第2話 夢と目覚め

 意識が覚め最初に見えたのは真っ白な天井だった。


 さっきのは夢か?それにしてはとてもリアルな感覚だったな。


 寝具からゆっくりと体を起き上がらせ、目をこすりながらゆっくりと視線を動かしそれを見る。

 淡く白くぼやけた薄明るい、広くも狭くもないそんな一室の空間。

 真横の壁際に一つの大きな机、それを挟むようにあるその椅子の片方に座り佇む彼女を見ていた。

 とてもきれいなのだがだらしなくも床に伸びるほど長い白い髪。雪が染み解け込んだような白い肌。昔の絵画にある人達が身にまとっているような幾つもの純白の薄い布を重ねた特に刺繡などそういった物のないローブの服装。

 まるで真っ白なこの空間に溶け込めみ隠れることができそうなそんな姿だった。

 顔を見たかったのだが、それの真横にある小窓から差し込む眩しい光のせいでよく見えない。

 私は彼女を知っている。

 知っているはずなのだが…思い出そうとも何故か思い出すことができない。

 何でだろう…彼女はどんな顔をしていただろうか…。


 彼女は私が目を覚ましたことに気が付いていない。いつものことだ。何度も、何年もこのように間近で目を覚ましているというのに彼女の方から気が付いたことが一度もない。それほどに彼女は鈍感なのだろうか。それとも彼女が言っていた通り私の気配というものが薄いのだろうか。

 彼女はたぶん読書でもしているのだろう。片肘を立て頬を支え机にある本をゆっくりとめくる動作をしていたから。

 でも、直ぐに読み疲れたのか背を伸ばし本に栞紐を挟み真っ黒な表紙の本を閉じる。

 そして彼女は横にある光が差し込んでいる小窓の先を眺めていた。

 私は彼女の顔を見たいためにいつものように目が覚めたという意の挨拶をしようと思ったが直ぐに思いとどまってしまった。

 彼女が窓の先を眺めるその様子が、とても懐かしく心地良いのに何故か少し胸が苦しい感じがしたからだ。

 その感覚が不思議で何故だろうと考えるがすぐにそんなことがどうでもよくなる。

 ただ俺はその様子を見ていたいな…。と考えるだけだった。


 だが再び二度寝の眠気がきたのか頭がふらつき視界がぼやけ始める。

 眠らないように目をこするがそのぼやけは消えない。


 起きたばかりだというのに何だこの眠気は…。


 その眠気にあらがい必死に耐えながら頭のふらつきを左手で抑える。

 顔を抑える左手の指に力が入り人差し指と中指が左目と骨の隙間に入りそうになる。

 そして強制的に眠りにつかせるようにどんどんと視界の端から真っ黒に暗くなってくる。


 ―――   …!?


 今の症状が異常な気がして彼女の名を呼んだ。呼んだのだが、その声には音が無かった。


 なんだ、声が出ない。というより俺はなんて呼んだんだ?


 彼女の名が思い出せない。彼女の顔が思い出せない。彼女の…。

 思い出そうとする彼女のすべてが思い出せず怖く感じたのか私は彼女の方に手を伸ばしていた。

 だが彼女はやはり気が付くことはなく、とうとう視界全てが暗く染まり何も見えなくなる。


 ああ…そうか…これは…夢なのか…。


 そう理解してしまい、無駄なのだと全て諦め、耐えていた意識の糸を手放し放棄した。




 ■■■




 水滴の落ちて響く音が聞こえ私は意識を覚ます。

 意識を取り戻すと同時に喉の苦しみを感じ咳をして、喉にたまっていた水の様な何かを吐き出す。

 胃の物を吐き出したわけではないが、吐き出すという気持ち悪さと負担の疲労感で壁にもたれる。

 その疲労感は他にもあるような程の疲れだった。

 背中と地面から感じるそれはとても硬くもすこし湿って柔らかく、とても冷たい。

 身につけている服というより全身が何だか湿っているようで地面の冷たさもあってとても寒い。

 重い瞼をゆっくりと開く。

 先の夢のような薄明るい空間とは真反対の暗い…とても暗い暗闇の中だった。


 ここはどこだ…何も見えない…ッ。


 急な頭痛で咄嗟に頭に手を当てる。

 その頭痛はまるで脳自らが記憶を思い出させようとしているのか、無数の記憶のフレームが流れ込んでくるのだが。どれもモザイクや黒塗りのようなものがかかっていて分からず思い出せないものが多かった。

