第253話『阻害』

 



 そして右往左往はあれど、なんとか家の束縛を抜け出しカイロスに連れられ飛び出したゼント。


 夕方、日は傾き、茜差す大地を踏みしめ。詳しい説明もなく、ただ目の前の大男へと付いて行く。

 目的地は例の事件現場か協会かのいずれか、と思われたがそのどちらでもなく。

 行き着いた先は町の反対側、自警団の詰め所だった。そして入り口でゆっくりと振り返ると……



「お前は……最近セイラとは仲がいいのか?」


「ああ、まあよく個人的な話をしたりはしているかな」


 何気ないカイロスとのいつもの会話。しかし知らず知らずのうちに両手は握りしめられる。

 なぜ今、この時に限ってそのようなことを尋ねてくるのか。言うまでもなくいやな予感がした。

 まだ不安が現実になったわけではないのに、溢れ出てくる心騒ぎはなんなのだろう。



「そうか……でもこんなことは生まれて初めてなんだ……最近は異常な事ばかりしれんが……」


「もったいぶらずに何があったのか早く教えてくれよ、遅かれ早かれ知ることになるんだから!」


 口ぶりからしてセイラに何かがあったのは明白、問題なのは今彼女の容体はどうなっているのか。

 計算高く知的なセイラのことだ。最悪の事態は避けられたと信じたいところであるが……

 痺れを切らして口調が荒くもなった。仮に不法であったとしても後から知るなんて耐えられなかった。


 要望に応え、カイロスは一呼吸おいた後――落ち着かない様子で簡潔に告げる。

 しかしその内容はあまりに馬鹿げていて、常軌を逸したものだった。




「――セイラが自警団に身柄を拘束された。最近起こっている連続事件の被疑者として」


「は?」


 ゼントの頭が理解を始める前にカイロスは続ける。


「何でも事件当時に現場近くに居たらしくて、目撃証言がちらほら上がったことが拘束理由だそうだ」


 空いた口が塞がらない。一体全体、天地がどうひっくり返ったらそのような結論に至るのだろうか。


「あいつらなんも話聞かねぇんだ。いくら犯人にセイラはあり得ないといっても、“あくまで被疑者として自由を拘束させてもらうだけだ。数日おいて何もなければすぐに開放する”の一点張りで。もう自警団は早く治安を維持する一心でなりふり構わなくなっている。正常な判断ができなくなったんだな」


 本人たちの詰め所の目の前だというのに、カイロスの台詞は愚痴に塗れていて、相当頭にきていることが窺える。

 一方ゼントはというと、最初の言葉を噛み砕いて呑み込んでいる最中だ。だがそれもそのはず、誰がこんな予想を立てられるのだろうか。


「まあ、あいつらの言う通り大人しく数日待てばいい話でもあるんだが……でもそれはほぼ確実に新たな被害者を出すことになるし、俺が一番危惧しているのはもし仮に犯人の気まぐれで襲撃が唐突に止まりでもしたら……」


 だがゼントも知能は恋人に及ばずとも馬鹿ではない。そこまで聞いて事の重大さに気が付いた。

 そう、もしこのまま町が平和になってしまったら、セイラが犯人として決めつけられる。

 当然、犯人は別にいるのだからありえないの一言なのだが、しかし可能性があるという時点で不安が襲うのも事実。



「その、もし仮にセイラが犯人になったら……」


「人が何人も殺されているんだ。間違いなく極刑だろう」


 極刑、つまりは磔刑だ。最高刑というのはどの国でも大体同じらしく、立てた丸太に手足を釘で打ち付けられ、そして槍で胸元を突き抜かれる。

 更に酷いとまだ死に切らないうちに周りを木で囲んで火をつけることもあるらしい。出血で意識が朦朧とする中、熱さも加わり本人もやる方もさながら地獄絵図だ。



「自警団はなぜか血気盛んなやつが多いから、見せしめも平気で行うだろう。なあゼント、冤罪だと分かり切っているのに、こんなのおかしいだろ!? だから証拠を集めてセイラを早く解放してやろう。もちろん俺も協力する!」


「そんなこと言ったって、具体的に方法はあるのか……? 犯人の証拠も当たりもついてないこの状況で……」



「分からん、でも聞き込みくらいはできるだろう。真犯人を見つけるのは無理かもしれないが、セイラが犯人ではないという証拠を見つければいい」


「それは犯人を捕まえるよりも難しい気がするが、そんなこと言っている余裕はないか……」


 ゼントは息を吞む。しかし泣き言は言えない。

 念のために確認するがセイラの処刑は確実な未来ではなく、あくまで可能性の話だ

 だが彼女を薄暗い牢から早く救い出したい、それに新たな襲撃事件が起こるという保険も必ず機能するとは限らない。



「決まりだな、今日はもう遅いから本格的に動くのは明日からにしよう。俺は今からでも現場で聞き込みを開始する。お前は家に戻る前に、この地下に収容されているセイラから話を聞いてくれ」


「え、だったら下手に分かれずに一緒に……」



「俺は既に一度、セイラに面会を済ませている。だがなんとも要領を得ない言動を繰り返していてな。多分だけど、俺よりもゼントの方が話してくれることもあるんじゃないか?」


「…………」


 暫しの無言、ただ一時の怪訝は大きく膨らみ、そして思いいづるは一介の疑問。

 セイラは情報を持っている、であれば捕まることなどなかったはずなのに。


 だがその不思議も会えばすぐに氷解するはず。しかしどうしてだろう。

 彼女に会うために覚悟を決めねば、そんな気がしてならない。

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