WITHUOOM HSASTE -ウィトゥーム ハズアステ-

KIKP

第1話 プロローグ

 近未来的な研究所のような施設。

 静かで真っ白な広く長い廊下。

 所々、天井の隅を通った細長い電光板が消え点滅しており少し薄暗く、先にあるT字路の奥は真っ暗な暗闇だった。

 すると、その真っ暗な暗闇の奥から何かが鼻歌交じりにステップし素足で床を鳴らす音が響いてきこえてくる。

 その鼻歌は特に世に知られているような曲といったものではなく、よく人が気分がいい時にやっている様な、何の変哲もないそんな鼻歌だ。

 その鼻歌の主が奥の暗闇から姿を現した。

 それは小柄な人型の存在だった。


 そしてその存在は落ち着きなくステップや体を回転させたりとしつつ通路を進み続け一つの扉の前で立ち止まり鼻歌をしながら扉が開くのを待つ。

 その扉は機械的なもので如何にもというセンサーの様な物が上についていて、前に立っていれば開きそうな自動扉。

 だがその扉は一向に開く気配がない。

 その存在は不思議に思いながらメトロノームのように落ち着きがなく体を左右に何度か揺らし深々と片足を真横に上げるくらいに左に傾ける。視線を動かすと扉の上は赤い光を発していた。

 これはセンサーなどのものかと思っていたのだが違うようで、鍵がかかっているという事を表しているのだろうとその存在は何となく理解する。

 さらに視線を動かすと扉の左右に電子パネルのようなものがあることに気付き歩み寄る、左にあるそれをデタラメに操作するように触るが当然開くことはなかった。左側の操作を諦め右側の電子パネルに触れると短い機械音が鳴り扉の上の赤い光が緑色に変わり扉が開き始める。

 どうやらタッチ式のものだったようで扉のロックはかかっておらず右のパネルにタッチすれば開く仕組みになっていたようだ。


 ようやく扉も開きその存在もそこを通れる…とはならず。その扉はスムーズに開くことはなく近未来的のものとは思えない挙動を起こす。建付けが悪いのかガタガタと何かに引っかかっているかのような音を鳴らし上手く開こうとはせずその存在は暫くその扉の様子を見ていた。そしてその扉は完全に開き切ったのだがそれまでに数十秒とかかっていた。


 ――


 巨大な地響きのような音が右耳の方から聞こえ意識を取り戻す。

 薄赤い光と赤黒のぼやけた視界。

 鼻に何か詰まっているのだろうか何の匂いもしない。

 右耳からは不定期に聞こえてくる心地よい何かの音々の気配を感じる。

 全身が痺れているのか感覚が薄く指先どころか瞼すら思うように動かすことができない。

 特に左側の感覚が完全に無い。

 何か口にたまっている感じがする。まあ、あまり気にはならないからいいか。そもそもその口すらも全く動く気がしないのだから。


 俺は…ここは…これは…どうなってるんだろうか… この感覚は…前にも…まあ…いいか…なんだか凄く寒くて…眠いな…


 朦朧とした意識の中、今の状況が何か懐かしくありながら、自分自身、名前、記憶、状況と考え思い浮かばせるのだが、それらは薄っすらと消えていき何も分からず思考することがどうでもよく感じさせられ、ただ迫りくる睡魔に負けるかのように視界が暗くなっていき再び眠りにつこうとする。


 ――


 扉の先は真っ暗なのだが奥の方に心細い微かな光が天井から降り注ぐようにあった。

 部屋の中からは様々な水の音が聞こえてくる。それはこんな施設のような場所には似合わない小川のせせらぎ、そしてゆっくりと不定期に聞こえる雨漏りでもしているのか水滴が落ちる音達が四方八方から聞こえる。まるで自然の音楽隊がこの部屋にいるのだろうか、綺麗で心地の良い音が鳴り響いている。

 その存在はその部屋に足を入れる。部屋はとても暗く少し歩いた先は床が所々ひび割れ床からパイプのようなものが突き出していたり瓦礫が散らばっている。

 その光景はまるで爆発や地震の災害後のように酷く荒れ果てていた。

 とても素足でまともに歩けるような状態ではないのだが、それは何の躊躇もなく瓦礫の上を進んでいく。

 闇の奥にある微かな光の元を目指して、それはその瓦礫の道を遊んでいるようにけんけんぱをして瓦礫の上を鼻歌でリズムを刻みつつ飛び進んでいく。


 ――


 真っ暗にぼやけた意識の中。眠ろうとするのだが不定期に響いて聞こえてくる先とは違う別の何かの音がきこえてくる。心地良い音を邪魔するかのように変にリズムをずらされていて少々気になってしまう。そのせいでなかなか眠ることができないでいる。

 これは…足音か、ということは何かが誰かが来たのか。一体何者だろうか、何をしに来たんだろうか。私の寝る行為をわざわざ邪魔しにきたのか?はた迷惑な暇人もいるもんだな…まあそんなわけないだろうけど。

 と思いつもこういう時、怒りのままに私は怒鳴るのだろうか、それとも今のように無視をして我慢するのだろうか…と考えたが、先まで気持ち悪い嫌悪などが湧き出ていたが気がつくとそれらはなくなっており、あるのはただ何も感じない無だけだ。


 ああ、今の私なら好物を横取りしても気にしないのかな…ん…?


