第12話 リベンジ

 円形闘技場の観客席…ではなく、昨日同様、上の階の窓からの観戦。

 どうやら観客席で観戦するには入場チケットの様な物が必要なのようで、職員の人たちに入場拒否された。そのチケットというのが初日に貴族ともめていた時に門番の人が渡していたやつだ。それは入場用のチケットであり後日のオークションの参加権利券でも有るらしい。そして、昨日のバーギャンブルで男が欲しがっていたのも多分それなのだろう。

 昨日ほど人はおらず空席が少し見えたりするが人が多いのに変わりはない。

 そしてまるで知人のように当たり前に隣に現れて立つ昨日の大柄の男。ストーカーか何かと思えるがそれは自意識過剰か。この男が俺に対して何かしてくるそぶりはないし、あるとすれば少し教えてくれたり、暇つぶしにか話しかけてくる程度。と言ってもこの待ち時間に何か話すと言ったことはなかったが。

 そうして時間が来たことを知らせるアナウンスがなり、昨日同様に前座の血の戦いが始まろうする。


 昨日の子供は医療中ということで今回戦うのは獣同士らしい。その知らせが入るなり観客は少し退屈そうするものもいるがしっかりと賭けが行われる。

 この闘技場に出場する獣は、この国の所有物ではなく他国の貴族が催し物の為に連れてきているらしい。

 そうして出てくるのは昨日同様に歪に肥大化した肉体と色んな獣の特徴が混ざった怪物達。今回はとても酷く気持ち悪いものだった。瞳孔が開きっぱなしで焦点が全くあっておらず、よく分からない情緒不安定な行動と急に吐瀉物を吐き出し、その獣とは思えない歪な鳴き声、零れ落ち行く肉体の部位、痛みが一切ないのかひるむ気配が一切見えないといったもの。

 その様子を見るに、これは完全に薬物の過剰投与でもされているのだろうか。ただの娯楽のためにここまでされるか。というかカードゲームの催しの前にやることじゃないだろうこれは。

 飽きれ半分でその二体の灯が尽きた姿を見終え、昨日同様会場の準備が終わるなりアナウンスが鳴る。


「さぁあぁ、お待たせしました。大ギャンブル二日目。昨日は大差6億強の差を開きましたが、今日こそは挑戦者は勝利を掴むことが出来ましょうか。それとも今日も同等、いや、それ以上の大差を我らが王が見せつけるのか」


 そのメアとランドルフ、そしてスーツ姿のディーラーが入場し二人が席につく。




「ほう、小娘。たった一日で随分と変わったか」


 頬をつきながらも、昨日はずっと退屈そうだった男は少し興味がわいたように笑みを浮かべメアを見る。


「あまり自覚はないけど、あなたにはそう見えるの?」


「ああ、ただのルールも知らない素人がルールを身につけた初心者レベルになった程度だがな」


「そう」


 相変わらずの余裕そうな態度で座るランドルフが昨日とは違いメアを軽く煽った。昨日は一切しなかった、というより興味がなかった為に、話しかけることさえなかったというのに。

 メアは卓の下で左手を見ながら右手を上から重ねるように軽く握り瞳を閉じる。


 大丈夫  大丈夫   ちゃんと落ち着いてる。 私はクロを 私自身を信じて勝負に挑むだけ。



 ――ここで、今日 絶対に勝つのだから!!



 そう心の中で決意しランドルフの方を向き目を見開く。


「では、お二方掛け金の提示をお願いします」


 その合図とともに二人がチップをだす。


 互にチップは前日同様に一枚ずつ提示する。


「先攻をもらうわ」


 そうしてメアは最初っから引く場所を決めていたように自身満々に引いていく。

 その昨日とは一切違う様子に、なにを考えているんだ、自暴自棄になったのか、捨てたか、と様々な小さな声がきこえてくる。

 聞くな、ただの雑音だ、最初の引きなんて何も関係ない。目の前のことだけに集中しろ。


「交換だ」


 ランドルフは五枚引いてすぐに二枚を交換する。


「交換します」


 三枚のカードを交換し、また決めていたようにすぐに引いていく。


「では、最後の交換があればチップをお願いします」


 その言葉を聞いてすぐにチップを出す。


「交換します」


 そう交換する後にディーラーがランドルフの方を伺い何もしない様子。


「では、お二方、開示をお願いします」


 そうして互いにカードを表にする。


「ランドルフ様K3とA2のフルハウス、に対しメア様は2のワンペアのみよってランドルフ様の勝ちとします。フルハウスなので7倍140万Wとなります」


 彼女はその結果を見てゆっくりと下にうつ向く

 あんな自信満々に引きながら交換三回してワンペアかよ。どうやらもう駄目の様だな。やはり自暴自棄か。それにみろよあれ泣いているのんじゃないのか。そう彼女の様子を見て観客達が話し出す。彼女が下を向いていた為に周りの観客は諦めたのだと考えるだろう。

