顕れた真

第277話『顕現』

 



 ――次にゼントが意識を取り戻したのは、日に陰りが見え始めた頃だった。


 彼が目を覚ますと、まず一番に気づいたのが肌を突くような寒さ。

 次に地面を見ると

 周りを見渡すと空しか見えず、宙に浮いているかのような不思議な感覚に陥る。



 そして……目の前を見るとライラが佇んでいた。寝耳に水とはこのことか。

 ゼントの目は大きく見開かれ、咄嗟に武器を構えようとした。だが何故かできない。どうやら体を拘束されているらしく。


 どんなに愚か者だとしても、この状況が一縷千鈞ということは分かる。かつて溢れ出んばかりの嫌悪と憎悪と拒絶をぶつけた存在が目の前にいるのだから。

 いや、ライラが視界に映ったのは確実な話なのだが、彼女の姿をよく見ると色が反転していた。

 服と長い髪は光の中のように白く、変わらないのは宝石のような赤い瞳と相変わらず白い肌だけか。


 しかしどんなに様子が変わろうともライラであることに決して変わりはない。

 躊躇いはある、絶望を凌駕する恐怖もあるが引くに引けないゼントは声を荒げようとする。

 だが、その傍らに居た二人を見て途端に血の気が引き絶句した。



 なぜ彼女らがこんなところに……ただ疑問を浮かべることしかできない。

 状況が状況なだけに、自分自身の目を何度も疑った。しかし事実が覆されることはなく。


 そこにいたのは――家に居るはずのユーラとジュリ……

 ……自分と違って拘束はされてない。ただ二人して距離を少し置いて心配そうに見つめられていた。


 理由はともかく、これでは人質に取られているようなもの。勢いは削がれ口をつぐむしかなくなった。

 そして近くには気絶する直前と同じ風貌のセイラが、背を向けて立っている。



 事態を読み込めず、しばらく何もできず覚悟を決めるべきか思い悩んでいると……白くなったライラが覗き込みながらゆっくり話しかけてくる。



「どう? 落ち着いた?」


 そのたった一言からでも以前と変わらぬ彼女であるとゼントは確信できた。

 最後に別れた時のように取り乱していないのは立場的優位があるからだろう。

 ライラは返事を待っているようだが、少なくともゼントは話す気になれない。故に黙りこくった。



「……答えたくないならいいよ。その代わり口も聞いてくれないなら、私も今の状況を話す気分になれないな」


 これは……罠か? 口を聞くだけという随分と安い見返りで貴重な情報を教えてくれるというのだから。

 ゼントは冒険者だ。状況を知ることの大切さを知っている。もう下手なプライドどうこうに拘っている暇はない。

 だから、質問という形でだけ会話することを許した。手始めに今すぐにでも知りたい内容を詰める。



「ユーラたちをこんなところに連れてきてどうする気だ」


「ふーん、まずあの娘の心配をするんだ……」


 なんとなく腑に落ちないといった様子でゼントは尋ねる。

 自分自身でも何故こんなに落ち着いた受け答えができたのか分からない。

 すると彼女の表情には一点の曇りが……



「いいから早く俺の質問に答えてくれ」


「へぇ、そうやって私の機嫌を損ねるようなことをしていいの?」


 構わず強気で出たつもりだが、あくまで威圧的な態度で牽制を重ねたライラ。

 ゼントは表情で不快感を示しながら、しかしまた何も言えなくなってしまう。

 自身の立場を理解した反応に気をよくしたのか、ライラは囁くような笑顔になると少々得意げに答えた。



「まあいい、答えてあげる。でもその前に自己紹介させて。私の名前はね、ライラ。あなたの元想い人と同じ名前」


 言い方に随分と棘がある。それに随分と気に障る言葉遣いで。

 自己紹介など何を今更、と思ったのも束の間。嫌気が差していたが次の一言で全てが覆る。



「だけれど、私はあなたの知ってるライラじゃない。私はライラの中にいるもう一人のライラ」


 思考が一瞬飛んだのはゼントだけではない。後ろで待機していたジュリやユーラも不思議そうに首を傾けている。

 だから煙に巻かれたと感じ、思わず聞き返したところで咎められはしない。



「んん? つまりライラは二人いる?」


「違う。分かりやすく端的に述べるなら、ライラのもう一人の人格、そういう認識でいい。厳密には分かれた人格なんていう無責任なものでもないけど」



「ううっ……よく分からない、頭がこんがらがりそうだ。でも少なくとも俺に知っているライラではないんだな……」


「そう! 彼女とは違う! あなたに危害を加えるつもりもないし、後ろにいる二人にも興味はない。ただ協力してほしいだけ」


 襲うつもりはないということは、とりあえず身の危険はないと考えていいのだろうか。

 しかし相手が相手だ。信用できるかどうか見極める必要がある。いや、ほぼほぼの確率で嘘だと、須らく疑ってかかるべきだろう。



「一体何をだ……? そもそもお前は化け物だろう、そんな奴に協力なんてできない」


「私の目的はそう、ただゼントを日夜悩ませている“彼女”を連れ戻したいだけ」



 露骨に怪訝な表情でゼントが見上げた時、白いライラは満面の笑みを浮かべていたという。

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