第6話 探索

 

 また夢を見る。

 いつもの真っ白な白い部屋。

 だがいつもと違う気がする。

 夢とは違い自由に動けるような感覚があったからだ。

 何もすることがないので取り敢えずベッドから起き上がり椅子に座る。

 机に肘をついてただぼーっと眺めていると無意識に少しずつそれに視線が動かされてしまう。

 それは最初の夢で彼女が眺めていた窓の先だ。

 それはまるで額縁に真っ白な紙を入れて窓にしているよう思えるほどただ白く何も見えない景色。そこには何もないはずなのに心のどこかに確かにあると思わせる何かの気配、感覚がある。

 そうやって眺めていると誰かが部屋に入ってくる。

 私はずっと窓の外を眺めて入ってきたそれを確認することはない。誰が入ってきたかわかるから確認など不要なのだから。

 そうして入ってきた者が私と机を挟むように椅子に座り私はそれを見る。

 やはり彼女だった。相変わらず顔が見えず、彼女は何やら持ってきたファイルを差し出し、頬に手をつき口を開く。


「随分と厳しく言ったね」


「…何のこと?」


 差し出されたファイルを受け取り見覚えのあるそれに目を通しながら応答する。


「彼女のことだよ。まるで才能ないよ、みたいなこと言っちゃって」


 どうやらメアのことを言っているようだ。となるとこれはやはり夢ではない。いや、眠ったはずだから夢ではあるのだろうか。よく分からないな。


「君が思っているようにこれは夢であって夢ではない。いや夢だろうか」


「どっちなんだよ」


「まあ半分夢、半分君の世界というべきか。きっと私は君の中にある私というイメージのようなものだよ」


「つまり私は今私がイメージしているあなたという皮を被った私自身と話していると?」


「まあ一応ね、クロはクロで私は私なんだけど。そういうことの方が面白いね。いや~何だか君がかわいそうな子に見えるね」


 結局どっちなんだ…読めないな。まあ私の考えの方となると私が忘れていることを彼女に聞いても無駄ということだろうしこの雰囲気じゃ知っていても話す気はなさそうだな。


「はあ~…本当のことだろう」


「お、さっさと元の話題に戻そうとするのかい?なら私も合わせないとね。…そうだね。だけど私からしたら彼女を見ていて昔の君を見ていた気がするよ」


「昔か…」


 そう言われても何も思い出せないのだけれどな。


「彼女は常に君を見ていた。表面だけの君を。そして君は常に彼女を、場を見ていないふりをしていたがしっかりと観察していた。視線、指の動き、彼女の中まで…いやはや、こう言うと少々気持ち悪いな」


「そういうもんだろう 勝負というものは」


「確かにね」


 そう言いながら彼女はいつの間にかだしたマグカップの縁を指でなぞり始める。


「それにしても神経衰弱とBJ、ジジ抜き…彼女が唯一勝てる可能性があったジジ抜きを最初にやって後からどうやっても勝てないゲームでぼこぼこにするなんて鬼畜だね」


「かわいそうだけどあれでよかったんだよ」


「そうだね。何かをやめさせるにはそのことで完膚なきまで叩くそれが一番。これであの子も賭け事なんてやめてくれればいいけどね」


「ギャンブル、勝負依存。人は変に自信をもって簡単に依存し続けてしまう。ならその自信がなくなるようにするだけ。その方法はどうやっても勝てない…そう思わせるのが一番」


「ふふ、そうだね。それにしてもジジ抜きはよくやったね。人が引きにくい一番端にカードを置いて引かれないようにしっかり相手に悟られない細やかな動きによる視線誘導、ほんと気持ち悪かったよ」


「昔あんたがやってたことだろ…」


「でも私はちゃんと手加減してただろう?」


「ああ、そうだな。いつもギリギリのところで勝って負けてくれたことなんて一切なかったからな」


「そんなこともあったね」


 互に微笑み感傷に浸り小さな間が空く。


「ちゃんと謝りなよ」


「言われなくても分かってる」


「なら、いいよ。女の子には優しくだよ」


 そう彼女がいうと少しずつ視界がぼやけ始める。どうやらもうそろそろ夢から覚めるようだ。


「じゃあ、行ってくるよ」


「ええ、行ってらっしゃい」


 そう、彼女を視界が端から少しずつぼやけながら見えなくなっていくその最後の時まで、私は目が離せず見つめていた。


「あと、少しか…」


 真っ暗な暗闇で残されたであろう彼女がそう小さくつぶやくのが聞こえた。




 ――――――――


 ――年 1月27日 am 3


 指揮 マルド・ユドール率いる一個小隊による突入作戦。

 本作戦は秘密裏に作られた研究所の調査及び研究員たちの確保。

 傭兵との接触し戦闘となる。即座に無力化し研究所内に突入し研究員計21名を確保。職員たちは誰一人朦朧としており応答できず。男女約5~45歳の被検体、約300名を保護。

