第258話『要素』
カイロスのゼントの情報共有、結果は……芳しくはなく。
分からないということが理解させられていくばかり。
どこに手掛かりがあるのかは分かっても既に出尽くした後だろう。
「そういえばフォモスの証言は考慮されなかったのか、犯人は明らかに人間じゃないって……」
「もちろんいったんだが、彼は錯乱状態で恐怖のあまり幻覚を見たということで処理されてしまった」
自警団も中々強引な……とも言い切れないのが悔しい。確かにフォモスのあの様子は尋常ではなかった。幻覚幻聴が身に起こっていても不思議ではない。
ただ、そんなに簡単に片づけていいものでもないように思える。
彼が話しているときの顔からは、ただ恐怖に打ちひしがれているだけの者のそれではなく、ひたすらに確信めいた事実を感じたのだ。
「四件目はフォモスが巻き込まれた、そして五件目はセイラが……聞き込んだところ彼女の目撃情報は何件か見えたんだが、肝心の他のものは一切なかった。自警団が彼女を拘束するのも、まあ無理はない……」
拘束はある程度の根拠があって理に叶った対応。だからこそ彼女の無実を証明するにはそれ以上の決定的な証拠が必要なのだ。
なのに、肝心のそれが難しい。情報はかなり限られているし、セイラは何故か協力的でないし。
「ところで聞きそびれていたがゼント、セイラから話は聞けなかったのか?」
「いや、それが……」
先の見えない不安に頭を悩まされているというのに、カイロスの追い打ちのような質問にゼントは頬を苦ませるしかない。
いっそのこと全てを話してしまった方が楽になるのでは、カイロスになら不利な情報を渡しても便宜を図ってくれるのでは?
だが、彼は喉まで出かかった言葉をあと一歩のところで戻してしまった。
まだ初日、慌てて事を急げばどんな弊害があるかも分からない。だから、もう少しだけ心に秘めておくことにしてしまった。
結局、当たり障りのない会話をしたとだけ報告した。
「そうか……でもこのままだと次の襲撃に期待するしかなくなる」
何気なく放たれた言葉にもゼントは戦慄する。
それが叶わないことを彼は知っていたから。
でも、押し黙るだけで肝心の必要な言葉が出てこない。
「? ゼント、顔色が悪いがどうかしたか?」
「あ、いや…………考え事をしてた」
「そうか……でも最悪の事態はきっと避けられるはずだ。あまり肩の力が入っていると周りが見えなく――」
「――ちょっと、もう一度セイラに会ってくる」
「あっ!」
情報を持ってないので仕方がないがカイロスは楽観的過ぎた。
次第にゼントの顔は青ざめていき、会話の途中だというのに駆け足で振り切る。
協会を飛び出してまた例の場所の地下へ――
そして助けたい彼女がいる鉄格子に張り付き、挨拶もなく強引に尋ねる。
「教えてくれ、俺はどうすればセイラの無実を証明できる?」
「あらゼント、まだ一日も経ってないのに泣きつきに来たの?」
「そんなこと言っている余裕はないはずだ。掛かっているのは自分の命だろうに」
「だからゼントが私をここから救い出してくれるんでしょう? この牢をこじ開けてね」
彼女はいつもの冷静さを発揮していて、いつになく落ち着いた返答を返してくれる。
ゼントの固く握られた拳が見えてないのだろうか、自身やカイロスの努力をあざ笑っているような気さえした。あくまで無実を証明するという行動すらも。
温厚なゼントでも流石に怒りという感情を抱く、しかしここは一旦抑えこちらも冷静になって対応してみようと思った。
「……ならセイラ、もし俺がお前をここから出して一緒に町からも逃げられたのなら、隠している事を全て話してくれるか?」
「うーん、逃げ切れるのであればその交換条件は悪くないわね。ただもう少し私の希望を付け加えてほしいところだけれど」
「その条件は……?」
「町から完全に逃げ切れた後もずっと私に付いてきてほしい。なにぶん、外で一人は生きていける気がしないものでね」
嫌な予感がして身構えていたが案外普通なものだった。常識人なら考慮しておくべき内容だろう。
適当に二つ返事を返しておいたが、逆に当たり前すぎて聞いてくることに疑問すら覚える。今更心配性とも抜かりがないとも思えないが。
「でも最善はこの先もずっと町で平穏に暮らしていけること。違うか?」
「残念だけど、私が犯人として投獄された時点で無理なの。ゼント、お願いだから分かって。これはもう抗うことのできない決定づけられた運命なの」
分からず屋なのはどっちだ、とゼントは心の中で訝しんだ。達観でもしたのか、何故そうも簡単に日常を捨てることができるのか分からない。
かといって見捨てるのは寝覚めが悪すぎる。だから今苦悩しているというのに。
しかし、いま彼女会いに来たのはセイラの話を呑む覚悟ができたからではない。
多少は譲歩の姿勢を見せて、気持ちが緩んだ事と引き換えに情報を渡してくれないものかと打算的に動いていたのだ。
いや、彼女の言う通り不安になって泣きつきに来たのかもしれない。だが男として情けないは見せたくなかった。
「……じゃあ最後にもう一度聞くが俺の行動に対して、セイラからは手助けしてくれないってことでいいか?」
「ええ、何度来ようが同じ。これは下心も変わりようもない結論よ」
そうか……とゼントは一言だけ。歯がゆい思いで真剣に口を閉ざしていた。
やはり何か理由があって言えないのだろうか。何も分からないことだらけで憶測も意味を成さず。
ゼントはもう諦めて彼女の元を後にした。しかし諦めたのはあくまで情報を聞き出すことだけ。
彼はまた証拠探しの日々に駆り出され頭を悩ませ続ける。
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