 覚えているのは先の夢とその前の黒い子供の何者かがいたことだ。

 夢の彼女の顔、名前。その前の黒い子供の場所で何があったのか、何故私はあれほどにボロボロになっていたのだったのだろうか…まだ何も思い出せない。少女の何かが話しかけていた気がするのだけれどノイズがかかっていて分からない。

 分からないことばかりだ。あの時、私の左側半身を失っていたのに今は無事で感覚もしっかりとある。

 あれも夢だったのだろうか…。

 まだ頭痛は収まる気配がないがそのまま痛みを耐えるように頭を抑え状況判断を始めようとする。


 ダメだな。まだ頭がぐちゃぐちゃで何一つ分からない。だけど先の夢のような記憶はしっかりと覚えて思い出せるんだよな。にしても大分落ち着いているな俺。


 そう言えば頭を押さえていたのにいつの間にか左の首元抑えてるな。

 なぜだか分からないがここを抑えていると落ち着くし考えがまとまりやすい気がする。今は頭が何か変な感じで十分に機能してないのだが…あれか記憶は失っても体が覚えているという奴だろうか。癖かなにかか分からないがこれはいいな。


 ゆっくりと立上り、空いた右手と両素足で周囲を触れ回る。

 空間の広さは大体、私一人半が余裕に収まるくらいだ。

 壁も床も小さなものから大きな凹凸がある。瓦礫、いや岩壁だろうか。先の少女のような奴と出会った場所かと思ったが湿った場所の地面が軽くこすり取る事ができ、瓦礫とは全く違いそれを鼻に近づけると土の匂いがする。

 それに手を上に延ばせばすぐに天井に届いた。壁をなぞるとトンネル状の空間だということが分かった。ここは洞窟なのだろうか。

 もたれていた方向は完全に行き止りで全面湿っていること以外、特にこれといった物は見当たらない。

 一体どこの洞窟なのだろうかと、立ち止まっていても無駄だと思い取り敢えず壁を頼りになぞりながらこの空間の一本道を進んでいく事にした。


 どれくらい歩いただろうか。

 最初は何も見えず足場が悪い為に不安感があったが、そこそこ長い時間暗い空間にいたせいか夜目が効くようになり地面が少しばかり見えるようになった。そのおかげで歩き始めより大分速く進むことができているが。それでもまだ出口の気配はない。


 しばらくして頭の頭痛やごちゃごちゃが収まったので歩いている間の暇つぶしに自分の名前…家族…知人…顔…国…とありとあらゆる記憶につながりそうなワードをお題に思い浮かべたのだが思い出せたのは地球という惑星に生きていたこと。一般的常識の一部…まあどこまでが一般的常識なのかは個人差があり正しいかどうかという点があるけど今はどうでもよいことか…。それと動物や植物といった図鑑や世界のあちこちの本のことを部分的に思い出すことはできた。

 それなのに、何故か自分と身の回りのことはさっぱりだった。自分の名前、顔、どんな場所で生活してどこの国の人間であるかもさえ分からない。何ができて何ができないのかさえも。


 世界の知識、夢の記憶と首の癖だけは覚えているとなると七割、七十%の記憶喪失という感じか…絶望的だな。まあこれからゆっくりと自分の事を思い出せることを期待しよう。それにしても首を抑えていると深呼吸並みに落ち着いてよく頭が働くな。変な窪みは少し気になるけど。


 そういえばあの夢が自分の記憶なら真っ白なあの空間であの女性と住んでいたのだろうか。となると彼女が私の家族のようなものなのだろうか。う~ん…分からないな…。


 一先ず自身の記憶は首の癖のこともありそのうち思い出せるだろうと考え、今は取敢えず思い出せる事をしっかり思い出していくことに切り替えた。


 にしても本当に変わりない道だな。考えているうちにわき道を見逃してしまったのだろうか…何処かで道を間違えたのだろうかと思うがここまでの道のりに分かれ道のようなものはなかった気がするけどと振り向く。


