第280話『怠慢』
「――そうか……ライラの望みはよく分かった。」
「じゃあゼント、協力してくれるね。私たちは利害を超えた協力者同士になるの」
まだ疑問点は数多く残るが、最低限の状況と何をどうするべきなのかは鮮明に見えてきた。
話が全て真実という前提だが、ゼントもライラの呪縛という恐怖から逃れることができる。
彼はただ慎ましく暮らしたいだけ。ユーラやジュリが幸せでいてくれればそれが一番だ。
しかし不安も同時にある。例えば今正面にいる彼女に裏の目的があって利用されるのではないかというもの。そうでなくとも相手は異形、警戒心は必須だ。
だが実際、主導権はゼントではなく向こうにある。例え分かっていても頷くしかないように思えた。
信頼しきれない理由の一つに“彼女の話し方には少し違和感を覚える”というものがある。
具体的に言葉にするのは難しい、でもどこか高揚的というか、口元を歪めて悦に浸ったような表情も時折見せた。
元々の白いライラに備わった人格というならまだ理解も寄せられるが、とても信用に値できるとは言い難い。
一先ずはできることからしよう。そう思うことしかゼントはできないのだから。
「協力者ならこの縄も解いてくれるな?」
「ああ、すっかり忘れてた。逃げられたら面倒だからそうしただけ。不要なら今すぐ解きましょう」
ライラがそう言った瞬間、ゼントを包んでいた縄が朽ちるかのように崩れ去り、後には何も残らない。
この縄にしろ今まで聞く話にしろ、結局一体どういう仕組みや理屈だったのか。内容が理解できたとしてもそれは起こっている出来事の表面だけ。だがおそらく全てを知るには時間が足りなさすぎる。
手足が自由に動かせるようになり、ようやく得た自由。同時に彼は得た驚くべき光景を見る。
それは、立ち上がって辺りを見回した直後。何分、ずっと知らない場所で居たものだから、ここがどこなのか確認したかった。
地面は真っ白、肌触りがよく低反発。まるで質のいい絨毯のような感触。周りは開けていて、ただ一面の空が広がっていたのだ。
だが立ち上がって一歩でも進むとどうだろう。自分が今までいたのは部屋でもなければ建物でもなかった。
――それは、翼の生えた巨大な生物の背中であった。
その生物は上空を飛んでいて、縁から掠めるように地上を見ると、町の建物が豆粒ほどの小ささだ。
左右には人の何百倍もの大きさの翼が生えていて、時折大きくゆっくりと羽ばたいている。
一見、飛竜のようにも見えたが進行方向の先に頭部はない。しかし反対を見ると尾翼はしっかりと存在しており、まるで飛ぶためだけに創られたもののように思える。
「ど、どうなってんだここは!?」
ゼントの目は見応えがあるほど丸く、抱いたのは恐怖の方が近い。彼の驚きは言うまでもなかった。
途端によろめいて体勢が崩れるも落ちる心配は要らない。それくらい巨大な生物の背中は広く平らだった。
そこへライラが覗き込み、手を差し伸べながらどうしようもなかった状況を弁明する。
「騒ぎのせいで地上にはもう居られない、それに本体もいるし危険。だから空につれてきた。ことが済むまで町の上空を旋回しつつ待機しておくつもり」
「そうじゃなくて……俺たちが乗っているこの生物は何だっ?」
「この生物? これはライラ…………つまりは私の体、の一部」
さも当たり前かの反応にゼントは卒倒しそうになる。何とかあと一歩のところで踏ん張った。
もう常識の範疇で考えない方がいいのだろう。全ては自分の知りえない領域、彼女の言は全て鵜吞みにした方が楽だ。
しかし無知なままでは痛くない。今度はこっちの番だとばかりに質問をする。端的に、知りたいことだけを慎重に選んで。
「そういえば話を聞いていてずっと気になっていたんだが、ライラは……本体はどこにいるんだ?」
「私と本体が別れた場所にずっと動かず留まっている」
「それはなぜだ? 何か理由が……?」
「この私がただただ一方的に捨てられるように見える? 奴から離れる時、本体に毒を残しておいてやった」
それは恨みを持っているかのような言い草だった。元の彼女の話をしようとした瞬間、少しだけ口調がぶっきらぼうになる。
本体を嫌っての事だろうが、しかし元々同じ体であった相手なのにそこまで不愛想になれるものだろうか。
「毒……」
「だからここひと月はずっと、本体は私を捨てた場所から動けてないでしょうね」
圧倒的に有利な状況を誇示したいのだろうか、ゼントが静かに反芻するとライラはえらく自慢げに語りだす。
「そうか……そうだったのか……」
対してゼントも一見割に合わない不思議な反応を見せる。一つの事実を知って、彼の中で何かが吹っ切れたからだ。
ともかくライラは何もできていない。つまりここ一か月、ゼントに彼女の意思は及んではいない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます