第208話『手引』
思えばライラにはここ数日ずっと複雑な心境を抱いている。一言で言い表せば功罪のようなものか。
サラを見つけ出すなど、普通では絶対成しえないようなことをしてくれて、本来ものすごく感謝するべきなのにどうしてもそう思いたくない自分もいる。
同時に悶着に巻き込まれることも多いからだ。好意と鬱陶しさが混在し、二つが打ち消し合って感情を捉えどころないものにしていた。
しかし悪い部分といっても他には少しばかり気に障ることくらいで、偉業とも語れるものの部分が圧倒的に多いのも事実。
そして当の本人も命を救って恩着せがましいわけではなく、だから余計に表立って感謝を伝えるべきか悪い意味で歯止めがかかる。
どちらかといえば好意の方が強くはあるのだが、またしても今回の件でまた少し減ずる。
現在の状況は半ば連行といっていいものでもう解放の見込みはない。足掻くこともできず、不本意だが大人しくついて行くことにした。
家にいる二人が心配だが今まで滅多なことが起きたわけでもない。ジュリも付いているし、彼女が窮地ならユーラが助けてくれる。
互いにできることを補い合えるからきっと大丈夫だろう。そう踏んで今日ばかりは気持ちを軽くする。
そして、相変わらずどこかへ先導し同時に腕に絡んでいるライラに質問した。
それはちょうど昨日に聞きそびれてずっとすっきりしない気分にさせていたこと。
「――そういえばライラ、前回の依頼報酬を受け取ってないだろ。何故だ?」
「ゼントの方がお金に困ってるみたいだから、私の分まで渡そうと思ったの」
問いに対してライラは少し立ち止まってゼントの方を見る。見えた表情は目を丸くしてやや無関心といった具合。
実際彼女の中ではその通りで、すぐまた前へ向いて無言で進み出す。そして歩きながら呟くようにようやく答えた。
今の一連の行動の中で何を思ったのかは知らないが、きっとゼントの事情を知って汲んでくれた結果なのだろう。しかしそれは要らぬ心配というものだった。
「それは以前の話だ。仕事を再開してから貯蓄もできた。ただでさえ最近の仕事は危険と報酬が高いんだから、懐に余裕があるなら回数を少なめにできるだろう。せめて十日に一回とか……」
危険極まりない仕事が楽に達成できるのはほとんどライラのおかげ。なのだがその仕事を持ってくるのもライラだ。
つまり意見を述べる筋合いくらいはある。内容も理に適っているはずだった。
「それだとゼントとほとんど話せないからやだ。三日に一回もやってないんだから少ない方でしょ」
しかし彼女は口を尖らせては何とも他愛もない理由で拒否してくる。しかしこれまた適切な理由をぶら下げて。
確かに、普通の冒険者なら毎日依頼をこなすのが通常だ。底辺では単価が安くそれでも僅かな日銭しか稼げず、一日に複数の依頼を受けることもある。
それらを比較してしまうとゼントの現状は相当に恵まれていると言えた。しかしゼントは交渉を続ける。
「だとしても依頼の難度をもう少し下げてくれないか?」
「でもあなたたちにしかできない仕事だからって、あの白い髪の人が押し付けてくるから」
「白い髪? ああ、セイラのことか。ああいうのは銀髪って言うんだ。間違っても白とか言うな」
「分かった」
この世界で白い髪というと不吉の象徴、下手に会話で使うと語弊が生まれかねない。
こういうところだけは素直に聞き入れてくれるのに、と愚痴を零したくなった。
「依頼の件は少し考えておく」
おそらくライラ自身が分からない領域の助言は大人しく聞くようだ。しかし自分の方が正しいと思い込んでいると意見を聞き入れてくれなくなる。
確かに盗賊討伐などに関しては理性に従っているライラの方が正しいことも多い。しかし、道徳心的にどうにも受け入れがたい部分があるのも事実で……
それにしても、今日のライラはなんというか……少しくだけた印象がある。
今日の企てにしろ接し方にしろ、良くも悪くもだいぶ馴れ馴れしい。それだけ出会ってからの日数が経ち親しくなったというのならいいのだが、ここ数日も空かない内に急激に距離が近くなった気がする。
「それで、迷わず進んでいるがこれからどこへ行くつもりなんだ?」
「特に決めてないよ。ゼントはどこへ行きたい?」
目的地を尋ねるとライラは大通りのど真ん中で足を止めキョトンとした表情で振り返る。
これまた予想外、いや想像くらいはできたか。にしてもゼントが呆れるのは必然。
「おいおい……そっちから言ってきておいてそれはないだろう」
「…………」
そう言ってやると立ち止まったまま、やや顔を俯けて瞳の奥には不安を抱えた。いきなり空気が変わったように落ち込み始め……考えてみればライラがあからさまに押し黙った姿を見るのも始めてだ。
突然そんな態度をとるのは謎だが……
朝早くから押しかけ、加えて意気揚々と町へ繰り出すくらいなのだから計画しておいてほしい。
と言いたいところだが彼女の初めて見る元気のない姿に、ふと報われない過去の自分を重ねてしまって言葉が喉に突っかかる。
やがて何も言えずにただ立ち尽くすライラの手を取ってこう言った。
「――面倒だ。もう俺が連れて行ってやる」
先程とは真逆の構図で二人は、町中を悠然と歩き始めた。
風を切って進むかのように、町行く人の視線すら置き去りにして。
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