第14話 別れと会談
■■■
夢を見る。
真っ白な広い空間に立っている。
これは前の夢と同じ場所だ。
左手を見ながら握り開きを繰り返す。
体が思うように動く…これは記憶を見る夢ではなく意識のある夢だ。
「どうやら全部思い出したようだね」
背中の方から声が聞こえた。どうやら彼女と俺は手を絡ませて背中合わせに立っているらしい。
「ああ、思い出したよ…全部。あんたの顔も、名前も。先の夢の続きと結末を」
「そうか…ん? 私の顔と名前をって…忘れていたのかい!?」
「ああ、ごめんな」
「ひっどいな。私は君のことをこんなにも愛しているというのに」
「ああ、俺も同じくらい愛しているよ」
「愛しているなら忘れないでくれよ~」
顔は見えないが顔を膨らませブーブー言わせている顔が思い浮かぶ。
「なら、私の役目は終わりの様だね」
「そうだな…」
「寂しくなるね」
「そうだな」
「寂しくても泣いちゃだめだよ」
「泣かないな」
「私は泣いちゃいそうだよ?」
「あっそ」
「ふふ」
彼女の微笑みを後に二人は黙り静かな時間が来る。それは、互いに互いの記憶を思い返している時間。誰一人とも邪魔はできぬひと時。
そして互いに満足を終えたのか絡ませていた手をゆっくりとほどき離す。
「じゃあ、私はいくよ」
「ああ」
応答とともに彼女がゆっくりと消えて行くのが感じられる。
「私の願い今度こそ叶えてね」
「ああ」
その応答と共に彼女の気配が完全に消えてしまう。
真っ白な空間に一人残される。別に寂しくは感じない。慣れているから。
遠くかなたの方からどんどん真っ白な景色は変わっていく。
少しずつ…少しずつ…暗く…瓦礫の姿が現れ、また一つ外から露になっていく黒い闇のような影。瓦礫がその黒い影に飲まれていくように見えなくなっていき、とうとうその黒い闇はクロトを含む全てを飲み込み全てが黒に染まる。
叶えるとも。次は、次こそは、あんたを…あいつを…
ーーーてみせると。
■■■
目を開くとまた見知らぬ天井が目に映る。
右手の方から何か触れていたような名残を感じる。
まあ、とりあえず起き上がると真横には、あの仮面を付けたディーラーらしき人が背中を向けて何かをしている。
水の音、桶、額の濡れている感じ、濡らしたタオルを変えているのだろうか。
部屋を見渡すとこの国で今まで見てきた豪華な雰囲気とは違い、生活感があまり感じられないかなり落ち着いた空間だ。
するとディーラーの人がタオルを絞り終わりこちらを向いて目覚めたことに気がつく。
皆同じような仮面だが、この人はあのポーカーのディーラーをしていた人だろう。
「気分はどうでしょうか代理者様」
「ああ、大丈夫だよ。それよりもここはどこなんだ」
「ここはランドルフ様のお屋敷にある客室です」
「そうか」
「お目覚めのところすみません。ランドルフ様が早急の用があるということなのですが大丈夫でしょうか」
「ああ、いいよ。どうせ俺も早く済ませておきたいところだし」
そう話しながら寝具から立上り背伸びをして準備ができたと見る。
「では、こちらへ」
そう言って歩き出すディーラーについていくように案内される。
廊下に出れば橙色の日明かりが差し込んできていた。どうやらそこまで長い時間は寝ていなかったらしい。
この国の王のお屋敷にしては、あの施設のような凝った装飾や美術品の様な物は一切見当たらない所だ。
目的の扉の前につき扉をノックする。それに答えるように指で机を叩いた様な音が返ってきた。
「失礼します」とディーラーが声をかけて扉が開かれ中に入る。
部屋の中にはクロと仮面のディーラーを合わせて八人の人間がいた。
それはメアとランドルフ、そして一緒に観戦していた大柄の男、初日の女賭博師、闘技場であの獣を倒した少女と、確かその獣に誰よりも早く駆け寄っていた少女がそこにいた。
ランドルフの前の席が空いている。たぶんそこへ座れという意味なのだろう。
「目覚めて早々悪いな。こちらも急ぎの要なんだ、それで話を始めたいところだがその前に、確認がある」
「こちらも急いでるから構わないよ。それで確認というのは何?」
「お前が黒い兎ということでいいのか?」
「ああ~問題ないよ」
「そうか、では早急にここだけでしか話せない要件だけ話を進めるとしよう。あとの細かい話はそこの男が話す。それで、見事俺に勝利したお前はこれからの奴隷制をどうするんだ」
そうだった。確かこいつに勝ったら奴隷制の決定権が俺に渡るのだったな、忘れてた。それにしてもどうするか、俺からすればかなりどうでもいい話であるしな…まあ、決定権があるのであれば一番マシな決定を出すとしようか。
