第8話 獣と小さき剣闘士

 バーの空間は何の音も聞こえてこない静寂となっていた。

 突然の爆音誰もがそれ驚きに声が出なかった。

 だが、直ぐにその爆音が知っている音であり一人の女性の悲鳴と共に我先に逃げようと動き騒がしくなる。

 その爆音とは銃声だ。

 男の手のひらには大口径の穴が開きうっすらとした煙を立てて反動からかよろめいていた。


 そして発砲された先であるバーテンダーは言うと、赤液体を垂らしていた。

 両手で頭を隠すように爆音に身構えて立っている。

 そして少したってバーテンダーはその手を下してきょろきょろと周りを見渡した。

 バーテンダーは平然と立っていた。

 それもそのはず男の発砲した弾丸はバーテンダーの真横を通り後ろにあるワイン瓶に命中したのだから。


「…外した?…っち、お前らこいつを抑えろ。手間はかかるが嬲り殺してやる」


 そう少し動揺した後、男が全員に命令をするのだが。

 カチャリといくつもの音が鳴る。男たちは勢いがすぐに止まる。

 どこに待機していたのか先ほどまで全く姿が無かったスーツ姿で武装した女性の集団が突如現れ、銃口を向けて男たちを包囲していた。


「おっさん。それ以上のくせぇ口開こうとするなよ。匂いのせいでうっかり引き金を引きかねないからな」


 そう男に銃口を向ける女性がいうのだがそれでも反発しようと男が口を少し開いた瞬間。

 二度の発砲音が鳴り男が苦痛の声を上げる。

 女は何の迷いもなしに男の両肩に一発ずつ弾丸を打ち込んだのだ。

 男が痛みで叫んでいると女は机にある男が飲んでいたグラスの底を口に無理やり押し込み声を抑えさせて銃口を額に押し付ける。


「口を開くなと言っただろう。こんな観衆の中じゃ撃たないと思ったのか?勘違いするな、客であれば注意などで済むだろうが、ルールを破った奴は客じゃないんだ。それはただの害だ。そんな奴は排除されて当たり前だろう。死にたくないのなら口を開くな反発するな。わかったか?」


 女のその目は本気のその目であり殺意の恐怖または痛みから男は涙を流し何度も頷いた。

 その後女のたちが用意した手錠のようなものが男たち全員に付けられ連れていかれた。


「…武器の類は入国時に身体検査などで調べられるはずだが。仕込み銃か…。確かにこんなにもリアルな義手の武器はあいつらでは見つかりはしないな。暫くは私たちが入国の身体検査を行った方がいいかもしれないな」


 そう男を泣かせた女が見送りながら考え込むようにぼそぼそと呟いていると、何かを思い出したように焦りながらバーテンダーの元へ駆け寄る。


「大丈夫ですか!?私たちが傍についておきながら、こんな事に…。怪我はないですか?」


 と先ほどの女生徒は思えないように冷静さなど一切見えずおどおどとそのバーテンダーの様子を伺う。


「ええ、何ともないです。銃弾は見ての通り外れてそこのワイン瓶に命中しているので」


「ですが、一応精密検査をした方が」


「本当に何ともありませんから。それにもうそろそろ、時間ですので私も準備しないと」


「…分かりました。ですが、心配ですので護衛を付けさせていただきますから」


「はあ…分かりました。じゃあ、すぐに行きましょう」


 そうバーテンダーは思い出したようにクロが座っていた席を見るとそこにはクロの姿は無く、カウンターの上に三枚の札束が置かれていた。

 それを手にとって騒動の後の片付けをする従業員ゆっくりと護衛についていくようにこの空間から出ていった



「はあ…あれで足りてただろうか」


 クロは先のバーカウンターから結構離れた壁にもたれてそれを眺めていた。


「飲み物と軽食、そして割ってしまったグラス代。こんな豪華な施設の備品だ。三万じゃ足りなかったかもしれないな」


 といろいろとお金が足りないからと後で捕まったりしないだろかと心配していたのだ。


 まあ、緊急事態だったからグラスを放り投げたことは仕方ないとして見逃してほしいものだ。

 むしろお礼を貰いたいところでもある。


 男が自分の腕なのに終始重そうにする、不自然な動きと時おり聞こえたからくり音。そして今から何かしますというように手のひらを向ける。それを見て咄嗟にグラスを腕に向けて投げてしまったけど正解だったようで、しっかりと射線をズラすことができた。当然のあんな音、またはグラスが割れる音が鳴れば周囲にいる警備の人たちが駆けつけることは分かっていたからあの行動したけど、あんな一瞬で取り囲むなんてな。巻き込まれないようにと、足りているか足りてないか分からない代金を置いて逃げるようにここまで離れたのだけども。


 それにしてもあんな場面で咄嗟とはいえグラスを投げつけるなんてなぁ。結構大胆なことしたな私は。まあ何はともあれバーテンダーの人に大事がなくて良かったといったところか。


