第246話『悲境』

 



「――アニキ! フォモスが連絡もなく帰ってこないんだ! 一緒に探してほしい!!」


 早朝の爽やかな空気に響き渡った吠えたける声。はっきり言ってその行為だけでなく内容も意味不明なもの。

 久しぶりの再会で相変わらずの覇気のある声、しかし突然の助けを求める様子にゼントがそう口走るのも必然だった。



「――え? フォモスが……?」


「ユーラの一件があってから互いに安否確認を取るよう気を付けてはいたんだ。まだ一晩しか経ってないけど、連絡も無しに朝まで帰らなかったのはこれが初めてで……怖くなってそれで……」


 ハイスは未だ混乱しているようで、まだ理解が追い付かぬうちに説明を続ける。

 放たれた言葉を一つ一つ噛み砕いていき、何とか理解しながら念のために聞いてみる。



「まだ一晩だけだろ……今日の昼間にでも普通に帰ってくる可能性だって……」


「それはあるかもしれないけど、あいつの真面目さはアニキも分かっているだろう! そんな不誠実なことをするとは到底思えなくて、協会にはもう捜索依頼を出した」



「ちなみに……最後に会った時は何か言ってなかったか?」


「えっと、今からそこへ探しに行こうとしてたんだけど、昨日の昼間に富裕街へ行くって言ってたんだ。なんでも古書を漁りながらずっと調べ物をしているらしくて……」


 その回答で引きつった顔をしたのはゼントだけ。嫌な予感がして孤独に戦慄し、後半のどうでもいい情報など右から左へ流れていく。

 まさかそんな偶然があり得るのかと思ったが、奇しくもそれはセイラが昨日言っていた場所。

 そこへ赴いて帰ってこないフォモス。不穏が重なっていよいよ心臓と呼吸が荒くもなる。


 依頼を出すなど些か早計過ぎないかとも思ったが、こればかりはハイスが正しい。常に警戒を怠らなかった証拠でもある。

 セイラの言葉を信じるなら被害者なぞ出ないはずだが……いや、彼女は一人も出さないとは言ってなかった。

 他人事も近しい人となれば話が違う。ゼントは家を急いで飛び出したくなった。



 だが、それは少し気になることがある。一人で町に出て行っていいのだろうか。向かう場所はおそらく化け物がいた場所、危険ではないだろうか。

 何より、ユーラとジュリを家に残したまま動いて、万が一でもあれば死んでも死にきれない。

 もうこんな思考は無意味だと頭では何度も理解しているのだが、やはり少しでも安心を求めてしまうようだ。


 不意に後ろを振り返ると……対照的な二人がこちらの様子を隠れて覗いていた。

 片や不満を隠しきれず捩じ切れた眼差しを向けるユーラ、そしてジュリの表情が少し意外だった。

 まるでここは任せろとばかりに真っすぐな視線を向けてきていた。これはゼントの意向を汲んでくれた形なのだろうか。


 ともかく、よってゼントは自分の素直な欲求に従うことにした。

 一度はユーラのために町ごと見捨てようとした身、しかし助けを乞う彼を前にして断ることは人としてできない。

 ジュリに頷いて合図を送るが既に彼女は承知の上だったようで、快く送り出してくれる。



 それを理解したゼントはハイスと共に走り出す。目的地は富裕街と決まっていた。

 しかし道中、横切っていく風と共に疑念が不安となってゼントの頭を支配する。


 何故人が襲われているのだろうか。もう考えないと決めたのに今更になってまた気になり始める。

 もし仮に、万が一だ。自分があの時化け物の要求を呑まなかったことで起こったのなら、その罪は人の短い一生で償い切れるものではない。

 考えたらゼントはますます青ざめる。例え周りが罪を赦しても彼自身が自分を赦せないだろう。




 街区の近くに辿り着くと検討の場所はすぐに分かった。なぜならまだ朝早いというのにちょっとした人だかりが既にそこを覆っていたからだ。

 箝口令が敷かれているとは言うがこれでは流石に意味がない。むしろ今までどうやって情報統制していたのか気になるくらいだ。

 その周りの人に居る住人も極力関わろうとはしないがやはり気になるようで、いつも通りの動きの中にもやはり違和感が絶えない。


 とにかく、野次馬に混ざって現場に近づく。この辺りは住宅が多く三階ほどの建物が隙間なく連なっており、薄く色のついた漆喰が特徴として見られる。

 本来であれば何気ない日常が形作られているはずなのに、一部だけが惨憺たる有様であった。


 建物の壁は容赦なく抉り取られ二階部分がむき出しに。内部が日に曝されそこから見えるは壁や天井に跳ね飛んだとみられる赤い液体か。

 その液体とやらの正体は言うまでもないだろう。閑静な住宅街に走る衝撃や如何に。

 そして何より問題なのは、被害者が誰なのかということ。


 セイラは被害者を一人も出さないとは言ってない。しかしそれでも襲撃場所が分かっていながら事件を起こさしてしまうのはどういう感覚なのだろうか。

 その答えを聞くにはちょうど都合のよい人物が居た。このルブアの冒険者協会の長、カイロスだ。

 やはり彼の巨体は町中では目立つ。周囲には自警団、さっそく被害現場を覆い隠そうと巨大な布を数名で運んでいる。



 そして若干の憤りを抱えながらも状況を尋ねようとした時、ゼントは見てしまった。

 嫌な予感というのは常々当たりやすいようで……いや、これは状況を考えれば至極まっとうだと言える。

 それは――壊れた建物の前で横たわるフォモスの姿だった。

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