第3話 外

 

 私は少し困っていた.

 それはすぐそばに転がっている無残に肉塊となったものと形が分かる程度にそこそこきれいに残った頭、犬…いや、狼だろうか。

 さっきの人たちが言っていたのはこれだったんだな。これを彼らがやったのか…やはりかかわらなくて良かったな。そんなことはもうどうでもいいか。そんなことよりもこっちか。


 とうとう出口にたどり着くのだが、呆然と出口の前で立ち止まっていた。

 やっと辿り着いた出口なのだからさっさと出ればいいじゃないかというのはそうなのだが、なかなか出られないというより出たくない。

 なぜかというと異様に光が強いのか出口のさきは真っ白で何も見えない。外はそんなにも白い世界のだろうか。と思う不気味さからこれは大丈夫なのだろうかという恐怖も少しある。

 取り敢えず地面の小石を取りその光の先に投げてみると石は光に入ると同時に消滅したかのように石は消え地面に着くような音が聞こえてこない。


 本当にこれ出口か…だけどここ以外に出口の様な物はなかったし。…行くしかないな


 と深いため息をし光の先をみて覚悟を決める。


 人差し指をプルプルと震わせながらその光に近づけていく。自分でも先の覚悟は何だったのかと思いつつもゆっくりと確実に光に指先を近づけていった。


 そうしてとうとう指が光に触れ飲み込まれる。


 あ、暖かい…


 なにも起こらない。ただ暖かい感覚がある。指は光の中に消えているがしっかりと感覚がある。大丈夫そうだ。一体何にびびってたんだか、ばかばかしく思えさっさと光の先に向かって歩く。

 そうして洞窟の光に飲まれて抜けようとする瞬間、一瞬体が上下逆さまになったような感覚を感じてバランスを崩してふらついてしまうが何とか踏ん張り、倒れずには済んだ。


 っと、と…びっくりした…けど、なんともないな。


 一瞬の異様な変化で取り敢えず自身の体に異常がないか確かめるようにパンパンと両手で軽く叩く。特に異常はなさそうだ。


 顔をあげて周囲の確認に移る。


 外は自然の風が頬を撫で暖かい本物の太陽の光が降り注ぐ。

 洞窟の外は森に囲まれており、少し整備されているようで洞窟周辺は更地で待機所か休憩所のような小屋も建っていてそこには冒険者のような恰好をした人だかりができていた。見たところ受付か何かしているのだろう。そして洞窟はと振り向くとその光景に少々驚いてしまう。

 洞窟の正体は塔の様だった。それはとても巨大な塔で上を向くと軽々と雲の先まで伸びており頂上を見ることはできない。とてもそうは思えないのだが人工物のようにも見える神秘的にとても細やかな装飾が施されており、似てはいないがまるで完成されるはずだったバベルの塔と思わせるようなものだった。


 あまりにも衝撃的なその光景に言葉がでないでいた。

 人工物として一体どれだけの年月をかければこんなものができるのだろうかどう考えても一世紀、二世紀でできるとは思えない。としたら自然で出来たものなのか…これこそ神のみぞ知るなんとやらというやつか。と考えながら整備された道を歩いて行く。


 整備されているといってもアスファルトの様な物ではない普通に雑草を抜いて長年踏まれて固められたような地面。その為結構目立つ凸凹があったりする。そして森が深くその道は無駄にグネグネと曲がったりとして木々が邪魔で先がよく見えない。こんなのばかりだな…いったいどれだけ歩けば町か村に着くだろうか。と猫背に脳死で地面を見ながら歩いていると何か美味しそうないい匂いが漂ってくる。


 村にでも近づいてきたのかと顔を上げると一人の男が何かを食べながら大きな紙袋を抱えて歩いてきているのが見えた。その男というのがまたデカく二メートルはありそこそこ引き締まったガタイの良い体つきだった。男は袋に手を突っ込み、その匂いのモノを取出し再び食べていた。それはパン、匂いや形からしてバターロールだろうか。とても美味しそうに男が食べているのを見てるとお腹がなりそうだ。耐えようとお腹を抑え進むのだが、その男が真横を通る瞬間にお腹の音が鳴ってしまう。


 自分のお腹がなっていたことを認識し少し恥ずかしく赤面してしまう。まさかそこで鳴る?丁度通り過ぎる真横で…卑しい奴と思われないかと男の方を見ると。


 男は何かに驚いているように目を点にしてこちらを見ていて目が合ってしまう。まるで時が止まっていたようにいた男だが、ぱちくりと目を瞬きして動き出す。


「ふははは」


 男は大いに笑い出す。いやそこまで笑わなくてもいいのではないだろうか…。


「ぁ、ぁの…その…」


 声を出したのだが自分でも驚くような枯れた声をしていた。結構歩いたは歩いたがこんなにも枯れるものか?