 さて、少しばかり騒ぎに巻き込まれそうになったけど目的の軽食は済んだことだし、少し見て回ったりしてホテルに戻るとしようか。そう今後のことを考えながら出口の扉へ向かって歩いていると、突然ライオンのような獣の雄たけびと共に、多くの人の歓声が聞こえてきた。


 まさか本当にやってるんだな…少し覗いてみるか。


 そのバーの空間から出てすぐの窓の先から歓声が聞こえてくるそれをみる。


「ほんと、どんな時代、何処の世界でもこういう見世物が好きな人間はいるもんなんだな」


 それは円形の広場。その広場を見下すかのようにある円形の観客席。その間を遮るようにある高い壁と安全確保のためのような鉄柵。そう円形闘技場だ。

 観客は常に歓声あげていた。それはどれも聞くに堪えない罵詈雑言の言葉の雨をその広場に降らせ続けていた。


 広場にあるのは二つ大小の影。

 大きい方は先程の雄叫びの主であろうそれはライオンのように見える獣だ。黄金のようなたてがみ、以上に発達、肥大化した全身の筋肉で血管がここからでも見えるほど太く浮き出ている。そしてまるでキメラのように悪魔のような羽が生えているが飛んで観客へ被害を与えないためかボロボロで鋼鉄のような何かで羽は縛られている。


 そして小さい影は一人の子供だった。

 それは獣より一回り、二回りも、そして恐らく私よりも小さい背丈の子供だ。手入れのされていない灰色のぼさぼさの長髪、ボロボロの布切れの服装に手足には自由には動かせるものの、鎖枷が付けられている。奴隷剣闘士という奴だろうか。


 見るにこれはその獣と子供の戦い。

 だが、どう見てもこれは必死に逃げる弱き者を強き者が為す術なく捕食する見世物だろう。

 現に子供は必死に獣の猛追から逃げ回っている。盾や剣というような武具のような物を一切持たず。いや、あんな獣の攻撃を盾を持っていたとしても人間、それも子供なんて即死だろうか。足を叩きつけるたびに地面が割れて、すでに闘技場はボロボロで砂塵が少し漂ている。


 助けれるなら助けてやりたいが、それを中止させられるようなそんな権力のようなものも、力も一切持たない私は何もできない。もしここにファンタジーの世界にいるであろう勇者や英雄がいればこの窓を破ったりして闘技場に飛び込み獣を傷つけず大人しくさせ獣と子供を救うのだろうか。だが世の中というモノはそんな都合がいいモノでもない。


 眺めていると、ふと子供はこちらを向いて目が合った気がした。

 その瞬間とうとう獣の足が子供頭上を捉え地面に叩き潰す。

 まるでトマトが潰れたかのように血が飛び散り砂塵がその姿を隠すように漂う。

 とてもあっけない結末だった。

 やはり、英雄や勇者というものはどこにでも手が届くわけではないというものだろうか。

 獣は獲物を倒したことで雄たけびをあげ、それに続くように観客はまるで沸騰したように歓声が沸き上がり。獣と子供と各々が称賛するもいれば批難するものもいる。

 どうやらこんな分かり切っているようなことでもしっかりと賭け事が行われていたらしい。到底私にはあの子供が獣に勝てるビジョンが見えないところから察するに何分逃げ回れるかといったところだろうか。


「あっけないと、そういう顔をしているな」


 誰かに話しかけているような感じがしたのでその声の方を横目に見る。

 そこには大柄の男が立っていた。

 メアと初めて見た時のような薄汚れたローブを羽織っていた。

 その恰好は隠れた流行りなのだろうか?よくわからないけど。

 ローブの隙間からは鎧のような物が見える。この国の騎士だろうか、それとも冒険者だろうか。よくわからないけど今この場、彼の近くにいるのは私だけ、ということは私に話しかけてきたのだろう。

 いったいなぜ…ていうか誰だ?


「あっけなかったでしょ。こんな誰もが分かりきった事」


「ならなぜお主もそうだが奴らは、まだ座り闘技場を眺めている」


 …確かにもう誰もが無残な結果を見たというのに、誰一人として席を離れることもなくじっと闘技場の方を見ている。まるで何かに視線を引っ張られているように。

 そしてその何かに感づいたのか獣が雄叫びをやめて大きく後ろに後退りして警戒している。


 まさか…


 そう引っ張られるように子供が叩き潰された所に視線を移すと、砂塵の中でずるりと小さな影が起き上がる。

 それと同時に獣がその影にトドメを刺そうと飛びかかる。先のように、そのさらに肥大化した強大な足で叩き潰すように。

 その一撃は先ほどとは比べ物にならないような強い一撃で、これまでにないこの施設を揺らすほどの、地震のような地鳴りを起こした。

 だが反動か浮き出ていて皮膚が裂け血管が幾つか破裂し血を噴き出した。だが、痛覚などないのかそんな事お構いなしに獣はそれを見ている。


 流石にこれは死んだだろうかと思うがやはり目を闘技場から離すことはできない。

 すると背中を冷たい何かでなぞられるような感じがした。まるであの獣の爪、いや言葉にはできないがそれよりも圧倒的に恐ろしい何かで、少しでも視線を外せば、一歩でも動いたら殺されそうな感じがする。