「そうだな。これまで通りランドルフが管理したらいいんじゃないか?」
しばらく考えた後に出された答えに対し周りにいる皆が意外そうな反応を見せる。
それもそうだ皆からすればメアに協力していたのだから奴隷の開放と廃止、または自身の利益の為に制度の権利者になればいいというのに、その両方を取らずこれまで通りでいいというのだから。
「…ああ、分かった」
ランドルフも少し間が抜けていたがいつも通りの雰囲気で答える。
「えっ…ちょっとどういうことなのクロ…。私は奴隷の皆を開放するために…それになんでランドルフはクロの事を黒い兎って…え?」
そう取り乱したようにメアが口を挟む。
「ああ、いろいろあるんだよ。気にしないでいいよ」
「訳がわからないわ。ちゃんと説明してよ」
まあ、確かに説明も無しに話を進めるのもいけないか…それよりも彼女の考えの間違いを自分で理解できるように分からせる方が大切か。
「わかったよ。俺とこいつの仲のことについてなんだが、初対だ。なぜこいつが俺の事を知っているのか知らないし、どうでもいいから割愛するとして、お前にとって重要であろう奴隷制のことを話すとしよう。メア、奴隷制を廃止、解放した先に何が起こりどうなると思う?」
さて彼女はどこまで考えているのだろうか。まさか考えなしということはないだろう。
あまり期待はせずに彼女の答えを待つのだが何やら考えている。
「それはその…うちの方で引き取ろうかと」
そこくらいは考えを持っていてすらすらと答えて欲しかったところなのだが。まあいいか、彼女は確か考えなしに助けに行くような娘だったからな。
「全部か?」
「ええ、もちろん」
そう落ち着きを取り戻し自身満々にメアは答える。
「そうか…ランドルフ、世界の奴隷の数はどのくらいなんだ」
「まあ、うちの国民みなが一応奴隷だしな。まあ、従業員だけでも6000万強。世界となると軽く見積もっても一億近くはいるだろうな」
「な…」
予想を遥かに超えていたのか、それを聞いて焦りが漏れている。
まあ、俺自身もそんなにもいるとは思っていなかったな。
「その一億人を本当にお前の所で引き取り、民に不満を与えずに国を続けることはできるのか?」
「それは…その…」
そう何度も黙られると進まないんだがな、軽く考えの種をまくとするか。
「四国の隣国にでも協力してもらうか?」
「え、ええ、たぶん叔父様たちなら協力して頂けると…」
「そうか、だそうだぞ叔父様とやら」
大柄の男にそう声をかけるとゆっくりとそのフードを脱ぎ、その姿を見たメアが驚く。
「バイロン叔父様いらっしゃていたのですか」
「もちろんだとも、盟友であり戦友、親友であるあいつの娘だ。そんな娘が一大事になっているのだ、心配になり来るに決まっているであろう」
「叔父様…その、心配かけてしまい、本当に申し訳ございません」
「気にするな、こうやって突っ走るところもその他人への優しさもあの男譲りなのであろう」
そう笑いながら優しいまなざしでその男は受け答える。
彼女のこれは親譲りか。今回の件を笑って流せるということは彼女の父親というのも、よっぽどなお人好しなんだろうな。
「で、どうなんだ」
「まあ、無理ではないが厳しいだろうな。四国どこもそうだが一日一日に食に困るといった所はない。だがそこに一億人近くを引き受けるとなると恐らく数日もすれば食料問題が起こるだろうな。それに一億人を住まわせられる場所というのもまだないからな。その準備にもかなりの労力と時間を要するだろう」
ふむ、数日後に食料問題ということはそれなりの備蓄はできているがそこに一億となると…まあ、普通に考えて無理だろうな。そこに住居の用意となると、魔法というのがあるしそれなりに早くできるだろうが建築材料のこともあるし、やはり数年規模のことになるだろうか。さてこの議題本題に取り掛かろうか。
「ということだ、まあそれらはちゃんと全員を引き取れてからの話だがな」
「…それってどういう意味?」
「メア、お前は少し勘違いしている。奴隷制を廃止すれば解放を宣言すれば解決すると。簡潔に言うが奴隷制を廃止、解放の宣言というのは最も最悪な結果を生み出すものだ」
「最悪って、何なのよ」