 やめよう…。


 ここまで歩いてきたのにまた、始めのところまでチェックし直すのは面倒だし何もなかったとき少し、いやかなり心が折れる。取り敢えず行けるところまではこのまま真っ直ぐ進もう。そこで行き止まりなら…その時はその時か…。

 と最悪の結果を片隅に出来るだけ考えないようにしていると僅かに風を、いや空気が少し変わった気がした。出口ではないがこの狭い通路の終わりだろう。天井が途切れているのが若干見える。ようやく少し違うところに出れると少し安心するのだが、その反面いやそれ以上に新たな不安が生まれ足が重く感じる。それは出口に一体、何時たどり着くことができるのかというのもあるが、その不安とは別の要素だ。

 それは先ほどから感じる空気の変化だ。重々しく何か身に覚えのある匂いがする。

 決していい匂いとは言えない。正直いって悪臭と断定できる。だけどひどいにおいであれど不快感、吐き気のようなものが湧き上がる感じはしない。

 これも体が覚えてるようなものなのだろうか。いやこれに慣れるって一体どんな人生を歩んで、何をしていたらこんなにもひどいにおいに慣れるのかと自分に疑問を持ってしまう。


 取り敢えず少しでも悪臭を吸わなくていいようにと身につけているネックウォーマーで口と鼻を覆い進んでいく。そうしてトンネル状の出口に近づくと何やら無数の奇妙な鳴き声の様なものと、足音だろうか硬くも柔らかいような何か軋む音が聞こえ始めた。

 何か生物でもいるのかと出口まで忍び足で音を殺しゆっくりと先を覗く。


 うっわ…


 ただその一言に尽きる。

 生理的嫌悪感のせいか一瞬にして全身寒気が走り鳥肌が立つ。

 その嫌悪感の正体である目に映るそれは一つの大きな川のように、目の視界に映る地面と壁一面を蠢く真っ黒な大量の虫の影だ。


 絶景の反対語ってなんだろうか、汚景?地獄絵図?まあ今この光景に合うとしたら地獄絵図だろうか。

 蟻なら軍隊蟻がいるのかと思えるがここまで聞こえてくる軋むような音からしてそんな小さな虫ではないだろう。そうしてみていると数匹が足元付近で右往左往しておりその中の一体が少し立ち止まり、すっかりと夜目になれた目でその虫の正体をしっかりと確認する。


 昆虫特有の六脚亜門。落ち着きのない二本の触覚。その生物のイメージがはっきりしているからか気のせいか黒光りしているようにも見える。ここまでわかれば虫の正体がはっきりとしてしまう。

 そうゴキブリだ。

 ゴキブリが好きか嫌いか正直言えば本で虫を見た時から虫自体の見た目が好きじゃないから嫌いだ。だけど正直二、三匹程度ならここまで嫌悪感を感じることはないだろうがそこにいるのは地面一面を覆いつくすほどの数だ。大きさからしても数十万匹はいてもおかしくないだろう。


 初の虫体験がこれじゃトラウマなんだが… …?


 その少しの思った事が引っかかった。


 初?虫を実際に見るのはこれが初めてなのだろうか…?まあ、とっさに思ったことだからそうなんだろうな。それにしても自然に考えていると自分のことが出てくるな。変に思い出そうとせずにこのくらい自然に考え事していた方が記憶をとりもどせるのだろうか。でも、思い出そうとする意志も大切だと思うが。うーん…。まあそのことは一旦置いといて今はこの状況をどうするかか。

 ゴキブリって襲ってくるのだろうか。本にはゴキブリはそうだが虫達は基本的に人間を怖がっていると書いていたし襲ってくることは無いかもしれないがこの量だしな。生物として違えど小さな魚達は集まり巨大な魚に模して自分たちより大きな魚を威嚇したりして危機を逃れるとか。それこそゴキブリより先に考え出た軍隊蟻なんて自分たちより数十倍大きな生物にも襲い掛かり食べるような生物もいる。だから数で襲ってくる可能性は十分にあり得る。