 すでに薬物投与の痕跡あり。

 最奥部の部屋にて研究長と思わしき男と接触し会話をするも自決し時限爆弾を起動する。

 研究記録はすでに転送及び消去されており調査不可。薬品などもすでに焼却処分されており回収できず爆破によりこれ以上の調査を不可能とし帰還す。

 職員に尋問するも誰一人として研究内容を覚えておらず約十年の空白期間の報告あり。


 本軍の被害

 重傷者4名 軽傷者8名 死者無し


 死者15名 確保及び捕縛 34名


 保護 379名 その内48名が軍隊に志願す


 ―――――――――


 記録 ゴドウィン・アルダーソン 

 



 ■■■




 窓の外から日差しが差し込み小さな小鳥たちが鳴いてるのが聞こえてくる。

 目を開くと少し前に見た天井が見える。起きなければと思うがまだ眠い、もうひと眠りしようかと寝返りをすると手の甲に取れも柔らかい何かが擦れ少しばかり初々しい色気のあるような声が聞こえた気がした。

 何だと思い目を開くと。目の間に少女、メアが眠っていた。


 ふむ、これが昔、彼女がよく口にしていたにした朝チュンという奴だろうか。鳥がいないからできないやらと文句言っていたけど。それにしても何で一緒に寝ているんだ…いや、そう言えばこの部屋の寝具はこれ一つだったな。


 そう考えながら再び彼女を見ると彼女の目元に少し赤くなっていた。それを見て彼女を起こさないようゆっくりとベットから出てため息をつく。


 やはり少し悪いことしたなと思いため息をつく。

 ただ謝るにしてもなんと謝ればいいものだろうか。そして彼女は許してくれるだろうか…。なんか謝りやすいものはないだろうか。そう部屋をうろうろしながらそこらへんにある読めない文字が並ぶパンフレットの様な物をめくって眺めているとあるものが目に付いた。


「ルームサービス目の前で一流の料理人が調理」と書いていそうな鉄板調理をしているような写真が写っていた。


 ふと、部屋を見直すと写真ほど広いようなものではないがしっかりとした台所があった。棚を開くと調理機器や調味料やパン粉などの粉ものが沢山入っており、冷蔵庫の中はというと牛乳やオレンジジュースの飲み物類の他に卵やレタス、ベーコン、フルーツと見た感じサンドイッチが作れる程度に食材が入っていた。

 朝でもホテルのスタッフたちは電話すれば対応してくれる感じそうだが、これがあるということは作りたいとかそういう要望が過去にあったのだろうか。まあ今回はちょうどいいな。


 一先ず冷蔵庫内の食材を眺め終え閉じ何を作ろうか考える。朝といえば目玉焼きとベーコン、ハムを炒めて野菜を添える感じがいいだろうか。でも彼女結構いい所育ちだしな、おしゃれな感じのものでも作った方がいいのかエッグベネディクト、オムレツ、素直にサンドイッチでも作るか。いや、女の子だし甘い系でいこうか。フレンチトーストもいいけど見栄えの良さでシンプルにパンケーキでいいか。


 そうと決まり調理器具と食材を並べて調理を始めていく。


 ほのかにバターの香ばしさと甘い香りが部屋中を漂いベットの窓へ行き外に過ぎ行く。

 その匂いにつられ起きたのかベットがガサゴソと揺れ始めメアが片腕を上体を伸ばして起き上がる。だが、まだ眠そうにウトウトと目をこすっている。


「おはようメア」


「う…う~ん…おはよう…」


「もうすぐ朝ごはんできるから 顔洗ってきなよ」


「うん…わかったわ…ママ…」


 そう、まだ眠そうにふらふらとしながら洗面所に向かう。

 彼女、朝は結構弱い感じだったか。にしてもママか…家庭環境はいい感じそうだな。…にしても、可愛らしかったなさっきのは。

 と微笑みながらできた物を盛り合わせていき机へと運んでいくと、


 顔を洗い終えたのか洗面所ドアが開いたのでそちらを向くと顔を少し赤く何た言いたげにメアがそっぽ向いて立っていた。

 ああ、やっぱり怒っているかな。どう、切り出してどう謝ればいいだろうか。困ったな。謝ると決めていたけど彼女以外と話したことのない私にはどうするのが良いか分からず言葉が見つからない。そうお互い黙り気まずい空気になっていると、


「その、おはようございます…」


「あ、ああ…おはよう」


 そうメアが先に言い返事を返せはしたが、まだ言葉が見つからず黙ってしまう。いや、だが先に彼女が切り出してくれたんだ。なら次は私が先に何か、いや取り敢えず謝るべきだろう。そう決意し口を開こうとすると、


