第11話 調べ事
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今日はまた違う夢を見る。
何も無い。
何もないというのはそのままの意味だ。
何も見えず何も聞こえず何の匂いもせず何の味もなく何の感じもしない。
夢なのだから匂いも味もしないのは当たり前か…。
ただ目の前には何もない真っ白な景色が広がっている。
体は動かせず声も出せそうにない。だから私はたぶんずっと寝続けるのだろうか。
すると何か体が動いた気がした。
触られている感覚といったものはないのだが、あるのはよく分からない曖昧な感覚を感じるだけ。
そしてその感覚が消えたが、背中だろうか、いや背中であっている。先と違う感覚だ。たぶんだが別の場所に移動させられたのか。いったいどこにだろうか。
そう考えていると、次は何かが体内に入ってきている感じがする。それは腕から胸へ胸から全身へと広がっていく。
なんだか全身が勝手に震えている気がする。痙攣だろうか。
そしてどんどんその感覚がなくなっていく。
そして意識すらも薄くなっていく。
すると薄くなる意識の中、僅かに中心から視界がぼやけながら広がる。
目に映ったのはどこかの施設で、ガラス越しに数人の人間達の影と、いつも見る彼女の姿だ。
だがすぐに、どんどん視界が暗くかすんでいき、真っ暗な視界が広がり最後にはまた何も見えなくなる。
少し間がたち目がゆっくりと開くと目の前に真っ白な何かで遮られた顔の彼女の顔があった。
「おはよ〜」
そう挨拶する彼女に何も言わず起き上がる。
正直なところ一瞬のっぺらぼうかと思って何も言えなかったが、これはまだ自分の記憶が無いせいでたぶん見えないのでこれを言うのは失礼だろう。
どうやら夢の中で過去の夢を見ていたようだ。いやさっきのが夢でこれは夢のような何かとした方がいいか。
「無視なんて酷いなぁ〜もう」
そう多分頬ふくらませているであろう彼女。
「でも、ちゃんと仲直り出来たようでよかったよ。いや、それ以上に仲良くなったのかな」
「ああ、仲直りしたよ。なんだか嬉しそうだな」
「そりゃ嬉しいとも、クロにとって初めての友達のようなものができたんだからね。私も一保護者として…」
そう腰に手をやりエッヘンとするも何か詰まったように止まる。ゆっくりと自分に指をさして振り向く。
「一応育ての保護者でいいのよね、私」
「まあ、そうなんじゃなか?知らないけど」
「まあ、とても嬉しいわけですよ」
「あっそ」
「その少々冷たい様子、結構思い出せたようだね」
「ああ、だいたい思い出せたよ。残り3分の1くらい空白があるけど、それだけならもうすぐ思い出せるだろう」
先の夢が私にとって初めての記憶であり最初の終わりの記憶だ。そしてそれについてくるようにどんどん記憶が戻ってくるのがわかる。
「で、今回はなんの用なんだ」
「それはこっちのセリフのはずなんだけど、君が夢を見てここにやってくるのだから」
「確かにそうだった。だけどいつもあんたから助言やら話題をかけてきただろう」
「まぁそうだね…そうだなぁ〜でも、先の夢もあってもうそろそろ目覚める時間だから君が思っているほど長いことは話せないんだよな~…じゃあ、これから君がするべきことは分かっているよね」
「前回あのファイルを渡したのはそれを教えるためだろう、全く思ってたより面倒なことに巻き込まれる羽目になりそうだ」
「でも、分かってるでしょ、それが必要なことだと」
「ああ、わかっているよ」
「なら良かった、じゃあもうそろそろだね」
「ああ、また次の夜か」
「うん、また後で待ってるよ」
別れを交わし夢の中で瞳を閉じる。
■■■
三日目。
昨日と同じように図書館で本を読み漁っていた。
朝目覚めると何か気を使っているのかメアは少しばかり距離をとるような感じをしていた。まあ、今日のこともあるし集中したいのだろうし時間まで一人にした方がいいと思った。まあ、それ以外にも俺自身が知りたいものがあるし。
『契約魔術』術者同士による一つの魔術。沢山の魔導書に記載されているものの、どれも似たようにも違うことが曖昧に記載されたりしており、ここからわかるのはその『契約魔術』がまだはっきりと理解・解明されていないということだろうか。
ただわかるのは破ることによる災いがひどいというものだ。例としてあったのが精神の崩壊、肉体の一部の消失、呪いそして過去にはとある国が一夜にして消滅したというものも書かれている。
もしその災いというものが術者の地位などによって影響力が変わるのだとしたら一国を代表する二人による魔術の災いはそれこそ国を消滅させることもあり得そうだ。
さて記憶が大体戻ったことで自分がするべきこと、目的は思い出せた。だが、その目的を果たすためには力が必要となる。あの時、足りなかった分だけの力が。
この世界には魔術、魔法というのが存在するしそれが使えるようになればその足りない分を少しは補えることができるだろう。だからそれらをまず理解し身に着けるべきか。
魔導書は沢山あるがどれも一魔術師が暇つぶしに書いた自己流というものが多い。今欲しいのは万人に分かりやすい教科書の様な物。まあそんなものあるわけないか。それにやはりこの量の本があるところから欲しい本を探すのは大変だ。一冊一冊、気になった本を見つけて流し読みするのを繰り返す、とても疲れるし時間がかなりかかる。