 虫に嚙まれるのって痛いのだろうか…。いや、痛いだろうなぁ。全身を覆いつくす程の数…考えるだけで怖いし気持ち悪いな。さてどうしようか。


 恐る恐る頭を少し出して左右を見ると端に少しばかり虫がいない通り道のようなものができていた。

 ここを通れば虫を踏まずに済むし警戒されることはあれどおそわれないかなぁ…。まあ考えていてもこの虫たちが居なくなるのがいつになるのからないしな。襲われそうになったら…もう走って逃げよう。うん、そうしよう。


 そう決心し歩き出そうと片足を上げると蠢いていた虫達が一斉に動きを止め静かになる。


 え…何…気づかれた? 急に静かになられると怖いんだが。


 そう不安になっていると虫たちは一斉に先ほどとは比べ物にならない程の濁流のような大きな波を起こすように激しく動き始め足を軋ます音を立てて虫達は左の方へ駆けていった。


 取り残された私は一体何が何なのか理解できなかった。まあ、いいかと虫達が消えた方を見ながら歩こうとすると虫達が去った方向とは真逆の方から何か聞こえたような気がしてその方向を見る。

 虫達が逃げるかのように急に動き出したのだから何かが近づいてきているのだろうか。獣とか来たら襲われるかもしれないと思い戻り隠れるように壁に身を預ける。


 この匂いを頼りに猛獣が…いや来るのだろうか。ハイエナ見たいのならくるか。何が来るか分からないが、嗅覚が優れているとしてもこの匂いに隠れて襲われない事を願うしかないな。


 そうじっと暗闇を見ていると闇の中にうっすらとした橙色の光が現れた。

 一つまた一つと二つの明かり見える。それと同時に響いて聞こえ始める無数の乱雑で無機質な音々。そして人の声も聞こえその主たちがこちらへと確実に向かって近づいてきている。


「はあ~も~最悪~入って早々可愛くもないのに絡まれてドロドロだよ~もう帰りたいよ~」

「我慢しろ。お前帰るときはいつもドロドロだから変わらねえだろう」

「確かにそうだけどそれはもう帰りだから我慢できるの!それに今回は最初っからだし、いつものどろどろとは違うの分かってるでしょ。こんなの数時間も耐えられないよ」

「さっきお前の為に二人の飲み水を使ってまで流したんだから我慢しろ」

「全然足りないよ。まだ少し匂いが残っているし…もっと水頂戴よ」

「レプラナのねえさんそれはぁないですよ。流石にこれ以上使われると探索がままならないですよ」

「あ、あにじゃの言う通りで、」

「うるさい」

「ひっ」

「レプがまんよ」

「は~いおねえさま」

「「…はあぁ」」

「ところで今回は何処まで行くの」

「まあ、どこまで行けるか知らないが、そうだな。取り敢えずまだ探索できていない道は…残り一つか。なら今回で最奥までいければここの探索は終わりそうだな」

「最奥まで行けたらどうするの」

「まあ目的の物があるかどうかだが、ここにもなかったらまた別の迷宮待ちになるな」

「だそうよ。レプ」

「てことは今日最奥まで行けば長期休暇なのね!なら速く行きましょ」

「ああ、確かに休暇ではあるがどのくら休暇が出るかは上からの応答次第でもあるが」

「どうせ時間はたくさんあるんだからいっぱい休みにしてくれたらいいのに。む~」

「ふふ、そうね私も長期休暇が欲しいわね」

「まあ掛け合ってはしてみるか」

「やった~」


 そんな会話をしながら五人組の影が近づいてくる。


 良かった獣ではなく人で。入って早々ということは彼らの方向に出口があるのか。人なら隠れている必要はないか…いや、出口が近いならわざわざ接触する必要もないか。ここは彼らが過ぎるのを待とう。


 そう人影がこちらに近づくのをじっと待つ。


「あ?なんだ」


 そうしてその五人がすぐそばに来るなり何かに気づき持っているランタンを高くしてその場を見えやすいように照らす。すると何かいじったのか急にその光が強くなった。夜目になれていたのもありその明かりが眩しくて目が痛く咄嗟に腕で光を避けなら視線を少しずらす。


 その時その場の全容を理解する。岩壁や鍾乳石のようなきれいな柱に囲まれいくつかの段がある。ここはホールのようだ。こんなにも絶景な場所にあの地獄図が描かれていたなんてなぁ、と今思うと複雑な気分だ。

