第204話『不敵』

 



 ――翌朝、ゼントは再び外に出ようとしていた。


 食料がもうそろそろ尽きそうで……というのはほんの建前。

 本当はもう一度だけ一人になって考えてみたくなったからだ。



 昨日のユーラの行動は明らかに異常だった。会いたいというだけで、あれほど嫌っていた外に出るなんて考えられない。

 様子がおかしかったことは当然ゼントも理解できている。しかし理由を尋ねても適当にはぐらかされるだけで、それ以外はないと言って聞かない。


 また追いかけてこられても困る。町中で悪目立ちしていたし何か事件に巻き込まれる可能性も十分あった。

 だから、会いたくなっても外に出たら駄目だと念入りに言っておいた。意外と素直に彼女は頷いてくれる。

 まだ不安は残るが、ジュリによく見張っているようにこっそり頼んでおいた。これなら外に出ても安心できる。



 それとジュリとは昨晩に少し話をした。サラの件はもう過ぎたことだから恨みはしないと。

 実際、今のゼントはサラのことをどうでもいいと思っているわけではない。ただ大部分の思い出が消えてしまっているだけ……

 彼女は少し悲しげな表情をしながらも納得はしてくれた。そして自ら体を寄せて撫でられに来る。


 その後どうなったのか、少なくとも今は重要ではない。とにかく今日は二人に留守を任せて外へと出かける。

 全くの目的もなく歩き回るのもいいが、それだけだと時間が無駄に感じてかえって疲れる。

 なので一応はライラとの約束を第一に考えて動くこととした。


 しかし大通りを歩きながら流し目で品定めしてみても、掘り出し物でもなければ当然お眼鏡に叶うものなどなく。

 資金は確保してあるのに、ライラへ渡す贈り物は寝る間すら惜しんで一晩考えても良いものが思い浮かばなかった。



 無意識に武器や防具を揃えている店に入ってみるが、どれも武骨で彼女には似合いそうもない。

 もともと最高級の武器を簡単に、しかも無償で渡してきてくれる相手に返せるものがあるのだろうか。

 浪費を覚悟で何かを買おうとはしてみるも、結局は彼女の装備に適うものではないと諦めてしまう。


 進展はなく日々の度重なる不可解な出来事も相まって頭痛さえしてきた。店から外に出ると精神的な疲れからかふと天を見上げる。

 広く青い空を見上げていると今置かれている状況も悩みも、全てどうでもいいことのように思えた。

 逆になぜ贈り物一つごときでこんなにも悩まなくてはいけないのか。考えてみればみるほど馬鹿らしくなってきた。


 別に好きな相手でもないのに……これでは思春期真っ盛りの子供のようではないか。

 もう適当に無作為に決めてしまおうか。しかしそうもいかないのがゼントという男。

 気分転換のつもりが余計に悪化している。これでは本末転倒だ。



 ここは一旦頭を空っぽにして……



 …………髪留めを贈ろう。


 出てきた答えは至極単純だった。一周回っておかしくなったのかと自身でも思った。

 彼女には着飾る趣味はなさそうだと省いたばかりだというのに。しかし、よくよく考えていくと妙案のように思えた。


 ライラは常日頃から長い髪を揺らしている。それは前髪であろうと例外ではなく、よく目に掛かっては客観的だが正面を見づらそうにしていた。

 だからこれはあくまで機能性を重視した贈り物ということになる。決して似合うだとか、そう言った類いの考えがあるわけじゃあない。

 だから、なるべく簡単な構造の物を選ぼうと思っていた。当人からは不満の声が上がるかもしれないが理由を付けて渡せば十分だろう。そう思って品揃えが豊富な定評のある店に赴く。



 しかし、どういうことだろう。いつの間にか手にしっかり握られていた購入済みの品。見ればどうにもそうは言い難く。

 しめやかなる露の入った銀色の艶花あではな。色合いは派手というほどではない、が咲き誇る大輪は必ずしもゼントが思い描いていた造形でもなく。


 ……確実に見てから選んだと思ったのだが、思考とは真逆に近くの別の商品を握っていたようだ。

 なんと初歩的な過失を犯してしまったのだろう。そう決めつけて一方的にため息をつく。

 我ながら間抜けすぎる行動に呆れて声も出なかった。


 きっと疲れているのだろう。幸いだったのは気づいたのが店を出てから数十歩だったこと。

 このまま渡してしまおうか。少しどうするか考えたものの、特には迷わず商品を交換してもらおうと歩いて来た道を戻ろうとした。


 ただ、間違えただけなのだからまだ間に合うはず……だっただが。




「――ゼント? その手に持っているのって私のだよね? ちょうどいいから早く頂戴」


 踵を返して振り返るや否や、その贈り物を渡そうと思っていた相手が既に待ち構えていた。

 建物の隙間を流れる一陣の風に髪を揺らめかせて、血の通った宝石の瞳はくすむを知らず。

 まるで後を付けていたかのように出待ちしていたのだ。もし仮にゼントが後ろを見なかったのなら、果たして彼女は声をかけたのだろうか。


 神出鬼没ということを思い出すのは言うまでもなく。

 立っていた少女は爽やかなる笑みを浮かべていた。

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