 長い髪もあって誰一人彼女の様子を知ることはできず。ディーラーが次のゲームの準備が整い放っておいた彼女に声をかける。


「あの、メア様第二ゲーム始めますがよろしいですか」


 顔をゆっくり上げ深呼吸し直し少し前屈みに顔を隠す。


「はい、大丈夫です」


「では、、チップの提示お願いします」


 同時にチップが出される。


「互に三枚…ではメア様宣言をお願いします」


「先攻」




「何だかうれしそうだな」


 2回目は少し考えを凝らしながらメアが引く。ランドルフを引き終え互いに交換を宣言するのだがメアが交換したのは一枚。その様子を見て笑みを浮かべるクロの様子を見て大柄の男が興味ありげに声をかけてきた。


「聞きたいのか?」


「ああ、何を助言したのだ?」


「まぁ、これはずっと記録していたら気づくことだしな…いいよ、第二の開示を終えたら教えるよ」


「それは、楽しみだ」


「まぁ対して驚くようなことではないがな」




「では、御二方、開示をお願いします」


 その合図と共に開示されたカードに、その場は音がなくなり静かになる。


「…ランドルフ様KとQのツーペアに対してメア様Aのフォーカード…メア様の勝利となります。フォーカードなので20倍、1200万W。そこから先程の140万Wを差し引きますので1060万Wとなります」




「ほう、お前さんが思った通りなのか、勝ったな。一体どう言うことなんだ」


「とても簡単な事だよ。彼女には初日に言ったんだが、どんな大きな勝負にもイカサマはありそれはイカサマではないと」


「…どういう意味だ」


「そのまんまだよ。今目の前でやってるような大きな勝負、何も考えず何もせず受けるような奴なんていないだろ」


「確かにイカサマはしているかもしれないがお前さんの言うその、イカサマはイカサマでは無いというのは意味が分からないぞ」


「イカサマは発覚してイカサマとなる。なら、結論から言えば見つからなければ何ら問題ない」


「確かに…ならそのイカサマを告げれば勝てるのではないか?なら続ける必要も無いであろう」


「お前の言う通り契約書の第3『決闘などの場合においてイカサマの発覚・証明があった場合立会人の判断により違反者の敗北とする』。この場で彼女はその説明をできるが、それを言ってもなんの意味もなさないだろうな」


「どういう事だ」


「そのイカサマがイカサマであるという証明が絶対につかないからだ」


 そう言って紙の束をその男に差し出しペラペラと男は覗く。


「これは?」


「どっかの自称情報屋から入手したこれまでに行われたポーカーの戦況情報だ。横に並べられたカードをどこから引き何を捨てどの手札を開示したのかが全て細かく書かれている」


「ほう、これは確かにすごいものだな」


「そしてそこにイカサマの正体が書かれている」


「と言われても何も分からないのだが…」


「…簡単な事だ。第7、第34、第9、第42、第13、第64、第35、第44、第85第、第120を見て見ろ」


「ん〜?…ほう、そういう事か」


「見た通り異常に一致するカードの並びだ。確かに何度もしていれば一致することもあるだろう、だがこうも沢山一致してしまうと疑わざるを得ないだろう。そしてイカサマでは無いと証明できるようにいくつものパターンを分けて使ってるからこそ、今ここで証明なんてしてもたまたまそうなったと言えばどうとでもなる」


「確かにこれのように決まったカードを並べていれば打ち合わせなどしなくてもパターンさえ覚えていれば二度目の交換で役を作り出すことが出来る…出来るがこれは…」


「これは完璧に、パターン通りのカード並びを成立させることが出来る、一般的には異常と言わざるを得ないあのディーラーが居て始めて成立するもの…」


 そう話しているうちに3回目の開示が始まっていた。



「ランドルフ様スペードのフラッシュ、メア様4のスリーカードによってランドルフ様の勝利となります。40万の5倍200万Wと差し引きからメア様860万Wとなります」


 負けたけど大丈夫、何も問題は無いわ。クロが言った通り下手に強い手札を連続で出して勝ったとしても相手に怪しまれ、私たちの知らない何か仕掛けられる可能性がある。だからこそ3回目は負けて。次の4回目で確実に勝負を決めにかかる。


