第259話『答酬』
――それからの時間というもの、ゼントは寝る間も惜しんで捜査に注いだ。本当に睡眠時間を削って……
彼自身ができる範囲のことは全てやりつくしたといっていいだろう。聞き込みでセイラの身元や人柄を明かそうとしたり、時には非合法な場所に居る情報屋も頼ったりしていた。
当然カイロスと一緒に改めて現場の検証も行う。全部は一人の女性のために。
だが現実は非情なもので、大量にあったはずの時間はあっという間に流れてしまう。そしてどんなに真実に手を伸ばしたところで僅かな雲を掠め取るだけ。
全く情報が落ちないわけではない。しかし無実の証明に役立ちそうなものは無かった。
それでも必死に、血眼になって探している。そう、時間が許す範囲でできる手は尽くし終えてしまったのだ。
噂によると自警団は犯人の確定的な目撃証言を得ているらしい。具体的な内容までは調べきれなかったが、無実の証明を挑んだところで格差は絶大だろう。
ゼントは絶望の日々を過ごし、精神は限界まで崖まで押しやられ。
あれから経った日数は――七日。
流石に真実を知らないカイロスでも若干の焦りが見え始めていた。額には皺を寄せていつも難しそうな顔をしている。
そしてこの間、誰もセイラにも会ってない。期待しても無駄だとようやく悟ったから。
家に帰ればユーラの距離が近く、また体力が削られる。悪気が無いのが余計に断り辛く、疲労は極限まで溜まっていった。
いよいよ何もかも手詰まりになっていって、だから……自身の持つすべての情報をカイロスに言おうと決めた。
七日目、朝早くから協会へ向かって、支部長室に居たカイロスに一から語る。つらつらと、一言真実を告げていく都度心がじんわりと痛む。
それでも秘匿し続けるよりはましだった。だからこそ今更になって話そうと決意したのだ。
全てが口から出尽くした時、部屋の中でカイロスは静かに目を瞑ったまま。姿勢を変えずに彼は静かに質問を加える。
「ゼント……話してくれたのはありがたいが、一番聞きたいのはそんな大事なことをなぜ今まで黙っていたのかってことだ」
「セイラが話したがらなかった、つまり何か意図があると思ったんだ」
「……お前はセイラを助けたくないのか?」
「そんなつもりは……!!」
カイロスは当然というべきか不機嫌を露わに、頭を抱えていた。指摘は尤も、申し開きも能わずゼントは押し黙る。
しばらくの打ち解けることのない静寂が流れ、両者とも目を合わせずに固く過ごしていた。
やがて沈黙を打ち破ったのはカイロス、弱々しく唸り初めそして――
「――はぁ、俺が悪かった。今はお前を責める時じゃないってのに……」
訪れたのは怒りではなく謝罪だった。だからと言ってゼントの気まずさが晴れるわけでもなく。
感情をぶつけられるより呆れられる方が精神的にくる。前にも誰かに感じたことだが。
「ともかく、セイラのところへもう一度行って問い詰めてみよう」
「いやカイロス、その前にあともう一つだけ言いたいことが……」
気持ちを切り替え、新たな捗りが生まれたことに対し前向きになろうとしていたその時。ゼントはそれを遮りもう一つの真実を告げようとする。
なぜなら彼は本当に全ての情報を告白するのだ。即ちそれはライラについて自身が話すということ。
絶対に言うべきだったのに、むしろどうして今の今まで隠していたのか。それはライラのことを思い出そうとするとなぜだか呼吸が苦しくなるのだ。
最後に会った時に何かされたのだろうか。異変の正体に気づかずゼントは全て話した。
あの化け物はユーラに手を出した。自分の周りにいる人間を排除しようとしているのだ。
大胆かつ直接的に動いてこないのは、もしかしたら行動に何かしらの制限があるのかもしれない。
そしてなにより、奴は他人に姿を変えられる。自警団は決定的な目撃証言があると言っていたが、もしかしたら……
まだ可能性の範疇だが、わざとセイラの姿になって殺人を犯すことで濡れ衣を着せようとしているのだよ。
このことを知っているのは今、自分しかいない。ゼントは自分の考えを交えながら、衝撃的な内容を真剣に話していった。
「……最近彼女の姿を見ないと思ってたところだが……しかしだゼント、お前の言っていることが本当なら……お前はあの娘を突き出すつもりか?」
「…………」
声は野太く空気は震える。今度はセイラの件とは違い、カイロスはまじまじと怒りに満ち強い疑いの目を向けた。
あまりに常軌を逸した話だ。信じられないというのも仕方がないこと。
だがゼントは事実を伝えたまで。真剣な眼差しで見つめ返し、しかし畏縮で反論は出ず。
だが真っすぐな視線には効果があったようだ。カイロスは我に返ったように頭を振り、しばらく唸りながら死んだように俯く。
頭が追い付けず混乱しているのだろう。何せゼントも自分の記憶が間違いなのではと思っている始末。
でも、もう余裕もない。セイラの死は目の前まで迫っているのだから。
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