第210話『敬慕』
店へと訪う二人は、この街区の人間が見ればまた違った印象を受けるだろう。
男の身なりはどちらかと言えば型破りで、荒くれ者と見られてもおかしくはない。
服は最近直してもらったがまた所々擦り切れ始めている。頭髪だって整えないものだから最近は伸びきって風来坊のよう。
一方相方はというと、箱に押し留められたように綺麗な恰好をしていた。
服に埃一つ乗っておらず髪も艶がある。そして何より、彼女は女性として美しかったのだ。
だから対照的な二人が店に入って来た時、中にいた数名の客は相対する風貌に自身の目を疑った。彼らは一体どのような関係なのだろうか、と。
互いに軽口を叩きあう様子から親しい間柄のようだが、間には隔絶した世界が広がっているように思われる。
直感で不思議に感じ取れたので、客の何人かは視線を向けることはなくとも聞き耳を立て心の中で目を注いだ。
さて、そんな異様な気配を感じ取れたのはライラだけ。しかし僅かな変化だ、町の外じゃあるまいし常人が気付けというのも酷な話。
ゼントもその例に漏れず、特に気にせず着席した。窓際の席も空いていたのだが彼には少々光が眩し過ぎた。
次いで先程の流れに戻り、ゼントはとある品名が読み上げられた瞬間、思い出しかのように手を叩く。
ライラは料理の名前がよく分からないと言うので適当に繕う。注文は結局、ほとんどが彼女頼りになってしまったが。
運ばれて来るまでの間、別に沈黙が気まずかったわけではないが……何か話さないといけない気がして、ゼントは逸らしていた視線を中央に戻す。
すると正面に座っていたライラが真っ直ぐこちらを見ていたことに気が付く。分かり易く眉を落として、細くした赤い瞳からは先程湧き出た疑問が張り付いていた。
途端に居心地が悪くなってまた目を逸らしてしまったが、目線はどんどん鋭くなっていく。
これまた不思議なことで、人間一度でも意識を向けてしまうと視界に映っていなくても見られているように感じてしまう。これは欠陥か。
数秒息を止めて保ったのだが、とうとう根負けしてしなやかに項垂れる。
「……分かったよ。ここは俺にとって少し想い入れのある店なんだ。久しぶりに来たくなったから、ちょうどいいと思って連れて来たんだ」
「想い入れって?」
聴けると分かった瞬間、遠慮は不要。どこまでも、例え地の果てであろうと執拗に追い回す気だ。
とはいえその気なのは片方だけで、ゼントはどうやら逃げる気はないらしい。質問に対して真摯に回答していく。
「大層なものでは無いけれど、ちょっぴりいいことがあった時とか、なにかの記念日とか……」
「一人で……?」
「そんなはずないだろう。そして誰と来ていたのかも、嗅ぎまわったのかは知らないが分かっているんじゃないか?」
「ゼントについて嗅ぎまわったことなんて一度もないよ」
そんなあからさまな嘘をよく言う。自分のことをよく知っているくせに。遠回しに注意したつもりなのだがこれでは効果がなさそう。
そして己の印象が悪くなるようなことは、はっきり否定するようだ。しかし、もし彼女の言葉が本当なのだとしたらどこで調べたと言うのだろう。
と、彼はここまで思ったが口に出すことはしない。愚痴に等しく言って何かが変わるわけでもないから。
実際ライラは嘘と分かっていて吐いた欺瞞は一度もない。ゼントに対して嘘なんかつくはずがなかった。
それはつまり、明らかな虚偽があったとしても彼女は認識していないということ。
「もう俺からの話はいいだろう? 聞きたいことは話したんだから、次はライラのことについて教えてくれよ」
「私の事? なんで?」
「なんでって……そもそも今日誘って来たのは仲を深めましょうってことじゃないのか? それには互いのことをよく知る必要があるだろう。例えば生まれとか、ここに来るまでに何していたのか。後は……好きなものとかか?」
「どこで生まれたのかは覚えてない。ここに来るまでのことは前に話した。そして過去はもうどうでもいいこと」
折角包み隠さずに話したというのに、返ってきたのは淡々とした回答。はぐらかされたとも言える。
でも生まれを覚えていないというのは本当かもしれない。ライラという人物に対する謎は深まるが出自不明は特段珍しい事でもないから。
明るい過去というわけではないが、彼女の言う通り大事なのは過去より現在と未来だろう。詮索は確認する程度にしてゼントは次の話題を探る。
「それって探したいものがあったとかってやつか? なら好きなものはなんだ?」
「ゼント」
「――ん?」
唐突に、さも当たり前とばかりに零れ落ちた言葉は宙を翳め、ゼントはライラが今言葉を言ったことすら認識するのに時間が掛かった。
そして理解するのにも数秒の時を要する。やがて音声の意味に気が付いた瞬間、眉を顰めながら解釈を訂正した。
「そうじゃなくてだな、好きな食べ物とかを聞いたつもりなんだが」
「生きていくために最低限の物資があれば十分じゃない?」
真顔で答える様子に、ゼントは低い苦笑いで誤魔化した陰で何度目かも分からないため息をつく。
今までどんな生活を送って来たのか、さては現在もそんな質素倹約に生きているのか。
またライラ自身は節約しているつもりではなく、本当に下限しか求めてこなかったのだろう。
であれば少しお高めの店にしたのは間違いだったか?
その辺の安い場所でも満足してくれたのか?
しかしゼントはそうは思わない。
「……でもまあそんな思考しているなら、ここの料理で鼻を明かしてやる」
自分のものというわけでもないのに、ゼントは胸を張って自信たっぷりに言った。
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