第257話『掌理』
――家を出て、ゼントはまずセイラの自宅へ行くことにした。
理由は勿論彼女の無実の罪を晴らす為、女性の住まいへ入り込むのは些か気が引けるが今回ばかりは仕方なかろう。他に近道と思える方法が見つからないのだ。
だがまずは協会へ向かって家を教えてもらい、そしてようやく真っすぐに足を運べる。
協会から話を聞いたところ、まだ知らないセイラの情報が沢山出てくる。彼女に割り当てられた仕事机からは大量の依頼の資料が、全部見たがしかし目ぼしい情報は無い。
念のため登録されている職員登記を見せてもらった。ここでもカイロスが根回ししていたのか特に不思議な顔をされることもなく。
確認すると住まいは一軒家でここからそう遠くない。その他の家族は一切無く一人暮らし。確か実家から仕送りがあったと言っていたような気がするが記憶違いだろうか。
出身地は……明細な記載なし。ここから遠いところ、とだけ書いてあった。少なくともここら一体の出自ではないらしいが。
証明書にもなりうるのにこんな雑でもいいのかと思うが、流浪の民もいるくらいなので細かい部分までは気にできないのだろう。
何だろうか、知らない情報と言えばそうだがあまり役立ちそうなものは無い。
強いて言えば謎が多い人物とも捉えられて、自警団の格好の的になる怪しい人物といったところだろうか。
とにかくここは本命ではない、とゼントはあれこれ思考した後、協会を後にした。
そして住所通りの場所、実際に行って見ると思っていたよりずいぶん小さい家があった。むしろ小屋と言っても差し支えないあまりに矮小な建物が。
押収されていた鍵を使い思い切って中に入ると、質素倹約を体現したかのような室内が目に入る。
家具は寝具と机と椅子と箪笥、六畳一間程度の部屋となると少々手狭に感じた。だが人が一人暮らすとなると、この家具の量はあまりに少なすぎる。
そしてさも当たり前かのように小物や雑貨といった部類の物もない。まるで引っ越し初日みたいな異様な部屋だった。
本当に彼女の家なのかと住所にもう一度目を通す。だが資料が間違っていない限りここがその場所だった。
ゼントは部屋の中を探索する、とは言っても探す場所がほとんど無ければすぐにでも終わってしまったが。
箪笥の中は着替えと下着、私服はそうでもないのに下着は随分色っぽい。何も身構えず中を覗いてしまった彼は酷く後悔と自責の念を覚える。
でもこれはセイラのためと仕方なく自分に言い聞かせて、底はもちろん隅まで確認した。
だがこれで頭打ちのようだ。隈なく部屋を見渡しても何もない。壁や床に秘密の抜け道などもありもしない。
この環境では牢獄の中とそう変わりなかった。逆にこの部屋でどうやって法則を見つけたのというのだろう。
「――やっぱり例の法則とやらの正体はセイラの頭の中にしかないのか?」
他に情報がありそうなところ、彼女が行きそうなところ。何も思いつかない。
彼は仕事中のセイラしか目にしたことが無いのだから。休日や勤務時間外に何をしているのか知る由もない。
調べるのは彼女の家ではなく、普段の生活を知ることが先決だった。
そのことに気づいたゼントは協会へ舞い戻る。彼女の同僚から話を聞くために。
だが結論から言うと有益な情報はほとんど無かった。私生活は謎で周りに話すようなこともしない人とだけ。
そしてこれ以上調べようがなく困っているところへ、ちょうどカイロスが現れた。
「ゼント、新しい情報はあったのか?」
「いや、なにも……」
「こっちも空振りだった」
「なあ、これまでの捜査状況とか事件のこととか話してくれないか」
「……それもそうだな。悪い、事を急ぎ過ぎて大事なことを忘れていたらしい」
そもそも事件について何も知らなさすぎるのも支障が出ている原因だ。
情報の共有と共にこれまでの事件の概要を教えてもらうことにした。
カイロスの話によると、最初の事件が起きたのはひと月ほど前。場所は、意外なことにセイラの家から数軒隣の家屋にて。
被害者は老夫婦二名、第一発見者は隣の家の住人。毎日見えるはずの彼らの姿が見えないため、窓から中を覗いてみたところ室内が血まみれで自警団に通報した、と。
現場は二体の骨だけが奇麗に残されていて、当初から怪事件として扱われていたらしい。
第一発見者を含め、被害者に関係のある住人を洗い出して聞き込みをしたが不審な点はみられず。
犯人の目撃情報も無いため手をこまねいていたところ、次の事件が起こりまたその事件の捜査をしているときに次の事件が起こり……
最初以外、被害者は一人ずつでそれぞれ襲撃場所も一件目より町の西、北、北東、中央、南東とまばらだ。
何となく時計回りに進んでいるようにも見えるが、そう単純なものでもないのだろう。でないとセイラが正確に特定できないような気がする。
法則があることをそれとなくカイロスに伝えても良いが、理由を尋ねられた場合、返答に困るので何も言わないことにした。
セイラに詳しく教えてもらえなかったことを言うと、まるで彼女が犯人で黙秘しているようだ。それは避けたいと勝手に思ってしまったから。
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