 そうして目線の先にある砂塵が晴れていきその様子を見せる。

 それは全身血まみれで黒く禍々しいオーラの様な物も漂わせる、先程の子供が獣の足を右腕で受け止めて立っていた。

 その様子に動揺したように獣は鳴き何やら叩きつけた足を変に動かしている。どうやらその子供が逃がさぬようにその足を掴んでいるようだ。

 獣は必死にその足をもがいて離させようとするも離れる気配はなく諦めて残った足で勢いをつけてもう片方の足を上げてその子供を潰しにかかる。

 それを予想していたのか、合わせるかのように子供は足を手放し獣のバランスを崩させる。

 だが獣は直ぐに対処するようにのしかかりの姿勢に移す。

 それに対し子供は右足を少し下げ右拳を作り殴る体制を整える。

 そして獣の、のしかかりが入る瞬間子供の口元が少し動いて何かを呟いたように見えた。


 獣の全身を使ったのしかかりが入り再び揺れ砂塵が舞い視界が悪くなる。

 目に見えるのは砂塵の中にある大きな影。

 観客はいつの間にか静かになっておりただ見守っていた、この戦いの結末を。

 最初に動いたのは大きな影だった。ゆっくりと徐々に姿勢を低くして影が少しずつ低く小さくなる。

 そして砂塵の中から小さな影が動き出てくる。その小さき子供は全身血まみれで今なおその右腕から血が垂れていた。

 そして砂塵が晴れてすでに眠っている獣の姿が露になり決着がついたことのアナウンスがかかり再び歓声がわく。

 だけど私はその内容を一つも聞いておらず、ただずっとその子供の方を見ていた。いや、見せられていたというように不思議と目を離せずにいる。それはその子供も同じようでこちらを見ているような気がしたが、事が終わったからかまるで電池が切れたように急に力なく倒れる。

 そうして闘技場での戦いが終わりこの施設の職員達が、その子供と獣をタンカの様な物で運び出して闘技場の補修作業が入る。

 その補修作業は正しく魔法の様なもので手をあまり使わず黙々と作業が進み徐々に綺麗になっていくのが見える。


 あれが魔法ってやつか…凄いな。もう何事もなかった用に見える。となるとあの子供が獣に勝ったのも何か魔法の様な何かなのだろうか。あの細い腕であの屈強な肉体、それも獣の傷口からして最も強く守られているであろう心臓の位置を貫くなんて普通では有り得ない。すごいことなのだが少し怖くも感じてしまうな。


「ところであんたは私に何の用があるんだ」


「いや、なに初めて見る顔というより、この場所には不似合な格好の子供がいると思ってな」


「確かに私はここに来るのは初めてだけど、あんたは結構ここにきているのか」


「そんな頻繫にではないな。たまに来る程度だ」


「なら聞きたいのだが、この後何があるんだ?」


 見世物が終わればすぐに席を立ち、知人と話しながらここを後にするだろう。だが、ほとんどの観客は話しながらずっと何かを待っている。それに先ほどから客がさらに増えてきている気がする。となるとこの後に何かがある、それは先の見世物よりずっと重要な何か。

 闘技場の中心には大きな長方形の机と二つの椅子が用意されていた。


「やはり何も知らずに見ていたようだな。お前さんも気づいているように先の見世物は前座にすぎない。これから始まるのは少しばかり世界中に影響を与える見世物だ」


「世界中?」


 そう話していると再びアナウンスが響き渡る。


「さあ、さあ、お待たせしました。今宵皆々様が待ち望んでいた、運命の大ギャンブル。ファイブズポーカー」


 実況席だろうところで男がマイクをもち前のめりになってオーバーアピールしながらアナウンスする。


「さあ、まずは我らがギャンブルと奴隷の国、イヴァリスの王ランドルフ・ウォルコット王の入場だぁぁ!!」


 煙を豪快に上げて閉じられていた門から堂々とその人物は入場し歓声が高らかに湧き上がる。

 出てきたランドルフという男はかなりガタイがよくとなりの大柄な男と同じくらいの巨体だ身長は2メートルはあるだろうか額の傷がよく目立つスキンヘッドで国の王にしては少し山賊っぽいファッションの服装をしている。


「そして無謀にも我らの王に挑戦を挑んだのは四国連合メウリカの一国、メルクリア。前国王である、あの剣の王ガイル・フラスルトの娘にして現女王メア・フラスルトだぁぁ!」


 は!?メア?てか女王って…。


 観客が盛り上がる中、私はその名前をきき聞き間違いではないかと困惑していた。

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