「この国にいる奴隷であれば直ぐに開放できよう、だが他はどうだ?世界、国は広いからな引き取りに行くのに数日かかるだろう。お前達のような奴らなら奴隷だとしても家族や使用人として迎え入れているだろうが、皆が皆そういうわけではない。特に闘技場に集まっていた奴らだ。あいつらは常に血を求めているからな、奴隷を道具、玩具のように扱っているだろうな。というより奴隷を買うような奴らなんて殆どがそんな奴らだ。そんな奴がいる世界なのに奴隷制を廃止、開放などと宣言したらどうなる?答えは簡単だ。回収される前に好き勝手奴隷を壊れるまで楽しみ、その末にほとんどの奴隷が殺されるだろうな。奴隷には人権などない。回収の時になぜいないのか尋ねたとしてもずっと前に死んでしまったよと言われてしまえばどうしようもない。そいつを責めたとして死に人は帰ってこないんだからな」
「さすがにそんなことするわけ…」
「するわけない?なわけないだろう。生物、それも人間というものは最も醜い生物だぞ。人の上に立ち集団を作り、生きやすい為に、欲の為に領土を広げ、民の為と言い訳を作り、侵略戦争を起こし、それで人間が得て導き出した答え。戦争は何も生み出さない無駄であるということを学んだこと。そしてそこそこ平和に安定して暮らしていけるようになった世界であれど、見下し見下され、奪い奪われ、騙し騙され、自身の欲求に流されるがままに人を傷つけ傷つけられ、殺し殺される。そんな欲の塊で流されやすい生物が欲を自制させることなんてできるわけないだろう。この世界に奴隷という存在がある時点でそういうことなんだよ」
「そ、そこまで考えて…それじゃあ、どうしようもないってことなの?」
「だからこそランドルフに任せるんだよ」
「一体どういう」
「極端に言えばこいつはお前の味方ってことだ」
「へ?」
一切考えていなかったその言葉にメアは虚を突かれたように拍子抜けな顔をしている。
「ふ~…一体お前さんは何を根拠に気づいているのかは知らないが、今この場で語る必要はないだろうしな。まあ、あっているよ。俺は元々奴隷を救うために奴隷制を作ったんだ。俺もこいつも元は奴隷であり商品だったからな」
と横に座る女賭博師を親指で刺す。だがそれが少し気に入らなかったのか女賭博師はその親指を握って逆に曲げようとし始める。会った時結構話すような感じだったのに全く喋らないな。というより無口でそれは結構怖いのだが。
「そりゃ誰だって気づくだろう。誰一人不満なく生き生き働いている奴隷たちを見たらな。あと長い話はいらないぞ」
「わかってるよ。簡単に言えば奴隷を扱うような制度、場所といったものがなかった。だから俺が強運でギャンブルを続け金を稼ぎ国を御こし奴隷制を作ったってわけだ。そうして手に入れてきた」
そう言って女賭博師はいくつもある棚の中から適当にファイルを持って来て机の上で開く。
「それは?」
「奴隷商と取引をした人間の名簿だ。上に立てばな、媚びを売るためにこういうのを渡してくる奴がいるんだよ」
結構な細かいこと書かれている名簿だな。商名、主の名前、主な取引地域やそこからのほか商人とのつながりまでも書かれていた。
「つまり、こいつはお前としたようなギャンブルで金を稼ぎ奴隷を回収してきたんだろうよ。それにしてもそのファイルにある紙の分厚さ。棚にあるの全部合わせたら相当な量だな」
「まあな、結構集まるもんだ」
「そういうことだったのね。私てっきり…」
「誰にだって勘違いはある。それに知らなかったものは仕方ないさ」
「でもそれなら私達に声をかけてくれたりすればいいのに」
「それは難しいことだ。どんな善人そうな人間でも裏で繋がっている可能性があるのだから、そう簡単に誰彼構わずこんなことは言えまい。それに我々は外に出れば演じ続けなければだめだからな。下手に君らと交流し手を組むというのもできまい」
「まあ、そういうことだな」
「確かにそうよね…」
「じゃあ、奴隷の話は終りでいいか?」
辺りを見渡して誰も何も無いようで、メア自身も一旦は納得できたようだ。
「では、本題に入ろう」
「ああ」
「で、お前たちの目的は何なんだ?」
「俺達の目的というより先に伝えなくてはならない事がある」
「なんだ伝えないといけないことって」
「俺達の敵は帝都だ」
それを聞いてメアだけは困惑しているな。それもそうだ帝都ということはこの世界の中心となる大国だ。それに帝国は魔族との対立の為に作られたとも本には書いてあったしな。言ってしまえば軍事国家だな。
「…また、規模が大きい敵だな…で、お前らの用は」
「俺の用はこいつらだ」
ランドルフが手で示す先は二人の子供と仮面のディーラーだ。
「こいつらは…おい、もうそろそろその仮面外したらどうだ」
「…あ、すみません」
