第256話『発奮』
――ゼントは家路に就き、途中大通りを歩きながら複雑な感情の洗礼受けていた。
それは途方に暮れているというのか、怒りに燃え上がっているというのか、悔しさでどうにかなってしまいそうなのか。
彼自身も自分の気持ちの整理が付けられず、ただただ今は家へ向かって両足を動かし続けることしかできない。
一緒くたになった思考の中で唯一思えたのは、セイラの家に行けばもしや……手掛かりが掴めるかもしれないということ。
だが今日はもう遅い、明日の朝一で行ってみる方が賢い選択だろう。
深く考えすぎたのか、あるいは理解ができなさ過ぎて何も考えられなかったのか。家にはあっという間に着いていた。
まだ纏まり切れない気持ちをはらんで、そして玄関をくぐると温かい彼女の声が聞こえてくる。
「――おかえりお兄ちゃん! 夕ご飯はもう出来てるよ!!」
その声を聞くと心の底から安心できる。抱え込んだ憂いが全て洗われたみたいにすっきりできた。
同時に美味しそうな匂いが鼻をくすぐる。だから返事もなく食卓へ直行したことも責められるべきではない。
ここは最近のいつもの光景だが、セイラとの悶着を得てまた新鮮な面持ちで迎えられた。
相変わらずユーラが体から離れないのだが、感じる温もりも今はありがたい。
だが一点の曇りをぬぐい切れず、匙を動かす手も若干鈍っていた。本来であれば誰も気づかないような変化、だが分かる者は確かに居る。
「ユーラの作った料理はおいしい?」
「ああ、とっても。毎日でも食べたいくらいだ」
真剣な眼差しで問いかけられたのでそう返す。すると彼女は体を揺すって全身で喜びを表いた。
熱でもあるのか顔は赤く呼吸は荒く。だが不躾に額に手を当ててみても発熱は感じられない。
しかしますます彼女の顔は赤く恍惚に染まっていくばかりで、これはまずいと思ったゼントは手を引く。
色々あってその夜、夕食を作るのに張り切り過ぎたのか、ユーラはまだ早い時間帯ですぐ眠ってしまった。
ゼントも後を追い隣で横になってみるも、どうにも目が冴えてしまって眠れそうにない。諦めて壁に凭れかかると睡魔が訪れるのを待った。
部屋の暗闇を眺めながら、彼は今日の夕方の出来事を想起している。正直なところ、何故あんなやり取りをしたのかも今は朧気だ。
明日からセイラを助けるために証拠集めの日々が始まる。自分としても真実を探って解き明かしたいとは思っているが、なんとも彼女の態度が釈然としないゼント。
そしてため息を一つついた時だった、ジュリが傍にのっそりと歩み寄ってきたのは。
珍しい光景にゼントは顔を見上げ、何も言わずに両手を広げていた。久しぶりに彼女の体の触り心地を確かめたいと無意識に思ったらしい。
思えばここ最近、彼女とは真面な意思疎通を交わしてなかった。ユーラとの対応で疲れてしまっていたのと、特別に会話をする必要が無かったから。
夜に警戒をするジュリとはもう一緒に眠ることはできない。少なくとも脅威が去るまではこの状態が続く。
一瞬の躊躇いが見えたが、それもすぐに消えて胸の中に入り込む彼女。頭を撫でながらゼントは先に話しかける。
「ジュリ、どうしたんだ。何か悩みでもあるのか?」
こんなことは久しぶりだったもので、つい嬉しくて軽口を叩いてみる。すると案の定というべきか、彼女の顔には不満が張り付く。
悩みがあるのは貴様の方だろう、と口を酸っぱくして言われているような気分になった。やはりジュリには何でもお見通しのようだ。
「……悪かった、ちょっとややこしい事態に巻き込まれていて、上手くできるかどうか不安になってたんだ」
「わうッ……」
何かを言いたそうに小さく吠えるが、当然音は宙に優しく消えるだけで意思までは伝わってこない。
でも、偏に慰めてくれているように感じた。やらないという選択肢が無いことはとっくに見抜かれているらしい。
ジュリを抱きしめているだけなのに。たった一言、愚痴を吐いただけなのに。心が随分と軽くなった気がした。
ユーラがいつも体を寄せてくるのも同じような気持ちからだろうか。そんなことを考えながら、彼は瞼が重くなっていくのを感じていた。
――そして翌朝、ゼントが目を覚ました時。
ユーラが頬を膨らませて顔を覗き込まれているのを見つけてしまった。
何かと思って頭にはてなを浮かべていると、自分の胸の中にジュリが居るのを思い出す。
昨夜あの状態のままで眠ってしまったようだ。そしてジュリはこの状態で一晩中見張りをしてくれていたらしい。
ジュリを束縛から解放するため、同時にユーラの怒りを回避するため、慌てて立ち上がり一目散に朝食作りへと逃げた。
やがて食事が出来上がる頃には二人とも無言のまま席に着き、いつもとは変わって気まずい空気が流れている。
原因はユーラただ一人。何とか温和な雰囲気に戻したいところ。
だが、ゼントはまたユーラの機嫌を損ねる事を言わなくてはならない。
「ごめん、しばらくの間、日中は家を空ける」
「……またユーラたちでお留守番?」
「ごめん、今はやらなくちゃいけないことがあって……」
「……分かった……」
ため息をついて露骨に肩を落とされるが全部自分のせいだ。彼女を責めることは決してできない。
まだ家を空けることに警戒を緩められないが、奴がこちらに興味も示さず町で暴れているというなら野放しにはできなかった。
「それじゃあユーラ、家のことは任せたぞ」
言い残して彼は今日から町を奔走する。
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