合理への狂信者
第222話『勿怪』
――ゼント達が薬草採りの依頼を受けて、それから過ぎた時間は十日ほどだろうか。
二人はこの期間に多くの仕事をこなしていた。休んだ日は精々二日かそこら。
休もうと言い出せたこともあったが、結局ほとんど毎日くっついてしまっている。
それもお金を得るためではない。ただライラと過ごす時間を少しでも増やしたいがための仕事でだ。
難しい討伐依頼を受けもする。最近は弱い魔獣が少なくなっていることもあって掲示板に多く張り出されていた。
結果は無論、特に問題になるような出来事はなく。ライラが正面から目標を殲滅した。
魔術具を持った彼女はまさに獅子に鰭、ゼントは持っていた知識で助言をするもあまり役立っていないようにも見える。
何はともあれ、この数日で二人の仲はずっと近くなったことだろう。
銀の髪飾りを着けたライラに心を急峻に魅了し、あざとく笑いかける顔はゼントの胸をくすぐり、高い実力があっても謙虚さを持ち合わせた性格は羨望を得る。
流れる時は吹き抜ける風のように一瞬で、でもしっかりとした満足感もあって。
ここ数日は互いに充実した日々を送れたことだろう。ゼントにとっても、ライラにとっても。
こんな日々が延々続けばいいと誰が思った。
もちろん他の二人のことを蔑ろにしていたわけではない。家に居る時間は積極的に会話をしようと努めた。
しかしユーラは依然隠し事をしているようであまり話そうとしてはこず、ジュリもどこか居心地が悪そうで辛そう。
本来であれば彼女らがそうなった原因を探るべきだろう。
しかしゼントは話そうとしないのなら……と諦めて深入りしない。
それは、そっとしておこうと思う善意でもあれば、関わる意欲が薄れつつある危険な予兆でもあり。
こんな風で十日も過ごせばさもあらん。家に以前のような会話はあるはずもなく、聞こえてくるのは最低限の連絡のものだけ。
大した問題として扱わなかったゼントに非があるのか、何も気持ちを伝えないユーラが悪いのか。
ともかく、もはや彼にとって家の中は好む場所ではなくなった。だから無性にライラとの時間を求めるのも必然のことだろう。
お金の余裕は十分あるので質のいい食材を買って帰ることなども忘れずに、でも生活の中心は変わってしまった。
そして、そんなこんなでかくゆう本日も協会へ赴く。二人は冒険者の仕事に出かけるため、依頼を選んでいる最中だ。
最近は午前と午後に分けて二つの依頼をこなし、そのほとんどが危険な魔獣の討伐。
平均の難度も今までにないくらい上がり、しかし特に苦労もなく完了できてしまっていた。
毎回家に行き来するのが面倒という理由で魔術具もほとんどライラに預けてしまっている状態だ。
これら全てを信頼の表れ、という一言で片づけてしまっていいのだろうか。いや、それ以上の強い感情をゼントは抱いているに違いない。
「――今日はこれとこれでいい?」
「ああ、いいぞ」
依頼書を手に持って確認してくるライラに対して、まるで長年連れ添った相手のように返すゼント。
読もうともせずに二つ返事だった。まあ仮に目を凝らして見たところで彼が内容を理解することはできないのだが。
「じゃあ出してくるね」
「いや、今日は俺が持って行こう」
ゼントは不意を突いてライラの手元から紙を抜き取る。何から何まで、流石に色々任せすぎている気がすると感じていたから。
彼女は不満の色を浮かべるがやりたくてやっているのだから文句までは言ってこない。
何はともあれ、受注するためにゼントが紙を持って受付に行く。今日はいつもより混んでいて、唯一空いていたセイラのところへ。
「おはようセイラ、何かいいことでもあったのか?」
あまり深くはいつも通り気さくに声を掛けた。考えず見ると彼女の顔は
実を言うと彼女はここ数日中、ずっと辛そうな顔をしていたのだった。たまに机に突っ伏していた時も……とにかくずっと心配している。
何となく先日の一件が尾を引いて声を掛けるまでには至らなかったが、あれはきっとたまたま体調すぐれなかっただけだろう。
彼女が晴れやかにいてくれるとこの場全体の空気も明るくなる気がした。だからと言ってライラとの時間を削ぐわけもないのだが。
「おはようゼント、特にこれと言っては何も。ところで今日はどこへ行くの?」
緊張の解れた声色にゼントは意表を突かれる。セイラはいつも大人びているような性格だが、今のは随分と無垢な印象を受ける。やはりまだ体調は完全に戻っていないのだろうか、と少し心配になった。
それはそれとして、ライラから教えてもらった最低限の情報を伝える。
「えっと、町の南に少し行った渓谷だったかな?」
「あそこはこの辺りでも特に危険で人もうんと少ないのだけれども、まああなたたちに限ってそんなことはないわよね」
それはそうだ、とゼントは薄ら笑いを返す。戦闘に関してライラの右に出る者などこの世の全てを探してもいるかどうか。
絶対的な自信をもって彼女を信頼していた。実際行くのとでは全く話が違うが、仮に遺跡の罠を以てでも大丈夫なのではないかと思えるほどに。
「それじゃあ行ってらっしゃい。十分気を付けるのよ」
セイラは終始小さい笑みを浮かべていた。天真爛漫というべきか、子どもっぽく手を振り続けている。
打ち解けやすくはなったのかもしれないが、同時に腑に落ちない違和感もあっただろう。
だがそこまで気に掛けることはなかった。あっても本当に気分がよかっただけなのだろうと思ったから。
だから普通に受付の前を後にした。
――ただ去り際、彼女が恐ろしいまでの恍惚を視線に宿していたことをゼントは知らない。
そして、彼の姿が消えるのを見届けると、協会職員としてはあまりに身勝手な行動をとった。
「――ちょっと用事があるので失礼するわ。今日はもう戻らないからあとはよろしく」
立つ鳥跡を濁さず、そう言って自然にその場から消え失せたという。
突然の宣言に周りにいた同僚たちは目を白黒させていたことだろう。
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