「「その…」」


 そう同時に切り出し、互に先にどうぞと相手を気遣い譲り合っているとお互いおかしく思い笑みを浮かべてしまう。


「ふふ、ごめんなさい。せっかく貴方が作ってくれたものがあるのだから冷めないうちに食事をしながら話をしましょうよ」


「そうだね」


 そう、昨日の食事の時のように席に着き机にのる、フルーツと生クリームに彩られたそこそこ分厚いパンケーキを食べ始める。机に広がるパンケーキとフルーツそしてドリップしたコーヒーのいい香りのおかげか心地の良い空気だ。彼女もとても美味しそうにパンケーキを食べていて機嫌がよさそうだ。このままいい雰囲気が続けばいいんだけどな…。そうして互に食べ終え飲み物飲み一息つく。


「その、なんだ。昨日はごめん。けっこう…いやかなり失礼な態度だったと思う」


 そう両手をついて頭を下げる。


「いやいや。あなたが謝ることなんて。なにも…むしろ悪いのは私だわ。恩人に対してあんなにもしつこく…それに勝負事の勝ち方をタダで教えてもらおうなんて、手品師に種明ししなさいと言っているようなものだわ。私こそ、その悪かったわ」


「いやいやこっちこそ」


「いえいえこちらが」


 そう互に互いが謝ろうとし、互いがおかしそうに再び微笑み合い始める。


「謝りあうのはもうよそうか」


「そうね。謝りあうのはやめましょ。それでクロはこれからどうするの?」


「そうだな~といっても今は臨時収入あって何とかなりそうだけど、あの時言った通り無一文でこの先はどうしようか困ってて」


「そうだったわね。取敢えず私は三日間この国に用があるからその間はここにいさせてあげてもいいわ、その後は私の知人に掛け合ってみるから知人が良ければそこに暫く滞在するというのはどう?」


「それは嬉しいけど、そこまでお世話になっていいのだろうか」


「問題ないわ。あの人もまだ人手不足と困っていたし働き口にちょうどいいと思うわ」


 職場の紹介か確かにそれは有難いな。何でもかんでもやってもらうだけだと少し居心地悪いけどメアの知人の役に立ってそのつながりで彼女の役に立つならいいことだろう。


「なら、一案としてそうさせてもらおうかな」


「では、私はこれから大切な用事があって外出するのだけど。クロはどうするの」


「じゃあ、私もそうしようかな丁度行きたい場所あるし」


「そう。では一応、これを渡しておきますね」


 そう言ってカードのような物を差し出す。


「この部屋の合鍵ですわ。くれぐれも無くさないように気を付けてくださいね。無くしてしまったら…結構大変なので…」


 確かにこんな高級そうなホテルの鍵の紛失となると結構な額の請求されそうだな。それに招待として泊めさせてもらっているのだから彼女の信頼にも関わるだろう。


「ありがとう、気を付けるよ」


「では、私は支度してから出るから。お先に行ってらっしゃい」


「ああ、行ってくるよ」


 そう軽いあいさつを交わして部屋を後にする。



 エレベータで降りエントランスを抜け外に出る。

 外にでて最初に映った物はとても大きなものだった。

 それを例えるならフランスの凱旋門のようなもので、巨大な広場であり、それを中心に回るように馬車や人の群衆が横行していた。それは周りにあるとても高いビル達が比べ物にならないほど巨大なドーム状の建物で王宮のような装飾を施されたものだった。そしてその前に広がる巨大な人工の噴水のついた湖。まるでリゾート施設のようにも見える。

 私は行き交う群衆の流れを避けながら目的の場所であるその巨大な建物へと向かう。

 正直国に入る前に貴族みたいなのにひどくからまれたからここの人達に絡まれると思ったが何事もなく建物の中に入ることができた。

 中に入っていれば貴族として見られるのだろうか。判断基準が緩々だな。

 建物は博物館、王宮のように大理石や赤い絨毯、そして高価そうな花瓶に花、絵画、甲冑とそれは数え切れないほど多くの芸術品のようなものが飾っており室内もかなりの人が行き交う。

 こんなにも巨大なところだと迷子になりそうだったが親切にも地図のような案内板が色んな所にあり迷わず目的の場所にたどり着くことができた。

 その目的の場所は図書館。パンフレットにすごい数の本棚達が映った写真があったからもしかしたらと思って来てみたら正解だったようだ。

 図書館内もまた広く巨大な大通りのような通路、左右に見ただけで数千数万という本が敷き詰められた無数の本棚たち。そして吹き抜けで三階くらいあり、天井には神々しい絵画が描かれているようなのだが、正直ここからではどのような何の絵なのかよく見えない。