「びっくりしたぞ。急に音が聞こえたから何事かと思ったらこんな小さな子供がいたのか。何々、腹が減ったのか。それならこれをやろう。声が少し枯れてるようだしこれもだな」


 と男は懐から小さな紙袋を取出し大きな袋から幾つかのパンと革の水筒の様な物を入れて差し出す。


「ほれ、ほれ、受け取らんか」


「あ、あの。私何も持っていませんよ」


 着ている服はボロボロのワンピースにはポケットなどない。羽織ているだぼだぼの上着には二つのポケットはあるにはあるが当然財布のようなものはない、言うまでもないが首飾りや指輪といったアクセサリーのような金目のものなど一切ない無一文だ。

 すると男は素っ頓狂な顔する。


 え…なに、その反応は。


「がははは、お金とかそういう対価のことか?いらんいらん」


「で、でも」


「なんだ毒が入ってるとでも思っているのか?」


 男は少し怖い表情で顔を近づけてくる。だれもそんなことは言っていないのだが…


「いやそんな…」


 と手を上げて首を横に振って否定する。すると男は先ほど小さな袋に入れたはパンを目の前で食べる。


「うむ、やはりうまい。ほれ、なんともないぞ」


「は、はあ」


 そうして再び袋を差し出されいくら断っても無駄だろうと受けとらざるを得なくそれを受け取ってしまう。そして「なんだなんだ靴はどうした。裸足は痛いのではないか」問いながらナイフで自身の服を切ろうとする。まさかそれで即席の靴でも作ろうというのだろうかと思い急いで大丈夫といいその行動を止めると男は心配そうに大丈夫なのか?と聞き返してくる。


「どうしてただ真横を通っただけの見ず知らずの私に親切にしてくれるんですか」


「ふむ、そういうことか。単純に子供を助けてやるのが大人の役目であり。貧しくともお腹空いてるやつがいるなら食い物を与えてやる。それが料理人というものだからな」


 いい人が過ぎないだろうか…。料理人なのか。料理人が食べ物を持ってこんな深い森に何しに…もしかして先の建物はやはり待機所でこの食べ物を届けているところなのではないのだろうか。それってもらっていい物なのか。


「あと…」


「あと?」


 男は先ほどの笑顔は何処へと、優しくも寂し気な表情で少し遠くを眺め始める。


「ワシの娘がもうそろそろお主くらいの背丈だと思ってな。少し重ねてしまったのだよ」


「娘さんですか」


「ああ、今は長期出張てやつでな…。もうそろそろ十年くらいか」


「十年…。かなり長い出張ですね」


「まあ、もうすぐその役目を終えて帰れるそうだからな。それまでの辛抱だ」


 空気が少し重い…何を言えばいいのだろうか…正直言葉が見つからない。とてもいい人そうだから何か励ましてあげたいのだが…。


 ああ、あるじゃないか彼にとって励みになる事が。


 受け取った小袋から水筒を開け水を飲み体を潤してパンを取り出しかぶりつく。生地の表面はサクサクと中身はしっとりという食感、口に入れた瞬間口いっぱいにバターと小麦の風味が広がり疲れていた体が少し癒えた気がする。


「おじさん、これとても美味しいよ。本当にありがとう」


「おう、それは良かった。その言葉と顔を見れてとてもうれしいわい」


 顔…今どんな顔をしているのだろうか分からないが彼が喜んでいるならそれはそれは良かった。


「じゃあ、ワシは先にいくでな。お主も元気にな」


「はい、おじさんも元気で」


 そう互に挨拶をして互いに目的の場所を目指し歩いて行く。

 今日初めてのまともな人との遭遇、とその前のことを忘れたように気分がいい気がした。





 パンのおじさんと別れて数十分くらい歩いてようやく森を抜け取り敢えず目的の場所である人が住む所が見えてきた。城壁都市だろうか巨大な壁が立っておりちょんちょんと屋根の様な物や高層ビルのようなものが覗かせている。特にその中でも大きく秀でた円形の建物はここからでもよく見えるほど目立っていた。

 それにしてもこれまた馬鹿みたいにでかく広い壁だな…まるで海から島を見ているかのように横に伸びる壁…先が見えない。

 島と島をつなぐ橋もそうだけどほんと人間がやってることすごいなとこういうの見るたびに思ってしまうな。そう考えながら城壁近くまで行くと門の前にはとても長い行列ができていた。入国審査的なあれだろうかと思い最後尾に並ぶように立つ。

 見たところこの行列は二百人くらいの長さだが並んでいるのは殆どが馬車数はそう多くないのだが暇なのかちらほらと馬車を降りて話している人たちがいる。その恰好はファンタジーとかでよく見る鳥の羽やら花やらを装飾した派手な色の貴族の格好をしている。貴族特有なのだろうかすごく甘ったるい香水の匂いが空気にたまっており鼻に来る。こんな所で立っている馬たちは凄いな…。


