第260話『告白』
「……悪い、また変なことを聞いてしまった。俺には仲間の彼女を売ったように見えてしまってだな……考えてみればゼントは嘘なんかついたことないし、彼女ともずっと一緒にいたのにそんなはずはないか……」
カイロスが下を向いて、気が遠くなるほどの時間が経った。やがて考えがまとまったのか冷静さを取り戻した様子でぼやく。
やりきれない、腑に落ちない、訳が分からない、未だにそれらの気持ちを抱えたまま彼は続ける。
「いやな、ゼント自身でも気づいているだろうけど彼女が来てからお前はすごく変わった。ずっと行く当てもない亡霊のように過ごしていたお前がだ。初めは言い合いをしてたりで上手く行ってなかったみたいだが、ここ数日を見ている限りは仲睦まじい限りだった。なのにたった数分の出来事で壊れてしまったのが何ともな……」
「実は俺もそう思っていた。何もかもが壊れて……でも何故か惜しいという感情が残っている。上手く言葉にできないけど奴は、あいつは、実際生きる糧になっていた。あり得ない話だけどもしかしたら亡くなったライラが、あいつが生まれ変わってこっそり会いに来てくれたんじゃないか、そんな風に思った時もあった」
二人は遠く儚い過去の記憶を思い浮かべるように。過ぎ去りし日々は還らない。
だからゼントは続けた。行き場のない感情の全てを吐き出すかのように。
「でも全ては違ったんだ、全部自分の愚鈍な幻想だった!! しかもだ、俺は奴の首を刎ねたと言うにあいつは平気そうな顔で佇んでいた。なあ、もしかして俺がおかしくなったのか……!? カイロスから俺は今どう見えてる?」
これは驚くべきことだが、二人の解釈は大まかに一致している。ライラの喪失を損失だと思っている点において。
普通は損質以上に憤慨や憎悪といった感情が見られるものだ。だが変わり者同士なのか、比較的彼らにはそれが無い。
……しかし、だからといって簡単に割り切れるかと言われれば声を大にして違うと答えられる。
奴は今何の目的だが、人間を殺し喰いまわっている。そしてセイラの身が危ういことに対して許せるはずがない。
だが少なくともゼントの感情の揺さぶり、その多くの原因はライラが自分の正体を隠していたというよりは彼女事態の喪失が大きかったということ。必ずしも単純な怒りではない。
嘆き荒ぶる彼を見てカイロスにも寄せる同情はある。開いた心をまた折られたのだから。
しかも数日前まで惹かれていた人物が、今では別の親しい人を巻き込む殺人鬼と化した。
複雑な感情は完膚なきまでに叩き潰され切り刻まれ、捉えどころないくらいにごちゃまぜだ。
寧ろこの数日よく持っていた、と感心すらできた。彼はゼントの肩を持って全力で宥める。
「安心しろ、お前は初めから正気のままだ。確かに、今までゼントが言うような生き物に出会ったことも聞いたこともないんだ。でもこの世界にはまだ解明されてないことも多いし……もう常識では考えない方がいいのかもしれんな……」
……ゼントが落ち着きを取り戻すのを暫し待って、カイロスは現状を整理し始めた。
「少なくとも話を聞く限りは彼女が真犯人である可能性が極めて高い。つまりフォモスが見たものは幻覚ではなかった。俺も違和感をもっていたんだが、それも少し晴れた気がする」
口元に手を当て、感慨深そうに呟く。だが黄昏るのはまだ早い。
自身を奮い立たせるが如く自らの頬を強めに叩く。細く横長の眼はやるべきことを見据えた目だ。
「ゼント、まだ隠し事はあるか?」
「いいや、一切を包み隠さず話した」
「じゃあ行くぞ、セイラのところへ」
「ああ」
余分な言葉は必要ない。年齢も体格も差がある二人だが長年連れ添った相棒のように。
実際二人は長い付き合いだ。しかし一緒に並んで歩く姿はそれ以上の絆があるような、空気に馴染む姿だった。
目的地は言うまでもない。真実を知らされた者が殴り込みに行くように、堂々たる振る舞いで大通りを歩いていく。
そして建物の目の前まで来ると、前を歩いていたカイロスが振り返って言う。
「まずはゼント、お前が一人で話してみてくれないか? いつものように接してくれればいいから最後にもう一回だけ試してみてほしい。俺は近くで聞いていて必要ならセイラの前に姿を現す」
「え……ああ、わかった、やってみる」
一瞬戸惑うゼントだが、すぐに意図を察する。要するに彼の発言の裏を取りたいのだろう。
疑っているわけではない。ただカイロスと一緒だと警戒して話が出てこないかもしれないのだ。
簡易的とはいえ作戦を練って、いつも通り詰め所の人間に話を通して中へ進む。
奥の階段を下りて一週間ぶりの例の地下。以前とは違い篝火がたかれていたが依然中は暗い。
そしていつもの一室、久しぶりに会ったセイラは檻の中でぐったりとしていた。
壁際に添えられた寝台に横たわって動かない。目は開いているようだがどこか虚ろで、宙を眺めては瞬きもない。
流石にずっと外の景色も見ないまま一週間も過ごせば気持ちが塞がる。その間に尋問も幾度となく受けているはずだ。
加えて自分の処刑が刻一刻と迫っていれば、死んだように動かなくなるのも必然のこと。
「セイラ……」
「あぁ……? ああ、ゼントぉー」
ゆっくり話しかけると彼女は地に足がついてない返事をする。いつか見た不思議な様子で。
だが気は抜けない気がした。こんな時にもセイラは抜け目なく、以前もこちらを見透かしたような態度だったから。
でも今の弱ったセイラなら頭が働かず口を滑らすこともるかもしれない。
卑劣かもしれないが襲撃が無い以上、それしかできることはないのだ。
近くにはカイロスも潜んでいる。なんだが後ろ盾があるようで心強い感じがあった。
ゼントはゆっくりとここへ来た要件を伝え始める。
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