 何故あんなにも虫が湧いていたのかという疑問があったがその謎はそれを見れば納得できた。


 真っ赤だった。いや赤というより赤黒いと言うのが正しいのだろうか。ホールの中心にはそこそこ大きな血だまりがありそれに浸るように幾つもの塊…肉塊があった。肉塊には服だったであろう布がボロボロに破かれこびりついていて目に見える肉塊は既に人の形はなく臓物などがバラバラに無残に巻き散っていた。大きな肉塊には獣が食べていたのか牙でえぐり取ったような跡がくっきりと残って見える。


 そうかこれにあの虫たちは群がっていたのか。だけどこの牙の様な痕はどう見てもゴキブリのそれとは思えないしその獣の様なものはいなかったはず。


「さっきの犬どもが食っていた残骸か…にしても匂いがきついな」


 私は周囲のあまりに悲惨な状況に呆然としていたがその男の声に我に返り男たちの方を向いて彼らの姿を見て接触しなくて正解だと思えた。


 その一党のリーダーらしき人物がランタンを前に突き出し見下すようなとても冷たい目で見ていた。その男はそこそこ大きな長身でまだ十代後半か二十代前半位の青年の様だった。服装は薄汚れた薄着にお気持ちお程度のような胴と籠手の防具をして上にジャケット羽織っていた。そして背中にほぼ身長と同じくらいの大剣を背負っていた。


「なんかように血なまぐさいのが来たと思ったらこの子達食べてたのかぁ」


 ひょっこりと杖を持った童のような金髪の少女が男の影から顔を覗かせていた。


「ふふ、可哀想に」


 とても柔らかくゆったりとし少し悲しそうな感じで話す小紫の長い髪で魔女のような格好の女性が頬に手を当て見ている。


「そんなことはどうでもいいでしょう、ラーゼスさっさと行きましょうぜ」


「おいも、そう思う」


 いかにも盗賊のような恰好をした男と他の人たちとは全く違い全身を重圧な防具で身にまとい体の半分以上を覆い隠せるような巨大な盾をもつとても大きな巨体の男二人は三人とは違いそれを見ることも面倒の様に興味がないというよりも一刻も早くその場から離れたそうにしている。


 なんだあの人たちは本に登場し描かれる盗賊や冒険者の様な格好をして。コスプレ?いやコスプレにしてはかなり凝り過ぎているし…どう見てもあれは本物の武具に見える。この場の惨状に慣れているような反応…見た目通り普通じゃない。


 すると金髪の少女が何かに気が付いたようにきょろきょろと向きだす。


「ねぇラーくん何か匂いがする」


「ああ、するな。ずっとお前から漂ってくるよりも強烈なものがな」


「そうじゃなくて私と似たような何かの匂いがする」


「よくわからないが、もう行くぞ。ここにとどまっても何の意味もないからな」


「でも、でも」


 少女が子供らしく腕を抱きしめて少しごねているとラーゼスはめんどくさそうに頭に手を当てどうしようかと考えていると魔女のような女性が少女の前で中腰になり口を開く。


「レプ?」


「何?ノウねえ」


「ラーゼスを困らせたらだ め よ」


 とても優しく柔らかいその一言なのだが、優しさとは別にとても怒っているような恐怖を感じさせる何かがあり心臓の部分が寒くとても冷たく感じた。

 それを感じたのは自身だけではなくその怒りを直接向けられたであろう少女は一瞬子猫のように髪の毛が逆立ち震え咄嗟に下を向いた。


「わ、わかったよ…ノウねえ」


 ゆっくりと少女は顔を上げてそう答える。それに合わせてノウねえは手袋をした手で少女の頭に手をやりゆっくりと撫でる。


「いい子ね」


 そのやり取りを終えてノウねえは立上り少女も物寂し気に抱きしめてた腕を離す。


「じゃあ、お前らいくぞ~」


 一党はそれに答えるようにうなずくなどをして歩いていき再び暗闇に消えていった。

 彼らの姿を見送り、先のそれを踏まないように彼らが来た方向である出口の方へ歩いていると真横を何かが通ったような気がしてその方向を見るがその方向には何もなかった。


 気のせいか…


 少し気になりながらも再び出口を目指して先の見えない暗闇を歩み始める。

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