「では、第4回目チップの提示をお願いします」


 互いに出されるそのチップに観客席がざわめき出す。


「御二方互いに最大チップの5枚…ではメア様宣言を」


 互いに5枚を出した最大の賭け金100万Wの最大勝負に観客席が大いに盛り上がる中、舞台上ではとても静かに進んでいた。


「先行」


 ここで最強の手札を確実に決めてやるわ。まずは1、2枚引いてパターンを絞りそして次の引き確認…あってる、次の4枚目…あってる5枚目、これでランドルフがあのカードを引かなければ私の勝ち。お願い…引かないで。


 そうメアは心で祈りながらランドルフの引きを固唾をのんで見る。この時は珍しく少し長い長考をしながらもカードを引き交換していく。そして彼女の願いが通りランドルフはメアが狙っていたカードを引くことは無かった。


「メア様どうしますか」


「交換します」


 そう二枚を捨て狙っていたカードを引く。


 これで私の勝ちよ。



 その様子を見ていた隣の男が声をかけてきた。


「どうしたんだ?自信満々に引いたのに止まっているぞ?」




 …あれ。


 そのカードはメアが思っていたカードではないことが確認でき意識が一瞬止まってしまった。


 あれ…もしかして間違えて隣を引いてしまった。いや、そんなこと…。


「メア様続いて交換致しますか?」


 そう考えているとディーラーの催促がかかる。


「…え、ええ。交換するわ」




「どうしたんだ何か様子がおかしいぞ」


「…そうみたいだな」


 場の様子というより先程まで淡々とカードを引いたりしてきたメアが、先ほど引いた最後のカードを再び交換し、かなりの長考をしながら3度目の交換している。

 その様子が気になり男がクロに問う。


「そうみたいだなってお前さんは随分落ち着いているな…」


「まぁ…な」



 メアがようやく引き終わりランドルフは交換をせずに開示が始まろうとしていた。

 メアの様子は俯いておりよく見えないでいる。


「では、御二方開示をお願いします」


 そして互いの手札が顕になり闘技場内、特に観客が騒がしくなる。


 ランドルフの手札は7のフォーカード。まるでスロットでもしているのかというラッキーセブンアピールに対してメアの手札はスペードのロイヤルストレートフラッシュ…それも…


「ランドルフ様7のフォーカードに対しメア様は役無し。ですがHNの負の道化によりスペードのKQJ10とHNがAとなり負のロイヤルストレートフラッシュとなりランドルフ様の勝利が確定します。精算致しますとフォーカード20倍、HN1枚による2倍さらに負の道化によりロイヤルストレートフラッシュが完成し100倍、合計4000倍。最大チップなので40億W差し引きがありますので39億9140万Wとなります」


 嘘、嘘…どうして連続してHNのカードが…こんなパターン無かったのに…ここでパターンを変えてきた?でもなぜこのタイミングで…仕掛けてくると読まれていた?どうやって…。




「どうやらここまでのようだな」


「そうだな、この大差で次が最後の勝負ランドルフは最低の10万WでHNを引いても引かなくても、役なしの手札で負けたとしても勝負では勝利が確定する。やる意味が無い」


「冷たいな。お前さん彼女側なんだろ?なら、まだ勝てる可能性があるとかそういう事を言うものじゃないか?」


「言うわけないだろう。仮にランドルフが狂ったやつでここで最大賭けしてHNを引いた強い役を成立させるなら話は変わるが、そんなことする奴ではないだろうあいつは。どう足掻いたって無理なものは無理だ」


「まぁ、それもそうだな」


「俺がメア側と言うが、正直言えば俺はどっち側でもない。あんたこそどっち側なんだ」


「俺はお嬢ちゃん側だよ…一応な」


「一応か…」


「さてどうしたものかね。このままじゃ、明日も勝てそうにないが…」


 男はこちら側を向いてくる。だがローブのせいで顔が覗けることは無い。


「なんだ?」


「ん〜また君が彼女に何かを助言とかしてくれたりしないかなぁと」


「助言ね…さぁ、どうだろうな。今見たところじゃ助言したところで一筋の勝ち目は無いな」


「ふむ、無いのか。だがその顔…何か思いついてはいるんだな」


「まぁな」


「そうか、そうか。では明日の楽しみとしておこう」


 大柄の男はそう軽く笑いながら言って去っていく。それを見送る時には最後の勝負の開示が行われアナウンスがなり、勝負が終わりが告げられランドルフとディーラーが退場し、それに続くように観客達が席を立ち上がり会話をしながら会場から次々に去っていく。

