第255話『蕪雑』
「――まあ出ようと思えばこんな檻、簡単に壊して抜けられるんだけどね……」
それは明らかな失言だった、セイラ自身もそれに気づいたのだろう。言い終わってからそっと二本の指で口元を抑えていた。
この言葉を聞いたら不自然に思うのも無理はない。彼女からは到底出てこない台詞なのだから。
「……え、今なんか言ったか?」
「いいえ何も、とにかく私のことは気にしないでほしい……」
しかしゼントは致命的な才能を持っていた。今の発言を一言一句聞き漏らすという。
もう少しセイラに対し疑惑を持てた好機だったが、しかし決定的な事無きを得てしまった。
彼女はそれに心底安心したようにほっと息を一つ、さりげなく応対する。
だが僅かだが長い沈黙が地下牢を覆う。居心地の悪さを払うようにセイラは言った。
「いや……やっぱり、私を助けてほしいわね。早く出たいのはやまやまだし、もう少し進展もほしいわけだし」
「ならセイラ、教えてくれっ。次はどこが襲われるんだ」
それが分かるだけでも大きな手掛かりになる。あとはカイロスと協力して現場付近で張り込む。
犯人の正体は分かっているのだ。であれば気が進まないが対話も可能ではある。
この際カイロスに本当のことを伝えてしまってもいい。セイラの命には代えられないのだから。
ゼントは息巻いて瞳には闘志を燃やす。決して不可能な手段ではない、可能性は確かにあるのだと。
だが彼の期待とは裏腹に、セイラは質問に対し目を閉じたままゆっくり首を振った。どういう意味か首を傾げていると答えて曰く。
「残念だけど、しばらく襲撃は起きそうにないわね。このままいけば私は冤罪のまま殺されるでしょう」
「えっ………?」
期待に満ちた表情から一転、流れるように出てきた衝撃的な言葉。
策を練って実行に移して……まだこれからだというのに、あまりにも予想外過ぎて動揺すらなかった。
だがセイラは気にすることなく話を続ける。まるで人の気持ちなど理解してないかのように。
「だからね、助けてって言うのは私をこの檻から出してって意味」
「い、いや、ちょっと待ってくれ! 襲撃が無いってどういう……?」
「そのままの意味よ。前に多発するって言ったけど再計算したら間違えてた、だから期待するだけ無駄、今ならだれも見てないし鉄格子をこじ開けてさっ……」
「ま、待ってくれ、そんなことしたら俺が捕まってしまう! ユーラ達を養っていかなければならないのにできるわけがない。それにまだ殺されると決まったわけじゃ……」
はっきり言ってセイラの提案は支離滅裂で到底受け入れられなかった。
確固たる根拠があるのだとしてもやはり周りの理解がないと賛同は得られないだろう。
かといって彼女も簡単には信用を手放さない。有益な理由をちらつかせてゼントを煽る。
「だからっ、彼女たちも連れて逃げるのよ。無関係の私を閉じ込めるこの町なんかさっさとおさらばする。ゼントも前々からそうしたかったはずでしょ? それとも私をこのまま見殺しにする?」
「今町の外に出ると危険なんじゃ。誰でもないセイラがそう言ったはずだろ……?」
「いえ、今この時なら大丈夫なはず。ゼントは知らないでしょうけど南から来た大きいキャラバンが駐留してるの。彼らが出発した後、うしろからこっそり付いて行けば街道の魔獣を蹴散らしてくれて、比較的安全でしょう」
「……いや、他に方法があるはずだ。そのために……セイラの無実を証明するために俺はここにいる。だから頼む、一生のお願いだ。知ってる情報があればどんな些細な事でもいいから教えてほしい」
「そんなものはないわ、余計な期待はしない方が賢明よ。あなたが私を助けたいならここから連れ出す他ない」
ゼントの固い意思にすらセイラは靡かず、懇願に対しても冷徹にあしらう。
何か有益な情報を持っているはず、この状況ではある種の確信めいたものを感じた。
だが彼女は頑固とも言えるほどひた隠しにしているのだ。理由を解き明かしたいのだが、これ以上聞いても無駄な様子。
「そんな言葉、俺は信じないぞ。他の方法が絶対あるはずだ。いざとなったら例の法則とやらも周りに喋らせてもらうからな」
「どうぞご自由に。あなたが何をしたところで全ては無駄だと思うけど」
その会話を最後に、二人は互いに背中を向けあった。信頼を預けあったという仲ではなく、決別したような雰囲気で。
ゼントは押し黙ったまま歩き出す。顔には悔しさだけを滲ませて。
情報の中身を教えてくれない点といい、最初の余裕のある態度といい。まるで助かりたくないのか、そんな憶測すら浮かんできそうだ。
もしや喋れないのは何者かに口止めされてるとか? 無限に可能性がありえてしまう。
だからと言って積極的に死にたがっているようにも見えない。ただゼントに脱獄の片棒を担がせようとしているような。
真意は定かではないがとにかく、セイラの助力は期待できない。それがどんなにゼントの心に絶望を突きつけたことか。
彼は表に見せることこそないが体は冷汗で全身を濡らしていた。ここへ会いに来たのもセイラを助けたい一心だったのに。
まだ意思を保てたのは、思いを裏切られたという怒りの感情が湧いていたからかもしれない。
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