第202話『滑稽』

 



 時刻はちょうど正午、直上から降り注ぐ日光がかろうじて二人を差し照らす。

 大通りから外れ、建物に挟まれた路地は本来薄暗く乱脈だが、この時ばかりは光によって仄かに幻想的な空間を作り出していた。


 その中でゼントは正面からユーラの両肩を掴んで問い詰める。

 一抹の不安を隠しきれない表情。居てもたってもいられず、だがどうにか落ち着けた声で。



「もう一度聞くが、何故ここにいる? まさか家に赤い化け物でも出たのか!?」


「いや、そういうことじゃなくて。ただお兄ちゃんにあいたくなっちゃって……」



「ジュリは? 外に出るのを止めなかったのか?」


「えっと、何も言わずに飛び出しちゃったから……」


 最悪の事態を身構えたが、単なる杞憂とのことで。会いたくなっただけだというのなら、特に何かをする必要はなくなった。

 下をよく見ると素足のままで、服装も念のため家に用意してある外着ではない。

 まさかユーラが外に出るとは思いもしなかったのだろう。これではジュリを責めるわけにもいくまい。



「そうか……まあ、無事ならそれでいい。でも突然いなくなったりすると心配で心配で疲れて果ててしまうから、そういうことならなるべく事前に教えてくれ……」


「う、うん、わかった」


 一方ユーラは、少し嬉しかった。意中の者が全ての意識を己に向けてくれること。

 心配をかけてしまったことは申し訳なく思いつつも、彼女の中でとある行動が閃いている。



 そんな策略など露知らず、ゼントはふと後ろを振り返る。すると通りを挟んでフォモスは未だ先程の場所に座り込んでいた。

 顎が外れそうなほどに大きく口を開けて呆気に取られており、それでも熱の灯った視線でユーラの存在を捉えている。

 何とか立ち上がろうとする素振りは見られるものの、腰が抜けたみたいに体は狼狽えて小刻みに動いていた。


 この際、ユーラに会わせる約束をしていたのだから、この場で済ませてしまった方がいいと思った。

 わざわざ隠れながら物事を進めるよりも、手っ取り早くて負担が少なく済むと考えたから。

 故にフォモスをここへ呼ぶ前に少し手はずを整えておく。



「ユーラしばらくの間でいいんだ。俺が肩を叩くまで、目を瞑って耳も塞いでいてもらえるか? もし言いつけを破ったら怖いことになるかもしれない」


「え!? う、う、うんいいよ!」


 ゼントにしては変な物言い、だがここまで言えば彼女も素直に従ってくれるだろう。

 実際、了承を尋ねると突然彼女は慌てふためいて顔全体を赤らめた。すぐに言う通りの恰好を取り、唇を前に飛び出させては何か期待するような表情をしている。


 だがゼントは意図に気づかず、すぐに後ろに振り返ってはフォモスを手招きした。

 周りに邪魔になるような物や人はいない。やるなら今しかなかった。


 すると遠慮して一回は俯きたものの、彼は神妙な面持ちをしてこちらに近づいて来る。目の前の大通りの横断、たったそれだけのことに身命を賭した表情で。

 距離が近くなると深呼吸をして口の中の唾液を飲み干す。そして視線を交わし互いの意思を確認し合う。

 冒険者の内だけで伝わる身振り手振りでもあるのか、彼は意向通りの配置についた。


 ゼントは万全を期す。フォモスには悪いが路地の入口からちらとユーラを見せるだけ、それ以上は近づけさせない。

 向こうも壁を利用し、顔だけを覗かせて眺めてくる。そして見るや否や言い放った。




「――あなたの後ろにいるのは……本当にユーラなのですか?」


 まるで初めて意中の相手に話しかけるような、初々しくも胸躍る緊張感を持って。

 しかし同時に、表に出てくるのは疑惑の言葉。第一声にしてはあまりのも不気味さが感じられるものだった。


 元々フォモスと会話する気はなくすぐにここから去ろうとしていたのだが、不思議な問いかけをされ返答せざるを得ない。

 念のためユーラの耳も塞がせている。少しくらいの話はできるだろう。



「そうだ。まさか一緒にやって来た仲間の顔を忘れてしまったのか?」


「いえ……正直に言うと、後ろにいる少女がどうにも私の中のユーラとはかけ離れている。容姿はそのとおりだとしても、どうにも記憶が一致しない……」


 きっと心が疲れているのだと思った。理想だけを語って現実を見なくなる悪い兆候。

 だから現実に戻させるという意味で、ゼントはあえて少し当たりの強い口調を選んだ。



「しかしながら、そこの彼女はあなたに途轍もない信頼、いやそれ以上の感情を向けているように見えます」


 フォモスは足元がふらつき、今にも倒れそうな様子。それでもはっきりと意識を保って冷静に思ったことを伝えてくる。そして仕舞には……



「――まるで魔法だ。一体どうしてあなただけなんでしょうね……」


 やや目を尖らせて、そう尋ねてきた。それはユーラを協会から引き取った翌日にも見せていた顔。

 そんなこと言われたって、同じ被害者であるゼントが答えを知っているはずなどない。

 皮肉にも思える態度からは暗い感情が見え隠れする。おそらくその正体は嫉妬、もしユーラの縋りつく相手が自分だったなら……などと想像でもしていたか。


 気持ちを完全に制御できたのだとしても、やはり人間である限り感情からは逃れられない。

 理性を獲得した生物と持て囃されるのがばかばかしく思えてくる。これではまるで、人類とは創造神が嘲笑うためだけに作った種ではあるまいか。

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