 受付に入室の確認か名前を聞かれ入室料2千W、そして傍に売られていた白紙の束とペンを買う。そういう施設ということもあってペン千W、十枚程度の紙の束4千Wもしてしまう。


 少々無駄遣いした気がする。ちゃんと商業区域にいって買ってから来ればよかった気がするが今回は時間優先として、まあしょうがない。買いに行く時間をお金で買ったと考えたらやすいだろう。


 さあ、取り掛かるとしよう。


 クロは歩きながら適当に目に入った幾つかの本を手に取り机に広げ開き眺めながら紙に文字を書き並べていく。


 取敢えず三日の食事と宿、そして彼女の紹介での職の保険を得ることができた。ならこれからのために必要なことは、取敢えず文字を覚えることか。文字は違えどちゃんと言語は通じていたからそこまで変化はないはずだ。


 そう本に書かれた自身の知っている世界の文字とは異なる文字を全て紙に書き写していく。一文に使われるその文字の頻度、日本語や中国語、英語などといった文字数の総計の一致、文法、と色んな所から考えていく。

 受付で名前を伝えた時に書いてもらった文字をヒントに文字を試行錯誤しながら読んでいく。

 そうしてニ、三時間くらいでようやく文字を理解する。やはり、文字の形が少し変わっただけで各国の言語の名残はしっかりと残っていた。そうしてたぶんだがそこらへんの看板たちに使われているところから共通語として使われている文字は日本語のローマ字形式といったところだろうか。最初に取った本が最も日本文に近い形で書かれていたおかげでかなり早く文字の理解をすることができた。本当にこの本には感謝だな。

 作品のタイトルは『クリティアの番犬』という童話に近いものだ。内容は貧民街の子供が野垂れ死にしそうなところを貴族のお嬢様に拾われ従者として返しきれない恩を返していきながら生きていく話だ…というのも完結まで書かれておらず途中からずっと白紙のページだった為にその後どうなったかは分からない。書いてるページより白紙のページの方が多いいレベルだ。

 著者 ルト、観測者、ペナプシ=フルゴート…観測者?原作とかではなく…。


 まあ、そんなことはいいか。取敢えず文字は読めるようになったし今現在、この世界の情報だ。

 と地理や世界の中心となる国とその歴史について書かれた本を読んでいった。

 そして薄々気づいていた通りこの世界は私が知っている世界とは全く違うようだった。


 現在は帝都歴3026年。

 帝都歴というのはこの世界の中心となる国、ラズガルド帝国が建国されてからの年月らしい。そして世界地図をみると世界の中心という言葉通りにオーストラリア位の大きさの帝都の大陸を中心に巨大な海を挟んで円を描くように巨大な大陸が囲っているような形をしていた。世界地図なのだが不思議なことに端が途切れているように記されていてた。

 途切れているところの大陸同士が合わさるようには見えない。世界地図といってもこの星全体をまだ記録しきれていないのか、それとも地球平面説というように端がこの様に途切れているのか、そう言った事は全く書かれていないから分からない。この世界の人達からしたらそんなこと気にならないのだろうか。まあいいや。

 そして今、私がいるこの国は奴隷とギャンブルの国イヴァリスという国であり。帝都である大陸の右隣にある小さな島国だ。

 元々は帝都の貴族たちが娯楽の為にと作ったリゾートの島をこの国の王が奴隷制を制定し巨額の富を帝都に献上したことによりここ十数年前に国として建国されたらしい。

 金持ちのやることは本当にぶっ飛んでて凄いな。


 さて、それは置いといて、これはどう見るべきか。私のこの微妙に残った記憶がや夢が正しければこの世界は異世界ということになるのだが…転生と転移どっちなのだろうか。いや、そもそもそういったことではなく記憶の混濁からして記憶の改変という線もあり得る。誰かが私を眠らせて記憶を改変して洞窟に放置。いや、そんなことするくらいならそのまま洞窟内で始末すればいいだろうからな。まあどれも可能性はゼロではない。


 昨日メアが言っていた魔法というのが気になりそういった本があるのではと思って軽く探せば結構な量の魔導書のような物が見つかった。まあ、どれも似たことを記した参考書みたいなものばかりで新雹性は半々と言った感じだけど。

 それらには記憶に関する魔法は書かれていなかった。たぶん相手に直接干渉するような魔法は高度なものだから基礎の本には書かれない感じだろうか。


 どの本にも書かれてある魔力というものは全ての生物に備わっていると書かれているのだが、私の体からその魔力という感覚は一切感じない。それが普通なのか…そういうのはメアに聞けばいいか。


 そう本を閉じてひと段落させるとお腹が空いてきた気がする。


「あと二日くらいあるし今日はこの辺でご飯でも食べてホテルに戻るとしよう」


 そう本を職員に渡し確認を終えて図書館を後にする。


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