 それにしても酷い匂いだ。正直匂いで気持ち悪くなってきた気がする。結構長いけど本当に早く進んでくれないだろうか…。


 少しでも匂い吸わないようにと再びネックウォーマーで鼻を覆い抑えていると、後頭部に強い衝撃を受けてびっくりしてよろけると同時に馬が叫んでいるような鳴き声を上げたのが聞えた。

 一体何だと思い後ろを振り向くと馬が両前足を大きく上げその足で踏みつけられそうになり咄嗟のことで足が絡まり転びながらそれを避ける。


 お尻を強打しながらもそれどころではなく馬の方を見ていると落ち着きがないようにうろうろと変に動いていた。

 どうやら私の体があたったことで暴れたようなのだが、馬なら当たる前に止まりそうなんだけどなと思いながら御者が馬を落ち着かせていたので、問題はなさそうだな思い強打したお尻をさすりながら立ち上がり再び前を向こうとすると、


「おい!何事だ」


 大きく音を立てるように馬車の扉を開け乗客が怒鳴り出てくる。見た目からしてやはり結構高貴な人たちか、でも周りの人たちとは少し違い派手さのない落ち着きのある格好だ。と横目で見ているとこちらを見るなり歩いてくる。


「おいおい、なんでこんなところに平民がいるんだ」

「汚らしい、何でそんなボロボロな格好の下級民族みたいなのがここにいるのですの」

「おい、どうなっているんだ!門番達は何をしている。さっさとこのごみを除去したまえよ」


 と、さらに後ろから新しく来た貴族達、七人くらいが騒ぎながら続々と馬車を降りて近づき怒鳴り散らしてきた。

 あれ、ここに並んで入国審査みたいなのを受けるんじゃないのだろうかと思いながら怒鳴ってくる貴族たちをじっと見る。貴族たちはというと「聞いているのか」、「なんだその目は」とまあまあ正しいことを一割残り九割くらい関係ないことで貶してくる。正直そこまで言われる筋合いはないと思うけど。というのが私のその目と言われても分からないのだなのだが。あと臭いから近づかないでほしい。

 それにしても私が間違っていたとしてどうすればいいのだろうかこういうのは口を開こうとしても圧をかけて話を聞かないタイプそうだし…。大の大人達が子供一人相手にそんなことされると正直泣きそうだよ…泣かないけど。


 そう困り果てていると、


「はいはい、そんなに慌ててどうされましたか」


 先ほどのパンのおじさんと似た格好の男がそう腰を低くして割って入ってきた。助け舟といってもいいのだろうかと彼を見る。その男は貴族たちに矛先を向けられたようにまた関係ないことを怒鳴られながらもこちらを見て彼なりの状況判断をしたようだった。


「本当にすみません。こいつ今日からここに来る予定の新人でして入り口をしっかりと伝えられていなかったようで。この責任は私どもにあります。どうかこれで許していただけませんか」


 そう男は懐から何やら札束の様な物を差し出す。賄賂…だろうか、だけど如何にも裕福そうな貴族たちそんなもので許してくれるわけないだろうと見ていると。予想通り貴族たちは暫く怒鳴り散らしていたが少しずつその熱が弱まっていくのがわかる。貴族たちも鬱憤晴らしが済んだのか「今後はないようにな」と言ってその賄賂の様な物を雑に受け取り馬車に戻っていった。


「ふう、何とか収まってくれたか。じゃあ、行こうか」


「あ、はい」


 ここにいるのは間違っているそうだし取り敢えず彼についていくべきか。

 そう男に連れられ城門付近で待たされた。

 男は門番たちと何か話すなり一頭の馬を引っ張って来て馬に乗せられ壁沿いを走り西の方向に連れていかれる。

 初めての乗馬というのもあり少し不安定を感じたが生き物に乗っているせいか不思議と地面に足がついているような感覚があった。力強く駆けていく足音、勢い良く来る風…風になるという言葉はこういう感じなのだろうか。という間に別の先ほどとは全く比べ物にならない小さな門前に着く。


「にしても兄弟、出入口は覚えとかにといけないぞ。確かに俺たちが出入りする所はかな~り遠いがルールは守っとかないとさっきみたいに上さんたちがうるさいからな」


「はい、その迷惑かけてしまってすみません。正直どうすればいいのかわからなくて助かりました。ありがとうございます」


「いいってことよ。そんじゃあな兄弟」


「あ、はい」


 にしても喜んで受け取ればいいのにプライドっていうのはめんどくさいものだなと小さく呟きながら再び貴族達が並んでいた門の方へと駆けていった。ここに来る人たちはあれとしてここに住む人たちはいい人が多そうだな。兄弟か…多分この持っている袋をみて同業者と勘違いしたんだろうけど、それほどに仲の良いアットホーム的な職場なんだな。そういう職場なら働いてみたい感はあるな。そう考えながら城壁内へと入っていく。



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