 最後に残され未だ動く気配のない彼女を見てその場を離れる。



 ホテルの扉が開かれる。

 部屋に入りその後ろ姿が見えて立ち止まってしまう。


「ただいま…クロ…その、ごめんなさい…負けてしまって。あんなにも私のために尽くしてくれたのに」


「尽くした?何を言ってるんだ? 俺はお前のためなんて一ミリも考えてないぞ」


「え?クロ何を」


 一切考えていなかった、頭の片隅にもなかった、そんなクロの態度と言葉に考えが出来ず静止してしまう。


「俺は初日に行われる前にお前を叩きのめして、そのショックで本番で全力が出せなくて少しでも俺のせいになるのが嫌だったから手を貸し、助言してやっただけだ。お前が勝つことなんて正直一つたりとも期待などしていなかった」


「え…え?」


「で?どうするんだ?このまま明日挑んで何もなしに負けてオークションの商品になるか?まぁ私には関係ない事だ。頑張りなよ、私はもう関係ないし記憶も戻ったから後のことは自分でなんとかするよ。だからメアも、自分でなんとかしなよ。じゃあ、それを伝えに来ただけだから」


 突き放すように言い放ちメアの横を通り部屋を出ようとする。


「なんだ?」


 咄嗟だった。

 頭がぐちゃぐちゃで何も考えがまとまってないのに体が勝手に動いてクロの、上着の裾を掴んでいた。

 とても弱いその裾を掴む力は簡単に振りほどくことが出来る。だがクロは立ち止まり彼女に問うた。


 当然のことだ、クロからしたら本来何の関係などない事。記憶がなかったから私の提案に乗ったに過ぎない。だけど記憶が戻ればクロは自分のことは、もう自分でなんとかできるはずだ。だから、出会って三日の他人の私など、どうでもいいはず。


「私にこんなこと言う資格なんてわかってます…わかっているんですが…」


「…」


「助けてくれませんか」


 ぐっと堪えようとしながらも涙をこぼしながら言う。


「なら、お前は何を俺に差し出す」


「え?」


「お前は勝つために、奴隷を解放するために、そして己を救うために俺に頼るんだ。ならそれ相応の何かを俺に差し出すべきだろう」


「…私を、私の全てを貴方に差し出します」


「自分の身を守るために自分を差し出すと?意味がわからないな…」


「だけど…それ以外に、以上に今私から差し出せるものなんて…」


 そう悲しそうな顔をしながら困るメア。それを見てため息をつき


「…まぁいい。それで手を打とう」


「いいの!?」


 その言葉にメアは魚が水を得たように明るくなる。


「その代わりだ」


「…なに」


「明日、問うことはいいが一切口を挟まないこと」


「わ、わかったわ」


「それと最後、お前に問うぞ」


「は、はい。なんですか」


「もし、お前の大切な人がいたとする。そいつはお前に救われて欲しいと思っているが、お前もそいつに救われて欲しいと思っている。だが、片方は救われるが片方が必ず救われない選択を迫られ、その選択権がお前にある時、お前はお前とそいつのどちらを救う」


「そんなのもちろん両方です」


 そう一切の迷いなしに、彼女は即答した。


「両方?そんな選択肢出した覚えはないが」


「それでも両方だわ。片方が救われたとしても救われて欲しかったと思うその人は結局救われない。ならそんな選択肢は破ってでも私は両方を救うという選択をするわ


「それがどんなに辛い地獄のような道を辿るとしてもか?」


「私にはその地獄を、辿るような力は無いかもしれません。いえ、多分今の私ではきっと無理かもしれません。ですがそのような力があったとしてもなかったとしても、きっと私は、必死にもがいて進むと私は思います」


「そうか…」


 そういうとクロはゆっくり部屋の方へと歩いていきベッドの方へ向かう。


「お前もとりあえず風呂なりなんなり済ませて寝ろ。明日のことは俺が何とかする」


「わ、分かりました…」


 こちらを見ずに行ってしまったので確かではないけど、どことなく悲しそう…あっているのか分からないけど、そんな雰囲気を彼から感じた気がした。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る