがこれは、この先避けては通れない道だろうし今後メアには必須なものだ。多分これが一番の成長方法でもあるだろう。なぜメアには疲弊した状態でやらしていうのかというと憶測だが極限状態に近いほど魔力と闘気の馴染み、成長が期待できるというもの。それはイブという存在が物語っている。彼女はほぼ全ての戦いが命がけであり瀕死な状態でも戦い続けてきて今の闘気と魔力を持っている。だからそれに近い形で模擬戦をすればかなり早く成長できるのではと、あくまでも憶測なので提案した。それに対しメアは一切の迷いなくやるといった。だからやらしてみたが、かなりいい調子だ。初日は本当に初心者の殴り方、動きで全くなっていなかったがたった三日にしてはいい動きをしてきた。全くシルスの攻撃を避けも受け身も取れていなかったのに、今ではそこそこ出来つつある。流石、冒険者の娘という事はある。

 そう見ているとシルスのブローが完璧に入りメアが倒れる。

 まだまだ拙い所はあるが、彼女が覚悟を決めてやると言ったことだ、俺達は彼女を信じて見守ることにしよう。


「大丈夫ですか?」


 体をぴくぴくとさせ倒れているメアを心配をしてシルスが腰を落として、頬を軽くたたき声をかけるがメアの応答はない。完全に伸びているようだ。取敢えず治療か休ませるべく担ぎ上げてサナの方へと連れていこうとすると


「おいおい、変な奴らがうちの施設使ってるじゃねぇか」


 バイロン並の大柄の男が一人の女性を連れてクロト達がいる反対の入口から入ってくる。

 うちの施設ということはバイロンの部下だろうか。それにしては騎士とは思えない蛮族のような荒くれ者みたいな格好をしており、連れている女性は夜のドレスというような少々露出の激しい色気のある格好をしている。


「いつからここは養育所になったのやら、全くうちの国王や兵士どもには困ったものだ」


 王にまで文句を言うあたり忠誠心とかそういったものがない奴か。こういうのもいるとなるとあの王も結構苦労してるのだろうか。


 男は文句を続けながら歩いていきシルス達の傍に歩み寄り二人を見る。


「あ~こいつは確か『メルクリア』の王の娘か、結構成長したがまだまだガキだな。それに比べおまえは」


 そう自分の顎に手を添え品定めするようにシルスを下から上に嘗め回すように見る。


「な、なんですか」


「ふむ、胸はないが顔やスタイルはいいな。お前俺の女にならないか?」


「は?」


 何を言っているのか困惑し固まってしまうシルス。


「ちょっと、私という女がいて他の子にも手を出す気?」


「妬くな妬くな、ちゃんとお前が一番だからな、今夜ちゃんと相手してやるよ。まあ、決めた、連れていくとしよう」


 そう男がごつい手をシルスの方へと伸ばす。

 対処しようにも気絶しているメアを担いでおり上手く動けないし、かといって彼女を離すわけにもいかない。抵抗するとしてもそもそもこの男、私より圧倒的に強い…どうすれば。

 そう考えているうちに何もできず男の手がすぐそばまで近づき目をつぶってしまう。


 そう目をつぶって身構えているが一向に男の手がこない。

 恐る恐る目を開くと男の手はすぐそばで止まっていた。

 一体何がと視線を動かすとクロトがすぐそばに立っており男の腕を横から掴んでいた。

 男は視線を動かしクロトを睨み付ける。


 なに…この威圧…足が動かない…口が…声が出ない…


「…ああ?ガキはお呼びじゃじゃねぇぞ」


「精液くせぇ手で、うちの女に触ろうとしてんじゃねぇよ」


 そういってクロトが睨み返し言い返す。


 クロ…駄目です…だって…あなた…


 男は掴まれている腕の手で拳を作りそのまま横にクロの顔目掛けて振り下ろす。

 まるで風船が割れた音が鳴り響き。

 クロトはそれを受け訓練場の壁の端までボールのように地面を跳ね飛ばされる。


「魔力も闘気もないのですから…あれ」


 いつの間にか声がでて体も動けるようになったのも束の間、大きな音と大きな衝撃波に襲われシルスはそれに耐えるべく足に力を入れ耐える。

 再び見るとイブがその男の横顔に殴りかかっており男はしっかりと片腕で防御していた。音のない完全な不意打ち。しかもイブの今の状態のほぼ全力の拳をガードしている。それだけでその男の強さが分かってしまう。