司書さんのような職員の人がいるのだからその人たちに聞けばいいのでは、と思い聞いてみたのだが、彼らは実際のところ、この図書館の監視人に近い人達であるだけで、あまりというより全く本に詳しくないらしい。まぁ流し見しつつの本との出会いというのもひとつの楽しみだろうか。
そう諦めて時間が来るまで適当に本を読み漁る。
そうして手に取ったのは漢文で書かれた本だった。
背にこの世界の英語のタイトルや何も書かれてないのが多かったからか漢字で書かれたその本が珍しく目に止まった。
タイトルは『五将源』。それは東の大陸の昔話というより神話に近いものだった。内容は東の大陸にて災害のように現れる怪物達を倒し、その根源の邪神を退治するというもので。農民の若き五人が古来の東の大陸にある山頂に住む仙人『五楽』に技の教えを受け邪神を封印したというものだ。
この本に書かれてる通りなら、東の大陸は日本っぽい雰囲気があるようだし、そのうち行ってみたいものだな。
と、もうそろそろ時間だし今回はこのくらいにして行かないとな。
図書館を出て施設のエントランスに向かう。
朝方、メアと別れる前に様子見をかねて待ち合わせ時間を決めていたのだが、待ち合わせの場所に近づくと既にメアが壁に背を任せて立っていた。まだ待ち合わせの時間より30分も前だと言うのに。まぁ早めに着いておくのは当たり前か。
「早いなメアは」
「クロ いえ今来たところよ」
どうしたんだろうか遠くから見ていた時の彼女の様子はしっかり落ち着いていたというのに、声をかけてから何故か少し呼吸が早くなったな。いや、でもすぐに落ち着いている。しっかり予習したからか少し自信ありげだ…というのは表面上だけだな、やっぱりまだ自身がないのか緊張、不安からか右拳を強く握って震えている。
「不安か?」
「それは…少し」
「そうか」
そう返事しながらメアの右手に手を伸ばす。
「へ?クロ」
びっくりしたのか少し声が裏返りながらメアが言う。
「ああ、嫌だったか」
「い、いえ嫌という訳ではないけど…その 」
「なら良かった、まぁずっと立ってるのもなんだし座ろうか」
「うん」
手を繋いだまま近くに設置されている椅子のところまで行き座る。
周りには、今回の観客達だろうか、こちらを見るなり笑みを浮かべる。それは仲の良い子供たちが手を繋いでいて微笑ましい、というものではないことが伝わってくる。私たちというよりはメアに対して、こそこそと話をしたりは、下卑た笑みを浮かべる者もいる。
場所を移すべきかとも考えたがどこに行ってもこういう奴らはいるだろう。下手に歩いて疲れさせるぐらいならここにいるべきか。彼女自身周りのことをまったく気にしてはいないようだし。
「調子とか大丈夫か?昨日雨でびしょ濡れだったし、熱とかなんかだるいとかそういうのは」
「ぜ、全然平気、大丈夫」
「そうか」
「…」
互いに少し気遣っているのか無言が続く。
まぁ私自身があの彼女以外とあまり会話したことないと言うので話題というものがまったく思いつかないのもあるのだが。
「あの、クロ」
「なに」
「何だか少し雰囲気が変わりましたね」
「そうか?」
「ええ、出会った時は、何だか身長からして私より年下という感じもあってか、子供らしい雰囲気でいたのに、少しずつ大人びてきて、今日の朝なんか少し話しかけにくい雰囲気でいたから」
確かに目覚めてから彼女に手出会った時まで、俺にしては妙に子供ぽかったな。記憶の限りあんな感じじゃなかったと思うのだが。記憶喪失は少々人格に影響を与えるのだろうか…。
「意識はしてなかったんだけどな…まぁ隠す必要は無いしメアには言ってもいいか」
「何?」
と首を傾げながら少々前のめりにこちらを向く。
「簡潔に言うと記憶喪失してたんだ」
「記憶喪失!?それって大丈夫なの?」
「ああ、だいたい思い出せてきたし、なんも問題ないよ」
この世界の人間ではないとかそういうのは言わなくていいだろう。そこの点はまだあやふやだし。
「ということはクロの名前はクロではないの?」
「いや、余り変わらないよ。東の大陸の文字で黒い兎と書いてクロトって読む。だからこれからも呼ぶ時はクロでいいよ」
「そうなの…にしても、ふふ」
そうこちらを見ながら口を押え微笑む。
「どうした急に」
「いや、今の雰囲気で黒い兎って聞くと急に少し可愛らしく思えて」
「そりゃどうも」
俺は少し気に入らないが、彼女の微笑みを見ているとつられて微笑みを浮かべそうになる。そういえばこんな感じのやりとり夢の彼女ともしていた気がして懐かしく思う。
それから何気ない会話をしていると、二人の職員がいそいそと歩いてきて厳重に閉められていた扉を開く。それと同時に観客と思われる人たちが一斉にその扉の先へと歩いていく。どうやら開始時間がすぐそこまで来ているようだ。
メアは空いた片手を胸に握り深呼吸をして立ち上がる。震えは消えしっかりと落ち着けている、心配はまだまだあるが、取敢えずは大丈夫そうだ。
「じゃあ、私行くね。一応時間が来る前に待機所にくるように言われているから」
「ああ、俺も観客席で見るとするよ」
「うん、見ててね。クロの教えで私が勝つところを」
「しっかりと見るよ」
「うん」
メアの人の流れに逆らうように歩き行く後ろ姿を見送り、クロは観客の流れに乗るように扉の先へと進んで行く。
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