 とどうでもよい思考をすると何か不思議な違和感が引っかかった。


 私の好物ってなんだっけ?…というより『好物』って何だ?…『何』って…。


 ――


 無限に続くような瓦礫道だったが目的地に近づいてきたのか大きな瓦礫はあれど細かく小さなものは少なくなり、ひび割れた床のところどころにある赤黒く浅い水たまりをよけながらその存在はようやく目的の場所に辿り着き鼻歌を搔き消えて行くようにゆっくり止める。

 その場所はこの部屋で唯一光が降り注ぐ場所だった。

 まるで洞窟の天井に穴があり神秘的というような月明かりが差し込むようなものだ。

 上を見上げるとその光の正体はそんな神秘的なものではなくただのとても小さな電光板のような照明だった。いや小さいのではなくとても高い場所にあるのだろうか。先ほどの廊下の天井とは比べ物にならない…まるで体育館、いやそれ以上に広い空間なのだろうか。

 そしてゆっくりと視線を落としながら、しゃがんでその微かな光が照らすそれを眺める。


 ――


 記憶だけでなく思考してしまうその言葉自体の意味すらもよくわからなくなっていくのが分かる。

 こんなに記憶や思考が変に感じ、忘れるという事が異常だと考えるもそれさえも意味が分からなくなりどうでもよくなる。

 そう考えているうちに気持ちの悪い音は鳴りやんでいた。


 ああ…気になる音が、やっと静かになった。これで…眠ることが…できる。


 不思議に浮ぶ理解のできない心の声を発し、もう何も考えることなく再び私は本能に従うように肉体と意識を任せ『眠り』につこうとする。


 そう、『何』も『考え』ず『無意識』に『本能』に『全て任せ』て『眠』ればいい…


 完全に脱力し『眠り』に入るのを待っていると…

 咄嗟に体が勢い良く動き、意識がはっきりと目覚めた私は掴んでいた。

 いつの間にか目の前にいるフードの影で顔を隠す何者かの、こちらに向かって伸ばしていた右手首を握りつぶすかの如く強く握りしめて、その何者かを威嚇、警戒するかのようににらみつけていた。


 それはとても小さい背丈でいかにも中世より少し前くらいの服装で黒と灰色の布を重ねただけの物を身にまとっており下に伸びる足はとても白い素足。顔は大きなフードを深くかぶって隠しているので見ることができないがそこから垂れる二本の長い髪の毛が床に垂れ伸びていた。。


 …何してんだ俺は…いや、それより、こいつはなんだ?…こいつからは何か気持ち悪い何かを感じる…そう本能が私の全身に強く警告している感じがする…なんだこいつから流れてくるような気持ちの悪い感覚は…。


 互いに一切動かないその時間。まるで先に動いた方が負けかのような、強者同士の読合いの駆け引きをしているような時が止まっているとも思わせる程に長く感じる時間だったが、不意に落ち来る水滴の音に再び時が戻る。


 …ぁ?


 先に動いたのは私だった。というよりも無意識に勝手に動いてしまった。何だ?と思った時には右腕の力、いや感覚が途切れ地面に叩き付けられる。私はゆっくりと視線をその右腕に動かすと、これまでとその疑問を理解しそのまま視線が動かし自身の肉体の状態を視確する。


 ――


 人型の存在は驚き硬直していた。。

 その者の速い動きを。そもそも動けるわけがないと思っていたのだから。

 天から降り注ぐ光は照らしていた。

 瓦礫の壁にもたれかかるように倒れているそのボロボロの人間を。

 とても長く荒れてぼさぼさとなった黒髪。

 髪の僅かな隙間から見える光のない深く赤黒の真紅の瞳。

 左の腕と足はそこにはなく、左腹部は大きく抉れ大量の血が着ている服にべっとりとつき、床には赤い血だまりができていた。

 残った右の手足も酷く、爪は割れ肌がさらけ出ているところには無数の切り傷で肉がさけ、肘から折れた鋭利な骨が突き抜けて姿を現している。

 どう見ても既に出血多量で死んでいてもおかしくない状態で、先ほど握り離したその右腕も地面に叩き付けられる際に、もう最後であろう乾いた少量の血が飛び散っていた。

 そして今なお息絶えそうにとてもゆっくりと薄い呼吸でその者は生きていた。

 存在は止めていた手を再び動かしその者の頭を優しくなで始める。


 するとそれに合わせているかのように不思議と周囲の自然の音が消えた気がした。

 それはまるで世界の制止、死んでしまった世界のようなそのひと時。

 頭を撫でながらその存在は世界と生きている時間がずれているのか口が普通に動いていた。

 歪んだ天井にある微かな水滴達が角にゆっくりとたまり続け大きく揺れそ落ちて。その一粒の雫が床で散るのと同時に世界が生き返ったかのように周囲の音が再び聞こえるようになる。

 その者は静かに眠っていた。


 存在は満足したのか腰を上げて再び来た道を来た時同様に鼻歌交じりにぴょんぴょん進んでいき部屋を出た先で立ち止まる。


 すると部屋の扉が相変わらず音を鳴らしながらゆっくりと閉まり始める。

 すると再び部屋をのぞくかのように存在は振り向いた。

 その時僅かながらその存在が口を開く。


「楽しみにしているよパパ。 この世界の これまでの 幾多の運命を選択し 託し続けた歴史と現在 そしてこれからのパパたち意志ある生物達の行いから 導き出される 答えと 結末を 」


 ニッと笑った口元を見せ扉が完全に閉まり巨大な空間にその音が響き渡り、音がゆっくりと絶えると同時に部屋を照らしていた光が弱々しくなっていき数度の点滅の後に最後の電光板の明かりが静かに消えた。

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