第254話『横行』
「――おっし、やること全て把握したな、なら後は分かっているな。何か質問は?」
「……なあカイロス、なんで俺に声を掛けた? 協会で提言すればみんな協力してくれただろう」
質問と言えば質問なのだが、いざこれからという時にゼントは水を差すようなことを言ってしまう。
でも聞いておきたかった。ただの好奇心というわけではなく、これが彼の本質なのだ。
「お前がセイラと親しげだったから。それに一番の理由は、周りに言ってもあまり関わりたがらなかったからだ。誰も危険な状態だと分かっていないのと、やはり面倒ごとに巻き込まれたくないだからだろう。積極的に協力してくれる奴はお前以外居なかった」
……義を見てせざるは勇無きなり。いや、人として当然の危機管理能力を持ち合わせているだけか。
しかし薄情だと憤る資格はゼントにはない。協力的でなかった人の気持ちが分かってしまうから。
所詮は他人事、むしろ対岸の火事を楽しむ者すらいる。これが覆ることのない人間の本性かもしれない。
実を言うとゼントはセイラの変な噂をよく聞いていた。と言っても協会周りにいる冒険者の会話が聞こえただけだが。
『苛立っているのか最近彼女は全く笑わない、受付嬢として愛想が悪すぎる』
『仕事はてきぱきしてくれるけど、ちょっと自己中心的で嫌かも』
客観的な事実だが、どれも間に合わせのようなつまらぬ戯言ばかり。気にする必要もなければ本人も気にしていなさそうだ。
しかし、やはり様子がおかしいのは周りから見ても確かなようだ。今は気持ちの浮き沈みが激しい時なのか。
だとしても能動的に動く人物が居ないのはこれも無関係とはいえないだろう。
「もう分かった、十分だ。俺はもう行くことにするよ」
なんだか勝手に気分を害してしまって、カイロスに軽く手を振りながら詰め所へ入っていく。
味方が居ないのがどんなに心細いことか、一人入れば強いとも言えるができればもう一人欲しい……
……不意にライラの姿が浮かんでしまった。勢いよく忘れるように頭を左右に振る。何を考えているのだ、今回の騒動の諸悪の根源は奴ではないか。
ふと首元の不自然な形で巻かれたスカーフに手を当てる。そして依然、あの肉片は首に纏わりついたまま。
首元の異物は最近何とか忘れかけていたのに、今ので全てを思い出してしまった。少しだけ破滅衝動に駆られる。
しかしなんだというのだ、ライラと過ごした日々が胸から手放せない。本人は自分自身に怒りを覚えるが、だがこれも真実であった。
正体を知らずに過ごしていれば、自分は幸せになっていたのであろうか。考えたくもないのに、あり得るはずがない思考が芽生える。
「おう、なんかあったら協会に書置きを残しておく。ゼントもそうしてくれ」
そんなゼントの内なる気持ちを知ってか知らずか、カイロスは気さくに声を返す。
彼は去り際、ちらと黒い後ろ姿を視界に入れるが何も言及することはなく。しかし目にはっきりとした覚悟を持って歩いて行く。
対照的にゼントは自分に対してはっきりとした自信が持てず、それでもセイラのためにはやるしかなかった。
建物に入ってすぐに居た門番に要件を言うと、素直に通してくれる。カイロスが話を付けてくれたのか、それとも事件の調査で人手が足りないのか、面会には必ず必要な付添人も付かずに。
構造物奥の階段を下りて、いくつも同じ区画が並んだ部屋を目にした。
降りてすぐの部屋にセイラは居た。周りは分かりやすくいかつい鉄格子に見守られて。
当然地下なので窓は無い。手に持つ燭台の明かりだけが唯一の明かり。
薄っすらと照らし出された彼女は、ゼントの存在に気が付くと――
「あらゼント、奇遇ね。こんなところで会うなんて」
牢獄に居るというのに案外平気そうな顔をしていた。口元に笑みをくっつけて冗談を言う余裕すらあるようだ。
周りは荒削りで尖った部分がむき出しの石だらけ、生活に必要な最低限の物しか置かれてないというのに。
手足こそ縛られず自由ではあるが、定期的に監視されて私的とは隔絶された空間。少なくとも軽口を叩ける余裕はないとゼントは思った。
「そんなこと言ってる場合じゃないだろ。一体何があったんだ? 捜査にも貢献しているはずなのにどうしてこんな……」
「ちょっとしくじっただけよ。まさか張り込んでいた所を人に見られていたとは……」
「もしかして……例の法則のことをまだ自警団とかに教えてないのか……?」
「ちょっと訳あってね、黙ってることにしたの。理由は聞かないで頂戴」
「今はそんなこと言っている場合じゃないだろ! カイロスはお前をここから出すために証拠探しに奔走してる……!!」
なるほど、要領を得ない言動とカイロスが言っていた理由も理解できる。セイラはこの状況になってもなお、頑なに黙秘を続けているらしい。
よほど確実に助かる見込みがあるのか、しかし捕らわれた状態で何ができるというのだ。
ゼントは端的に、カイロスの行動を挙げて彼女を諭す。しかしセイラはそれを聞いたところで興味も無さげに呟くだけ。
「――へえ、彼が……まあ出ようと思えばこんな檻、簡単に壊して抜けられるんだけどね……」
それは濡れ衣を着せられた善良な市民から出るとは思えない言葉。
ましてや真面目さが取り柄の彼女からは絶対に。
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