第244話『告口』

 



 ――部屋の中央を、家を支配する主かのようにセイラが佇んでいた。


 ちょうど三人の死角から表れるように。しかしまたしても何の断りもなくここまで……ジュリは気づいていたのかもしれないが、どさくさに紛れてここまで近づかれたというのか。

 相手は手練れでもなんでもないのに、やはり自分の危機意識が足りないのか。短期間に二度も同じことをされて冒険者としての自信を失いかける。

 あるいは単に精神的な余裕がなくていつものようにいかないのか、いずれにせよ常時気を張り詰めているくらいでないといけない気がした。



 しかし今は憂慮を超えて、とりあえず一旦は場を収める。

 地面に落とした武器を拾い上げると、先程の言葉の意味を聞き返す。



「ここは襲われないって言ったか? なんでここは襲われないって言い切れるんだ……?」


 ここにきてわざわざ告げるというのは、先程のカイロスとの会話を聞いていたのだろうか。周囲には誰もいなかったと思ったのだが。

 まだ昼間なのに薄暗い石造りの部屋は気味悪く光が失われた。悪趣味な問答の始まりを告げるかのように。


 そしてそう言うゼントの顔は疑惑そのものだった。それもそのはず、一刻も早く町から出たいのに水を差されたのだから。

 決心が遅くとも行動が早ければまだ最悪なことにはならないかもしれないのに。

 しかし今は彼女の軽薄な態度が気になって耳を傾けざるを得なかった。



「これはまだ公に明かされてない話なんだけど襲われる家には共通点がある。その詳細は言えないんだけど、つまりその共通点にこの家が該当しないってだけ……」


「その言葉が信用するに値する根拠は何だ? 悪いがいくらセイラでもこっちは三人の命がかかっているんだ、危ない橋は渡れない」


 セイラは終始含み笑いを絶やさず、しかし比較的冷静に答えている。だが明かされた内容はなんとも説得力に欠ける曖昧なものだった。

 何より、緊張感が緩んだようなセイラの表情が信用できない。以前の彼女であれば決してあり得ないことだ。



「うーん、そうねぇ。じゃあ今夜、今から言う場所の家が無残に襲われるわ。この場所が当たってたら私の言葉を信じてくれない?」


 セイラはそういうとゼントに耳打ちして地区の名前を言う。町の中央、富裕街のとある一角でこの場所からはある程度の距離がある。

 子細な場所と返って来たその理由を聞いて、しかし猜疑の心はますます溝が深くなるばかり。

 原因は分からない、がどうしても拭えない違和感があるのだ。


 だから抱いた疑念を確かめるため、顔を見上げて真っすぐに見つめ、厳かに彼女を問いただす。



「……襲撃場所が分かっているのなら何故防がない?」


「もちろん手は打ってあるわ。被害者はできる限り少なくするつもり、でもどうやら犯人の方が一枚上手かも」


 カイロスは手掛かりが一切掴めないと言っていたが……

 こんなに有益な情報が分かっていてあの頼れる男が動かないとも思えない。

 疑問はまだまだ尽きなかった。一番はここ数日のセイラの様子だが、それ以外にも漠然とした疑念が心に引っかかる。



「まあ、私が言いたいのはね。今は町から出ない方がいいってこと。それこそ外は誰もあなたたちを護ってくれない。危ない橋を渡りたくないっていうなら、今は大人しく町で身を潜めているのが一番だわ」


 ゼントは話を聞いて考え事をしていると、セイラが付け加えるようにそう続けた。

 どうやらここに来た要件とは以上らしい。しばらく陽気な風に吹かれながら彼女はこちらを薄く深い眼差しで見つめてくるばかり。


 これ以上聞いても分からなことだらけ、それに捜査に関わってもいない自分の出る幕はなさそう。

 ゼントは首を突っ込もうとするのをやめて肩の力を抜いた。


 しかし同時に、今なら聞けることもある。そう、セイラの最近の様子の変化について。

 流石に自分でも気づいているだろうと踏んでゆっくりと尋ねる。



「なあセイラ。その、なんで最近雰囲気が変わったんだ?」


「え、あー、最近の激務でもしかしたら疲れているのかもしれないわねぇ」


 ほおっと息を吐くように口を動かす。だがどこか他人事というか上の空のような感じもあった。

 最近、協会が忙しいというのは事実だろう。魔獣も若干ではあるが数を増し、竜が現れたり赤い正体不明の生物が出現したり、何かと物騒なことが多い。



「そうか……まあとりあえずセイラの話は分かった。これ以上要件が無いなら考えたいから一人にしてくれないか?」


「あらそう? ではよしなに。せっかく教えてあげたんだから賢明な判断を期待しているわね」


 願いを聞き入れる形でそう言葉を放り投げると、踵を返して真っすぐに部屋から出ていった。

 その背中は胸の内の不安を搔きむしっていく嵐、つまるところは後腐れが無く軽妙洒脱。

 まるでそれだけが目的かのように一瞬だった。


 残されたゼントは彼女の後姿を見送る余裕すらなく。顔を上げる気力も尽きてもなお悶々と悩ませ続けられる。

 安全だという話を聞いた後だからと言って。連綿とした恐怖が断ち切れるわけではなく、むしろ恐怖に飼われているのかとすら思えるほどに窶した。



 決断は早い方がいい。しかし安易な行動もとれない。

 災難は決してその手を緩めることなく、彼を襲い続ける。

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