第276話『根源』
徐々に迫ってくるセイラ、対してゼントは最後の手段として腰に掛けていた剣の切っ先をセイラに向ける。
どうせ助けることなどできないと思いつつも、念のために持ってきていた剣を。まさか助けるべき相手に向けことになるとは思いもしなかったが。
依然として彼女の目的が理解できない。分かるのは今この場が非常にまずいということだけ。
ただ逃げなければと頭に過った。家には守るべき者たちが待っている。だが逃げることが最善だとは考えられても、重く使えない脚では叶わない。
「あれぇ? ゼント、その武器はなぁーに? なんで私に向けてるのかしらぁ?」
「悪いが……! 俺は、セイラと一緒には行けないッ」
「どうしてぇ? これで一緒に町から出られるのにー?」
「そ、それは……………お前が人を殺しているからだ。報いは受けるべき、それが被害者達へのせめてもの償いだろう」
はっきり言って、町から逃げられるとしてもセイラと一緒には行きたくはない。
化け物という生理的嫌悪、ましてや人間を逸脱し殺人を犯した者とどうして一緒に居られようか。
ゼントは落ち着いた声で言い切ると、今度はセイラが上ずった声で語る番。
「あれはどうしても必要だった、って言ったらー?」
「そんなわけがあるはずないだろう。それにどんな理由があろうと人を殺していい理由などない」
「詳しくは教えないけどぉ、力の代償ってとこかしら? でもこれであなたは彼女から恐れる日々を終わりにできるわね」
「また大事な部分を教えずじまいか……それに今更だがライラのことをどこで聞いた?」
「……もう一度聞くけど、私と一緒に来ない?」
「行かない。大人しく罪を償え」
微妙に会話が噛み合わない二人、大きくなった手をゆっくり目の前に差し伸べたセイラに対し、ゼントは強く突き放す。
罪を償えとは言うが具体的にどのように償わせるのか、首を落とした程度で死なないのならどうすれば……
しかしもうそんなことを考えている段階ではないのだろう。刑場での騒ぎを大きくし過ぎだ。彼女は言葉通りもうこの町に残る気はないのだ。
セイラは二度の否という言葉を聞くと再びゆっくり動き始めた。腰が抜けているゼントは辛うじて這いずりながら、しかしそれも家の壁に阻まれ虚しい抵抗になる。
それでも尚逃げようとする彼をセイラは鷲掴みにした。片手の親指と人差し指だけで胴体を。それくらいに彼女の腕は異様に肥大化していたのだ。
更には尋常ならざる腕力で締め上げられる。内臓を圧迫され呼吸が苦しくなっていく。
「がッ! はっ……」
「ゼントぉー? 最後にもう一度聞いてあげるわね? ……私と一緒に来なさい」
彼女の虚ろだった目は一点に据わり口調も変わった。いよいよ本気になったと言うべきか。
ゼントは咄嗟に返事をしようとした。だが、息を取り込もうとしても肺が広がらずに、これでは否定も肯定もできない。
苦しみながらも何とか首を振り、意思を伝えようとするもセイラは受け取ってくれず、猶も指をどけてはくれなかった。
そのうちゼントの意思は暗闇に果てる。酸欠による気絶とはいえ一時的な安息の領域へ。
最後に彼が見たのは、ただひたすらに真剣な眼差しで見つめてくるセイラの姿だった。
消えゆく視界の中、誰かに助けを求めた気がするが、もう誰だったかも思い出せない。
「あれ……ゼントぉー?気絶しちゃった? あれ、そんなに力を入れたつもりじゃなかったのに……」
目の前の者の意識が消え、彼女はふと我に返ったように独り言を呟くのみ。
そして一部始終を見ていたものはもう一人。影の中から這い出るように、そして極めて苦々しい顔で抗議を突き付ける。
「おい馬鹿……! 随分と派手にやってくれたな。話が違うだろ、なんで人間はこうも……! ああ、くそっ……もういい」
その者は随分と感情的かつ荒々しい口調だった。終いには呆れて一人で地団太を踏む始末。
誰かと対照的な白い衣を身に纏い、彼女はライラと瓜二つの声と容姿をしていた。
何とか時間を掛け心を落ち着かせると、今度は一転、冷静な態度で話し出す。
「家に居た二名は確保した。後はあいつが戻ってくる前にやるべきことを終わらせるぞ」
「……ああ、確かそんな話だったわね……ゼントを手に入れられると思ったら興奮しすぎて忘れてたわぁ」
片や気だるげに、とてもではないが非常につまらなそうな顔をしながら返す。
二人は相反する性格のようで、傍から見ても馬が合いそうにない。
「早く乗れ、上に昇るから」
そして白い彼女はそういうと白昼堂々、三名は空高く舞い上がった。
まだ広場からの視線がたくさん残っているというのに。
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