第281話『駆引』
「――本体は今動けないって言っただろ。だったらこっちから一方的に攻撃とかはできないのか。どうして誘き寄せる必要が……?」
「ずっと別れた場所で防御壁を築いて引き籠ってる。こっちからはもう手を出せなくなった。だから外に引っ張り出す必要がある」
なるほど、なぜ協力する必要があるのか疑問であったが解消された。よもや協力と称して利用されるだけかと身構えていたが……
いや、まだ気を許すには早計だ。まだ彼女が説明する状態を実際に目にしたわけではない。もっともらしい理由を付けてこちらを油断させるつもりなのかもしれない、と。
ゼントは警戒心を緩めることなく、当たり障りのない会話を続けて情報を引き出そうとする。
少なくとも敵意をむき出しにするのは避けるべきだ。あくまで友好的に、良くも悪くも機会を伺う。
何せここにはユーラもジュリもいるのだ。最悪人質にされる可能性も視野に入れねば。
「そもそもなんだが、セイラがライラ……その、本体と正面から戦って勝てるのか?」
そして、それは他意以前にライラが戦う瞬間を見ていればどうやっても心配になることだろう。
力も去ることながら、本当の本当に彼女の動きは素早く、人間の目には追えなかったのだ。
それがやめたとはいえ、元々人間である彼女で太刀打ちできるのだろうか。
「単純な戦闘力としては十分拮抗してるはず。あとは彼女が力を使いこなせるかどうか……見ている限りは問題さそうだけど。そして私もできることはするつもり」
「それはちょっと危険過ぎないか? もう少し作戦を考えるとか……」
なんともまあ、ため息が出るほど杜撰な見積もりだと思った。ライラらしいといえばそれまで、しかしそれでも少しは策があるのかと考えていたのだが……
少しだけ、元恋人のライラと比べてしまっていた。彼女は何をするにしても準備に時間を掛け、その優れた頭脳でありとあらゆる不測の事態に対応できるよう計画を立てていた。
手腕は素人ながらでも安心できるものであったが、今の話を聞く限りは不安になる要素しかない。
ゼントが呆れ半分、眉を顰めながら指摘すると、それを不満に思ったのだろうか。
口を尖らせ、しかしささやかな笑みを携え、皮肉交じりに言ってくる。
「……そこまで言うのなら万全を期そう。銀髪の彼女が十分に戦える程度にもっと訓練して、その他にも罠や物資の準備をして、戦いに確実に勝てるようにしよう。期間は最短で半年くらい」
「いやいや、そんなにしなくても……」
「ふーん、そう? 心配なら時間はいくら掛けてもいい。その間の衣食住は私から全部提供する。私は一向に構わないけど?」
「そういう心配じゃなくて……ただ勝てる見込みがどれほどのものなのか分からないんだ」
どうしてそんなに極端すぎる考えになるのか。ライラの不機嫌な様子に気が付けず、流石に半年も待つのはどうかと一人で考えこんでしまう。
焦った様子を見せてもライラの表情は崩れず、しかし溢れ出る笑みは隠しきれていない。
でもすぐに自身の表情に気づいて直すと小さく咳払いをして続けた。
「まあゼントがこっちに居れば、本体はそう簡単に危害を加えられないでしょう」
「……そうは言うが、俺は誘き寄せる囮として役に立つのか? 俺はあいつと最後に喧嘩して別れたのに」
「心配ない。それはもう……とびっきりの餌になるでしょう。なんで分かるかって? だって元とはいえ私たちは一心同体、本体の心は手に取るように分かるんですもの」
ライラはそれこそ、強か上機嫌だったのだろう。自分自身の口調を保てないほどに舌が踊っている。
ある意味今まで見てきたライラよりもずっと分かりやすい。見たこともない彼女に少しだけ興味がそそられる。
なぜ今の流れで気分が良くなったのかは分からないが、ともかくライラは意気揚々と語り続けた。
「そして無力化したら本体の全身を乗っ取る。意識まで主導権を握れたらそれで全てを終わりにできる」
「乗っ取るってことは……元々あったライラの意識はどうなるんだ?」
「もちろん二度と同じことを繰り返さないように自我を含め完全に消滅させる。身勝手な行動をした妥当な罰だ。後は私が居れば何とかなる」
「そうか……その、何らかの形で残せたりはしないのか……?」
ゼントが気になっているのはそこだった。話を聞いている限りはライラにはもう二度と会えないようにみえる。
何故そんなことをわざわざ心配するのか、理由を聞いてもゼントは答えようとしないだろう。
言葉にできない、したくないというのもある。今はどちらの味方に付くのか決めきれないというのもある。
敵に温情を掛ける、そんなどっちつかずとも取れるゼントの発言に白いライラが不信感を示すのも当然だろう。
彼女は表情を変化、いや豹変とも言える側で先程の上機嫌を手放した。
「そんな危険因子を残すようなことをするわけない。何? まさかあいつに変な情でも沸いたの?」
「いや……そういうわけじゃ……」
自らを顧み、失言に気づいたところでもう遅い。一度点火したライラの爆発は止まらない。
「何ならあいつの悪行を全部教えてあげようか?! あいつがゼントに何をしたかのか、その全てを!」
「落ち着けよ……俺たちはそんな話をしているわけじゃないだろ」
言われもない感情をぶつけられてゼントは若干鼻白む。同情は多少なりともできるが、他人に当たるのはよしてほしい。
身構えて手を正面に出しながら一通り宥めてやると、彼女は我に返ったのか唐突に真顔になった。そして息を切らしながら言う。
「私は最初から冷静よ……とにかく余計な感情は捨てたほうが楽っていう話。考えても疲れるだけだから」
悪行とはいったい何のことだろうか。ゼントは少しだけ頭を働かせる。ずっと彼女といて悪いことはなかったように思えるが。
いや、ひとつだけはっきりしていることがある。ライラが赤い悪魔の正体なら、彼女は……
今まで考えていなかったのは忘れていた訳ではない。
ただその事実を認識するのが心底恐ろしくて、敢えて触れてこなかったのだ。
――それはライラがユーラをこんな様子に変えてしまったことについて
「――じゃあこれで話は終わり。彼女が起きるまで休憩しようか」
最悪だ、よりにもよって今一番思い出したくないことを思い出してしまった。
しばらくは軽く鬱になりそうだ。なぜこんな気持ちにならなければならないのか。
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