仮面ぐらい別にいいんだが…な…。
そこでようやく彼女の素顔が露になりその顔をみて一瞬かたまってしまう。透き通るようなきれいな真っ白な髪、その見覚えのあるその面影に…。
不思議と目を奪われてしまうのだが今は関係ない話を進めなくては。
「…彼女らが何なんだ」
「俺の用は彼女らの保護だ」
彼女らは既に話を聞いていたのか何の素振もなく黙って立っている。
「保護ならお前たちがすればいいだろうに、それにお前の奴隷だろう」
「さあな、俺もお前さんが来ることを預言した子供に言われたことだからな。俺の口からは何ともだ。それと彼女らは奴隷ではない、彼女らのは奴隷と偽るための飾りだからな」
預言ということは先の確認である黒い兎というのを伝えた奴か、それにしても子供か。あの夢のようなもので現れたあれと関係あるのだろうか。
「子供?それはどんな見た目だ?」
「見た目か?オレンジ色の雨合羽の小さな子供だ。顔とかは覚えていないがとても陽気な口調で話していたな」
オレンジ色の雨合羽、陽気な口調…俺があったのは黒い格好で静かで落ち着いた感じに話していたし別の奴か。となると複数の協力者がいる可能性もあり得るか。
「そうか、ならあんたはなんだ」
「いや、俺は特にないな。俺もあったその子供からは、あんたらを外の大陸まで送るようにとしか言われていない」
「なら保護だけか…とりあえず分かった。分かったが俺のやり方でいいんだよな」
「ああ」
「問題ない」
「分かった。が一ついいか」
「なんだ」
「メアも連れていくぞ」
「…へ?」
するとあまり聞いていなかったのかメアがこちらを向いて首を傾げる。
「いや、何。考えてみればこいつもそいつらのターゲットなんだろう?。ランドルフなぜ、今回に限ってメア自身を商品としようとしたんだ?」
「それは奴隷制の廃止に不満をもつ者たちからの要望もあってだな、納得させるためにそうしただけだ。四国の一人だからな、当然三人の内一人がどうにかするために来るだろうとは考えていた」
「なら、メアとランドルフに聞くが契約書を書いた当日のことを全てしっかりと覚えているか?」
「一か月も前のことだがそう忘れるわけがないだろう…」
そうまだそんな年ではないと自身満々な表情だったが徐々に雲行きが怪しくなっていくのが見ていてわかる。
「どうやら怪しいようだな」
「そうみたいだな…」
「そういうことだ。俺は魔術には詳しくないがお前たちに何らかの催眠に近い魔法をかけられたんじゃないのか」
「だが契約魔法は真なる同意でなければ使えないはずだぞ」
「だから、それを覆し俺が言うまで違和感を意識させないほど強力な何かをされたんじゃないのか?」
「そんなことあるのか」
「あるないの話は今はどうでもいいだろ。つまり敵はメアを商品として何の問題もなく金で回収しようとしたということだ。変に誘拐などしてしまえば一国の王だからなすぐ騒ぎになる。捜索魔法などで変にばれるのを避けるためだろう」
「確かにそういう考え方であれば納得できる…かもしれぬ」
「それで?早急ということはもう移動の準備はしているんだろう。あとどのくらい時間はあるんだ」
「一応朝からはしていたからな。出ようと思えばすぐに出られるが」
「そうか…ならランドルフこういうのはまとめていたりするか」
そう近くにあった紙とペンを取り書いて渡す。
「ふむ、どうだろうな。おい」
ランドルフが声を上げ指を鳴らすと使用人らしきスーツ姿の女性が入ってくる。
「こういうのあるか?…そうか。ならあの名簿も一応持ってこい」
「分かった」
そう答えて使用人らしき女性は部屋を出ていった。いや、あの受け答え方からして使用人ではないのだろうか。
「とりあえずお前が望むものはあるようだ。特に用がないのであれば船へ向かうといい。ものは直ぐに届けさせよう」
「そうか、じゃあ他に用がなければ行くが」
「俺も特にここでなければという事はないな」
「そうか、なら行くとしよう。案内頼むよ」
「ああ」
バイロンは立上りそれに続くようにメア達も静かに部屋の外へと出ていき最後に出ようとすると。
「巻き込んで済まないが…たのんだぞ」
半身出るあたりでランドルフが声を発した。それは誰でもない俺に対しての言葉なのだろう。
「ああ、最善はつくしてやるよ」
ただその言葉を彼に投げかけ、クロトは先に出ていった者たちの背中を追うように静かにその部屋を後にする。
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