「なんだ、もう一匹のガキ。俺と遊びたいのか?それとも、お友達が殴られて怒ったのか?」


 男は軽く笑いながらそう言う。イブを見るとクロトがやられて怒っているのかと思っていたのだが、その顔は無表情、無関心のように見える。


「別に」


 そう言いながらイブが体を自由落下と共に体を捻り回し蹴りをするも男はそれを掴みイブを投げ飛ばす。

 イブはしっかりと受け身を取りながら上手く勢いを使いながら再び男にとびかかり一切の容赦のない闘気をまとった攻撃の攻防が始まる。それは先のメアとシルスのそれとは比べ物にならないほど激しく、誰も寄せ付けないとしており、その二人を残しほかの者達は端に急ぎ足に避難する。

 シルスはメアを避難させた後、サナに任せクロトの元へ向かう。


「大丈夫ですかクロ」


「ああ、問題ないがお願いしていいか?」


「何でしょうか」




 イブは小柄で、すばしっこいのもあり何度も男の後ろに周りこんだりして攻撃を仕掛け続けるが全て避けるか受け流される。

 イブの猛攻は続いていたがどうやらもうそろそろ終わりそうだ。イブの動きが少し遅くなってきた。訓練をしていたからか体力がなくなり力が弱り始めた。


「何だこの程度か…」


「…?」


 男が小さく呟くなり雰囲気が変わった事をイブはとっさに察知し攻撃を止め防御体制に入る。男の攻撃は傍から見れば何ら変哲もない右拳のストレート、だがそれはタイミング的に避けることは出来ず、魔力かなにかが込められているのをイブは感じ取り受け流そうと、両腕に闘気を纏いタイミングを合わせゆこうとすると

 また、クロトが吹き飛ばされた時のような大きな音が鳴り響きイブも弾き飛ばされ壁に叩きつけられ倒れる。

 イブは起き上がろうとするも腕が生まれたての小鹿のようにガクガクと痙攣しているように震え起き上がれないでいる。


「キメラを倒すと言ったから期待していたがやはりこんなものか…あの王も衰えたな」


 男はとても退屈そうにこちらを見ながらそういい「興ざめだ」と呟き入って来た方から帰って行った。


 イブはゆっくりと腕を使わずに起き上がりクロトたちの方へ戻っていき立ち止まる。


「遊ばれてたな」


「うるさい…そしてサボりずるい」


 そう頬を膨らませ怒っているのが伺える。

 クロトはシルスに膝枕してもらいながら資料を眺めていた。シルスとはいうと嫌がっているようには見えずむしろ上機嫌に見える。イブも疲れたのか倒れるように座り込みシルスの肩に持たれ眠り始める。

 その様子をヴァンがじっと見ていたので声をかける。


「ヴァン、さっきの男はなんなんだ?」


「…彼ですか。彼はリヴェルト・カンバークゥアです。騒拳のリヴェルトともいわれていますね」


「騒拳…なるほどな。あいつはどのくらい強いんだ」


「どれくらいといわれても答えにくいですが。あの剣の王ガイル様に引けを取らない実力で過去に帝都から十二聖騎士の座のスカウトが来るも蹴り返したそうでメウリカを代表する騎士になるはず…でした」


「でしたってなんだよ」


「彼は前のヌメラトゥラスとの戦いに参加して以来、全く訓練に参加しようとせず、今のようにたまに顔を出してはちょっかいを出して帰り遊び呆けてますね」


「そうか…」


 メアはまだ眠っているしな、さて


「招かれざる客がきて中断したし、俺も急用を思い出したから今日はもうお開きでもいいが、お前達はどうする」


「私は魔法の訓練をしようかと」


「俺もまだ訓練したりないのでシルスさんに付き合います」


「そうか、まあ無理のないように終えて戻れよ」


 二人の返事を聞き起き上がり施設の外へ歩いていく。

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