第3話 オリエンテーション
2019年4月3日。高松空港から羽田空港へ。この日はやたらと寒い日だった。花冷えというやつだ。オリエンテーションの場所は、東京スポーツスクエアという、有楽町駅のすぐ近くにある新しい建物だった。
若い子も、俺のような初老の男性も、中年女性も、外国人もいた。グループ分けがなされて、その中で自己紹介をしたり、ちょっとしたゲームをしたり、なかなか面白かった。ディスカッションもした。みんなで新聞紙を折ってなるべく高いタワーを作るなんていう、共同作業もした。みんなで話し合い、工夫し合って一つの事をする。ボランティア活動をしようという人たちの集まりだから、みな協力的で、和気藹々とし、黙っている人もなく、とても楽しい時間だった。こんな風に、オリンピックの時にも作業する事が出来たら最高だ。
これらの作業が集団面接だったら、俺たちはみんな合格だろうと思われたが、実際の面接試験はその後。2人ずつ呼ばれていった。高校生の女の子が、ものすごく緊張していた。
「大丈夫よ。若い子は絶対合格よぉ。」
と、中年女性が元気づけていた。確かに、若い力は貴重だ。体力のなさそうな年寄りは、ただでさえ多いのだから、もしかしたら不要だと言われるかもしれない。俺はさっきまではちっとも緊張していなかったのに、急に心拍数が上がり始めた。
2人ずつ呼ばれたけれど、結局は一対一の面接だった。
「なぜオリンピックのボランティアをやりたいと思ったのですか?」
うう、こう聞かれると端的に答える事が出来ない。
「私は暇ですし、是非オリンピックという素晴らしい大会のお役に立ちたいと思いまして。」
冷や汗が出る。もっと気の利いたことが言えないのか、俺は。
「オリンピックには、どのような魅力があると思われますか?」
「えーと、私はスポーツというよりも、国際交流という観点から、オリンピックは素晴らしいと思っています。」
「どのような交流ですか?」
「え?えー、それは、つまり、世界には仲の良い国や悪い国、文化や価値観の違う国がたくさんありますが、そういう事に関係なく、ひと所に集まって競うという・・・交流です。」
うう。早く終わってくれ。
「ありがとうございました。またお会い出来る日を楽しみにしています。」
「あ、ありがとうございました。」
俺は頭を下げ、立ち上がった。面接試験としては完全に失敗だ。けれども、この面接は危ない人を排除するためのものであって、有能・無能を判断するものではないと思う。そう思いたい。だって、ボランティアなのだから・・・。
記念品のクリアファイルをもらって、身分証明書のチェックがあって、
「山本清太郎さんですね。マイページに登録されている写真なんですが、ちょっと影が写り込んでいますので、撮り直して登録し直してください。」
と、言われた。確かに、背景の白い壁の端っこに、何か紐状の物の影が写り込んでいた。ああ、柱にぶら下げてある懐中電灯の紐の影だ。紐は入らないように気をつけたが、影が入っているとは気づかなかった。やれやれ。
最後に、ユニフォームの試着が出来るコーナーがあって、自由に試着して、流れ解散だった。まだユニフォームのデザインは決まっていないので、黒いジャンバーなどが置いてあった。若い女性達が、お互い知り合いでもないだろうに、ああでもないこうでもないと言い合いながら、試着に時間をかけていた。俺はそれを尻目に、帽子と靴だけ試着して、そこを出てきた。出口の所で振り返って、写真を1枚撮った。例のキャラクター、ミライトワとソメイティのボードが置いてあった。
せっかく東京に来たのだから、どこかに寄ってから帰りたいと思った。しかし、特に行きたい所もなければ、会いたい人もいない。まっすぐ帰るか。そうだ、土産でも買おう。
空港でも東京土産は買えるが、銀座の近くに来たのだからと思い立ち、マカロンの店に行った。昔女性に人気のお菓子だからと、商談へ行く時に買い求めた事があった。適当に2,3箱買って、そのまま羽田へ行き、高松へ帰った。
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